【徹底解説】ハン・ファン・メーヘレンってどんな人?作品と人生を3分で理解しよう!

こんにちは!ユアムーン株式会社 編集部です!

突然ですが、皆さんはハン・ファン・メーヘレンという画家を知っていますか?

ハン・ファン・メーヘレンは、20世紀で最も巧妙とも言われる、贋作者の1人です。

この記事ではハン・ファン・メーヘレンの『人生』と『作品』についてご紹介します!

ハン・ファン・メーヘレンとは?

ハン・ファン・メーヘレン基本情報

本名 ハン・ファン・メーヘレン(Han van Meegeren)
国籍/出身 オランダ、オーファーアイセル州、デーフェンテル
生年月日  1947年12月30日
分野/芸術動向 フェルメールの贋作
学歴/出身大学など デルフト工科大学建築学部/ハーグ王立芸術アカデミー

経歴と作品

画家への憧れと苦悩

ハン・ファン・メーヘレンは、 1947年12月30日に、オランダのオーファーアイセル州にあるデーフェンテルという街で生まれました。

幼い頃から画家への憧れを抱いていた彼は、オランダの古典派に属する画家に師事し、絵画を学びます。

美大への進学を希望したものの、父は反対。デルフト工科大学建築学部へ進学しました。

1913年に卒業制作として絵画を提出した彼は、建築学部の学生としては初のロッテルダム賞を受賞。画家としてデビューを果たします。

画家としての技量は確かだったものの、写実画を頑なに愛するその姿勢が時代に受け入れられなかった彼は、画家としてなかなか成功できずにいました。

彼と同世代の名をあげた画家は、若い頃の写実的な絵から離れ、独自の表現を追求している人たちばかりだったのです。

ポストカードやポスターの挿絵を描いて生計を立てていた彼は、「自分を認めようとしないオランダの美術界に復讐する」という動機から贋作ビジネスに手を染めるようになりました。

「天才贋作者」としての成功

贋作をつくるようになったメーヘレンは、主に17世紀オランダ絵画の贋作を制作し、その中でもフェルメールの贋作を好んで制作しました。

この時期ヨーロッパでは、フェルメールの再評価で美術界はもりあがっていて、多くの研究者たちが次々に論文を発表していた時期。さらに、フェルメールの研究がされ始めたばかりで、ごく一握りの専門家を騙せば本物と認められたことから、贋作が作りやすかったのです。

よってメーヘレンは、フェルメールの作風を模写するための研究を重ね、フェルメールが手がけていないと言われていた宗教画を描くようになりました。

当時の真贋判定方法で主に用いられていたのは、アルコールを浸した綿で絵画の表面を拭くというもの。彼は、これを回避するために絵の表面にフェノール樹脂を塗り、炉で一定時間加熱するという手法を編み出します。

また、キャンバスや額縁や額縁は17世紀の絵画から削り落としたものを使用し、絵具も当時と同じものを自ら製作して使用するなど、彼の贋作の手法は徹底したものでした。

そして1937年に制作された『エマオの食事』は、当時のフェルメールの研究家たちから「本物である」と認められ、ロッテルダムのボイマンス美術館から54万ギルダー(およそ3000万円以上)で買い上げられたのです。

The Supper at Emmaus(1601)

出典;The Supper at Emmaus, Essential Vermeer, http://www.essentialvermeer.com/index.html

真相の発覚

これによって批評家たちを騙して大金を得たメーヘレンは、その後も沈黙したまフェルメールの贋作を作り続けました。

その数は判明しているだけで11点、フェルメール以外の画家も含めれば生涯の贋作は17点にもなり、彼が莫大な利益を得たことがわかります。

そんな彼の贋作が判明した判明したきっかけは、この絵がナチスの高官であるゲーリングの手に渡ったこと。

1945年5月29日に、ナチス・ドイツの高官たちにフェルメール作とされていた『キリストと悔恨の女』などの絵画を売った罪で逮捕・起訴されたのです。戦後、オランダの財産がナチスに売却された経緯を調べるための長い取調べが行われました。

Christ with the Woman Taken in Adultery(1943)

出典:Christ with the Woman Taken in Adultery, Essential Vermeer, http://www.essentialvermeer.com/index.html

黙秘を貫いていたものの、ナチス協力者およびオランダ文化財の略奪者として長期の懲役刑を求められたメーヘレン。そこで彼は、「きみたちは私がフェルメール作品をナチスに売ったと思っている。それは馬鹿げた思い違いだ。フェルメール作品なんてなかった。あれは私が描いた絵なんだ」と告白します。ドイツの協力者と思われるより、贋作者と名乗ることの方が罪が軽いと思っての行動でした。

彼は、証拠として「フェルメール風」の絵を描いてみせ、さらに彼が売りさばいた絵画に対して最新の鑑定が行われた結果、それらが彼の手による贋作であることが証明されました。

その後、ナチス・ドイツへの絵画の販売については無罪となり、1947年11月12日にフェルメールらの署名を偽造した詐欺の罪で禁錮1年の判決を受けたメーヘレン。

量刑としては軽いものでしたが、既に酒と麻薬で体を壊していた彼は、心臓発作に倒れ、58歳の時にアムステルダムで死去しました。

ナチスの愛したフェルメール

ナチスにフェルメールを売ったメーヘレンは、「ナチスを騙した愛国者」として有名になりました。

ゲーリングが「姦通の女」を手に入れるために、その代金としてオランダ中から収奪した200点以上の絵画コレクションの現物を当てたことが報道されると、多くの作品を取り返した英雄として讃えられたのです。

そんな彼の数奇な半生は、2016年にルドルフ・バン・デン・ベルグ監督の手によって映画化されました。


<あらすじ>
1945年5月29日、画家ハン・ファン・メーヘレンは、ナチス国家元帥ゲーリングにフェルメール作の絵画を売った罪で逮捕・起訴された。ナチス協力者及びオランダ文化財略奪者の汚名を着せられ、長期の懲役刑を求刑された彼は驚くべき事実を告白する。「すべては自分が描いた贋作だ」と。
時はさかのぼって1920年代、メーヘレンは美術界にデビューするが、レンブラントやフェルメールら古典派の画風の継承だと批判されてしまう。
彼は決意する。ならば贋作を“本物”として流通させ、彼を見下した批評家たちに復讐すると。
独自の工夫を凝らし、遂に研究家をも認めさせる作品をモノにした彼の許に、ナチスが接近してくる…。
実在した希代の贋作画家・ハン・ファン・メーヘレンの数奇な運命を描く。
出典:ナチスの愛したフェルメール [DVD], Amazon, https://www.amazon.co.jp/

その他の作品

ここからは、メーヘレンが製作した贋作をいくつか紹介していきます!

Head of Christ(1939)

「最後の晩餐」のイエス・キリストの頭部を先に描いた作品。47.5万ギルダー(約2800万円)で売却されました。

出典;Head of Christ, Essential Vermeer, http://www.essentialvermeer.com/index.html

Girl Playing a Lute(1936年)

フェルメールの「リュートを調弦する女」と「音楽の稽古」をあわせた作品。売却はされませんでした。

出典;Girl Playing a Lute, Essential Vermeer, http://www.essentialvermeer.com/index.html

まとめ

いかがでしたか?

「有名な画家の作品と言われると、素晴らしい絵画に見えてくるのはなぜか?」、「人はなにをもって絵画に値段をつけるのか?」、「何のために作品をつけるのか」など、メーヘレンの人生からは様々なことを考えさせられます。

フェルメールの作品が好きな方は、一度本物の絵とメーヘレンの贋作とを見比べてみると面白いかもしれません。

メーヘレンに興味を持った方は、『ナチスの愛したフェルメール』もぜひ観てみてくださいね。

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