【徹底解説】フラ・アンジェリコの人生と作品に迫る〜画家にして修道士、天使に導かれた光〜

こんにちは。ユアムーン 編集部です。

皆さんはフラ・アンジェリコという人物をご存知ですか?

フラ・アンジェリコは、初期ルネサンス時代に活躍したイタリアの画家です。

彼は画家であると同時にドミニコ会戒律厳守派の修道院で修道士であり、画僧として活躍しました。

そのため祭壇画(教会の祭壇飾りに用いられる絵画。絵だけではなくレリーフや彫刻を用いることもある)を主に手掛け、その生涯をドミニコ修道会に捧げました。

本記事ではそんなフラ・アンジェリコの人生と作品についてご紹介します。

フラ・アンジェリコについて

Fra Angelico

基本情報

本名 グイード・ディ・ピエトロ(Guido di Pietro)
生年月日 1390年頃〜1455年2月18日(65歳没)
国籍/出身 イタリア フィレンツェ北部 ヴィッキオ
学歴 不明
分野 絵画、祭壇画
傾向 国際ゴシック様式
師事した/影響を受けた人物 マサッチオ、ヤン・ファン・エイク

経歴と作品

生まれと環境

実は、フラ・アンジェリコの生い立ちについては詳しいことは知られていません。

生まれた年や地域についてもはっきりとした情報はなく、フラ・アンジェリコの名前は1417年にカルメル修道会に入信したグイード・ディ・ピエトロとして記録されたのが初めてです。

この時にはすでに画家として生計を立てているという記録もあり、家庭の情報や、いつから絵を描いているのかについては現在不明です。

しかし、ミケランジェロの弟子としても知られるジョルジョ・ヴァザーリ(1511-1574)の著書『画家・彫刻家・建築家列伝』ではフィレンツェのカルトゥジオ修道会のために書いた祭壇画が初めての仕事と記録されていますが、今は現存していません。

謎につつまれた修行時代

1424年の記録で、すでに彼はフラ・ジョヴァンニという名で呼ばれていることがわかっています。

つまりこの時にはドミニコ会戒律厳守派のサン・ドメニコ修道院で修道士になっているということがわかります(フラとは修道士という意味)。

同時期の画家のほとんどは自身でアトリエを構え、組合に属して仕事を斡旋してもらう環境にありましたが、フラ・アンジェリコの場合はその中でも特別な環境にありました。

修道院で暮らすことができ、祭壇画や個人からの注文で聖母子画の仕事を制作していたという点で、安定した、自由な画家だったのです。

生い立ちが不明であるように、画家としての修行時代についても詳細な情報は明らかになっていませんが、同じく修道士であるロレンツォ・モナコという画家のもとで学んでいたとされます。

ロレンツォ・モナコ(1370頃-1425)はカマルドリ会のサンタ・マリア・デリ・アンジェリ修道院に属し、数多くの画家や職人が在籍する工房を構えていました。

フレスコ画、板絵、彩飾挿絵などの技法を学んでいたアンジェリコですが、オリジナリティやメッセージ性を主張するのではなく、忠実に師のロレンツォの技法に強く影響を受けていました。

これは当時の工房の体質として、優れた弟子が書いた作品でもしばしば師の描いたものとして発表されることがあったからです。

結果として、1420年ごろの宗教画のスタンダードであった国際ゴシック様式に従うロレンツォの作風に、アンジェリコも影響を受けることになり初期作品のいくつかにその影響が見られます。

国際ゴシック様式とは画家が国をまたいで旅をし、交流することがスタンダードになった当時のヨーロッパで興った様式で、鮮やかな色彩と曲線的な衣服の描写、細部にまで描き込まれた装飾が特徴です。

二人目の師匠と、三人目の師匠

ロレンツォは1424年に亡くなりますが、その頃にはアンジェリコは新たな師匠を見つけていました。

ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノ(1370頃-1427)というイタリアの画家が、1423年にサンタ・トリニタ聖堂にある祭壇画『東方三博士の礼拝』を完成させたのを目の当たりにしたアンジェリコは感銘を受けます。

ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノ『東方三博士の礼拝(1423)』

Adoration of the Magi (altarpiece), 1423 - Gentile da Fabriano

これまで従っていたロレンツォの鮮やかで非現実的な色彩を捨て去り、ファブリアーノの暗くリアリティのある色彩と細密描写を理想とします。

しかし、アンジェリコには立体的な絵を描きたいという欲求がありました。ロレンツォにもファブリアーノにもこのような描き方はないものでした。

立体的な絵の手本を求めたアンジェリコは画家および建築家でもあったジョット・ディ・ボンドーネ(1267-1337)にインスピレーションを受け、画面の空間を「押し広げる」ことを目指しました。

また、立体的な絵の手本となったもう一人の師は同世代に活躍した画家であるマサッチオ(1401-1428)でした。

マサッチオ『聖三位一体(1427)』

The Holy Trinity - Masaccio

遠近法が描かれた最初の作品とも言われるマサッチオの『聖三位一体』に代表される幾何学的遠近法を取り入れた構図を気に入り、アンジェリコはマサッチオの作品を熱心に模写し、自身の作品に取り入れようとしました。

また、マサッチオは礼拝堂のフレスコ画では幾何学的遠近法をあえて抑え、人物をくっきりと写し出すために光の効果を用いています。このような立体表現は同時期の画家には見られないもので、マサッチオは空間表現のみならず陰影表現においても革新的でした。

アンジェリコはこの陰影法も作品に取り入れようと心がけます。

彫刻家として知られるドナテッロ(1386-1466)は、彫刻が置かれる場所によって光の当たり具合が変わることを考慮した初めての作家として知られています。

同じようにアンジェリコは、薄暗い講堂の中に飾る祭壇画は明るく見やすい色彩で描くべきだと考えました。

マサッチオにとっての幾何学的遠近法や陰影法は絵の中の主題を演出するための技法にすぎませんでしたが、アンジェリコは祭壇画が教会において祈りや神の具現であり、それがリアルかつ見やすいものであることが神と信徒への奉仕だと考えました。

こういったルネサンス時代に栄えた近代的技法は、中世の伝統的絵画への反発から生まれたものですがアンジェリコの場合はそれらを取り入れることはむしろ絵画の神学的な価値を強化するためのものであったのです。

フラ・アンジェリコのオリジナル

フラ・アンジェリコ『謙譲の聖母子(1433-1435頃)』

Madonna and Child of the Grapes, c.1425 - Fra Angelico

こういった三人の師匠から学んだことを神への奉仕という独自のアプローチで研鑽していった結果、決められた主題とモチーフを描く宗教画というジャンルにあって、アンジェリコはオリジナリティを獲得していきます。

この時期のアンジェリコの作品の中でそれが顕著なのが『謙譲の聖母子』です。

ロレンツォからは鮮やかな色使い、ファブリアーノからは装飾的な細密描写、マサッチオからは幾何学的遠近法と陰影法、三人の師から学んだ技法が融合した独自の様式を見ることができます。

この頃アンジェリコが多く受けていた仕事の一つが「聖母子」であり、宗教画であることを口実に豪奢な描写が許されていたことからこのように派手な作品になっています。

金はもちろんのこと、聖母の青い服に用いるラピスラズリにも莫大な費用がかかり、材料費が画家への報酬を超えることもあったようです。

フラ・アンジェリコ『十字架降下(1432)』

Deposition from the Cross, 1437 - 1440 - Fra Angelico

1432年に完成した『十字架降下』はアンジェリコがフィレンツェの裕福な銀行家、パッラ・ストロッツィから受けた仕事です。

ストロッツィ家はサンタ・トリニタ聖堂の礼拝堂を飾る『東方三博士の礼拝』をファブリアーノに注文し、続く2枚目をロレンツィオに注文していたのですが、まもなくロレンツィオが亡くなってしまったため、弟子であるアンジェリコに2枚目の祭壇画を注文したのでした。

この作品でアンジェリコは、三人の師匠から学んだ技法の融合から、オリジナルの様式を見出していきます。

主題である降架は、ロヒール・ファン・デル・ウェイデン(1400-1464)が1435年に描いたものが最も有名で、キリストが磔刑に処された後に十字架から降ろされるシーンを描いたものです。

以降、カラヴァッジョ(1571-1610)ルーベンス(1577-1640)ポントルモ(1494-1557)などが続いて同様のテーマで描いたことで宗教画の中でも著名な主題となりましたが、この頃は降架のシーンを描く画家は多くありませんでした。

アンジェリコの『十字架降下』は宗教画として高い評価を受けたので、実際にはウェイデンやカラヴァッジョらもアンジェリコの影響を少なからず受けていると見て良いでしょう。

鮮やかで豪華な色使いでありながら、これまでの幾何学的遠近法ではなく空気遠近法を用いて遠くのものを淡く描くことで画面に統一感を出しています。

伝統を重んじながら、聖書のシーンをリアルに描くという斬新な手法が高く評価され、アンジェリコはストロッツィ家と共に地位を高めることになります。

フランドル絵画の影響

『受胎告知』、『十字架降下』という大仕事を成功で収めたアンジェリコはこれ以降、数々の祭壇画を描く売れっ子画家となります。

当時フィレンツェで最も有名だったといっても過言ではなかったかもしれません。

そんな1430年代のフィレンツェ絵画に、フランドル(ベルギー西部からフランス北部)の画家ヤン・ファン・エイク(1390-1441)による影響が表れ始めます。

ファン・エイクは半透明の絵の具を塗り重ねた細密な表現を得意とし、写実的で鑑賞の面白みを持つフランドル絵画は、フィレンツェの富裕層に熱心に受け入れられました。

より写実的に描写されたモチーフが信仰心の向上につながると考えたアンジェリコは、新しい絵画表現を取り入れようと考え、いくつかフランドル絵画を真似した意欲的な作品を手掛けました。

フラ・アンジェリコ『キリストの変容(1440頃)』

Transfiguration, 1440 - 1442 - Fra Angelico

この作品のように、事物や風景のリアリティを追求するだけではなく人物の表情についてもフランドル絵画の精緻な表現を取り入れることで、より聖書の登場人物に感情移入できると考えたのです。

ローマ教皇に招かれて

フラ・アンジェリコ『ニコラウス5世礼拝堂フレスコ画の一部(1447-1449)』

St. Peter Consacrates St. Lawrence as Deacon, 1447 - 1449 - Fra Angelico

1445年、当時ローマ教皇であったエウゲニウス2世に招かれたアンジェリコは、サン・ピエトロ大聖堂の礼拝堂にフレスコ画を描く仕事を任されます。

その後、1447年に入ってバチカンに戻ったアンジェリコはニコラウス5世から、バチカン宮殿に『ニコラウス5世礼拝堂フレスコ画』を描く要請を受けます。

初期キリスト教時代の聖人、聖ステパノと聖ラウレンティウスを描いた絵で、ローマでの生活で古代遺跡に触れて学んだ結果なのか、古代ローマ時代の建物を描き込んだり、人物の衣服も古代風にしたと言われています。

また、依頼人であるニコラウス5世は古代文化に精通しており、この希望に寄り添った結果とも考えられています。

晩年

アンジェリコは晩年の最後の2年間を、ニコラウス5世の礼拝堂を制作するためローマで過ごしました。

その制作の最中、1455年にドミニコ会修道院で息を引き取ります。

キリストよ、我に栄誉を与え給え
アペレスでありしためより
すべてを差し出せしために。
我のなしとげし業
地上、天界、異なりし。
我、ジョヴァンニ
トスカーナの花にも似たる
フィレンツェに生を享く

懇意にしていたニコラウス5世は彼の死を受け、この墓碑銘を授けて深く悼んだといいます。

しかし彼も、アンジェリコの後を追うようにわずか1ヶ月後にこの世を去ります。

宗教画の伝統と革新を体現してきたような生涯を送ったアンジェリコの作風は、それ以降「アンジェリコ様式」というジャンルとして名前を残すほどの影響を与えます。

まとめ

いかがでしたでしょうか。

生涯にわたって宗教画を描き続けた、一風変わった画家として有名なフラ・アンジェリコの人生と作品についてご紹介しました。

現代のアートシーンでは注目されることは少ない宗教画ですが、絵画の歴史を見るとかなりのあいだスタンダードとされてきた伝統的なジャンルです。

これは宗教の教義を伝えるメディアとして利用されてきただけではなく、聖書の物語を絵から読み取る知的な娯楽として絵画が発展したという側面もあります。

宗教とアートの結びつきが強まっていく黎明期にあって、その確固たるスタンダードとして後年に大きな影響を与えることになるアンジェリコの才覚を、ヴァザーリの著書『画家・彫刻家・建築家列伝』ではこのように表現されています。

この修道士をいくら褒め称えても褒めすぎるということはない。あらゆる言動において謙虚で温和な人物であり、描く絵画は才能にあふれており信心深い敬虔な作品ばかりだった。



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