こんにちは。ユアムーン株式会社 編集部です。
皆さんはウルス・フィッシャーという人物をご存知ですか?
ウルス・フィッシャー(Urs Fischer)は、1973年にスイスのチューリッヒで生まれた美術家です。巨大なぬいぐるみのクマと電気スタンドを組み合わせた彫刻、展覧会の会期中に燃えて溶けていく蝋(ろう)の彫刻、粘土の小さな塊を何十倍にも拡大した巨大な像など、身近な物の大きさや素材を大胆に変える作品で知られています。
ヴェネツィアのパラッツォ・グラッシは、フィッシャーを現代を代表する彫刻家の一人と紹介しています。空港のロビーに座る黄色いクマで、名前は知らなくても作品を見たことがある人もいるかもしれません。本記事ではそんなウルス・フィッシャーの人生と作品についてご紹介します。
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基本情報
| 本名 | ウルス・フィッシャー(Urs Fischer) |
| 生年月日(没年月日) | 1973年生まれ(月日は2つの公的な資料で確認できなかったため記載していません。訃報は確認されていません) |
| 国籍・出身 | スイス・チューリッヒ生まれ。2004年からニューヨークで暮らし、制作している(フィンセント・ファン・ゴッホ財団アルルの紹介による) |
| 学歴 | チューリッヒの造形学校(Schule für Gestaltung)で写真を学ぶ。その後、アムステルダムとロンドンの滞在制作プログラムに参加 |
| 分野 | 彫刻、インスタレーション、絵画、写真 |
| 傾向 | 日用品の大きさや素材を変え、意味を転じる。蝋、粘土、パン、アルミニウムなど素材は多様 |
| 師事した人物・影響を受けた人物 | MOCA(ロサンゼルス現代美術館)は、作品がポップ・アート、シュルレアリスム、ダダの流れに連なると紹介しています |
フィッシャーと関わりの深い美術の流れや、同じように日用品を作品にしてきた作家については、以下の記事でも詳しくご紹介しています。
経歴と作品
チューリッヒで写真を学ぶ(1973年〜2000年代初め)
ウルス・フィッシャーは1973年、スイスのチューリッヒに生まれました。フランス・アルルのフィンセント・ファン・ゴッホ財団の紹介によると、チューリッヒの造形学校(Schule für Gestaltung)で写真を学び、その後アムステルダムとロンドンで滞在制作のプログラムに参加しました。財団は、こうした修業が、フィッシャーの「イメージとその本来の価値への好み」を形づくったと書いています。
同じ財団の紹介によると、フィッシャーにとってイメージは、連想を呼ぶ力、感情の重み、巧みな錯覚のゆえに大切なもので、それは立体の作品にもそのまま当てはまります。あくまで彫刻家として考えながら、写真、彫刻、絵画、インスタレーションを行き来するのが、フィッシャーの制作の進め方です。自身の出版社 Kiito-San による本づくりにも取り組んでいます。
2004年からは、アメリカのニューヨークに拠点を移しました。2026年5月のオーストラリア・ロックハンプトン地域の発表でも、フィッシャーは「スイス生まれで、アメリカを拠点とする作家」と紹介されています。
インスタレーションとウルス・フィッシャー
インスタレーションは、作品を1つの物として置くのではなく、空間全体を使って体験させる表現のことです。フィッシャーの展覧会では、作品だけでなく展示室そのものが作り変えられることがよくあります。
2013年にロサンゼルス現代美術館(MOCA)で開かれた個展では、展示室の壁に、バスが通れるほどの大きな穴が荒々しく切り開かれ、床は巨大なカンバスのように乱雑に塗られていました。MOCAは、その様子を、不器用な巨人が準備した展示室のようだと表現しています。
素材も実にさまざまです。MOCAによると、フィッシャーの彫刻は、手間のかかるアルミニウムの鋳造でつくられたり、木を荒く削ってつくられたり、蝋で型どりされて会期中に溶けていったりします。手でつくったように見える作品も、実際にはさまざまなデジタルの工程を経てつくられ、現実が少しずれたような不思議な見た目を生んでいるといいます。

電気スタンドとクマ『Untitled (Lamp/Bear)』
フィッシャーの作品の中でも、とくに多くの人の目にふれているのが、カタールのハマド国際空港に置かれた巨大な彫刻です。
『Untitled (Lamp/Bear)』
カタール博物館(Qatar Museums)は、この作品を、カナリア色のテディベアと寝室の電気スタンドを組み合わせ、巨大な大きさで実現した彫刻と紹介しています。高さは23フィート(約7メートル)で、空港の大きなロビーで旅行者を迎えています。カタール博物館は、子ども時代や家にある大切な物を思い出させる作品だと説明し、この国でもっとも愛される名所の一つになったと書いています。
カタール博物館の写真では、ガラスの格子の天井から光が降りそそぐ広いロビーの中央に、円い台座が置かれ、その上に黄色いクマが足を投げ出して座っています。クマの頭の上には黒い電気スタンドのかさがかぶさり、クマは少しうつむいているように見えます。周りを歩く人がとても小さく見えるほどの大きさです。

ぬいぐるみも電気スタンドも、どの家にもあるような物です。それを建物の一部のような大きさにすることで、見慣れた物が急に見知らぬ物に変わります。カタール博物館の商業部門は2023年2月、この作品をもとにしたぬいぐるみや電気スタンドの複製などの商品も発売しました。
パラッツォ・グラッシ初の存命作家の個展「Madame Fisscher」(2012年)
2012年、ヴェネツィアのパラッツォ・グラッシで個展「Madame Fisscher」が開かれました。ピノー・コレクションによると、フィッシャーはパラッツォ・グラッシで個展を開いた最初の存命作家です。ピノー・コレクションと世界各地のコレクションから30点を超える作品が選ばれ、建物の大きな吹き抜けと2階(ヨーロッパ式の1階)のすべてを使って、1990年代から2012年までの仕事を紹介しました。
展覧会は、フィッシャーとキュレーターのカロリーヌ・ブルジョワが共同で構想しました。題名は、吹き抜けに置かれた彫刻『Madame Fisscher』からとられています。ピノー・コレクションは、フィッシャーの作品が錯覚と現実、ユーモア、永遠とはかなさを組み合わせ、論理的でありながら不条理でもある世界を見る人に差し出すと紹介しています。日用品はフィッシャーの「主要な素材」であり、鋭いユーモアと逆説への好みによって、その意味を変えていくといいます。
『meme』(2012年)
この個展に出品された『meme』は、2本の巨大な釘の彫刻です。パラッツォ・グラッシの写真では、白い壁ぎわの床に、銀色の太い釘が2本、頭を上にして壁に立てかけられています。左の釘はまっすぐですが、右の釘は途中でぐにゃりと曲がっています。釘の後ろには、影のような灰色の細い形が添えられています。

釘は、本来なら手のひらに収まるほど小さな道具です。その大きさを人の背丈ほどに変え、しかも曲がった形で見せることで、ふだん気にもとめない物が、急に存在感のあるものとして目の前に現れます。
アメリカ初の回顧展とMOCA(2013年)
2013年4月21日から8月19日まで、ロサンゼルス現代美術館(MOCA)で個展「URS FISCHER」が開かれました。MOCAによると、アメリカで初めてのフィッシャーの回顧展で、MOCAグランド・アベニューとゲフィン・コンテンポラリーの2つの会場にまたがるものでした。企画は、MOCAとテート・モダンのキュレーター、ジェシカ・モーガンによるものです。
MOCAは、フィッシャーの作品の世界を、パンでできた家や、降りそそぐ巨大な雨粒、崩れ落ちるベッド、溶けていく物たちが住む、おとぎ話のような風景と表現しています。グランド・アベニューの会場では、硬いはずの家具や物が垂れ下がったり崩れたり、宙に浮いたように見えたりする作品が並びました。同じ会場には、1950年代の映画スターの顔写真の上に、別のイメージを重ねて顔を隠した絵画も並びました。ゲフィン・コンテンポラリーの会場では、ニューヨークの画家ジョシュ・スミスのアトリエを、写真のような壁紙で再現する試みも行われています。
MOCAの展示風景の写真では、展示室の壁に開けられた大きな楕円形の穴の向こうに、天井から吊るされた無数の水色の雨粒が広がっています。その手前にはピンク色の街灯のような彫刻が立ち、右奥には木の小屋のような形の作品が置かれています。床にはパイナップルや小さな丸い物がぽつんと転がり、どこからが作品でどこからが展示室なのか分からなくなるような風景です。

粘土の小さな塊から巨大な像へ
MOCAの個展のもう1つの会場、ゲフィン・コンテンポラリーでは、大がかりな共同制作が行われました。MOCAによると、開幕前の数週間に1,500人が招かれ、フィッシャーと一緒に粘土で人や動物の形をつくりました。誰もがよく知る形を題材にしながら、作り方や大きさ、仕上げは自由に任されました。
一方、美術館の外では、その逆のことが起きていました。フィッシャーは、こぶし大の小さな粘土の彫刻を、高さ45フィート(約14メートル)を超える巨大な像へと拡大したのです。MOCAは、それがまるで巨人の手でつくられたように見えると書いています。
MOCAの写真では、青空の下、四角い台座の上に、灰色の巨大な塊がねじれながら空に向かって伸びています。表面には、粘土を指でつまんだりちぎったりしたような跡が、そのままの形で大きく残っています。手のひらの中で生まれた小さな形が、建物にも負けない大きさになっています。

フィンセント・ファン・ゴッホ財団アルルも、フィッシャーが来場者を招いて粘土の塊から彫刻をつくってもらう、参加型の場を設けることがあると紹介しています。
燃えて溶ける蝋の肖像『Francesco』(2017年)
フィッシャーの代名詞の一つが、蝋でつくり、芯に火をともして溶かしていく彫刻です。ロックハンプトン地域の2026年5月の発表によると、オーストラリア国立美術館が所蔵する『Francesco』(2017年)は、高さ4メートルの蝋のろうそくの「肖像」です。イタリアの美術評論家フランチェスコ・ボナーミの等身大の像が、果物と野菜を積んだ開いた冷蔵庫の上に立ち、スマートフォンを見つめています。
同じ発表によると、この作品は火をともされたあと、数か月かけて溶け、最後は残骸になります。発表は、作品が誕生し、生き、終わりを迎え、そして再び鋳造されるという作品の一生の循環を表し、インスタレーションと彫刻の境目をあいまいにすると説明しています。2026年5月9日からは、オーストラリア国立美術館の作品を各地で紹介する取り組みの一つとして、ロックハンプトン美術館で展示されています。

ほこりで描く「Dust Paintings」と近年の活動(2025年〜)
ローマ市の観光局の案内によると、2025年、フィッシャーはローマのガゴシアンで個展「After Nature」を開き、新しい絵画8点、大きなソフト・スカルプチャー(やわらかい素材の彫刻)、観客が参加する映像インスタレーションを発表しました。
新しい絵画は、2007年から2010年につくったシリーズを振り返るもので、マン・レイの写真『Dust Breeding(埃の培養)』を明確に参照しています。この写真は、マルセル・デュシャンの『彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも(大ガラス)』の表面に積もったほこりを写したものです。フィッシャーの新作は、アルミニウムの上に、アトリエの床から集めたほこりを使って描かれ、ほこりの粒の散らばりは、乾いた風景や夜空の星のようにも見えるといいます。
同じ個展の映像インスタレーションは、ダン・グレアムの『Time Delay Room』へのオマージュで、観客は5秒遅れで映し出される自分の姿を見ることになります。あわせて、彫刻『Dance』(2025年)が、ローマのヴィラ・メディチ(フランス・アカデミー)のルネサンス様式の庭園に展示されました。
まとめ
いかがだったでしょうか。ウルス・フィッシャーの人生と作品について、ご紹介してきました。
フィッシャーは1973年にチューリッヒで生まれ、写真を学んだのち、2004年からニューヨークを拠点に制作してきました。2012年にはパラッツォ・グラッシで初めての存命作家の個展「Madame Fisscher」を開き、2013年にはMOCAでアメリカ初の回顧展を開いています。
テディベアと電気スタンドを組み合わせた『Untitled (Lamp/Bear)』、巨大な釘の『meme』、こぶし大の粘土から生まれた巨大な像、火をともして溶けていく蝋の『Francesco』。どの作品でも、身近な物の大きさや素材、時間の流れが変えられ、見慣れた物が見知らぬ物として目の前に現れます。
2025年にはアトリエのほこりで描いた絵画を発表するなど、素材への関心はいまも広がり続けています。機会があれば、空港のクマや美術館の作品の前で、「これは本当は何だったのか」と考えてみてください。
Euphoric " " の視点
フィッシャーの作品は、テディベアや電気スタンド、釘といった身近な物の大きさや素材を変えることで、見慣れた物を見知らぬ物として差し出します。火をともして数か月かけて溶けていく蝋の『Francesco』は、作品が誕生し、終わりを迎え、再び鋳造される一生の循環として示されています。
完成した姿を永く保つことだけが彫刻の役割ではない、という考え方は、作品を見る私たちの時間の感覚にも働きかけます。アトリエのほこりで絵を描くまでに広がった素材への関心は、身の回りの物を見直すきっかけを、静かに与えてくれます。
この作品を見に行くには
記事で紹介した作品のうち、『Untitled (Lamp/Bear)』はカタールのハマド国際空港のロビーに置かれています。『Francesco』は2026年5月からロックハンプトン美術館で展示されていますが、火をともして溶かしていく作品のため、2026年10月時点の展示の状況はロックハンプトン美術館の公式の情報をご確認ください。そのほかの作品は展覧会ごとに展示されるため、常設で見られるとは限りません。







