【徹底解説】エル・シードとは?アラビア文字で世界の壁に詩を描く美術家の人生と作品を解説!

【徹底解説】エル・シードとは?アラビア文字で世界の壁に詩を描く美術家の人生と作品を解説!

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こんにちは。ユアムーン株式会社 編集部です。

皆さんはエル・シードという人物をご存知ですか?

エル・シード(eL Seed)は、1981年にフランス・パリで、チュニジア出身の両親のもとに生まれた美術家です。アラビア文字の書道(カリグラフィ)と、路上のグラフィティを組み合わせた作風で知られ、自らの表現を「カリグラフィティ(Calligraffiti)」と呼んでいます。

故郷チュニジア・ガベスのモスクの塔、エジプト・カイロの50近い建物にまたがる絵、リヨンの川辺に浮かぶステンレスの文字。エル・シードの作品は、その土地の詩や言葉を選び、建物や風景そのものに書き込むところに特徴があります。

本記事ではそんなエル・シードの人生と作品についてご紹介します。作品の年や場所は、作家の公式サイト、作品を依頼した機関の公式ページなどで確認したものだけを載せています。

エル・シードって?

エル・シードは、アラビア文字を使って、平和や共存、人と人とのつながりについてのメッセージを描く美術家です。作家の公式サイトは、エル・シードの作品を「共存、平和、自由についての普遍的なメッセージを伝える」ものと紹介しています。

壁画から始まり、いまでは絵画、彫刻、インスタレーション(空間全体を使った作品)まで手がけています。公式サイトによると、作品はメトロポリタン美術館、クライスラー美術館、ルーヴル・アブダビ、フランスの国立美術館群のコレクションに収められています。

基本情報

名前エル・シード(eL Seed)。活動名
生年1981年生まれ
国籍・出身フランス・パリ生まれ。両親はチュニジア出身
学歴公式の経歴に記載なし
分野壁画、絵画、彫刻、インスタレーション
傾向アラビア文字のカリグラフィとグラフィティを組み合わせた「カリグラフィティ」。描く土地の詩人や作家の言葉を選んで作品にする
師事した人物・影響を受けた人物記録なし。活動名は、16歳のときにピエール・コルネイユの戯曲『ル・シッド(Le Cid)』から着想した

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経歴と作品

エル・シードの歩みを示す流れ図。1981年にパリで生まれ、2012年に故郷ガベスのジャラ・モスクの塔に描き、2013年にチュニジアを旅して24の壁に描き、2016年にカイロのパーセプションをTEDで紹介し、2017年にユネスコ・シャルジャ賞を受けた。
図:エル・シードの歩み

パリで生まれ、10代でアラビア語の読み書きを学ぶ(1981年〜)

エル・シードは1981年、パリで生まれました。両親はチュニジアの出身です。2017年の通信社アナトリア通信のインタビューで、エル・シードはパリを「自分が生まれ育った場所」と語っています。

TEDの紹介によると、エル・シードがアラビア語の読み書きを学んだのは10代の終わりになってからでした。自分のルーツへの関心がよみがえったことが、その後の作品に大きな影響を与えたと紹介されています。

活動名「eL Seed」は、フィラデルフィアの公共芸術団体ミューラル・アーツによると、16歳のときに、17世紀フランスの劇作家ピエール・コルネイユの戯曲『ル・シッド』から思いついたものです。フランス文学への愛着は、その後もエル・シードの作品に表れます。リヨンの作品ではフランスの歴史家フェルナン・ブローデルの言葉を、ドバイの彫刻ではジャン・コクトーの言葉を手がかりにしています。

カリグラフィとグラフィティを合わせた「カリグラフィティ」

エル・シードの作品の中心にあるのは、アラビア文字のカリグラフィ(書道)です。公式サイトは、エル・シードが書道の伝統と、アーバンアート(都市の芸術)のエネルギーから、独自の視覚言語を生み出したと説明しています。

作品に書かれる言葉は、飾りではありません。エル・シードは、描く土地ごとに、その地域の詩人、作家、哲学者の言葉を選びます。公式サイトは、エル・シードが「それぞれの共同体の本質を理解するために、入念な調査を行う」と書いています。

一方で、アラビア文字を読めない人が見ても楽しめることを大切にしています。アメリカ・フィラデルフィアの壁画について、エル・シードは「アラビア語の文が読めても読めなくても、時間をかけて意味を見つけようとした人が、価値のある何かを見つけてくれることが大切だ」と語っています。

『Soul of the Black Bottom』(2017年)

その壁画が、2017年にフィラデルフィア西部のマーケット通り4045番地に描かれた『Soul of the Black Bottom』です。ミューラル・アーツの芸術教育プログラムと、地元の非営利団体アル・ブスタン・シーズ・オブ・カルチャーとの共同プロジェクトの締めくくりとしてつくられました。

作品名は、この地区の歴史に由来します。ミューラル・アーツによると、もとの「ブラック・ボトム」地区の大部分は1960年代の都市再開発で取り壊され、多くの住民が移り住むことになりました。壁の右側には作品名が、左側には社会学者W・E・B・デュボイスが1920年の著書『ダークウォーター』に書いた一節が、アラビア文字で描かれています。

選ばれたのは「私は、黒い人も褐色の人も白い人も、すべての人は兄弟であると信じる」で始まる一節です。公式サイトでエル・シードは、100年近く前に書かれたこの言葉を、フィラデルフィアの人々に覚えていてほしかったと語っています。

エル・シードの作品づくりの流れを示した図。描く土地の共同体を訪ねて調べ、その土地の詩人や作家の言葉を選び、アラビア文字のカリグラフィにして、壁や建物や彫刻に描くという順に進む。
図:エル・シードの作品づくり

故郷ガベスのモスクの塔『Madinati』(2012年)

『Madinati(私の街)』(2012年)

エル・シードの名前を世界に広めたのが、2012年の作品です。公式サイトが「故郷(hometown)」と呼ぶチュニジア南部の街ガベスで、ジャラ・モスクのミナレット(礼拝を呼びかける塔)に、上から下まで文字を描きました。

公式サイトによると、このミナレットは1994年に建てられ、18年間灰色のコンクリートのままでした。エル・シードがモスクのイマーム(礼拝の指導者)に描きたいと伝えると、イマームは「やっと来てくれたか」と答え、下絵も、何を書くのかも尋ねなかったといいます。

塔に書かれたのは、コーランの一節「人々よ、われはあなたがたを男と女から創り、民族と部族とした。それはあなたがたが互いに知り合うためである」です。公式サイトは、これを「平和、寛容、受け入れることへの普遍的な呼びかけ」と説明しています。

塔の高さは、作家の公式サイトが57メートル、TEDの紹介文とフランス語の現地情報紙ル・プティ・ジュルナルが47メートルとしており、資料によって異なります。下の写真では、白い建物が並ぶ街の中に黄色い塔がそびえ、その中ほどに黒い文字が縦に連なっています。

エル・シード『Madinati』。チュニジア・ガベスの白い建物が並ぶ街並みの中に黄色いミナレットがそびえ、塔の中ほどに黒いアラビア文字のカリグラフィが縦に描かれている
エル・シード『Madinati(私の街)』(2012年)、ジャラ・モスクのミナレットに描いた作品、所在地:チュニジア・ガベス。画像出典:eL Seed公式サイトの作品ページ(引用)

地元の人々は、塔が世界中の報道で取り上げられたことを誇りに思い、作品は共同体をひとつにまとめたと公式サイトは書いています。次の動画は、エル・シード本人の公式チャンネルが2012年に公開した、この塔の作品を紹介する動画です。

Madinati – Calligraffiti on Jara Mosque, Gabes – eL Seed(eL Seed公式YouTube)

チュニジアをめぐる旅『Lost Walls』(2013年)

『Lost Walls(失われた壁)』(2013年)

ガベスの塔への反響を受けて、エル・シードは2013年の夏、チュニジア全土を車でめぐる1か月の旅に出ました。公式サイトによると、4週間で国の端から端まで、合わせて24の壁に文字を描いています。「1日に2つの壁を描くこともあった」と本人は語っています。

描いたのは、失われた、あるいは忘れられた壁でした。エル・シードはこの旅で、政治の話題ばかりで語られがちになったチュニジアの、歴史や美しさ、文化という別の姿を世界に見せたかったと語っています。下の写真では、砂漠の砂に半分埋もれたコンクリートの塊に、赤と黒の文字が描かれています。

エル・シード『Lost Walls』の一作。青空の下、砂漠の砂に半分埋もれて傾いたコンクリートの塊の面に、赤と黒のアラビア文字のカリグラフィが描かれている
エル・シード『Lost Walls(失われた壁)』より(2013年)、チュニジア各地の壁に描いた作品のひとつ。画像出典:eL Seed公式サイトの作品ページ(引用)

旅の記録は、エル・シードの最初の本『Lost Walls』にまとめられました。公式サイトによると、ニューヨークの画廊ダイチ・プロジェクツを主宰したジェフリー・ダイチが序文を寄せています。

パリとドバイへ:ファサードと最初の彫刻(2013〜2014年)

パリでは、13区にあった取り壊し予定の9階建ての建物を、多くのストリートアーティストの作品で埋めた企画「Tour 13」にも参加し、建物の外壁のひとつを手がけました。ル・プティ・ジュルナルは、この企画を「フランス最大の、一時的な集団でのストリートアート展」と紹介しています。

2014年6月には、パリのアラブ世界研究所の外壁に大きな壁画を発表しました。チュニジアの現地情報紙ル・プティ・ジュルナルが伝えています。パリで生まれ育ったエル・シードが、アラブ世界の文化を紹介するパリの施設に、アラビア文字の作品を描いたことになります。

同じころ、エル・シードはドバイの芸術拠点タシュキールで、2013年から2014年にかけてアーティスト・イン・レジデンス(滞在制作)を行いました。公式サイトによると、タシュキールの創設者から「これまでにやったことのないものを残してほしい」と言われ、レジデンスの最後の展覧会『Declaration』で、初めての彫刻作品をつくりました。文字が立体になって壁から飛び出し、角を回り込む作品です。この彫刻は、5週間の展示のあと壊されました。

『Foulard d’Artistes(アーティストのスカーフ)』(2013年)

2013年の秋冬シーズンには、フランスのルイ・ヴィトンが、エル・シードのデザインを「Foulard d’Artistes(アーティストのスカーフ)」に採用しました。公式サイトによると、中東出身の美術家がデザインした製品をルイ・ヴィトンがつくったのは、これが初めてでした。

大きなシルクのスカーフには、詩人ターハー・ムハンマド・アリーの詩「ヴェネツィアのカーニバル」の4行が描かれています。デザインの半分はフクシア(赤紫)で刷られ、もう半分は、ルイ・ヴィトンのモノグラム模様を隠すのではなく、透かして見せる細い線で覆われています。

カイロの50棟近い建物にまたがる『Perception』

『Perception(知覚)』

エル・シードの代表作として知られるのが、エジプト・カイロのマンシヤット・ナセル地区で描いた『Perception』です。この地区のザラエーブと呼ばれる共同体の人々は、何十年にもわたって街のごみを集め、効率のよいリサイクルの仕組みをつくってきました。それでも地区は「汚い」と見られ、周囲から隔てられてきたと公式サイトは書いています。

エル・シードはチームと地元の人々の力を借りて、50近い建物にまたがる絵を描きました。この絵は、近くのモカッタムの丘の決まった場所から見たときにだけ、ひとつの円い文字の模様として見えます。見る位置によって絵がまとまって見える「アナモルフォーシス(歪み絵)」の技法です。

書かれたのは、4世紀のアレクサンドリアの主教、聖アタナシオスの言葉「太陽の光をはっきりと見たいなら、まず自分の目をぬぐわなければならない」です。下の写真では、レンガ色の建物が密集する街並みの中に、白、青、オレンジの模様が建物をまたいで円く浮かび上がっています。

エル・シード『Perception』。カイロのマンシヤット・ナセル地区を高所から見た写真で、レンガ色の建物の密集する街並みに白、青、オレンジの文字の模様が建物をまたいで円く浮かぶ
エル・シード『Perception(知覚)』、約50棟の建物に描いたアナモルフォーシスの作品、所在地:エジプト・カイロ、マンシヤット・ナセル地区。画像出典:eL Seed公式サイトの作品ページ(引用)

2016年6月、エル・シードはこのプロジェクトをTEDの講演「50棟の建物に描いた平和のプロジェクト」で紹介しました。同じ2016年、外交専門誌フォーリン・ポリシーはこの作品でエル・シードを「グローバル・シンカー(世界の思想家)」に選び、2019年には公共芸術の国際賞(International Award for Public Art)が贈られています。

リヨンとトロント:周りを映す文字の立体(2017〜2018年)

『Myrelingues La Brumeuse』(2017年)

2017年、エル・シードは第14回リヨン・ビエンナーレに参加しました。作品名は、16世紀のリヨンで絹産業が生まれるまでを描いたクロード・ル・マルゲの小説の題名から取られています。公式サイトによると、ソーヌ川の岸辺の2つの橋のあいだに、長さ120メートルのステンレスの文字を設置しました。

文字にしたのは、フランスの歴史家フェルナン・ブローデルがリヨンについて書いた「リヨンの運命は、川の運命ほど単純ではない」で始まる文章をアラビア語に訳したものです。磨き上げた表面が鏡のように水面と街を映し、どこまでが文字でどこからが川なのか分からなくなる効果を生んだと公式サイトは説明しています。下の写真では、川岸の壁に沿って白銀の文字が長く連なり、その姿が水面に映り込んでいます。

エル・シード『Myrelingues La Brumeuse』。リヨンのソーヌ川の岸壁に沿って、磨かれたステンレスのアラビア文字が長く連なり、その姿が穏やかな水面に映り込んでいる
エル・シード『Myrelingues La Brumeuse』(2017年)、ステンレス鋼、長さ120m、第14回リヨン・ビエンナーレ、所在地:フランス・リヨン、ソーヌ川岸。画像出典:eL Seed公式サイトの作品ページ(引用)

公式サイトは、この作品が、周りから鮮やかに浮き上がる色と形を使うふだんの作品とは「正反対」だと書いています。作品ごとに、その場所に応じて表現を変えていることがよく分かります。

『Mirrors of Babel』(2018年)

2018年、カナダのトロントで夜通し開かれる芸術祭ニュイ・ブランシュで発表したのが『Mirrors of Babel』です。旧約聖書の「バベルの塔」の物語では、人々が天に届く塔を建てようとしたことで言葉が乱され、互いに話が通じなくなります。エル・シードは、この物語をひっくり返し、文字そのものでバベルの塔を建て直そうとしました。

文字のもとになったのは、モホーク族の詩人E・ポーリン・ジョンソン(テカヒオンウェイク)が1903年に書いた詩「Prairie Greyhounds」をアラビア語に訳したものです。鏡でできた作品は、見る人の姿を映し出します。公式サイトでエル・シードは、世界でもっとも多様な人々が暮らす都市のひとつであるトロントへの敬意を込めたと語っています。下の写真では、夜の広場に立つ円筒形の塔の表面を、光を受けたアラビア文字が編み目のように覆っています。

エル・シード『Mirrors of Babel』。夜のトロントの広場に立つ円筒形の塔の表面を、白や青に光るアラビア文字のカリグラフィが編み目のように覆っている
エル・シード『Mirrors of Babel』(2018年)、ニュイ・ブランシュ・トロント、所在地:カナダ・トロント。画像出典:eL Seed公式サイトの作品ページ(引用)

壊された『Declaration』への敬意(2018年)

ドバイ・オペラの彫刻(2018年)

2018年、エル・シードはドバイ・オペラから彫刻を依頼されました。公式サイトでエル・シードは、壊された最初の彫刻『Declaration』に敬意を表し、「愛の宣言を永遠のものにしたかった」と語っています。

『Declaration』の言葉は、シリアの詩人ニザール・カッバーニの詩から取られていました。エル・シードはジャン・コクトーの「愛はない。愛の証があるだけだ」という言葉を引き、自分の芸術を立体にすることが、書道への愛を形にする方法だったと説明しています。下の写真では、白い壁に描かれた文字の模様の前を、鮮やかなピンクの立体の文字がうねるように伸びています。

エル・シードのドバイ・オペラの彫刻。白い曲面の壁に描かれた灰色の文字模様の前を、鮮やかなピンクの立体のアラビア文字がうねりながら横に長く伸びている
エル・シード、ドバイ・オペラのための彫刻(2018年)、所在地:アラブ首長国連邦・ドバイ。画像出典:eL Seed公式サイトの作品ページ(引用)

受賞と評価

エル・シードは、作品を通じて平和的な表現と社会の前進を訴えてきたことで、国際的な賞や肩書きを受けてきました。公式サイトとミューラル・アーツ、タシュキールの紹介で確認できるものを表にまとめます。

年内容
2015年TEDフェロー(TED Fellow)に選ばれる
2016年フォーリン・ポリシー誌の「グローバル・シンカー」(『Perception』)
2017年ユネスコ・シャルジャ・アラブ文化賞
2019年公共芸術の国際賞(International Award for Public Art、『Perception』)
2021年世界経済フォーラムの「ヤング・グローバル・リーダー」

カタールでは、国の文化機関カタール・ミュージアムズの依頼で、首都ドーハのサルワ通りに52点の大きな壁画を描きました。カタール・ミュージアムズは、一つひとつの壁画がカタールの暮らしのさまざまな側面から着想を得ていると紹介しています。2025年10月には、世界知的所有権機関(WIPO)が、エル・シードの活動を紹介する動画を公開しました。

エル・シードの作品の特徴

ここまでの作品から、エル・シードの仕事に共通する手がかりを3つにまとめます。

ひとつ目は、言葉をその土地から選ぶことです。ガベスではコーランの一節を、カイロではアレクサンドリアの主教の言葉を、リヨンではフランスの歴史家の文章を、トロントではモホーク族の詩人の詩を選びました。

ふたつ目は、場所そのものをキャンバスにすることです。モスクの塔、50近い建物の集まり、川辺の2つの橋のあいだと、作品の大きさや形は、その場所によって決まります。

みっつ目は、読めなくても伝わる形にすることです。アラビア文字を読めない人にも、文字の流れや色、光の映り込みが届くように作られています。

エル・シードの作品を見る3つの手がかりを示した図。描く土地の詩や言葉を選ぶこと、モスクの塔や建物の集まりや川辺など場所そのものをキャンバスにすること、文字が読めなくても流れや色や光で伝わる形にすることの3点。
図:エル・シードの作品を見る3つの手がかり

まとめ

いかがだったでしょうか。今回は、フランス生まれのチュニジア系の美術家エル・シードをご紹介しました。

パリに生まれ、10代の終わりにアラビア語の読み書きを学んだエル・シードは、アラビア文字のカリグラフィとグラフィティを合わせた「カリグラフィティ」で知られるようになりました。2012年に故郷ガベスのモスクの塔に描いた『Madinati』、2013年にチュニジアの24の壁をめぐった『Lost Walls』、そしてカイロの50近い建物にまたがる『Perception』と、作品は国境を越えて広がっています。

リヨンやトロント、ドバイでは文字を立体にした作品にも取り組み、2017年にはユネスコ・シャルジャ・アラブ文化賞を受けました。その土地の言葉を選び、場所そのものに書き込む。この方法で、エル・シードは人と人をつなぐ作品をつくり続けています。

Euphoric " " の視点

エル・シードは、描く土地ごとに、その地域の詩人や作家、哲学者の言葉を選びます。ガベスではコーランの一節を、カイロでは聖アタナシオスの言葉を、リヨンではブローデルの文章を、トロントではモホーク族の詩人の詩を。言葉を選ぶための入念な調査が、作品をその場所のものにしています。

アラビア文字を読めない人にも、文字の流れや色、光の映り込みが届くように作られていることも大切な点です。異なる文化の言葉を、その土地の人々とともに建物や風景に書き込む仕事は、芸術が人と人をつなぐ確かな方法になりうることを示しています。

この作品を見に行くには

記事で紹介した作品の多くは屋外や公共の場にあります。期間限定で設置された作品や、すでに見られなくなった作品もあるため、最新の情報は公式サイトをご確認ください。

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