こんにちは!ユアムーン株式会社 編集部です!
突然ですが、皆さんは『コンセプチュアルアート』という言葉を聞いたことがありますか?
1960年代後半から1970年代にかけて世界的に巻き起こった前衛的な芸術ムーブメントです。
この記事ではコンセプチュアル・アートとは何か、そして楽しみ方についてご紹介します!
コンセプチュアルアートとは?
コンセプチュアル・アートは、従来の絵画や彫刻といった枠組みに囚われた作品ではなく、作者が頭の中で考えた構想やアイデアを重要視する新しい芸術です。したがってコンセプチュアル・アートの最たるものは、作者の頭の中にあるとも言えます。
いわゆる”現代アート”と総称されることもありますが、その中でも作者の思考や物事の概念を表現した作品を指します。
コンセプチュアル・アートは1960・70年代が最盛期と言われていますが、そのルーツは1910年代に遡ります。
発祥はトイレ!?
コンセプチュアルアートはフランス人アーティスト マルセル・デュシャンによって生み出されたと言われています。
彼は、従来主流だった色彩や造形を重視する抽象画といったロマン主義的な作品を『網膜的絵画』と非難しました。彼は芸術を目で楽しむものではなく、精神や思考で楽しむものへと移行させようとしたのです。
それでは、コンセプチュアルアートの原点とも言われる『泉』という作品についてご紹介します。
『泉』(1917年)
こちらはただの男性用便器に何も手を加えず展示した作品です。誰もが日常的に使用するもので用途も限定されています。
しかし美術館に設置されたことで、”ただの便器”は”アート”へと変貌します。
ここで重要なのは、マルセル・デュシャンがこの作品を制作した目的が、『便器を見て視覚的に芸術性を感じてほしい』ではなく、『便器を美術館に設置した意図を考えてほしい』であるということです。
例えば、便器を美術館に設置することで、何でもアートに変えてしまう美術館という存在に疑問を呈した、という捉え方も出来ます。
このように、コンセプチュアルアートは作品を見た人が作者の意図や思考に考えを巡らせることを目的としているのです。
目に見えないものが作品に
コンセプチュアルアートにおいてテーマとなるものはオブジェだけに留まりません。
例えば、一貫して”時間”を作品にしたドイツ出身のハンネ・ダルボーフェンというアーティストがいます。
彼女は時間を独自の計算で数値化し、時間という概念を全世界共通の普遍的な言語で表そうとしました。
言い換えると、人類が勝手に決めた分・秒という概念を、万物が共通で認識できる形で表現しようとした、ということではないでしょうか。
膨大な計算の過程が無数に刻まれた彼女の作品を見ていると、それに要した果てしない時間からを想像し、遥か過去・未来について俯瞰的に考えることができます。自分の生きている時代を刹那にさえ感じてしまいますね。
無題(1968年)
また、”存在”を作品にした日本人の河原温というアーティストがいます。60年代にニューヨークで活躍し、現在もオン・カワラとして世界中でファンを集めています。
『I got up』
こちらの作品は、毎朝自分が起床したことをポストカードに記し、知人に送り届けたものです。各地の知人に送られたポストカードが多数残されています。こちらの作品に加えて『I STILL ALIVE』 と記したシリーズもありますが、彼が亡くなると同時に作品も途切れています。
このような作品を通して毎日自身の存在を目に見える形に残すことで、何気なく過ぎゆく時間の儚さやありふれた生命の尊さを送り先の友人に考えさせようとしていたのではないでしょうか。実際に送られた無数のポストカードを目の当たりにしたとき、それが河原温の生きた証のようにも感じられました。
彼についての記事はこちらからご覧ください!
紹介した二人の作品においても、作品のデザインを表面的に眺めるのではなく、「作品を通して何を伝えたかったのか」について考えながら鑑賞してみると、これまでと違った楽しみ方ができるのではないでしょうか。
コンセプチュアルアートは60年代からニューヨークで広がり、一躍世界的なムーブメントとなりましたが、カメラの登場といった文化の発展に伴い「見えたものをそのまま描く」ことへの価値が薄れていったことも、コンセプチュアルアートが世界に展開した理由の一つであると考えられています。
芸術家と作品が一体に
コンセプチュアルアートでは、アーティスト自身が作品となることもあります。
あらゆるコンセプチュアルアート作品のメインはアーティストの頭の中にあると言えますので、アーティスト自体を作品にしてしまうという発想には納得がいきますね。
イタリア出身のギルバート・プロッシュとイギリス出身のジョージ・パサモアは、アーティストとしては珍しくコンビを組んで「ギルバート&ジョージ」として制作活動を行っています。
『The Singing Sculpture』(1970年)
彼らが学生時代に発表した作品です。
スーツを身に付けた自身の身体を金箔で覆い、テーブルの上で無表情に踊りながら何時間も歌い続けたそうです。
こちらのパフォーマンスとも言える前代未聞の作品は、当時物議を醸し、人々を驚かせました。
その後も”人”をテーマとした作品を多く作り続け、時には暴力や排泄物良いった過激な描写で非難を受けることもあります。
現在に至るまで、彼らの作品では彼ら自身に加えてイーストロンドン(労働者階級やアジア系の貧しい移民が住んでいることで知られる地域)の風景が多く描かれています。
それは、彼らのささげた”万人のためのアート”というスローガンに従えば、「人間は誰しもアートになり得る」というメッセージを添えた、”富裕層のためのアート”そして”富裕層のための社会”に対する挑戦であるとも考えられます。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
今回はコンセプチュアルアートについてご紹介しました。
一見難しそうに見える作品ですが、作者は作品を見た人が何かを考え、感じることを目的としています。
何を考えるか、感じるかは十人十色で正解はありませんので、最も自由なアートとも言えるかもしれません!