【Peter Doig | ピーター・ドイグ~太平洋横断型アーティストとは!~】




ピーター・ドイグ/Peter Doig

<概要>

 ピーター・ドイクは今日における最も重要なアーティストの一人として位置ずけられており、神秘的魅力を持つ絵画を作成する画家である。現在は、以前にも紹介したアリッサ・モンクスの卒業校でもある、ニューヨーク・アカデミー・オブ・アートにて絵画を教えている。

https://www.fashion-press.net/news/53109

 彼の作品をより深く理解するためには、その背景見あるものを見るとより面白くなる。ピーター・ドイクは、1959年にスコットランドで生まれ、その後、父親の運送・貿易会社の仕事の関係により、1962年にカリブ海のトリニダード島に移住する。その後、1966年にはカナダへ移住した。1979年にファインアートを学ぶために、ロンドンに戻り、ウィンブルドン・カレッジ・オブ・アート、セントラル・セント・マーチンズ・カレッジ・オブ・アート・アンド・デザインにて学位を取得、その後、チェルシー・カレッジ・オブ・アーツにて修士号を取得した。

https://www.fashion-press.net/news/53109

 インターネットにて検索してもわかる通り、決して一つの国の作家としてとらえられていない。彼のこの出自に関して、国立美術館東京国立近代美術館の主任研究員である桝田倫広は次のように述べている。”このように彼は、さまざまな国のさまざまな都市に住んできた。だ がドイグは、どこにいても自らを異邦人のように感じていたと語ってい る。 それでもあえて彼の出自を定義づけるとすれば、彼をトランスア トランティック(大西洋横断的/ transatlantic)な作家とみなすことが できるのではないだろうか。”

 そんな彼、ピーター・ドイクは、1980年代よりアーティストとしての活動を着実にはじた。彼は、今まで経験した場所の記憶や歴史を感じさせる風景画を描き続けた。

http://www.diptyqueparis-memento.com/en/peter-doig-peaceful-eeriness/

 1994には、ターナー賞にノミネートされ、ロンドンにて一躍有名になる。彼の作品は、すでに時代遅れのメディアとしてとらえられつつあった、絵画という分野において、今まで見たこともないような風景を作り続けるその姿勢が評価につながった。

 それ以降、テートモダンや分離派会館、スコットランド国⽴美術館などにて個展を開催した。

 現在、ピーター・ドイクの初の個展が東京都国立近代美術館にて開かれている。今回は、この展示会に合わせて、いくつか彼の作品を紹介をしていきたいと思う。

<作品>

https://www.pinterest.jp/pin/573434965046190101/?nic_v1=1aoM9pffYM0riUneGjqzIhb5Kz8iNl6FLiNgraqSOMryKxqu8%2BbxhittfxivHfP5OL

 ピンクスノー(1991)は、ピーター・ドイクがロンドンのチェルシースクールオブアートを卒業した直後に作られた作品である。彼の多くの作品と同様に、孤独な男性像を特徴としている。彼はこの作品に関して、前と後ろを同時に見るような作品である、と述べている。

https://www.moma.org/collection/works/165901

 この作品には、積み重ねられた黒いブロックと黄色のレンガの壁に対して、孤独なスペクトル図が描かれている。作品下部には、「See you there」と描かれている。これは、彼が視聴者が映画監督になり、写真が映画になるというアイディアを好んでいることに由来する。

<参考文献>

TOP画像:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/0/0b/Peter-Doig.jpg

https://www.moma.org/artists/8087

https://bijutsutecho.com/magazine/news/report/21402

https://peterdoig-2020.jp/data/doig-ono_masuda.pdf

https://peterdoig-2020.jp/