こんにちは。ユアムーン株式会社 編集部です。
皆さんは彫刻を鑑賞したことはありますか?
アートのジャンルの中でも「難しそう…」と言う印象を持つ方も多いのではないでしょうか。
絵や写真と比べて日常生活で触れたり、彫刻の展示を目にする機会も少ないと思うかもしれません。
実は彫刻作品は日常のいろいろなところで目にすることができます。
学校や公民館、駅などには彫像が飾られていることも多く、大きくて目立つ彫刻作品は観光スポットや待ち合わせ場所になることもあります。
彫刻の歴史や鑑賞ポイントを知ると、日常生活で見る彫刻作品の魅力を知ることができます。
本記事では美術初心者の方でもわかる西洋彫刻の鑑賞ポイントについて解説します。
イントロ情報
西洋彫刻って?
西洋彫刻とは具体的に何を指すのでしょうか。
現代の私たちがイメージするような、大理石やブロンズで出来た彫刻が本格的に作られたのは古代ギリシャの時代になります。
この時代は美術史の中でも彫刻の黄金期と言われ、映像や写真がないのは当然のこと、絵画も美術として発展していなかったため芸術=彫刻という図式が成り立っていました。
この頃の彫刻は「神に捧げるため」に作られていました。
古代ギリシャで信仰されていたギリシャ神話は、人間の肉体は神から授けられたものであり、神の姿は不変で理想的なものと考えられていました。
そのため神の姿を美しい形で表すことで、神への敬意を示していたのです。
素材には、成形のしやすさと耐久性を兼ね備えた大理石やブロンズが選ばれていました。しかし白一色の大理石彫刻や、迫力のあるタッチを残したブロンズ像はのちの時代に神聖化され、現代まで彫刻のスタンダードとされています。
本記事では、彫刻のスタートとされる古代ギリシャから現代まで、ヨーロッパを中心とする西洋彫刻について見ていきます。
鑑賞ポイント1:絵画と彫刻のちがいは「立体感」!
絵画と彫刻のちがいは立体感!と言われると当たり前でしょ?と言われるかもしれません。
ですが、重要なポイントです。
あらゆるアートジャンルの中で、立体感こそが彫刻の本質といっても過言ではありません。
みなさんは彫刻作品を観る時、なんとなく正面だけ鑑賞していませんか?
誰もが知っている彫刻作品といえばミケランジェロ・ブオナローティ作『ダビデ像』ですが、ダビデ像の後ろ姿を見たことはありますか?
彫刻作品を鑑賞する上で最も重要なポイントは、360度どこからでも鑑賞することができるという点です。
絵画や写真、映像といった平面作品は、歩きながら鑑賞していれば180度すべての方向から観ることができます。
しかし彫刻は写真を見たり、正面から見ただけではすべての方向から鑑賞することは難しいでしょう。
大きな作品や手で触れることができない作品は、上や裏面を観ることもできないこともあります。
だからこそ積極的に、小さな作品や手で触れてOKな作品は、上から見下ろしたり、裏にひっくり返したり、大きな作品は逆に下から覗き込んだりしてみましょう。
さらに、作品が立体であるということは展示される場所に座標が存在するという意味でもあります。
少なくとも壁に掛けなければならない絵画と異なり、展示される空間のどのポイントに置いても成立するという自由度が彫刻作品にはあります。
なぜこの場所に展示してあるのだろう?と考えてみるのも一つの観点です。
アートとは言い換えれば情報メディア。観ることができる角度が増えれば情報の量も増えます。
なので彫刻作品を写真や正面からだけ観るのはもったいない!かもしれません。
ちなみに有名な彫刻作品(たとえば上記に挙げた『ダビデ像』など)のWikipediaのページには3Dモデルを見ることができるものがあります。
興味のある方はぜひ観てみてくださいね。
鑑賞ポイント2:抽象彫刻の鑑賞のコツ!抽象レベルを意識しよう
彫刻家オーギュスト・ロダンのデビュー作である『青銅時代』は、名のないベルギー戦士を象ったブロンズ彫刻です。
そのあまりの出来に、ロダンは人型を取ったのではないかというあらぬ嫌疑をかけられてしまいます。
しかしロダンはその批判に対して、一回り大きい『青銅時代』を作って批判を跳ね除けました。
かっこいいエピソードですね。
あらぬ嫌疑をかけられるほどロダンの彫刻はリアルな出来だったということでしょう。
この時代の彫刻の価値はいかにリアルに美しく人体を表現するかで決まっていました。
しかし神、ひいては人間のリアルで理想的な姿を表現した古代ギリシャ彫刻からの潮流と打って変わって、ルネサンス美術のあとに印象派が台頭すると、彫刻もリアルな姿を離れていきます。
抽象彫刻と呼ばれるジャンルの登場です。
彫刻と一口に言っても、その抽象レベルは様々です。
絵画にも共通するポイントですが、様々な抽象レベルの作品を一つのジャンルにまとめてしまうと読解が難しくなってしまいます。
抽象レベルは時代ごとに変わっていくことが多いので、作品の制作年数を手がかりに、観る作品の抽象レベルがどれくらいかを確認してみましょう。
抽象レベルごとの鑑賞ポイントを以下の3つに分けてご紹介します。
抽象レベル1:古代からルネサンス時代〜リアルで理想化された人体〜
古代ギリシャ〜ローマ時代(紀元前1000~500年頃)にかけて「大理石彫刻」や「ブロンズ像」に代表される神話や英雄の姿を理想化した彫刻が作られた時代です。
ギリシャとローマの彫刻はよく一緒にされがちですが、よく観てみると違いがあります。
理想化された人体を志向していた古代ギリシャでは、均一なつるつるの肌で表現していました。
古代ローマの時代になると、先駆者であるギリシャ美術を神聖視しつつも文化の中で模倣していくローマンコピーという潮流が生まれます。
この中で変化したのがシワです。
極端に理想化された古代ギリシャ彫刻を、ローマ人はリアルで実在感のある作品に作り変えるために肌にシワを施しました。
モチーフも筋骨隆々の若い英雄だけでなく、権威のある老人や王様などを作るようになりました。
このポイントを押さえておけば、時代の近いギリシャとローマの彫刻を見分けることができます。
古代ローマ彫刻『円盤投げ像』
オリンピックの象徴としても知られる、美しいプロポーションの代表作『円盤投げ像』。
古代ギリシャとローマが生み出した、リアルと理想化のひとつの極地と言えそうです。
ローマ時代からルネサンスまで、彫刻は暗黒期を迎えます。
これはキリスト教の支配的な姿勢に反抗したイスラム教の存在によって、聖像禁止令が発布されたことによる影響が強いと考えられています。
実に120年ものあいだ、日陰者の時代を経て迎えたルネサンスの彫刻は、それまでの揺り戻しか目覚ましい発展を遂げます。
その発展の鍵を握るのが、ドナテッロです。
ドナテッロは建築物から独立した彫刻作品を作ったことで、これまでの「教会などの建築に組み込まれたオブジェ」という彫刻のイメージを一新しました(逆に言うとルネサンス以前の彫刻は建築物ありきの作品だったということです)。
さらに、ダ・ヴィンチなどの活躍により遠近法や解剖学的描写をいち早く彫刻に取り入れたのもドナテッロと言われています。
これらの功績を知っていると、ドナテッロ以前の彫刻と以後の彫刻を見る目が変わってくるのではないでしょうか。
どのような建築物に納められていたのか調べたり、想像してみると面白いかもしれません。
ドナテッロ作『ガッタメラータの騎馬像(1453)』。
ガッタメラータの軍功を讃えて作られたブロンズ彫刻。
バジリカ・デル・サント聖堂の近くに建てられた。
抽象レベル2:印象派から近代〜現実を離れた表現方法〜
印象派の登場によってアートはぐんぐんと抽象化を進んでいきますが、絵画の潮流が彫刻に持ち込まれたのには理由があります。
それは印象派の大家であるゴーギャン、ドガ、モディリアーニ、マティス、ピカソといった画家が彫刻家としても名を残しているからです。
19世紀に興った芸術運動である印象派は、新古典主義や歴史画のような劇的なシーンをリアルに切り取った描き方への反発として、素朴な風景を光や空気の雰囲気ごと描く方法です。
印象派は新印象派、フォービズム、シュルレアリスムと形を変え、さまざまな手法での抽象表現を生み出していきます。
先ほど挙げた五人の中でも特に、ピカソは彫刻に大きな影響を与えました。
絵画の印象が強いピカソですが、実は彫刻から影響を受けて抽象化の道を踏み出しているのです。
ピカソは1907年ごろに古代エジプト彫刻や古代イベリア彫刻、アフリカ民族が用いるマスクなどの造形物に影響を受けて「アフリカ彫刻の時代」と呼ばれる表現時代を迎えます。
代表作『アヴィニョンの娘たち』や『泣く女』には実際に影響を受けた彫刻の意匠が用いられており、これによってピカソは古代ギリシャから続く理想主義的なアートからの脱却を果たし、キュビズムやシュルレアリスムといった更なる抽象芸術への道を開きます。
先述の通り、絵画と彫刻の抽象表現には強い結びつきがあります。
絵画の抽象表現を参考にしたり、見比べてみると理解しやすいかもしれません。
ピカソ作『女性の胸像(1931)』。
単純化された髪と目は、ピカソのペニスと睾丸を表していると考察されています。
ひとつのモチーフに2つの意味を持たせる手法をダブルイメージといい、
サルバドール・ダリなどのシュルレアリストが好んで用いていました。形を抽象化することで意味が広がったり、重なることも抽象芸術の魅力の一つです。
モデルはピカソの愛人のひとりマリー・テレーズと言われています。
さらにこの頃、彫刻に革新をもたらしたのがスペインの彫刻家フリオ・ゴンザレスです。
鉄彫刻の始祖と呼ばれるフリオは、「空間へのドローイング」として鉄板を自由に曲げたり組み合わせたりした彫刻作品を制作しました。
人面を模したマスクや動物のようなフォルムをした抽象的な彫刻は、ピカソによって進展した彫刻の抽象レベルをさらに一段階引き上げました。
さらに、鉄という素材を彫刻に持ち込んだことも彫刻界には革命でした。
この影響を受け、アルベルト・ジャコメッティなどの後進を生んだことも功績の一つと言えるでしょう。
彼の登場によって、大理石やブロンズに固定化されていた彫刻の素材に広がりが生まれました。
実際に彼以降の彫刻は次々と、鉄に限らず様々な素材を用いられるようになります。
抽象レベル3:戦後から現代〜抽象とコンセプチュアル〜
印象派をきっかけに、アートシーンが抽象に向かう潮流の決め手になったのがロシアで生まれた抽象絵画という芸術運動です。
ワシリー・カンディンスキーやピート・モンドリアンなどに代表される画家が、無機質に交差する線や色面、あるいはキャンバス一面に塗られた色をして芸術と宣言したのです。
リアルではないどころか、何が描かれているのかもわからない(文字通り「何も描かれていない」場合さえある)ほど抽象化された作品はすべての芸術家に衝撃を与えました。
諸所の賛同や反感を受けつつも、結果的に抽象絵画がジャンルとして成立する流れの中、生まれたのがコンスタンティン・ブランクーシの唱えた「抽象化した彫刻」です。
先述のロダンに影響を受けていたブランクーシは、1908年頃から『接吻』や『空間の鳥』といった作品を作り始めます。具象物を極限まで無機質に抽象化した作品群は、のちのナウム・ガポやジャン・アルプなどに影響を与え、抽象彫刻というジャンルを築きました。
20世紀に入り、第二次世界大戦までの不安と動乱の中でコンセプチュアル・アートというジャンルが生まれました。
コンセプチュアル・アートの第一人者として挙げられるアーティストがマルセル・デュシャンです。
彼の代表作『泉』は市販の便器にサインをしただけのレディメイドであり、これを芸術作品とするかどうかが物議を醸します。
この「物議」こそがコンセプチュアル・アートの正体で、芸術はこの瞬間に「見るもの」から「考えるもの」へと変わったのです。
制約や伝統を一切取り払うコンセプチュアル・アートの潮流の中で、最もその影響を受けたのはおそらく彫刻です。
なぜなら「絵画は平面に描くもの」という制約を取り払った時、単純に考えれば「立体物を用いる」ということが思い付きます。
立体物を用いると、その作品はたちまち彫刻的になってしまうのです。
フリオ・ゴンザレスの項で「空間へのドローイング」という表現を紹介しました。
まさにこの時、絵画と彫刻を分けていた平面と立体という境界が消え去ったことで、彫刻は絵画に、絵画は彫刻になりうる時代を迎えたのです。
こうして、おおよそ全ての制約から解き放たれた彫刻は「なにが彫刻であるか」という定義を問題とせず、「なにを彫刻するか」や「なにで彫刻するか」という手段として現代へと結びついていきます。
近代〜現代の彫刻を鑑賞するときは先ほど挙げた「なにを彫刻するか」「なにで彫刻するか」、それに加えて「どこに彫刻するか」といったキーワードを念頭に置いてみると良いでしょう。
ロバート・スミッソン作『スパイラル・ジェティ(1970)』。
一般には「ランド・アート」や「アースワーク」、「サイトスペシフィック・アート」などと呼ばれる大規模なアートジャンルです。
彫刻家にかかれば地球もキャンバス。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
今回は西洋彫刻の鑑賞ポイントについて、特に抽象レベルというキーワードを用いて解説していきました。
絵画と同じように伝統と流行への反発、具体化と抽象化を繰り返してきた彫刻ですが、意識して鑑賞する機会が少ないだけに絵画に比べて難しいと感じる人もいるかもしれません。
「難しい…」「どこを見ればいいかわからない…」という方は本記事の鑑賞ポイントを参考にしてみてください。
これって彫刻なの?という素朴な疑問も大歓迎。
あなたの中の彫刻の定義と照らし合わせ、彫刻か彫刻じゃないかジャッジをしてみるという鑑賞の仕方も面白いでしょう。
言ってみれば、絵画も写真も映像も、3次元空間に作品が存在している限りある意味すべてが彫刻なのです。
解釈が進んだ近現代の彫刻においては、絵画の顔料を盛った筆致や、映像を再生する機器までもが彫刻といって差し支えない裾野の広さをしています。
私たち鑑賞者に次元が近いからこそ、他のアートジャンルに比べて正解も間違いもない自由さを持つのが彫刻の最大の魅力と言えるかもしれません。
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