【徹底解説】アールデコを代表するデザイナー、カッサンドルとは?人生と作品に迫る

Dubonnet - Cassandre
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こんにちは、ユアムーン編集部です。

皆さんはカッサンドルというポスターアーティストをご存知でしょうか?

カッサンドルはキュビスムとシュルレアリスムに影響を受けたアールデコを代表する人物で、ポスターアーティストだけでなく、書体デザイナーとしても名を馳せています。

今回はそんなカッサンドルの人生と作品についてご紹介していきます!

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カッサンドルってどんな人?

AMCカッサンドル ©Studio Harcourt
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本名 アドルフ・ムーロン・カッサンドル(Adolphe Mouron Cassandre)
生年月日 1901年1月24日
出身 ロシア ハリコフ(現在はウクライナ)
学歴 エコール・デ・ボザール アカデミー・ジュリアン
分野/芸術動向 ポスターアート/アール・デコ

人生と作品

生まれと環境

カッサンドルは1901年1月24日、ロシアのハリコフ(現ウクライナ)にてフランス人の両親のもとに生まれます。

幼少期はロシアとフランスを往復する日々を過ごし、第一次世界大戦が勃発した翌年の1915年に家族とともにパリに定住します。

1918年、美術学校であるエコール・デ・ボザールに短期間通った後、アカデミー・ジュリアンで「リュシアン・シモン」というフランス人画家に師事し、ポール・セザンヌのスタイルで絵画を描いていました。

1919年ドイツのヴァイマルにデザインの総合教育機関、「バウハウス」が設立されると早くもカッサンドルはバウハウスの教育方針である合理性・機能性を追及する考え方に興味を示し、自身の作品に影響を与えていくことになります。

キャリア

すぐに自分で生計を立てる必要があったカッサンドルは1921年からいくつかポスター制作を行い、風刺的なスタイルで制作していたようですが、これらの初期の作品はほぼ失われてしまっているようです。

そして翌年にパリのモンパルナスのムーランヴェール通りにスタジオを構え、「カッサンドル」というペンネームで活動を始めます。

最初の成功作品 – Au Bucheron (1923)

Au Bucheron – Cassandre
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1923年、カッサンドルは家具店「Au Bucheron」のためのポスターを制作します。

この作品は斧で木を切り倒している木こりを大胆に描いた大判のポスターで、パリ中に展示されるとパリ市民たちはカッサンドルの芸術的スキルを評価し、彼の名声は高まっていきます。

そして1925年にこの作品は国際装飾芸術博覧会で最優秀賞を受賞し、この時に後に国際タイポグラフィー協会の設立に携わり、会長を務めることになる「シャルル・ペニョ」と出会います。

*Bucheronは「木こり」という意味

自分の広告代理店を設立

「Au Bucheron」の成功によりカッサンドルは「Alliance Graphique(アライアンス・グラフィック)」という広告代理店を同僚と一緒に設立し、広告宣伝の支援を求める様々なクライアントにサービスを提供しました。

その中で大成功を収めたポスターとして、「Étoile du Nord(エトワール・デュ・ノール)」「Dubo Dubon Dubonnet(デュボ・デュボン・デュボネ)」などがあります。

Étoile du Nord (1927)

Étoile du Nord – Cassandre
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1927年にフランスの鉄道会社「Chemin de Fer du Nord」のために制作したポスターです。

これまでの鉄道会社のポスターは観光客を鉄道旅行に誘致するために、絵画的な景色や綺麗な女性を描くのが一般的でしたが、カッサンドルはあえて列車や鉄道、線路などに焦点を当てて、列車のスピード感や遠距離旅行のロマンチシズムを表現しました。

Dubo Dubon Dubonnet (1932)

1932年に食前酒のワイン、「DUBONNET」を宣伝するために作られたポスター。

このポスターは「DUBO(美しい)」「DUBON(美味しい)」「DUBONNET(デュボネ)」と3枚に分かれていて、高速移動する車両内から見ることを前提としてデザインされています。

この3枚のポスターは、ワインを手にとる、ワインを飲む、ワインを再び注ぐ、という一連の動作がアニメーションのように連続的に視界に入るという斬新なアイデアで、掲載方法と見る人の視点まで考えられたデザインとして評価されています。

書体の制作

カッサンドルは1925年の国際装飾芸術博覧会で知り合ったシャルル・ペニョとペニョの活字鋳造所「Deberny & Peignot」と共に「Bifur」「Acier Noir」「Peignot」「Touraine」という4つの書体も制作しています。

「Peignot」は1937年にパリ万国博覧会に出品するために制作された汎用書体で、アール・デコ様式の垂直線が太い書体です。

1940年代後半までポスターなどである程度の人気を博していましたが、Groteskなど装飾性の低い書体が好まれる風潮になると使用されることは少なくなっていきました。

Normandie (1935)

Normandie – Cassandre
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これは1935年に制作されたTransatlantique社に就航したノルマンディー号を宣伝するポスターです。

史上最大のオーシャン・ライナーとして建造されたノルマンディー号を正面から捉えたシンメトリーで大胆な構図は、ノルマンディー号の巨大さと曲線の美しさが際立って伝わってきます。

第二次世界大戦の勃発とその後

1939年、第二次世界大戦が勃発すると、カッサンドルはフランスが敗北するまでフランス軍に従軍します。

その後は戦争の影響で広告関係の仕事は無くなっており、代わりに劇場用の舞台セットのデザインや、衣装を作ることで生計を立てました。

1948年、エクサン・プロヴァンスで開催された国際音楽祭の野外舞台の設計と、開幕を飾るモーツァルトの「ドン・ジョヴァンニ」の装飾と衣装デザインを依頼されたカッサンドルは、この仕事で国際的な成功を収めます。

これにより劇場デザイナーとしての名声が高まり、同年フランスのレジオン・ドヌール勲章を授与します。

そして1963年、ファッション業界と関わりがあったカッサンドルは後に「カッサンドル・ライン」と言われる「イヴ・サンローラン」のロゴを制作しました。

Yves Saint Laurent Logo
WikimediaCommons, https://commons.wikimedia.org/

晩年

カッサンドルは晩年、うつ病に悩まされ1967年に一度自殺未遂をします。

そして翌年の6月17日、拳銃自殺で亡くなります。

まとめ

いかがでしたか?

今回はアール・デコを代表するポスターアーティスト、カッサンドルについて人生と作品をご紹介させていただきました。

作品のデザインのみでなく、その作品が掲載される環境や見る人までも考慮した斬新なアイデアを持ち、書体や装飾、衣装など幅広い分野で活躍したカッサンドルのポスターは今でも人気があります。

カッサンドルについて気になった方はさらに調べてみてはいかがでしょうか?



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