【徹底解説】エドゥアルド・コブラとは?世界最大のグラフィティを描いた壁画家の人生と作品を解説!

【徹底解説】エドゥアルド・コブラとは?世界最大のグラフィティを描いた壁画家の人生と作品を解説!

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こんにちは。ユアムーン株式会社 編集部です。

皆さんはエドゥアルド・コブラという人物をご存知ですか?

エドゥアルド・コブラ(Eduardo Kobra)は、1975年にブラジル・サンパウロの南部で生まれた壁画家です。建物の壁いっぱいに、人物の顔を万華鏡のような三角形や四角形の色面で描く作風で知られ、作品は5つの大陸に広がっています。

2016年のリオデジャネイロ・オリンピックに合わせて描いた『Etnias(エトニアス)』と、2017年にサンパウロ州で描いたチョコレートの壁画は、どちらもギネス世界記録の「チームによる最大のスプレーペイント壁画」に認定されました。

本記事ではそんなエドゥアルド・コブラの人生と作品についてご紹介します。作品の制作年・場所・大きさは、作家の公式サイト、ギネス世界記録の公式ページなどで確認したものだけを載せています。

エドゥアルド・コブラって?

エドゥアルド・コブラは、サンパウロの路上で壁に描くことから出発し、いまでは世界各地の大きな壁を手がける壁画家です。作家の公式サイトは、コブラを「いまもっとも知られた壁画家のひとり」と紹介しています。

検索では「Eduardo Cobra」と綴られることもありますが、作家の公式サイトの表記は「Eduardo Kobra」です。日本語では「エドゥアルド・コブラ」と書かれることが多い名前です。

基本情報

名前エドゥアルド・コブラ(Eduardo Kobra)
生年1975年生まれ(2026年10月時点で存命)
国籍・出身ブラジル。サンパウロ南部のジャルジン・マルチニカ(Jardim Martinica)出身
学歴独学(作家の公式サイトは「Self-taught」と紹介)
分野壁画、グラフィティ、キャンバス作品
傾向古い写真や歴史上の人物をもとにした写実的な肖像を、鮮やかな幾何学模様の色面で描く。平和、記憶、多様性、環境をテーマにすることが多い
師事した人物・影響を受けた人物特定の師はいない。作品を見て学んだ作家として、バンクシー、エリック・グロー、キース・ヘリング、ディエゴ・リベラの名を挙げている

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経歴と作品

エドゥアルド・コブラの歩みを示す流れ図。1975年にサンパウロで生まれ、2007年に記憶の壁で注目され、2011年にリヨンで初めて国外の壁画を描き、2016年にエトニアス、2017年にチョコレートの壁画でギネス世界記録を更新した。
図:エドゥアルド・コブラの歩み

エドゥアルド・コブラの幼少期と、壁に描きはじめた10代(1975年〜)

コブラは1975年、サンパウロ南部のジャルジン・マルチニカで生まれました。作家の公式サイトは、この地区を「貧しい地区」と書き、コブラの歩みを「サンパウロの郊外から世界へ」という言葉で紹介しています。

公式サイトによると、コブラは10代のころから、人目を避けてグラフィティ(壁への落書き)を描きはじめました。学校では許可のない落書きで何度も注意を受け、近所の壁にスプレーで描いたことで3回逮捕されたこともあったといいます。路上で自分の絵を描くことへの関心は、この時期にすでに表れていました。

美術学校には通っていません。公式サイトは、コブラが「尊敬する作家の作品を観察することで」自分の芸術を身につけたと書いています。名前が挙がっているのは、正体を明かさないイギリスのバンクシー、アメリカの壁画家エリック・グロー、ニューヨークの路上から出発したキース・ヘリング、メキシコ壁画運動のディエゴ・リベラです。

遊園地と広告の仕事で絵を学ぶ(1990年代)

1990年代、コブラはブラジル最大の遊園地で、ポスターやおもちゃの背景、イベントの装飾画をつくる仕事をしていました。公式サイトは、これがコブラにとって「自分の絵でお金を得た最初の機会」だったと書いています。

この仕事が評価され、ほかの会社や広告代理店からも声がかかるようになりました。人の目を引く大きな絵を、決められた期日までに仕上げる。路上の落書きとは別のところで、のちの大型壁画につながる経験を積んでいたことになります。

『Muro das Memórias(記憶の壁)』で注目を集める(2000年代)

コブラの名前が広く知られるきっかけになったのが、「Muro das Memórias(記憶の壁)」と呼ばれるプロジェクトです。作家の公式サイトの作品ページによると、このプロジェクトは2002年に始まりました。公式サイトの経歴は、2007年にこのプロジェクトで初めてメディアに大きく取り上げられたと書いています。

『Muro das Memórias(記憶の壁)』

コブラはサンパウロの古い写真を調べ、20世紀前半の街の様子を、セピア色や白黒で路上の壁に描き写しました。当時の街に広がっていたグラフィティとはまったく違う作風です。公式サイトは、このシリーズが「過去への入り口」であると同時に、歴史的な建物や景観が守られていないことへの「抗議」でもあると説明しています。

下の写真では、ビルの側面の壁いっぱいに、帽子をかぶった人々が歩き、古い看板が並ぶ昔の商店街が描かれています。建物や人物は白黒で描かれ、通りに並ぶクラシックカーと空だけに色がつけられています。

エドゥアルド・コブラ「記憶の壁」の壁画。ビルの側面いっぱいに、帽子の人々が歩き古い看板が並ぶ白黒の商店街が描かれ、通りのクラシックカーと空だけが色鮮やかに塗られている
エドゥアルド・コブラ「Muro das Memórias(記憶の壁)」シリーズの壁画、サンパウロ。© Eduardo Kobra。画像出典:エドゥアルド・コブラ公式サイトの作品ページ(引用)

公式サイトは、このプロジェクトが「ひとつのブランドになり、その後に続く多くのものの芽になった」と書いています。古い写真や歴史の場面を調べ、それを巨大な壁に描く。この方法は、このあとのコブラの仕事の土台になりました。

3Dの路上絵画と、環境へのメッセージ(2009年〜)

2009年、コブラは立体的に見える路上の絵(3Dストリートアート)に出会い、自分でも描けると考えました。アトリエで試作を重ね、最初はサンパウロの中心にあるパウリスタ大通りで、その後はアラブ首長国連邦ドバイのフェスティバルやアメリカのイベントなどで発表しています。

同じころ、「Greenpincel」と名づけたシリーズでは、絵と抗議の言葉を組み合わせた壁画で環境の問題を取り上げました。公式サイトによると、乱獲への反対、ロデオでの動物の扱いへの反対、地球温暖化、水と大気の汚染、森林破壊などがテーマになっています。

2015年には、「Realidade Aumentada(拡張現実)」というプロジェクトで、10日間で10枚の壁画を描きました。行方不明の少女、詩を書く路上生活者、サンパウロ郊外で育ったダンサーの物語など、1枚ごとに社会の問題を取り上げています。

『Genial Andar de Bike』(2015年)

同じ2015年、サンパウロのオスカー・フレイレ通りには、自転車に乗るアルベルト・アインシュタインを描いた壁画『Genial Andar de Bike』が生まれました。公式サイトによると、サンパウロでは当時、街の交通に自転車を取り入れるかどうかが議論になっていました。コブラは自転車の活動家ではありませんでしたが、人々にその可能性に気づいてもらおうと、この壁画を描いたといいます。

海外へ:リヨンからニューヨークへ(2011年〜)

コブラが初めてブラジルの外で壁画を描いたのは、2011年のフランス・リヨンです。再開発が進む地区の壁を任され、「記憶の壁」の方法で、その地域の歴史を描きました。公式サイトによると、その後はスペイン、イタリア、ノルウェー、イギリス、マラウイ、インド、日本、アラブ首長国連邦、そしてアメリカの各都市で描いています。

2012年には、ニューヨークの高架公園ハイライン沿いに『O Beijo(キス)』を描きました。1945年にアルフレッド・アイゼンスタットが撮影した有名な報道写真を、色鮮やかに描き直した作品で、公式サイトはコブラの「もっとも有名な作品のひとつ」と紹介しています。この壁画は4年後に消されました。

『Dalí』(2017年)

2017年、コブラはスペイン南東部の都市ムルシアで、スペインで初めての壁画を描きました。題材は、コブラが以前から手本にしてきた画家サルバドール・ダリの顔です。場所は文化施設「プエルタス・デ・カスティーリャ文化センター」の外壁です。

建物の壁には、見開いた大きな両目と、ダリのトレードマークだったぴんと跳ね上がった口ひげが、赤、青、黄、緑などの三角形の色面で描かれています。公式サイトは、この作品の考えを「ギャラリーや美術館にある芸術と、路上の芸術に違いはない」と説明し、路上を「もっとも民主的な美術館」と呼んでいます。

エドゥアルド・コブラの壁画『Dalí』。建物の外壁全体に、見開いた両目と跳ね上がった口ひげのサルバドール・ダリの顔が、赤や青や黄の三角形の色面で大きく描かれている
エドゥアルド・コブラ『Dalí』(2017年)、壁画、所在地:プエルタス・デ・カスティーリャ文化センター外壁(スペイン・ムルシア)。© Eduardo Kobra。画像出典:エドゥアルド・コブラ公式サイトの作品ページ(引用)

『Tolerância(寛容)』(2018年)

2018年の後半、コブラはニューヨークで「Colors for Freedom」と題した一連の壁画を描きました。そのひとつ『Tolerância(寛容)』は、マザー・テレサとマハトマ・ガンディーを向かい合わせに描いた120平方メートルの壁画で、ハイラインの上から見ることができると公式サイトは書いています。

建物の左にはマザー・テレサが、右にはガンディーが、両手を合わせるようにして描かれ、そのあいだの壁面は色とりどりの四角形で埋められています。コブラは公式サイトで、この壁画は「異なる宗教は壁ではなく橋であるべきだ」ということを示していると語っています。

エドゥアルド・コブラの壁画『Tolerância』。ニューヨークの建物の壁の左にマザー・テレサ、右にマハトマ・ガンディーが手を合わせるように向かい合い、間を色とりどりの四角形が埋めている
エドゥアルド・コブラ『Tolerância(寛容)』(2018年)、壁画、120平方メートル、所在地:ニューヨーク(ハイラインから見える建物の壁)。© Eduardo Kobra。画像出典:エドゥアルド・コブラ公式サイトの作品ページ(引用)

『Ellis Island』(2018年)

同じシリーズの『Ellis Island』は、マンハッタンのウエスト・ヴィレッジにある公立学校シティ・アズ・スクールの外壁に描かれました。公式サイトは、この学校でジャン=ミシェル・バスキアが学んだことを「ストリートアートの世界にとって興味深い事実」として紹介しています。

壁画には、異なる民族の5人の顔が並びます。さまざまな理由で故郷を離れ、よりよい暮らしを求めてほかの国へ移り住む何百万もの人々を表したものです。コブラは「ニューヨークは歴史的に、世界中からの移民を受け入れてきた場所だ」と語っています。面積は800平方メートルで、「Colors for Freedom」の中でもっとも大きな作品です。

『Artists’ Memorial』(2018年)

チェルシーでは、アメリカ・サウスダコタ州のラシュモア山にある4人の大統領の巨大な顔の彫刻を、コブラ流に描き直しました。150平方メートルの壁画『Artists’ Memorial』に並ぶのは、大統領ではなく、アンディ・ウォーホル、フリーダ・カーロ、キース・ヘリング、ジャン=ミシェル・バスキアの4人の芸術家です。

コブラは公式サイトで、「深く尊敬する4人の芸術家を置くことで、彼らの記憶を借り、彼らが残した作品を思い起こしている」と語っています。自分が影響を受けた作家として名前を挙げてきたヘリングも、ここに描かれています。

世界最大のグラフィティ『Etnias』と『Cacau』(2016〜2017年)

『Etnias(エトニアス)』(2016年)

2016年のリオデジャネイロ・オリンピックに合わせて、コブラは港湾地区の古い倉庫の壁に『Etnias(エトニアス)』を描きました。副題は「私たちはみなひとつ」です。会場周辺の「オリンピック大通り」に面した壁画で、大会期間中の見どころのひとつになりました。

題材は、オリンピックの五輪が表す「団結」のメッセージです。コブラは5つの大陸からひとりずつ、先住の人々の顔を描きました。公式サイトによると、オセアニアのフリ、アフリカのムルシ、アジアのカヤン、ヨーロッパのスピ、アメリカ大陸のタパジョスの人々です。下の写真では、長い倉庫の壁に5人の顔が並び、手前を路面電車が走っています。

エドゥアルド・コブラの壁画『Etnias』。リオデジャネイロ港湾地区の長い倉庫の壁に、色鮮やかな幾何学模様で描かれた先住の人々の顔が並び、手前の広場を路面電車が走っている
エドゥアルド・コブラ『Etnias(エトニアス)』(2016年)、壁画、所在地:リオデジャネイロ港湾地区(オリンピック大通り沿いの倉庫)。© Eduardo Kobra。画像出典:エドゥアルド・コブラ公式サイトの作品ページ(引用)

公式サイトによると、制作にはスプレー缶3,000本、色の塗料700リットル、下地の白い塗料1,800リットルを使い、大会に間に合わせるため、2か月にわたって毎日12時間の作業が続きました。下絵の完成にも、世界の先住の人々を調べながら3か月かかったといいます。

壁画の大きさは、作家の公式サイトの中でも2,500平方メートル、3,000平方メートルと記述が分かれています。ギネス世界記録の記事は、高さ51フィート(約15.5メートル)、幅560フィート(約170メートル)と伝え、この作品を「チームによる最大のスプレーペイント壁画」として紹介しました。

『Cacau(カカオ)』(2017年)

翌2017年、コブラは自らの記録を塗り替えます。舞台は、サンパウロ都市圏のイタペヴィにあるチョコレート会社カカウ・ショーの本社です。ギネス世界記録の公式ページによると、壁画の面積は5,728.62平方メートルで、2017年11月10日に計測されました。前回の記録の2倍を超える大きさです。

ギネス世界記録は、制作に700時間、スプレー缶2,000本、アクリル塗料1,400リットルを使ったと記録しています。作家の公式サイトは面積を5,742平方メートルとし、カステロ・ブランコ高速道路沿いの壁だと書いています。

上空から撮った下の写真では、チョコレートの板のような茶色い壁が長く続き、その中ほどに、カカオの実を山のように積んだ小舟をこぐ人物が描かれています。

エドゥアルド・コブラの壁画『Cacau』を上空から撮った写真。チョコレートの板のような茶色い長い壁の中ほどに、黄色いカカオの実を積んだ小舟をこぐ人物が描かれている
エドゥアルド・コブラ『Cacau(カカオ)』(2017年)、壁画、所在地:カカウ・ショー本社(ブラジル・サンパウロ州イタペヴィ)。© Eduardo Kobra。画像出典:エドゥアルド・コブラ公式サイトの作品ページ(引用)
作品年場所大きさ
『Etnias』2016年リオデジャネイロ港湾地区の倉庫2,500平方メートル(公式サイトの経歴)/3,000平方メートル(同・作品ページ)/高さ51フィート×幅560フィート(ギネス世界記録の記事)
『Cacau』2017年サンパウロ州イタペヴィ、カカウ・ショー本社5,728.62平方メートル(ギネス世界記録)/5,742平方メートル(公式サイト)
エドゥアルド・コブラの2つの記録の壁画を比べた図。エトニアスは2016年にリオデジャネイロでスプレー缶3000本を使い、カカオは2017年にサンパウロ州イタペヴィでスプレー缶2000本と700時間をかけ、面積5728.62平方メートルに達した。
図:記録を更新した2つの壁画

「平和の眼差し」と「歴史の切り抜き」(2017年〜)

記録の壁画と並行して、コブラは人物の肖像をテーマにしたシリーズを続けてきました。公式サイトは、ヒップホップに親しんだ経験が、写真をもとにした写実的な肖像と、強く対比する色づかいという作風に生きていると説明しています。この色づかいが、世界中で「コブラの名刺」になりました。

『Olhares da Paz(平和の眼差し)』(2018年)

「Olhares da Paz(平和の眼差し)」は、暴力に反対し、平和の文化を広めようとした人物を描くプロジェクトです。2018年にサンパウロで描いた同名のパネルには、アルベルト・アインシュタイン、ネルソン・マンデラ、マララ・ユスフザイ、マザー・テレサ、ダライ・ラマといった、ノーベル賞を受けた人々の顔が並びます(アインシュタインは物理学賞、ほかの4人は平和賞)。公式サイトは、このパネルを「国境のない世界」を祝うものだと説明しています。

もうひとつのシリーズ「Recortes da História(歴史の切り抜き)」では、街の古い写真ではなく、人類の歴史に残る場面を題材にしました。2017年にアメリカのパームビーチで描いた、演説をするマーティン・ルーサー・キング牧師の壁画がその例です。

『Monalisa(モナ・リザ)』(2019年)

2019年、コブラはサンパウロの展示施設MIS Experienceの外壁に、レオナルド・ダ・ヴィンチの2つの名作を組み合わせた壁画を描きました。公式サイトでコブラは、「モナ・リザは実はレオナルドの自画像だ」という説にもとづき、モナ・リザが自分自身を描いているように見せたと語っています。

壁の左には、赤茶色の線で描かれたレオナルドの自画像を思わせる老人の顔があり、右側のモナ・リザが、色とりどりの腕を伸ばしてスプレー缶で絵に吹きつけています。コブラによると、絵の中のスプレー缶は、自身が集めた5,000本のコレクションのひとつです。署名は、レオナルドがノートに残した文字にならって、左右反転させてあります。

エドゥアルド・コブラの壁画『Monalisa』。左に赤茶色の線で描かれた白いひげの老人の顔があり、右のモナ・リザが色とりどりの腕を伸ばしてスプレー缶を絵に向けている
エドゥアルド・コブラ『Monalisa(モナ・リザ)』(2019年)、壁画、所在地:MIS Experience外壁(サンパウロ)。© Eduardo Kobra。画像出典:エドゥアルド・コブラ公式サイトの作品ページ(引用)

国連、サン・マリノ、そしてアトリエの公開(2020年代)

2022年、コブラはニューヨークの国際連合(国連)本部で作品を発表しました。公式サイトによると、8月24日から9月9日まで本部のホールで作品が展示され、9月16日から12月16日までは、高さ14メートル、幅24メートルの壁画が本部に掲げられました。父親が娘に地球を手渡す場面を描き、「私たちは次の世代にどんな世界を残すのか」と問いかける作品です。

イタリアに囲まれた小さな国サン・マリノでは、国の招きを受けて、1,300平方メートルの壁画でこの国の歴史を描きました。公式サイトによると、この絵はサン・マリノの記念切手にもなっています。

2021年には、芸術を社会を変える道具にすることを目指す「Instituto Kobra(コブラ研究所)」を設立し、代表を務めています。前身となったのは2019年の「Galeria Circular(巡回ギャラリー)」で、改装したバスでサンパウロ都市圏の12の地区を回り、コブラの作品14点を見せました。公式サイトは、約2万人がこの取り組みに触れたと書いています。

サンパウロ州イトゥにある「FAMA Museu(ファマ美術館)」の中には、コブラの制作の場のひとつ「Ateliê Kobra(コブラのアトリエ)」があり、一般の人が見学できるようになっています。2022年には、映画監督リナ・シャミエによるドキュメンタリー映画『Kobra – Auto Retrato(コブラ 自画像)』がブラジルで公開されました。

2026年に入ってからも制作は続いています。ブラジルの出版業界紙PublishNewsと新聞Correio da Manhãによると、2026年1月には、リオデジャネイロ中心部の州立公園図書館(Biblioteca Parque Estadual)の壁に、15メートル×17メートルの壁画を描きはじめました。同紙はコブラの作品が5つの大陸に500点以上あると伝えています。

エドゥアルド・コブラの作品の特徴

ここまで見てきた作品から、コブラの壁画に共通する手がかりを3つにまとめます。

ひとつ目は、古い写真や歴史上の人物から出発することです。「記憶の壁」では街の古い写真を、「平和の眼差し」や「歴史の切り抜き」では歴史に名を残した人物の写真をもとにしています。公式サイトは、コブラを「歴史的な画像の熱心な研究者」と紹介しています。

ふたつ目は、写実的な肖像を、三角形や四角形の鮮やかな色面で覆う描き方です。ダリの顔も、マザー・テレサとガンディーの顔も、遠くから見れば誰だか分かる写実さを保ったまま、近づくと色の模様に分かれていきます。

みっつ目は、その場所と見る人を意識したメッセージです。オリンピックの会場では「私たちはみなひとつ」を、自転車をめぐる議論のさなかには自転車に乗るアインシュタインを描きました。

エドゥアルド・コブラの壁画を見る3つの手がかりを示した図。古い写真や歴史上の人物から出発すること、写実的な肖像を三角形や四角形の鮮やかな色面で覆うこと、描く場所と見る人に向けたメッセージを込めることの3点。
図:コブラの壁画を見る3つの手がかり

まとめ

いかがだったでしょうか。今回は、ブラジルの壁画家エドゥアルド・コブラをご紹介しました。

サンパウロ南部の地区に生まれ、10代で壁に描きはじめたコブラは、遊園地や広告の仕事で絵を学び、古い写真を路上に描き写す「記憶の壁」で注目されました。2011年のリヨンを皮切りに海外でも描くようになり、ムルシアのダリ、ニューヨークの『Tolerância』など、世界各地に作品を残しています。

2016年の『Etnias』と2017年の『Cacau』は、ギネス世界記録の「チームによる最大のスプレーペイント壁画」に認定されました。歴史の画像を調べ、写実的な肖像を鮮やかな色面で描き、その場所に向けたメッセージを込める。この方法で、コブラはいまも新しい壁に向かっています。

Euphoric " " の視点

コブラは美術学校に通わず、尊敬する作家の作品を観察することで自分の芸術を身につけました。サンパウロの古い写真を調べて壁に描き写した「記憶の壁」から、ギネス世界記録に認定された巨大な壁画まで、その出発点にはいつも、歴史の画像を丁寧に調べる作業があります。

路上を「もっとも民主的な美術館」と呼ぶコブラの壁画は、入場券もなく、通りがかった誰の目にも届きます。その場所に向けたメッセージを込めて描くという方法は、作品を見る人の暮らしのすぐそばに置くことで、芸術が人と人をつなぐ橋になりうることを示しています。

この作品を見に行くには

記事で紹介した作品は、次の場所などで公開されています。壁画は屋外にあるため、消されたり塗り替えられたりすることがあります。最新の情報は公式サイトをご確認ください。

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