【徹底解説】ドリス・サルチェード(サルセド)とは?家具と髪の毛と花びらで作品をつくる彫刻家の人生と作品を解説!

【徹底解説】ドリス・サルチェード(サルセド)とは?家具と髪の毛と花びらで作品をつくる彫刻家の人生と作品を解説!

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こんにちは。ユアムーン株式会社 編集部です。

皆さんはドリス・サルチェードという人物をご存知ですか?

ドリス・サルチェード(Doris Salcedo)は、1958年にコロンビアの首都ボゴタで生まれた彫刻家、インスタレーション作家です。日本では「ドリス・サルセド」とも表記され、2014年に広島市現代美術館で開かれた第9回ヒロシマ賞の受賞記念展も「ドリス・サルセド展」の名で開催されました。作品の多くは、コロンビアをはじめとする世界の政治的な暴力の犠牲者に捧げられています。

サルチェードの作品の特徴は、その素材と作り方にあります。古い木の家具、コンクリート、人の髪の毛、絹の糸、衣服、バラの花びら、土と草。身近な素材を、大勢の協力者とともに、気の遠くなるような手間をかけて作品に変えていきます。2007年には、ロンドンのテート・モダンの巨大な床に、長さ167メートルの亀裂をつくった『Shibboleth』で世界の注目を集めました。

本記事では、作品が何でできていて、どのように組み立てられているのかという「形」を手がかりに、ドリス・サルチェードの人生と作品についてご紹介します。

ドリス・サルチェードって?

ドリス・サルチェードの歩みを6段階で示した図。1984年にニューヨーク大学で彫刻の修士号、1980年代末から家具とコンクリートの連作、2007年にテート・モダンの『Shibboleth』、2014年にヒロシマ賞、2015年から2016年にグッゲンハイム美術館などで初の大回顧展、2024年に高松宮殿下記念世界文化賞へと進む。
図:ドリス・サルチェードの歩み

基本情報

本名ドリス・サルチェード(Doris Salcedo)。日本では「ドリス・サルセド」の表記もあります
生年月日(没年月日)1958年生まれ(2026年10月時点で存命)
国籍・出身コロンビア/ボゴタ(現在もボゴタを拠点に制作)
学歴ボゴタのホルヘ・タデオ・ロサーノ大学で美術学士(卒業年は資料により1980年と1982年)、ニューヨーク大学で彫刻の修士号(1984年)
分野彫刻、インスタレーション、公共の場での大規模なプロジェクト
傾向古い家具や衣服などの身近な素材を、長い時間と手作業で作り変える
主な受賞ヒロシマ賞(第9回、2014年)、ナッシャー彫刻賞(第1回、2016年)、高松宮殿下記念世界文化賞 彫刻部門(2024年)

ボゴタからニューヨーク、そして再びボゴタへ

ドリス・サルチェードの肖像写真。白い背景の前で、黒いショールをまとい、白いシャツを着て正面を見つめている(2015年)
ドリス・サルチェード(2015年)。撮影:David Heald/CC0/出典:Wikimedia Commons(ソロモン・R・グッゲンハイム財団の提供)

高松宮殿下記念世界文化賞の公式サイトによると、サルチェードは6歳から絵を習い始めました。ボゴタのホルヘ・タデオ・ロサーノ大学で美術を学んだのち、1980年代の初めにアメリカへ渡り、1984年にニューヨーク大学で彫刻の修士号を取得しています。

コロンビアに戻ってからは、グッゲンハイム美術館の資料によると、カリの芸術学院(Instituto de Bellas Artes)造形芸術学部の学部長(1987〜1988年)や、コロンビア国立大学の彫刻と芸術理論の教授(1989〜1991年)を務めました。1985年にはボゴタのカサ・デ・モネダで作品を発表しています。

その後は、ボゴタのスタジオを拠点に、世界の美術館や国際展で作品を発表してきました。サンパウロ・ビエンナーレ(1998年)、ドクメンタ11(2002年)、イスタンブール・ビエンナーレ(2003年)などに参加し、2007年にはテート・モダンの「ユニリーバ・シリーズ」に招かれています。

インスタレーションアートってなに?

インスタレーションとは、作品を一つの「もの」として台の上に置くのではなく、展示室や建物、広場といった空間そのものを作品として構成する表現です。見る人は作品の外から眺めるだけでなく、その中を歩き、空間全体を体で受け止めます。

サルチェードの作品には、手に取れる大きさの家具の彫刻から、美術館の床全体や建物の外壁を使う大きなプロジェクトまでがあります。どちらにも共通するのは、選んだ素材と、その場所の性質が、作品の意味と深く結びついていることです。

インスタレーションの考え方や、素材と空間で作品をつくる美術家については、以下の記事でも詳しくご紹介しています。

【まるっと理解!】インスタレーションアートってなんですか?

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素材と方法

身近な素材を選ぶ理由

高松宮殿下記念世界文化賞の公式サイトは、サルチェードが木の家具、衣服、花びらといった身近な素材を使い、それらを作り変えることで作品をつくると紹介しています。画廊ホワイト・キューブの作家紹介は、サルチェード自身の言葉として「彫刻とは、その物質性である。私は、日々の暮らしの中で意味を帯びた素材を使う」という趣旨の発言を引いています。

使い込まれたタンスや椅子、テーブルには、それを使っていた人の時間がしみ込んでいます。サルチェードは、何もないところから形をつくるのではなく、すでに誰かの生活の中にあったものを素材に選びます。

家具とコンクリート

グッゲンハイム美術館の資料によると、サルチェードは1989年から2008年にかけて、家庭の家具にコンクリートを流し込んだ彫刻の連作をつくり続けました。ホワイト・キューブはこの連作を、木のタンスやたんす、ベッド、椅子を組み合わせ、その中の空いた部分にセメントを流し込んだものと説明しています。

引き出しや扉の奥は、本来なら物をしまうための空間です。そこがセメントで満たされることで、家具は開けることも使うこともできない、重く閉ざされた塊に変わります。

髪の毛と絹糸

1990年代の後半には、木のテーブルの表面に、人の髪の毛と絹の糸を縫い込んだ作品をつくりました。テートの解説によると、サルチェードと助手たちはテーブルの表面に何千もの小さな穴を開け、その穴にボランティアのチームが根気よく髪の毛と絹糸を通していきました。

糸は、木目を横切るように縫い込まれ、場所によって密度も色も変わります。遠くから見ると木の表面がかすかに毛羽立って見えるだけですが、近づくと、それが一本一本手で通された糸と髪の毛だと分かります。

衣服、靴、皮膜

グッゲンハイム美術館の資料によると、初期の作品には、病院で使われていた鉄のベッドの枠や、きちんと洗濯されたシャツを積み重ねたものが使われています。代表作の一つ『Atrabiliarios』(1992〜2004年)では、壁に並べたくぼみに使い古された靴を収め、半透明の動物の皮膜を大きな縫い目で壁に縫い付けて覆いました。靴はぼんやりとしか見えません。

2014年の連作『Disremembered』は、無数の絹糸と焼いた針で織られた衣服のかたちの作品です。

花びら、土、草、水

サルチェードは、生きた素材や、すぐに消えてしまう素材にも挑んできました。テーブルの間に土を詰めて草を生やした『Plegaria Muda』、化学的に処理したバラの花びらを縫い合わせた『A Flor de Piel』、石の板の上に水滴で文字を浮かび上がらせる『Palimpsest』などです。グッゲンハイム美術館の資料は、こうした作品が「素材の見かけ上の不可能さ」によって不思議な感覚を生むと述べています。

時間と手間、そして共同制作者

ホワイト・キューブによると、サルチェードの作品は、何年にもわたる調査と、素材や彫刻の方法についての徹底した検討から始まります。制作には極めて高い精度が求められ、いつもスタジオの仲間や、ほかの分野の専門家との共同作業で進められます。

高松宮殿下記念世界文化賞の公式サイトによると、サルチェードのスタジオには約50人のチームがいます。サルチェード自身は、自分の作品を「独唱ではなく、合唱によって生み出される」と表現しています。作品の手間そのものが、多くの人の手を集めることで成り立っているのです。

ドリス・サルチェードが使う素材と、その扱い方を4つに分けて示した図。古い木の家具にはコンクリートを流し込む、木のテーブルには穴を開けて髪の毛と絹糸を縫い込む、バラの花びらは処理して縫い合わせる、土と草はテーブルの間に詰めて育てる、という組み合わせを並べている。
図:サルチェードの素材と扱い方

代表作を形式で読む

ここからは、サルチェードの代表作を、作品の形、大きさ、置かれ方を中心に見ていきます。

家具の彫刻(1990年代)

『Untitled』(1998年)

テートが所蔵するこの『Untitled』は、2つの家具とセメントを組み合わせた彫刻です。高さ214センチ、幅149.5センチ、奥行き57センチ。テートの解説によると、サルチェードは骨董店で買った古い木の衣装だんすから、2枚の扉と1つの引き出しを取り外しました。

そこに古い木の椅子を差し込み、座面はたんすの内側に、背もたれは中央の仕切りをまたいで外側に出るように置きます。そして、3つの開口部を、金属の骨組みと発泡スチロールで支えながら流し込んだセメントでふさぎました。たんすと椅子のすき間にもセメントが入り込み、二つの家具は一つに溶け合ったように見えます。

ドリス・サルチェード『Untitled』(1998年)。白い壁の前、木の床の上に立つ赤茶色の木の衣装だんす。扉と引き出しの部分が灰色のセメントでふさがれ、下の方に椅子の背もたれの木の枠が浮き出ている
ドリス・サルチェード『Untitled』(1998年)、木・セメント・金属、214×149.5×57cm、所蔵:テート。© Doris Salcedo。画像出典:テート公式サイト(引用)

『Unland: audible in the mouth』(1998年)

テートが所蔵する『Unland: audible in the mouth』は、3点からなる連作「Unland」の最後の、もっとも簡素な作品です。高さ80センチ、幅75センチ、長さ315センチ。テートの解説によると、サルチェードはボゴタで買った松とオークの2台のテーブルの、片側の脚を切り落とし、脚のない端どうしをつなぎ合わせて1台のテーブルにしました。

表面には何千もの小さな穴が開けられ、そこに、ボゴタの美容院から集めた黒や焦げ茶の髪の毛と、白い生糸が通されています。テートの解説によると、絹糸は片方の端でもっとも密になっています。2台のテーブルの木の色の違いと、継ぎ目の段差が、そのまま作品の形として残されています。

ドリス・サルチェード『Unland: audible in the mouth』。白い壁の前の木の床に置かれた、横に長い木のテーブル。色の違う2台のテーブルが中央付近でつながり、継ぎ目に段差がある
ドリス・サルチェード『Unland: audible in the mouth』(1998年)、木・糸・髪の毛、80×75×315cm、所蔵:テート。© Doris Salcedo。画像出典:テート公式サイト(引用)

建物と広場を使う(2002年〜2005年)

『Noviembre 6 y 7』(2002年)

ボゴタの司法宮殿の外壁を使ったプロジェクトです。ホワイト・キューブによると、53時間にわたって、280脚の木の椅子が屋上から少しずつ下ろされました。1985年11月6日と7日にこの建物で起きた事件から17年の日に合わせた作品です。建物の壁という公共の場所が、そのまま作品の舞台になりました。

第8回イスタンブール・ビエンナーレの『Untitled』(2003年)

イスタンブールの街なかの空き地で、2つの建物の間に1,550脚の木の椅子を積み上げた作品です(ホワイト・キューブによる)。すき間なく積まれた椅子は、建物と建物の間を埋める一つの巨大な塊になり、通りから見上げる人の前に現れました。

『Neither』(2004年)

『Neither』は、石膏ボードと鉄でつくられたインスタレーションです。ブラジルの美術館イニョチンの解説によると、窓のない白い大きな部屋の壁を、金属の格子がすみずみまで貫くように埋め込まれています。一見すると何もない白い部屋の中で、内と外、安全と閉じ込めの間の緊張を見せる作品です。

ドリス・サルチェード『Neither』の部分。白い石膏ボードの壁に、黒い金属のひし形の格子が全面に埋め込まれ、格子の周りの壁にひびのような筋が入っている
ドリス・サルチェード『Neither』(2004年)部分、石膏ボード・鉄、寸法可変、イニョチン(ブラジル)。写真:Daniel Mansur。画像出典:イニョチン公式サイト(引用)

2004年にロンドンの画廊ホワイト・キューブで初めて展示されました。2008年には、この作品のためにイニョチンに専用の展示館がつくられ、その部屋は、最初に展示されたホワイト・キューブの部屋とまったく同じ寸法になっています。

『Abyss』(2005年)

イタリア・トリノのリヴォリ城現代美術館のためにつくられた作品です。ホワイト・キューブによると、展示室の天井をレンガで下へと延ばし、レンガの壁が窓や出入り口の一部にまでかぶさって、外の光のほとんどをさえぎりました。建物そのものに手を加えるという点で、2年後の『Shibboleth』へとつながる作品です。

美術館の床を割る『Shibboleth』(2007年)

『Shibboleth』(2007年)

2007年10月9日から2008年4月6日まで、テート・モダンの巨大な吹き抜け「タービン・ホール」で展示された作品です。テートが毎年1人の作家に依頼する「ユニリーバ・シリーズ」の8回目で、テートは、タービン・ホールの建物そのものに直接手を加えた最初の作品だと紹介しています。

テートの発表資料によると、亀裂は西側の入口で髪の毛ほどの細い線として始まり、だんだん広く深くなりながら、ホール奥まで167メートルにわたって続きます。テートの所蔵品の解説によると、サルチェードは床の割れ目の中に、コロンビアの岩肌から型をとったコンクリートと、金網のフェンスを組み込みました。

テートは、床を作品の主役にしたことで、タービン・ホールの記念碑的な大きさや壮大さに対する見方がくつがえされたと説明しています。題名の「Shibboleth」は、ある集団に属するかどうかを試す言葉や習慣を意味します。展示が終わった後も、タービン・ホールの床には亀裂の跡が残されました。

テートは、この作品をもとにした4枚組の写真作品も所蔵しています。タービン・ホールを4つの角度から撮った写真と、サルチェードがボゴタのスタジオでつくった、割れた床の小さな模型の写真を組み合わせたデジタル合成です。

ドリス・サルチェード『Shibboleth I』。天井の高い細長いタービン・ホールの灰色の床を、手前から奥へ、細い亀裂がジグザグに走っている
ドリス・サルチェード『Shibboleth I』(2007年)、紙にデジタルプリント、所蔵:テート。© Doris Salcedo。画像出典:テート公式サイト(引用)

草、花びら、水(2008年〜2017年)

『Plegaria Muda』(2008〜2010年)

グッゲンハイム美術館の資料によると、『Plegaria Muda』は、2台のテーブルの一方を逆さにして重ねた単位を、迷路のように並べたインスタレーションです。ホワイト・キューブによると、上下のテーブルの間には厚い土の層があり、上のテーブルの板のすき間から、手入れされた若い草が生えてきます。木の家具の間から本物の草が伸びる様子は、グッゲンハイム美術館の言葉を借りれば「ありえないように見える素材」が生む不思議さを感じさせます。

高松宮殿下記念世界文化賞の年譜によると、この作品はリスボンのグルベンキアン財団現代美術センターとスウェーデンのマルメ近代美術館の委嘱で2011年から2012年にかけて展示され、メキシコシティ、ローマ、ロンドン、サンパウロを巡回しました。

『A Flor de Piel』(2012年)

『A Flor de Piel』は、化学的に処理して保存したバラの花びらを、一枚一枚縫い合わせてつくった巨大な布の作品です(グッゲンハイム美術館の資料による)。ホワイト・キューブによると、使われた花びらは数百枚にのぼり、床の上に広がるように展示されます。ホワイト・キューブは、制作の過程と、作品をつくったチームへのインタビューを収めた映像も紹介しています。

『Palimpsest』(2013〜2017年)

2017年、マドリードのソフィア王妃芸術センターの分館、クリスタル宮殿で発表された作品です。ホワイト・キューブによると、床に敷いた大きな大理石の板の上に、小さな水滴が集まって人の名前が浮かび上がり、やがて消えていきます。書かれては消え、また現れるという繰り返しそのものが、作品になっています。

近年の作品(2020年〜)

『Uprooted』(2020〜2022年)

シャルジャ芸術財団の委嘱でつくられ、2023年のシャルジャ・ビエンナーレで発表された作品です。ホワイト・キューブによると、800本を超える枯れ木を丁寧に組み合わせて、扉も窓もない、典型的な家のかたちをつくっています。家の形をしていながら、中に入ることも身を寄せることもできない建物です。

ドリス・サルチェードの作品の大きさの広がりを4段階で示した図。家具1点の彫刻、展示室全体を使う作品『Neither』、建物の外壁を使う『Noviembre 6 y 7』、美術館の床167メートルを割る『Shibboleth』へと、作品の舞台が広がっていく様子を並べている。
図:作品の舞台の広がり

評価

サルチェードは、同世代を代表する彫刻家の一人として、世界で高く評価されています。テートは『Shibboleth』の発表資料で、サルチェードを「同世代の代表的な彫刻家の一人として広く認められている」と紹介しました。

グッゲンハイム美術館と高松宮殿下記念世界文化賞の資料によると、1995年にジョン・サイモン・グッゲンハイム記念財団の助成を、2005年にオードウェイ賞を受けています。2010年にはスペイン文化省のベラスケス造形芸術賞、2014年には広島市の第9回ヒロシマ賞を受け、広島市現代美術館で受賞記念展が開かれました。

2015年から2016年にかけては、シカゴ現代美術館が企画した初めての大規模な回顧展が、ニューヨークのグッゲンハイム美術館、マイアミのペレス美術館を巡回しました。グッゲンハイム美術館では、館の展示空間のおよそ半分を使って、1980年代後半からの主要な作品群が紹介されています。

2016年には、アメリカのナッシャー彫刻センターが創設したナッシャー彫刻賞の最初の受賞者となりました(受賞者の発表は2015年9月、授賞は2016年4月)。その後も、2017年にスウェーデンのロルフ・ショック賞、2019年に野村美術賞を受けています。2023年にはスイスのバイエラー財団で回顧展が開かれました。

2024年には、日本美術協会の高松宮殿下記念世界文化賞の彫刻部門を受賞しました。同賞の公式サイトによると、コロンビア出身の美術家として初めての受賞です。2025年には、ロンドンのホワイトチャペル・ギャラリーが2014年から毎年1人の作家に贈っている「Art Icon」にも選ばれました。

年表で見るドリス・サルチェード

1958年コロンビアのボゴタに生まれる
1984年ニューヨーク大学で彫刻の修士号
1985年ボゴタのカサ・デ・モネダで作品を発表
1989〜1991年コロンビア国立大学で彫刻と芸術理論の教授
1989〜2008年家具にコンクリートを流し込んだ彫刻の連作
1995〜1998年髪の毛と絹糸を縫い込んだテーブルの連作「Unland」
2002年ドクメンタ11に参加。ボゴタで『Noviembre 6 y 7』
2003年第8回イスタンブール・ビエンナーレ
2007年テート・モダンのタービン・ホールで『Shibboleth』
2008〜2010年『Plegaria Muda』
2010年ベラスケス造形芸術賞
2014年第9回ヒロシマ賞、広島市現代美術館で受賞記念展
2015〜2016年シカゴ現代美術館、グッゲンハイム美術館、ペレス美術館で回顧展
2016年第1回ナッシャー彫刻賞
2017年ロルフ・ショック賞。ソフィア王妃芸術センターで『Palimpsest』
2019年野村美術賞
2023年バイエラー財団で回顧展。シャルジャ・ビエンナーレで『Uprooted』
2024年高松宮殿下記念世界文化賞(彫刻部門)
2025年ホワイトチャペル・ギャラリー「Art Icon」

まとめ

いかがだったでしょうか。ドリス・サルチェード(ドリス・サルセド)の人生と作品について、ご紹介してきました。

サルチェードは1958年にボゴタで生まれ、ニューヨーク大学で彫刻を学んだのち、ボゴタを拠点に制作を続けてきました。古い家具にセメントを流し込む、テーブルに髪の毛と絹糸を縫い込む、バラの花びらを縫い合わせる、テーブルの間に草を育てる。身近な素材を、何年もの調査と、約50人のスタジオの仲間との手作業で作品に変えていくのが、サルチェードの方法です。

作品の舞台は、家具1点の彫刻から、展示室全体、建物の外壁、そしてテート・モダンの床167メートルにまで広がりました。ヒロシマ賞、ナッシャー彫刻賞、高松宮殿下記念世界文化賞など、その仕事は世界で高く評価されています。

サルチェードの作品は、遠くから見るだけでは、ただの古い家具や床の割れ目に見えるかもしれません。機会があれば、ぜひ作品に近づいて、素材の重さや手仕事の細かさを確かめてみてください。

Euphoric " " の視点

サルチェードは、何もないところから形をつくるのではなく、使い込まれた家具や衣服、花びらや土といった、すでに誰かの生活の中にあった素材を選びます。何年にもわたる調査と素材の検討を重ね、約50人のチームとともに、気の遠くなるような手間をかけて作品に変えていきます。

自らの作品を「独唱ではなく、合唱によって生み出される」と表現する言葉には、多くの手が関わることでしか生まれない重みへの信頼がにじみます。素材の重さや手仕事の細かさは、時間をかけて丁寧につくることの価値を、言葉以上に雄弁に伝えています。

この作品を見に行くには

記事で紹介した作品は、次の館などが所蔵・展示しています。2026年10月時点で、テートの作品ページでは『Shibboleth I』がテート・ブリテンで展示中、『Untitled』は「展示されていない」と表示されています。展示替えがあるため、最新の情報は公式サイトをご確認ください。

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