こんにちは。ユアムーン株式会社 編集部です。
皆さんはタヴァール・ザワッキという人物をご存知ですか?
タヴァール・ザワッキ(Tavar Zawacki)は、1981年にアメリカのカリフォルニア州で生まれ、ドイツのベルリンを拠点に活動する美術家です。1996年から2016年までは「ABOVE(エイバヴ)」という別名で活動し、上を向いた矢印のマークを世界中の街に描いたストリートアーティストとして知られました。
2017年に匿名をやめて本名で作品を発表するようになってからは、矢印の形を出発点にした色鮮やかな抽象絵画と、建物の壁一面を覆う大きな壁画へと仕事を広げています。本記事ではそんなタヴァール・ザワッキの人生と作品についてご紹介します。
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基本情報
| 本名 | タヴァール・ザワッキ(Tavar Zawacki)。1996年から2016年までは「ABOVE」の名で活動 |
| 生年月日(没年月日) | 1981年生まれ(2026年10月時点で存命。月日は公式の資料で確認できなかったため記載していません) |
| 国籍・出身 | アメリカ/カリフォルニア州生まれ |
| 学歴 | 公式の資料で確認できなかったため記載していません |
| 分野 | ストリートアート、壁画、絵画(抽象)、ステンシル |
| 傾向 | 上向きの矢印をもとにした抽象。鮮やかな色、くっきりした線、色が重なって透ける表現 |
| 師事した人物・影響を受けた人物 | 公式サイトは、ミニマリズム、カラーフィールド・ペインティング、ハード・エッジの伝統から影響を受けたと紹介しています |
| 拠点 | ドイツ・ベルリン(2026年10月時点の公式サイトによる) |
ザワッキと同じストリートアートの流れや、ともに作品をつくった作家については、以下の記事でも詳しくご紹介しています。
経歴と作品
「ABOVE」の矢印とともにパリへ(1996年〜2000年代前半)
タヴァール・ザワッキは1981年、アメリカのカリフォルニア州に生まれました。バッファローAKG美術館の作品解説によると、ザワッキは10代の初めごろからグラフィティ(壁などに描かれる文字や絵)に関心をもっていました。
1996年からは「ABOVE」という別名を使い始めます。英語で「上に」「上方に」を意味する言葉です。そして19歳のとき、パリ行きの片道の航空券を買いました。同じ作品解説は、ザワッキが自分の恐れを「乗り越える(rise above)」ために、ストリートアーティストになることに身をささげようとしたと紹介しています。
ザワッキの公式サイトによると、上を向いた矢印のマークを初めて描いたのは、20歳だった2001年のパリでした。美術館の作品解説は、はじめは「ABOVE」という文字のタグ(署名)で表していた思いを、やがて矢印という、より多くの人に伝わる形に置き換えていったと説明しています。ザワッキはこの矢印を、恐れや困難、目標をはばむものすべてを乗り越えようとする力強い心の表れだと説明しています。
ストリートアートとザワッキの矢印
ストリートアートは、街の壁や道路など、誰もが通る公共の場所に描かれる美術の総称です。美術館や画廊の外で、通りがかった人がそのまま目にするところに大きな特徴があります。
ザワッキの公式サイトは、ABOVEの矢印を、初期のストリートアートでもっとも広く行き渡った視覚的なシンボルの一つと位置づけています。1つの矢印が、署名であると同時に考え方そのものでもありました。「RISE ABOVE(乗り越えろ)」という言葉が、ザワッキを6つの大陸へと押し出す原動力になったと、公式サイトは書いています。
20年のあいだに、矢印は6大陸、45以上の国、100を超える都市に現れました。公式サイトの記録写真には、2002年のパリ、2003年のカリフォルニア州サクラメント、2004年のシアトル、2005年のブリュッセルやローマ、プラハ、2006年のバルセロナなど、各地で描かれた矢印が並んでいます。2006年のバルセロナでは、450個の木製の矢印のモビールをつくったことも記録されています。
ほかの作家との共作も残っています。公式サイトの記録には、2001年にパリでブラジルのオス・ジェメオスと、2005年にコペンハーゲンと2015年にニューヨークでシェパード・フェアリー(OBEY)と、2015年にニューヨークでインベーダーと描いた作品が載っています。

言葉で遊ぶ「Word Play」(2007年〜)
矢印の次に生まれたのが、文字とユーモアを使う「Word Play(言葉遊び)」のシリーズです。公式サイトによると、ザワッキは2007年に中南米を6か月かけて旅するなかで、この文字の作品をつくり始めました。初期のグラフィティの経験と、4つの言語を使える力が土台になったと書かれています。
この旅は「South Central Tour」と名づけられ、リオデジャネイロからメキシコシティまで13か国をめぐるものでした。各地の作家に招かれて家に泊まり、一緒に描きながら、観光客ではなく作家の目で街を見たことが、旅の途中で描いた言葉遊びの壁画を形づくったと、公式サイトは振り返っています。パナマシティの「ONE MANS JUNK IS…(ある人のがらくたは……)」と「…ANOTHER MAN’S TREASURE(別の人の宝物)」のように、ことわざを壁の上で2つに分けた作品も記録されています。
2012年にデンマークのコペンハーゲンで描いた「#SOCIALMEDIA」は、人々が画面の中に吸い込まれていく様子を、壁を何度も塗り直すコマ撮りの壁画で表した作品です。当時のザワッキは、自分の意思でSNSを一切使っていませんでした。ところが壁画の動画はSNSで10万回以上も共有され、批判の対象にした場所で広く知られることになったと、公式サイトは皮肉まじりに書いています。
2013年にスペインのサン・セバスティアンで描いた「USE YOUR IMAGINATION(想像力を使って)」では、文字をばらばらにして一部を隠し、形の手がかりだけを残しました。見る人が頭の中で欠けた部分を補ってはじめて読めるしかけで、読むことがそのまま作品への参加になります。
街の風景を取り込むステンシル(2008〜2013年)
ステンシルは、型紙を切り抜き、その上からスプレーで色を吹きつけて絵を写しとる技法です。公式サイトによると、ザワッキが最初のステンシル作品『Giving to the Poor』を描いたのは、2008年にポルトガルのリスボンを訪れたときでした。銀行のATMに並ぶ人々と、その入口の近くで小銭を求める女性という、壁をはさんで隣り合う2つの現実から着想した作品です。数か月後にこの作品をもとに250部の版画をつくり、売上の全額をリスボンのホームレスのための施設に寄付したと、公式サイトは記しています。
ザワッキのステンシルは、すでにある街の風景をそのまま「場面」に取り込むところに特徴があります。2013年にロンドンのショーディッチで描いた『Timing Is Everything』は、街灯に照らされた駐車用のポールの影を、作品の一部として使いました。昼間は宙に浮いた人物にしか見えない絵が、夜に街灯がともると、ポールの影が人物の腕の位置にぴたりと重なり、ようやく完成します。
2009年にスペインのマドリードで描いた『RISE ABOVE MY FEARS』は、建物の壁にゆるい弧を描いて渡る1本の電線を、綱渡りの綱に見立てた作品です。ザワッキはその上に、一輪車に乗って燃えるたいまつでジャグリングをする人物のステンシルを置きました。公式サイトは、電線を変えたり隠したりせず共作者として扱い、街にもともとある設備に物語を完成させたところに、この作品の強さがあったと説明しています。
2010年にパリのルーヴル美術館の近くで描いた『BECAUSE NOW I’M WORTH IT』は、建物の正面に埋め込まれた、何も入っていない装飾の枠を舞台にしました。当時は、街の壁からストリートアートが無断で切り取られ、売られることが増えていたと公式サイトは書いています。ザワッキは、白い紙を持つ覆面の人物を枠の横に置き、作品の価値は誰が決めるのか、いつ絵は「価値あるもの」になるのかを問いかけました。
このころ、ABOVEとバンクシーは同じ人物ではないかといううわさが広まったことも、公式サイトは紹介しています。どちらも正体を明かさず、社会や政治を題材にしたステンシルを街に残していたためです。公式サイトは、2つの名前は決して入れ替え可能なものではなかったとしたうえで、このうわさはステンシルという表現が街の声として強い力をもっていた証しだったと振り返っています。
大きな壁画へ(2010年代)
2010年ごろから、ザワッキはニューヨーク、ロンドン、パリ、ベルリン、サンフランシスコ、マイアミ、チューリッヒなどで個展を開くようになります。公式サイトの経歴書には、2010年にサンフランシスコのホワイト・ウォールズ・ギャラリーで開いた個展「TRANSITIONS」が、個展の一覧のもっとも早いものとして載っています。
同じ経歴書の「パブリックアート」の欄を見ると、2010年代の半ばから、制作の規模が大きく広がっていく様子が分かります。たとえば2014年にスウェーデンのマルメで描いた「INCOGNITO #1」は13日間・助手2人、2016年に南アフリカのヨハネスブルグで描いた「INCOGNITO #2」は16日間・助手2人、2016年に香港で描いた「PULSE #2」は19日間・助手3人と、制作の日数と助手の人数が記録されています。
旧記事で紹介していた『Beautiful Decay』も、経歴書に2016年のテネシー州ナッシュビルでの公共の依頼として記録されています。ハワイ・ホノルルの「BREAK THROUGH」は、公式サイトの作品ページでは2017年、経歴書では2016年と記されています。
匿名をやめた個展「Metamorphosis」(2017年)
2017年は、ザワッキの歩みの大きな節目になりました。この年、20年間使ってきた「ABOVE」の名を離れ、本名のタヴァール・ザワッキで作品を発表し始めたのです。公式サイトは、匿名をやめたことで、ABOVEという公の顔を超えて、色と形と抽象に根ざしたスタジオでの制作へと仕事を広げたと説明しています。
その最初の舞台が、2017年9月にベルリンのアーバン・スプリー・ギャラリー(Urban Spree Gallery)で開いた個展「Metamorphosis(変身)」です。公式サイトによると、12点の大きな絵画で構成した、美術館のような展示でした。ザワッキが自分の素顔を明かし、本名で作品をつくっていくことを示した最初の機会だったと、公式サイトは位置づけています。
展示風景の写真を見ると、黒い地の上に、青、赤、黄、ピンクの帯や円弧が何重にも重なっています。右の作品の中央には、矢印の形が上を向いて組み込まれています。ストリートで描き続けた矢印が、カンバスの上で幾何学的な抽象へと姿を変えたことが分かります。

同じ2017年には、2冊目の作品集『Metamorphosis』(168ページ)も出版されました。公式サイトは、この本が抽象絵画への移行を示し、オプ・アート(目の錯覚を利用する美術)やトロンプ・ルイユ(だまし絵)、ハード・エッジ(輪郭のくっきりした抽象)を探る内容だと紹介しています。1冊目は、ABOVEの名で2011年に出した『Passport』で、ザワッキの友人でもあるシェパード・フェアリーが序文を書きました。
フランクフルトの壁画『Convergence』(2018年)
本名での活動を始めてからも、壁画はザワッキの仕事の大きな柱であり続けています。2018年にドイツのフランクフルトで描いた『Convergence(収束)』は、River Talesの依頼による作品です。公式サイトの経歴書には、制作期間9日間、助手1人と記録されています。
公式サイトに載った制作中の写真では、白い壁に、ピンクから青へと色が移り変わる大きな円弧や、矢印の先のような三角形が描かれています。右側の黒い面には白い弧がかかり、黄色い高所作業車の上で人物が作業しています。円弧と矢印が交わる構図は、作品名の「収束」をそのまま形にしたようにも見えます。

公式サイトには、ほかにも本名で手がけた壁画が並んでいます。作品ページによると、2018年にはマイアミのウィンウッド地区で、Goldman Properties International の依頼による『Metamorphosis #3』を描きました。経歴書には、2019年にマサチューセッツ州ボストンで、Encore(ボストン)の依頼による「FUSION #1015」(制作期間17日間、助手2人)を描いたことが記録されています。経歴書の依頼の欄には、公共の依頼や美術館のほか、企業(Corporate commission)や個人(Private commission)からの依頼も記されています。
美術館が依頼した壁画『Metamorphosis #5』(2019年)
ザワッキの壁画の中でも、とくに知られているのがニューヨーク州バッファローの『Metamorphosis #5』です。
『Metamorphosis #5』(2019年)
『Metamorphosis #5』は、オルブライト=ノックス美術館(現在のバッファローAKG美術館)が、2019年に公共芸術の取り組み「Public Art Initiative」の一つとして依頼した壁画です。場所はバッファローのメイン・ストリート1665番地で、素材はアクリル塗料です。
美術館の作品解説によると、完成した時点で、この壁画はザワッキのキャリアで最大の壁画であり、ニューヨーク州西部全体でも最大の壁画でした。メイン・ストリートの数ブロック先からも見える、鮮やかな色の形が重なり合い、織りこまれた模様は、ザワッキの代名詞である上向きの矢印をもとにしています。
美術館の写真では、たくさんの窓が並ぶ大きな建物の2つの面が、ピンク、黄、水色、オレンジ、緑の三角形や矢印の形でびっしりと覆われています。色が重なるところでは、下の色が透けて新しい色が生まれているように描かれ、壁の左上には「TAVAR ZAWACKI」の署名が見えます。

美術館は、矢印のイメージと「変身」という考え方が、バッファロー地域の再生や、近くのイースト・サイド地区で進む経済と文化の前向きな発展に響き合うと説明しています。公式サイトの経歴書には、2019年のバッファローでのオルブライト=ノックス美術館の仕事として「INCOGNITO #5」の名で記載があり、制作期間21日間、助手6人と記録されています(公式サイトの作品ページの題は『Metamorphosis #5』です)。
バッファローAKG美術館の公式YouTubeでは、この壁画を紹介する動画が公開されています。
紙を折る「PAPEL」(2021〜2023年)
ザワッキはインドネシアのバリ島で「LOCKDOWN」のシリーズを制作し、経歴書によると2021年に仮想現実(VR)のギャラリーで個展「LOCKDOWN」を開きました。公式サイトによると、このシリーズを終えたあと、決まったアトリエを持たずに、サンフランシスコとリスボンを行き来する時期に入ります。
その時期に生まれたのが「PAPEL」のシリーズです。ポルトガル語で「紙」を意味する言葉で、2022年にリスボンで制作が進められ、のちにロンドンのソーホーで開いた個展「PAPEL」で発表されました。経歴書では、この個展は2023年のローズ・コンテンポラリー(Rhodes Contemporary)での開催と記されています。
公式サイトは、このシリーズが単純な紙の折り目を、鋭く建築的な構成へと変えたものだと説明しています。展示風景の写真では、白い壁に2点の絵画が並び、左の作品には赤い面が折れ曲がったような形、右の作品には水色の地に白い紙が折れて重なったような形が描かれています。くっきりした線と影だけで、紙が宙に浮いているように見せています。

同じ2022年には、スウェーデンのヨーテボリで、Artscapeの依頼による「PAPEL」の壁画も描きました。経歴書には、制作期間19日間、助手3人と記録されています。公式サイトの写真では、倉庫のような建物の正面いっぱいに、白い地の上をオレンジと青の帯が波のようにうねりながら横切り、右下には「PAPEL 02」の文字が添えられています。


現在の制作「Connected」と「Interplay」(2025年〜)
2026年10月時点の公式サイトによると、ザワッキは7つの国に暮らし、4つの言語を話してきた経験から、文化の多様さと世界的な視点に深く関わる制作を続けています。その表現の中心にあるのは、鮮やかな色、くっきりした線、そして色が重なって新しい形を生む「透明さ」を探る、平面の抽象です。
2025年からの「Connected」のシリーズについて、公式サイトは、壁画で培った大きさと明快さを絵画に持ちこみ、大きな弧、透明な色面と不透明な色面、測った距離、層をなす形どうしの関係で組み立てたものだと説明しています。
公式サイトの作家ステートメントは、「Interplay」の絵画の制作方法も紹介しています。作品は、作家が自作した25平方メートルの台の上に水平に置いて描かれ、手づくりの道具と特注の装置が使われます。描き始めは意図と計測と構造から入りますが、いったん絵具が動き出すと、絵具は引きずられ、ためらい、たまり、薄れていきます。ザワッキはその動きにその場で応じ、次の判断を絵にゆだねていくといいます。ステートメントは、構造は測れても絵具のふるまいは測れないと書き、Interplayは制御を手放すことではなく、制御からこぼれるものとの交渉だとまとめています。
経歴書には、2026年にベルリンでポップアップの個展「A1」を開いたことも記されています。ストリートで始まった仕事は、いまもスタジオの絵画と街の壁画の両方で続いています。
まとめ
いかがだったでしょうか。タヴァール・ザワッキの人生と作品について、ご紹介してきました。
ザワッキは1981年にカリフォルニア州で生まれ、19歳でパリへ渡り、2001年に上向きの矢印を描き始めました。1996年から2016年までの「ABOVE」の時代には、矢印のマーク、言葉遊びの「Word Play」、街の風景を取り込むステンシルという3つの表現で、6大陸の100を超える都市に作品を残しました。
2017年には匿名をやめ、ベルリンの個展「Metamorphosis」で本名での制作を始めます。2019年にはバッファローの美術館の依頼で、当時のキャリアで最大の壁画『Metamorphosis #5』を完成させ、その後も紙の折り目から生まれた「PAPEL」や、2025年からの「Connected」へと表現を変えてきました。
名前も、描く場所も、表現の形も変わりました。それでも、公式サイトが紹介する「乗り越える」という考え方と、色が重なり合う矢印の形は、街の壁からカンバスまで一貫して作品の中にあります。機会があれば、バッファローの壁画や公式サイトの作品を、色の重なりに注目しながら眺めてみてください。
Euphoric " " の視点
ザワッキは、匿名の「ABOVE」として20年にわたり世界の街に矢印を残したのち、2017年に本名での制作へと踏み出しました。名前を明かすことは、それまで築いた呼び名から離れることでもあります。それでも上を向く矢印の形と、色が重なり合う画面は、新しい作品の中に受け継がれています。
街の壁から美術館の依頼による大きな壁画へ、さらに紙の折り目から生まれた「PAPEL」や「Connected」へ。表現の形を変えながら、公式サイトが紹介する「乗り越える」という考え方を手放さない姿勢に、作家として歩み続ける一つの確かな道筋が見えてきます。
この作品を見に行くには
記事で紹介した作品のうち、『Metamorphosis #5』はバッファローの街なかの建物の壁に描かれた壁画です。2026年10月時点で、バッファローAKG美術館の作品ページは「Currently on View(公開中)」としています。そのほかの作品や最新の活動は、作家の公式サイトをご確認ください。







