シェイクスピアとは?生涯・代表作・四大悲劇をわかりやすく解説

シェイクスピアとは?生涯・代表作・四大悲劇をわかりやすく解説

アートコンサルティング

  • ウィリアム・シェイクスピア(1564〜1616年)は、イギリスのストラトフォード・アポン・エイヴォン出身の劇作家・詩人です。
  • 『ハムレット』『オセロ』『マクベス』『リア王』の四大悲劇をはじめ、生涯で約37〜39の戯曲を書いたとされています。
  • 本記事では、シェイクスピアの生涯・代表作・四大悲劇の内容をわかりやすく解説します。

戯曲を読まない、舞台をみない、英文学をよく知らない、という方でも「シェイクスピア」という名前は一度は聞いたことがあるのではないでしょうか?

「ロミオとジュリエット」、「ハムレット」など現代にまで読み継がれるような大傑作を書いた、世界一有名といっても過言ではないイギリスの劇作家です。

今回は、舞台芸術を語る上で欠かせないシェイクスピアについて経歴や作品をご紹介いたします。

ウィリアム・シェイクスピアとは?

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出典:シャンドス肖像画(Chandos Portrait)1600〜1610年頃。ジョン・テイラー(John Taylor)作と伝えられていますが、作者・モデルともに確定ではありません。ロンドン・ナショナル・ポートレート・ギャラリー所蔵。画像:Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

<国籍>
イギリス

<人生>

生まれについては諸説ありますが、1564年にイングランド中部のストラトフォード・アポン・エイヴォンに誕生したと言われています。父はジョン・シェイクスピアという革手袋職人でありながら、市議会員も勤めた人物、母メアリー・アーデンは裕福な地主階級(ジェントリ)の娘で、裕福な家庭に生まれたようです。

正確な誕生日は記録がなく、洗礼の記録のみ1564年4月26日に残っています。洗礼までの期間から逆算して、4月23日が誕生日として広く用いられています。

ストラトフォードにあったグラマー・スクールに通い、ラテン語文法や文学について学習。幼少期から語学に長けていたと言われています。

その後、尊敬する父の没落や、アン・ハサウェイという女性を妊娠させ、結婚を余儀なくされるなど家庭の重圧に押しつぶされそうになったのか、21歳頃から、ロンドンの演劇界で名前が確認される1592年までの約7年間、公的な記録が一切残っていません。この期間は「失われた年月(The Lost Years)」と呼ばれており、本人が姿を消したわけではなく、史料が見つかっていないだけだとされています。

次に記録が確認できるのは1592年のロンドンで、劇作家ロバート・グリーンが著作の中でシェイクスピアを批判的に取り上げたことが、演劇界での活動を示す最初期の記録とされています。その後1594年に設立された宮内大臣一座(ロード・チェンバレンズ・メン)の設立メンバーの一人となり、座付き作家兼役者として活躍しました。

1596年には父ジョンの名義で紋章の使用が認められ、一家は父が長く果たせなかった紳士階級(ジェントルマン)の身分を得ます。1599年には劇団の本拠地となるグローブ座が建築され、同年9月に『ジュリアス・シーザー』が上演されたという同時代の旅行者トマス・プラッターの記録が残っており、グローブ座で最初期に演じられた作品の一つとされています。そして1603年、エリザベス1世の死去にともない即位したジェームズ1世の庇護を受け、劇団は国王一座(キングズ・メン)へと改称され、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いで人気はさらに高まっていきました。

人気絶頂の中、今も名作として語り継がれる4大悲劇を書き上げています。

シェイクスピアは1610年代前半には徐々にロンドンでの活動を減らし、ストラトフォード・アポン・エイヴォンで過ごす時間を増やしていたとされています。なお1613年には、『ヘンリー八世』の上演中に小道具の大砲の火花が原因でグローブ座が全焼する事件が起きています。
1616年4月23日、52歳でその生涯を閉じたとされています(遺体の埋葬記録は4月25日)。死因はわかっていません。

シェイクスピア年表

1564年4月26日、ストラトフォード・アポン・エイヴォンで洗礼を受ける(誕生日自体の記録はなく、4月23日が通説)
1582年アン・ハサウェイと結婚
1585年双子ハムネットとジュディスが洗礼を受ける。以後ロンドンで名前が確認される1592年までは記録が残っておらず「失われた年月」と呼ばれる
1592年ロンドンの演劇界で活動していたことを示す最初期の記録が確認される
1594年宮内大臣一座(ロード・チェンバレンズ・メン)の設立メンバーとなる
1599年グローブ座が建築される。同年9月に『ジュリアス・シーザー』が上演されたという同時代の記録が残る
1603年ジェームズ1世の即位にともない、劇団は国王一座(キングズ・メン)に改称される
1599〜1606年頃四大悲劇(『ハムレット』『オセロ』『リア王』『マクベス』)が書かれる
1613年『ヘンリー八世』上演中にグローブ座が焼失
1616年4月23日、52歳で没したとされる(埋葬記録は4月25日)
シェイクスピアの歩みを、1564年の洗礼、1582年の結婚、1592年の演劇界での最初期の記録、1594年の宮内大臣一座、1603年の国王一座への改称で示した図
図:シェイクスピアの歩み 5つの節目

シェイクスピアの作品

今回は数あるシェイクスピア作品の中でも押さえておきたい4大悲劇 「ハムレット」「オセロ」「マクベス」「リア王」についてご紹介します。

1,『ハムレット』(1601年頃)

<主な登場人物>

・ハムレット…主人公。デンマーク王国の後継者とされている。
・クローディアス…ハムレットの叔父。先王ハムレット亡き後、代わってデンマークの王位についた。
・ガートルード…ハムレットの母。ハムレットの父の死後、クローディアスと再婚した。
・先王ハムレットの亡霊…ハムレットの父。先代のデンマーク王で、クローディアスの兄だった。
・オフィーリア…ハムレットの恋人であり、ポローニアスの娘。

<あらすじ>

デンマーク王国で、王が急死。それを受け、王の弟であったクローディアスが王位を継承し、国王の座に就いた。さらに、王子であるハムレットの母、ガートルードは夫だった先王が亡くなってまもなく、クローディアスと再婚してしまう。

先王の死と、早すぎる母の再婚に絶望したハムレットは現実を受け止めきれずに荒れてしまう。そんな時、ハムレットは城に亡霊が出るとの噂を耳にする。実際に見に行ってみると、その亡霊はなんと亡くなった父であり先王の霊だった。そしてハムレットは、先王はクローディアスの策略によって殺された事実を知ってしまう。

クローディアスへの復讐を誓ったハムレット。頭がおかしくなってしまったフリをし、クローディアスを暗殺する機会を狙うのだが…。

「生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ」はあまりにも有名なセリフですね。
日本でも藤原竜也さんが主演、蜷川幸雄さんが演出など、幅広く舞台化されています。


2,『オセロ』(1603〜1604年頃)

<主な登場人物>

・オセロ…ムーア人で、ヴェニスの将軍。
・デスデモーナ…オセロの妻。
・キャシオ…オセロの臣下で副長。
・イアーゴー…オセロの旗手。
・エミリア…イアーゴーの妻。

<あらすじ>

主人公オセロはムーア人でヴェニスの軍人である。ある時、周囲の反対を押し切ってデスデモーナと駆け落ちをするが、オセロに恨みを抱いている旗手イアーゴーから「デスデモーナはキャシオと密通している」と告げ口され、オセロはそれを信じてしまう。

嫉妬に狂ったオセロはイアーゴーにキャシオの暗殺を命令し、自身はデスデモーナを殺害してしまうが、イアーゴーの妻エミリアに真実を教えられ…

ボードゲームのオセロの名前の由来ともなった戯曲です。


3,『マクベス』(1606年頃)

<主な登場人物>

・マクベス…スコットランドの将軍にして、のちにスコットランド王になる。
・ダンカン…スコットランド王。
・マクベス夫人…マクベスの妻にしてマクベス以上の野心を持ち合わせている。

<あらすじ>

スコットランドの将軍であったマクベスは、戦場からの帰りに荒野で3人の魔女と出くわす。魔女たちはマクベスは王になるという予言を残して消え去り、その後本当にマクベスは昇進する。マクベスは野心にかられ、昇進だけでは満足せず国王になることを望むように。

夫人に魔女のことを話すと、夫人は大喜び。マクベスをそそのかし、現国王であるダンカンの暗殺を示唆する。罪悪感にかられるマクベスを叱咤し、実際にマクベスはダンカンを殺害。国王になる。

それからというものの、自らの地位を失する恐怖に取り憑かれたマクベスは次々に恐ろしい罪を重ねように…。

マクベスはかつて本当に存在した人物で、実際にスコットランド王を殺害し自ら王座についた、という史実があるようです。


4,『リア王』(1605〜1606年頃)

<主な登場人物>

・リア…ブリテン国の老王。
・コーディリア…リアの三女。
・リーガン…リアの次女。
・ゴネリル…リアの長女。

<あらすじ>

長らくブリテンを統治していたリアは、高齢を理由に退位し、領土や権力を3人の娘に分割すると発表する。長女のゴネリルと次女のリーガンは、言葉巧みにリアを喜ばせるが、末娘のコーディリアは姉達二人のように媚び諂うことができず、それに激怒したリアによって勘当されてしまう。父であるリアの身を案じながらフランスの王妃になり城を出ていくコーディリア。

リアは退位後、領土を譲ったゴネリルとリーガン二人を頼って余生を過ごすつもりだったが、二人はリアを裏切り嵐の吹き荒ぶ荒野に追い出してしまう。愛する娘に裏切られ狂っていくリア。

リアの状況を知ったコーディリアは、リアの救出のためにフランス軍を起こすが、戦闘に破れリアとともに捕虜になってしまう…。

4大悲劇の中では最も壮大な作品。黒澤明監督の『乱』(1985年)の原作でもあります。


作品の分類(代表作)

悲劇『ハムレット』『オセロ』『マクベス』『リア王』(四大悲劇)、『ロミオとジュリエット』、『ジュリアス・シーザー』など
喜劇『夏の夜の夢』『十二夜』『ヴェニスの商人』『から騒ぎ』など
史劇『リチャード三世』『ヘンリー五世』『ヘンリー八世』など、イングランド王家を題材にした作品群
ロマンス劇(後期作品)『テンペスト』『冬物語』など、晩年に書かれた作品

共作や作者帰属が未確定の作品の扱いにより研究者間で数え方が異なるため、戯曲の総数は約37〜39作品とされています。

シェイクスピアの戯曲を、悲劇・喜劇・史劇・ロマンス劇の4つに分け、それぞれの代表作を挙げて示した図。戯曲の総数は約37〜39作品とされる
図:シェイクスピア作品の4つの分類

シェイクスピアの名言(一例)

「All the world’s a stage, and all the men and women merely players」(『お気に召すまま』第2幕第7場)

「この世界はすべて舞台であり、男も女もみな役者にすぎない」という意味の一節です(訳は当メディアによる意訳です)。

よくあるご質問

  • シェイクスピアの死因は何ですか?
    死因は明らかになっていません。1616年4月23日に52歳で亡くなったとされていますが、死因を記録した資料は残っていません。
  • シェイクスピアの作風・特徴は?
    美しい台詞回し(詩的な言葉遊びや比喩表現)と、人間の心理を鋭く描いた点が特徴とされています。悲劇・喜劇・史劇・ロマンス劇と幅広いジャンルを書き分けた点も特徴の一つです。
  • シェイクスピアは別人が書いたという説はありますか?
    シェイクスピア本人が実在したことは記録から確認されていますが、「戯曲を書いたのは別人では」とする説(シェイクスピア別人説)も古くから存在し、フランシス・ベーコンやエドワード・ド・ヴィアなどが候補として挙げられています。ただし学術的には、現在もシェイクスピア本人を作者とする見解が主流です。
  • シェイクスピアはどこの国の人ですか?
    イギリス(イングランド)のストラトフォード・アポン・エイヴォン出身で、生涯の多くをロンドンで過ごしました。

まとめ

ウィリアム・シェイクスピアについてご紹介しました。

かなり古い劇作家ですので取り扱うか迷ったのですが、演劇のみならず、オペラなどの舞台芸術に興味がある方は絶対に避けては通れない人物だと思い、今回こうして解説しました。

シェイクスピアの戯曲は現代の戯曲とはかなり異なっていて、初めて読む方は読み進めるのが大変かもしれませんが、その美しい台詞回しや鋭い人間の観察眼を感じ取れるでしょう。どこの書店でも置いてあると思うので、ぜひ挑戦してみてください!

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