こんにちは、ユアムーン株式会社 編集部です。
みなさんは李禹煥という美術家を知っていますか?
戦後日本美術の重要な動向である「もの派」を牽引し、近年ではグッゲンハイム美術館やヴェルサイユ宮殿などで個展を開催している国際的に活躍する美術家です。
この記事では李禹煥の『人生』と『作品』を中心に、彼が牽引した美術動向「もの派」についてもご紹介します。
目次
李禹煥とは?
李禹煥の基本情報
本名 | 李禹煥(リ・ウファン) |
国籍/出身 | 韓国慶尚南道 |
生年月日 | 1936年6月24日 |
分野/芸術動向 | 戦後日本美術、もの派 |
学歴/出身大学 | ソウル大学校美術大学、日本大学文学部 |
公式サイト/関連サイト | https://benesse-artsite.jp/art/lee-ufan.html https://www.studioleeufan.org/ |
「もの派」とは
戦後日本美術に「具体」と並ぶ重要な動向である「もの派」は、1970年代初頭まで続きます。「もの派」とは、木材や石など自然物と、ステンレスや鉄、紙などの人工物を素材そのままにくみあわせ人ともの、ものとものとの相互関係を見出すことを試みた一連の作家たちを示します。明確なグループが存在したわけではないのですが、関根伸夫の作品《位相-大地》を発端とし、李の他に菅木志雄、高松次郎、成田克彦、吉田克朗、小清水漸、榎倉康二、野村仁、狗巻賢二、原口典之、高山登らがあげられます。とりわけ学生時代に哲学に傾倒していた李は、「もの派」の理論的中心として認識されていました。
当初「もの」という名称自体は、蔑称のように使用されていましたが、『美術手帖』1970年2月号の李を含む作家たちの座談会において「もの」が多く言及されやがて名称として認知されるようになります。ものそのもの、ありのままに捉え自らの作品に用いることで、李は芸術をイメージや意味の世界からの解放し、自由なものにする表現を追い求めました。それらは彫刻の概念を超え、環境への着目、空間と作品を隔たりなく意識する点は、インスタレーションの先がけともいえます。
経歴と作品
1960年代の初期作品から「もの派」へ
李禹煥は、1936年に韓国慶尚南に4人兄妹の長男として生まれます。幼少期から絵や書を習い、点の付け方、線の引き方の基本を習得したといいます。その他にも、若い頃から文学を読むことに没頭したり、植物採集などに時間を費やしました。ソウルの高校を卒業後、ソウル大学校美術大学へ入学します。学生時代には東洋と西洋の思想と文学を読み耽ったそうです。在学中に叔父の病気の見舞いのため日本へ渡り、叔父の勧めもあり拓殖大学で日本語を学びます。その後、ソウル大学から日本大学文学部哲学科へと編入しました。リルケやハイデガーなどを中心に研究し、1961年に日本大学を卒業します。
中学時代に、釜山で朝鮮戦争を経験した李でしたが、1960年代には韓国の軍事政権に反対する運動や、南北統一運動に参加するようになります。世界中で若者が政治・社会運動に参加し、日々変化が伴う環境と、混沌と閉鎖感の中で、李は若き表現者として、そのエネルギーを芸術表現へと昇華していきます。
李を「もの派」誕生へと導く動向として重要なのがトリック・アートです。特に高松次郎や関根伸夫らの作品に関心を持った李は、錯視表現を行うようになります。例えば、メビウスの輪を平面化し蛍光塗料で塗られた《第四の構成A》(1968年)や《第四の構成B》(1968年)などにその表現がみられます。高松らトリック・アートの牽引者たちとは異なるアプローチで、物体そのものやもの同士の関係に注目する表現は、同年代に製作された代表作<関係項>シリーズにもあらわれています。
《関係項 ディスカッション》
1968年頃には錯視表現の一方で、立体的な作品制作を試みます。1969年8月に、京都国立近代美術館で開催された「現代の動向」で出品した作品が、《現象と知覚A 改題 関係項》と《現象と知覚B 改題 関係項》です。石や鉄、ガラスを主に組み合わせた表現は、以後も続いてく李の代表的シリーズの、<関係項>として確立されていきます。
《現象と知覚A 改題 関係項》は、引き伸ばされ折り曲げられたゴム製のメジャーの上に錘の石が置かれている作品です。「測る」という本来の機能を果たさない一方で、伸びる力と可塑性はゴムという素材そのものの性質が前面に押し出されています。同時に発表された《現象と知覚B 改題 関係項》は、ガラス板の上に石を置いた作品です。ガラスは石の重みにより割れヒビが入るものもあれば、入らないものもあるといった、各石が違う表情を見せる作品です。視覚への問いと、ものそのもの、ものともの同士の関係に注目し、組み合わせる表現から、李が「もの派」を牽引する日本美術の重要な作家として認められます。
1970年代の絵画シリーズ
作品群《点より》《線より》
絵画シリーズである《線より》《点より》は、1970年代から10年ほど続いた李の創作の軌跡の中でも重要な表現です。広いキャンバスにひたすら点や線を規則正しく反復する作品は、ある種自己修練のようでした。失敗が許されない極度の集中を要する反復表現を続けた李は、1980年代には筆を持ち、キャンバスに向かうと手が震えるなど拒否反応を起こすほどだったといいます。しかし、濃い点や線が一つひとつ次第に薄くなり、そしてまた点や線が新たに始まるシステマティックな反復表現は、李の無限の概念や時間への強い関心が顕れるものとなりました。緊張感のあるこれらのシリーズを経て、やがて点同士、線同士の間の空間をより意識するようになった李は、次第に《風より》にみられるような点や線を空間にばらすような表現へと変化していきます。
《風より》のシリーズでは、《点より》《線より》でみられた厳しい規則からわずかに解放され、空間が生み出されているのがみてとれます。やがて1987年からは、力みと緊張が取れ、より軽やかな筆遣いとなる《風と共に》シリーズが制作されます。混沌から単純へと以降していく表現では、李が描いていない空間へ、興味を示し始めたことがあらわれています。風の流れに従うように動きのある線や点は、鑑賞者の視線を描かれていない空間へと導きます。
2000年以降の国際的な評価
《関係項—アーチ》
2000年以降、李は国内外問わず大規模な個展を多く開催していきます。2010年には香川県直島に安藤忠雄作の建築で李禹煥美術館、2015年には韓国釜山にて李禹煥空間、2022年にはフランスのアルルにて李禹煥アルルが開館しました。2011年にはニューヨークのグッゲンハイム美術館にて、2014年にはフランスのヴェルサイユ宮殿で、《関係項—ヴェルサイユのアーチ》を発表。30数年前に松本で見た虹をふと思い出し、想起されたというこの作品について、李は虹、鳥居、アーチなど、鑑賞者はその下を通るたびに景色が新たに更新されるような作品体験ができると語っています。
《関係項—棲処(B)》
《関係項—棲処(B)》は2017年に、モダニズム建築の巨匠ル・コルビュジエ作のラ・トゥーレット修道院においての個展で初公開されました。コルビュジエの建築に逆らうようなダイナミックな作品を目指したといいます。展示空間の一面に石が敷きつめられ、その上には平べったい石が、塔のように重ねられた作品が不安定に置かれています。鑑賞者が歩く際に石同士が荒っぽく動き発せられる音や、それによって絶え間なく変わる石の隙間さえも作品の一部としました。
《関係項—棲処(B)》に加え、作品の新たなヴァリエーションとして《関係項—アーチ》《関係項—エスカルゴ》が、2022年に新国立美術館で開催の大規模回顧展「李禹煥」に公開されました。
作品と空間を一体化する李の表現
《風景I,II,III》
1968年に「韓国現代絵画展」に出品された李の最初期作品が《風景》です。2015年には再制作されたこの作品は、キャンバスに一面の蛍光色のオレンジやピンクで塗られています。一見、李のその他の作品とは異なる印象ですが、強い蛍光色がハレーションを起こすことで展示空間にまで広がる表現は、見るという単純な行為を超えた作品体験ができる李らしい作品とも言えます。
《点より》《線より》《風より》《風と共に》などの絵画群を経て、2000年代初頭に登場したのが《対話》《照応》などの作品です。一つか二つの点から構成されるこの作品たちは、より描かれていない空間を強調します。《対話》では薄い色から濃い色へと変化する一点は独自の存在感を醸します。グラデーションは展示空間へとシームレスなつながりを感じさせ、絵と空間が響き合います。これらの表現でないものからあるものへの暗示をすると李は言います。壁に直接ストロークを施した《対話》は2022年に新国立美術館でも展示されます。
《点より》《線より》《風より》《風と共に》などの絵画群を経て、2000年代初頭に登場したのが《対話》《照応》などの作品です。一つか二つの点から構成されるこの作品たちは、より描かれていない空間を強調します。《対話》では薄い色から濃い色へと変化する一点は独自の存在感を醸します。グラデーションは展示空間へとシームレスなつながりを感じさせ、絵と空間が響き合います。これらの表現でないものからあるものへの暗示をすると李は言います。壁に直接ストロークを施した《対話》は2022年に新国立美術館でも展示されます。
地面に敷かれた一本の鏡面仕立てのステンレス版の両脇に二つの石が置かれた作品《関係項—鏡の道》は、2021年にフランスにある古代ローマ墓地のアリスカンで公開されました。鑑賞者はステンレス版の上を歩くことができ、鏡面に映る風景の移り変わりを体験できます。鏡面は無限の次元をひらくもの、とし作品と鑑賞者の密やかな対話が行われる、と李はいいます。この他にもアリスカンでは、《関係項—プラスチックボックス》という作品を公開。三つの円筒型プラスチック容器には、土、水、空気、という地球の構成要素が閉じ込められています。自然物を人工物で閉じ込めるこの作品について李は「文明批判的」といいます。その一方で、容器には収めきれない自然物があるということも同時に暗示しているといいます。人間と空間と環境の関係を深く考察した李が、芸術表現で関係性を表現し鑑賞者に体感させる作品です。
いかかでしたでしょうか。
戦後日本美術の重要な動向「もの派」を牽引し、長く国内外で活躍する李の作品は、美術作品を見るという単純な行為を超える作品体験ができます。
皆さんも実際に李の展示に足を運んでみてはどうでしょうか。