ジョージア・オキーフとは?花を描いた画家の生涯と代表作をわかりやすく解説

ジョージア・オキーフとは?花を描いた画家の生涯と代表作をわかりやすく解説

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こんにちは、ユアムーン株式会社 編集部です。

皆さんはジョージア・オキーフというアーティストをご存知でしょうか。

オキーフは、アメリカのモダニズムを牽引した20世紀の重要作家のひとりです。花々や動物の骨などの自然物から、ニューヨークの高層ビル、そしてニューメキシコの風景などを描いたことで知られています。

この記事では、そんなアメリカを代表する作家ジョージア・オキーフの『人生』と『作品』を中心にご紹介します。

1950年に撮影されたジョージア・オキーフ
ジョージア・オキーフ(1950年)。撮影:カール・ヴァン・ヴェクテン/米国議会図書館所蔵/Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

この記事が3行でわかること

  • ジョージア・オキーフ(1887〜1986年)はウィスコンシン州出身のアメリカの画家で、「アメリカ近代美術の母」と呼ばれています。
  • 花や動物の骨を大きく拡大した作品、ニューヨークの高層ビル、ニューメキシコの風景画で知られています。
  • 代表作《Jimson Weed/White Flower No. 1》(1932年)は2014年のオークションで約4,440万ドルで落札され、女性作家の作品としては当時史上最高額のオークション落札額と報じられました。

ジョージア・オキーフとは?

ジョージア・オキーフ基本情報

本名ジョージア・オキーフ (Georgia O’Keeffe)
国籍/出身アメリカ合衆国ウィスコンシン州サン・プレーリー
生年月日1887年11月15日-1986年3月6日
分野/芸術動向モダニズム
学歴/出身大学などシカゴ美術館美術学校、アート・スチューデンツ・リーグ・オブ・ニューヨーク、ヴァージニア大学(サマーコースのみ)
受賞歴大統領自由勲章、国民芸術勲章、エドワード・マクダウェル賞
公式サイト/関連サイトhttps://okeeffemuseum.org/

ジョージア・オキーフ 年表

年出来事
1887年11月15日、ウィスコンシン州サン・プレーリー近郊に生まれる
1905年高校卒業までに画家になる決意をする
1908年アート・スチューデンツ・リーグ・オブ・ニューヨークで油絵の学内賞を受賞
1912年ヴァージニア大学の夏期講座でアーサー・ウェズリー・ダウの理論に触れる
1914年ニューヨークのコロンビア大学ティーチャーズ・カレッジでダウに師事
1916年ニューヨークのギャラリー291でグループ展に参加。西テキサス州立師範学校(現・西テキサスA&M大学)で教職に就く
1917年ギャラリー291で初の個展を開催
1924年アルフレッド・スティーグリッツと結婚
1926年代表作《Black Iris》を制作(メトロポリタン美術館所蔵)
1929年初めてニューメキシコを訪れる
1932年《Jimson Weed/White Flower No. 1》を制作(現クリスタル・ブリッジズ美術館所蔵)
1946年ニューヨーク近代美術館(MoMA)が女性作家に贈った最初の回顧展を開催。同年、夫スティーグリッツが死去
1949年ニューメキシコ州へ完全に移住
1972年エドワード・マクダウェル賞を受賞
1977年大統領自由勲章を受章
1985年国民芸術勲章を受章
1986年3月6日、ニューメキシコ州サンタフェで死去(98歳)
1997年サンタフェにジョージア・オキーフ美術館が開館
2014年《Jimson Weed/White Flower No. 1》がサザビーズで約4,440万ドルで落札
2023年MoMAで紙の作品を集めた回顧展「To See Takes Time」が開催される

オキーフの人生とアート

伝統的学びと写実表現に対する疑問

18才でアーティストを志す

1887年、ウィスコンシン州サン・プレーリー近くの農家に、7人兄弟の2番目として生まれたオキーフ。高校を卒業する1905年までに画家になる決意をします。進学したシカゴ美術館美術学校と、アート・スチューデンツ・リーグ・オブ・ニューヨークでは、当時伝統的だった写実的な画法を学びます。1908年には、油絵で学内賞をとるほど模範的な学生でした。しかしながら、オキーフは、何かをそっくりそのまま描くリアリズムの画法に疑問を感じ、自らをアーティストとして見出すことはなく、しばらくは商業作家としてシカゴで働きます。

伝統から外れ自らの表現へ

1912年、ヴァージニア大学の夏期講座でアロン・ベーメントの指導を通じてアーサー・ウェズリー・ダウの理論に触れ、1914年からはニューヨークのコロンビア大学ティーチャーズ・カレッジでダウ自身に師事したオキーフ。この学びが、作家人生を大きく変えることになります。ダウは、伝統的な手法を否定するモダニズムを支持し、作家の感情やアイデアは、作品を通して視覚化されるべきだと考えました。ダウはアジア美術、特に日本画の濃淡の表現を実践、教授していました。オキーフもこれを学び、これまでの写実表現に代わって抽象表現に傾倒していきます。

モダニスト作家として

1915年からサウス・カロライナ州のコロンビア・カレッジで、1916年からは現在の西テキサスA&M大学で教職に就きます。この時期に、ダウから習得した手法に取り組み、《No. 3–Special》などの抽象絵画を発表します。テキサスでは、特にパロ・ドゥアロ・キャニオンの広大な草原と開かれた空を描きます。例えば、《Sunrise and Little Clouds II》、《Evening Star No. VII》、《Light Coming on the Plains No. II》などが挙げられます。やがて、欧米のモダニストたちと絵画のさらなる革新的な手法を模索していきます。

1916年に、ニューヨーク市の前衛的なギャラリー291にてグループ展、1917年には個展を開催します。ギャラリー291のオーナーであった写真家アルフレッド・スティーグリッツとは、1924年に結婚します。1946年にスティーグリッツが亡くなるまで、オキーフを売り込むべくサポートしつづけました。スティーグリッツの協力もあり、1920年代終わりまでにオキーフは、モダニズム作家の代表格として評価されます。ニューヨークの高層ビルや花を描いた作品が支持されました。

ニューメキシコへ

1929年に初めてニューメキシコを訪れます。それ以降も幾度となく訪れる中で、ネイティヴアメリカンや、ヒスパニックの文化に深く感銘を受けたオキーフは、新たな表現へ向かい、1949年には完全に移住します。

ジョージア・オキーフの人生を、画家を志した時期、ダウに学んだ時期、ニューヨークでの活躍、ニューメキシコへの移住という4つの節目で示した流れ図
図:オキーフの歩み 4つの節目

オキーフの代表作

代表作一覧

作品名制作年所蔵先
Black Iris(黒いアイリス)1926年メトロポリタン美術館(ニューヨーク)
Radiator Building—Night, New York1927年アルフレッド・スティーグリッツ・コレクション(フィスク大学/クリスタル・ブリッジズ美術館が隔年で交互展示)
Ram’s Head, White Hollyhock-Hills1935年ブルックリン美術館(ニューヨーク)
Jimson Weed/White Flower No. 11932年クリスタル・ブリッジズ美術館。2014年サザビーズで約4,440万ドルで落札され、女性作家の作品としては当時史上最高額のオークション落札額と報じられました

抽象表現

ニューヨークの高層ビル群

オキーフは、自らのアート活動に関しこんな言葉を残しています。「私は私が感じたもの、私が探していたものと同等のものを表現しなくてはならないー何かをただ模倣するのではなく」。ニューヨークの高層ビルを描いた作品群は、モダニスト作家として有名となるきっかけにもなったシリーズです。

代表的モチーフの「花」

オキーフが繰り返し描いた花。作品の中心となる場合もあれば、他のモチーフに付属的に描かれることもあります。なんと岡倉天心の『茶の本(The Book of Tea)』の、花に関する部分がお気に入りで、繰り返し読んだと言います。

ニューメキシコ

オキーフはニューメキシコ州に永住しました。ゴーストランチという荒涼とした地域の古くから残る幽霊伝説は、オキーフが野生動物の頭蓋骨を描くきっかけとなっています。

ジョージア・オキーフが描いた、ニューヨークの高層ビル、花、動物の頭蓋骨という3つの代表的なモチーフを、それぞれのきっかけとともに示した図
図:オキーフが描いた3つのモチーフ

美術界の女性の地位、ジェンダー不均衡

オキーフはスティーグリッツのもと、男性中心主義の美術界で認められるべく挑戦していきました。1910年頃、スティーグリッツは当時の慣例に反抗し、男性作家と同様に女性作家が評価されるよう働きかけていました。初期の頃から、オキーフの作品をジェンダーの観点から評価し、抑圧された女性性から解放された表現だと宣言していました。またフロイトに傾倒していたスティーグリッツは、性のエネルギーこそアートに必要だと感じ、オキーフ作品を女性の身体と結びつけた展示を開催していきました。

一方で、オキーフ自身は、スティーグリッツがつくり上げた「女性的な作品」というパブリックイメージに強く抗議しました。そして、20世紀初頭のアメリカで最も急進的だったフェミニスト政治団体、「ナショナル・ウーマンズ・パーティ」にも所属し、「女性は生来的にこうである」といった本質主義者たちを真っ向から否定しました。1946年にはニューヨーク近代美術館(MoMA)で、女性初の個展を開催しました。

そんなオキーフは、日本のフェミニスト作家の田部光子にも影響を与えました。田部は、1950年代の早い時期からジェンダー問題を意識して活動した作家で、オキーフの花の作品から着想を得た《Hana》を1990年に発表します。

よくある質問

ジョージア・オキーフとはどんな画家ですか?

アメリカ出身のモダニズム画家で、花や動物の骨を大きく拡大した作品、ニューヨークの高層ビル、ニューメキシコの風景画で知られています。「アメリカ近代美術の母」と呼ばれることもあります。

ジョージア・オキーフの代表作は何ですか?

《Black Iris》(1926年、メトロポリタン美術館)、《Jimson Weed/White Flower No. 1》(1932年、クリスタル・ブリッジズ美術館)などが代表作として知られています。

ジョージア・オキーフの作品はどこで見られますか?

ニューメキシコ州サンタフェのジョージア・オキーフ美術館のほか、メトロポリタン美術館、クリスタル・ブリッジズ美術館、ブルックリン美術館など、アメリカ国内の主要美術館に収蔵されています。

まとめ

いかかでしたでしょうか。

モダニスト作家としてだけでなく、美術界のジェンダー格差に挑戦したオキーフは、美術界だけでなく、女性社会史的にも重要作家と言えます。

2023年4月から8月には、木炭、水彩、パステル、黒鉛などさまざまな素材で40年以上にわたり描かれた紙の作品群を集めた回顧展「To See Takes Time」が、ニューヨーク近代美術館(MoMA)で開催されました。またニューメキシコには、約150点の絵画を所蔵するジョージア・オキーフ美術館があります。

皆さんも実際にオキーフの作品をご覧になってはいかがでしょうか。

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