【徹底解説】ジャック・ベトリアーノとは?『The Singing Butler』で愛された独学の画家の人生と作品を解説!

【徹底解説】ジャック・ベトリアーノとは?『The Singing Butler』で愛された独学の画家の人生と作品を解説!

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こんにちは。ユアムーン株式会社 編集部です。

皆さんはジャック・ベトリアーノという人物をご存知ですか?

ジャック・ベトリアーノ(Jack Vettriano)は、嵐の浜辺で踊る男女と、傘を差しかける執事とメイドを描いた『The Singing Butler』で知られるスコットランドの画家です。ほとんど独学で絵を学び、1930年代を思わせる装いの人物や、海辺、ダンスホールの場面を、映画のワンシーンのような光と影で描きました。

その絵は複製画やポスターとして英国で大きな人気を集めた一方、批評家からは厳しい評価も受け続けました。それでも晩年には大規模な回顧展が開かれ、自画像は国立の肖像画美術館にも展示されています。2025年3月、73歳で亡くなりました。

本記事ではそんなジャック・ベトリアーノの人生と作品についてご紹介します。

ジャック・ベトリアーノって?

基本情報

名前ジャック・ベトリアーノ(Jack Vettriano)。出生名はジャック・ホッガン(Jack Hoggan)
生年月日(没年月日)1951年11月17日〜2025年3月(73歳)
国籍・出身イギリス(スコットランド)/ファイフ州メシル
学歴15歳で学校を離れ、絵はほぼ独学
分野絵画(油彩)
傾向1930年代を思わせる装いの男女、海辺やダンスホール、ロマンスと謎めいた雰囲気を、映画のような光と影で描く具象画
師事した人物・影響を受けた人物カーコーディの美術館で、サミュエル・ペプローやウィリアム・マクタガートらスコットランドの画家の作品を研究しました
主な受章大英帝国勲章(OBE、視覚芸術への貢献)

ジャック・ベトリアーノの名前と表記

英語の綴りは Jack Vettriano です。英語で検索するときは「Jack Vettriano」または「Vettriano」と入力すると、公式サイトや美術館の情報にたどり着けます。

ベトリアーノという名前は、生まれたときの名前ではありません。公式の略歴によれば、初期の作品は家族の姓であるホッガン(Hoggan)の名で売られていましたが、カーコーディからエディンバラへ移る前に、それまでの作品と区別するため、母親の旧姓を名乗るようになりました。

ジャック・ベトリアーノと同じように、人物と光の描き方で知られる画家については、以下の記事でもご紹介しています。あわせてご覧ください。

【徹底解説】エドワード・ホッパーとは?作品と人生を3分で理解しよう!

ジャック・ベトリアーノの歩みを示す流れ図。1951年にファイフで生まれ、独学で絵を始め、1988年にロイヤル・スコティッシュ・アカデミーの展覧会で2点が初日に売れ、1992年に初個展と『The Singing Butler』、2013年にグラスゴーで回顧展が開かれた。
図:ジャック・ベトリアーノの歩み

経歴と作品

炭鉱の町から、独学の画家へ(1951年〜1980年代前半)

ジャック・ベトリアーノは1951年11月17日、スコットランド東部ファイフ州のメシルで、ジャック・ホッガンとして生まれました。BBCや英ガーディアン紙の報道によれば、15歳で学校を離れて鉱山技師の見習いになり、BBCはその後、人事管理の仕事に移ったと伝えています。公式の略歴も、父のあとを追って炭鉱で見習い技師として働き、のちにマネジメントの仕事に移ったと記しています。

絵を描きはじめたきっかけは、21歳の誕生日に贈られた水彩絵具のセットでした。公式の略歴によれば、1970年代に趣味として絵を始め、それからは余暇の多くを独学で絵を学ぶことに使いました。古典の巨匠や印象派、シュルレアリスム、そして多くのスコットランドの画家の作品を写すことで、技術を身につけていったといいます。

BBCとガーディアン紙は、ベトリアーノがカーコーディの美術館に通い、サミュエル・ペプローやウィリアム・マクタガートといったスコットランドの画家の絵を、館の職員に怪しまれるのではないかと心配になるほど熱心に研究したことを伝えています。美術学校に通わなかったベトリアーノにとって、地元の美術館が学びの場でした。

スコットランド・カーコーディの美術館カーコーディ・ギャラリーズの外観。石造りの横長の建物と入口の階段
カーコーディ・ギャラリーズ(スコットランド、ファイフ州)の外観。ベトリアーノが若いころに通い、画家たちの作品を研究した美術館です。撮影:LilacRoses(CC BY-SA 4.0)/出典:Wikimedia Commons

2点の絵が初日に売れた日(1988年)

転機は、ロイヤル・スコティッシュ・アカデミー(RSA)の年次展覧会でした。公式の略歴によれば、1988年にベトリアーノが出品した2点の絵は、どちらも初日に売れ、いくつもの画廊から声がかかりました。BBCは、この出来事がベトリアーノを専業の画家にするきっかけになったと伝えています。

なお、この年は資料によって食い違いがあり、BBCは1989年、ガーディアン紙は1998年と書いています。本記事では、本人の公式略歴の1988年を採りました。

初個展「Tales of Love and Other Stories」(1992年)

公式サイトによれば、ベトリアーノは1992年5月15日から6月6日まで、エディンバラ・ギャラリーで初めての個展「Tales of Love and Other Stories」を開きました。出品作は36点で、同じ年の後半にはロンドンのモール・ギャラリーズでも作品を展示しています。

公式サイトはこの個展を、画家のキャリアにとって重要な最初の個展と位置づけています。カタログには、スコットランドの日曜紙の美術担当記者W・ゴードン・スミスが寄稿し、独学で素描や遠近法、薄く重ねる絵具の扱い、意味のある影、色の調和、劇的な構図を身につけたこと以上に、これほど見分けのつく個人の作風を育てたことが驚きだと評しました。

公式サイトは、この初個展の題材の幅広さも紹介しています。仕立て屋のマネキンに見とれる男性を描いた『A Kind of Loving』は3つの版が出品されました。『Queen Of The Fan-dan』の「Fan-dan」は、気取った派手な人を指すスコットランドの言い回し「Fancy Dan」を縮めたものだといいます。『The City Café』は、地元の人にも旅行者にも長く親しまれてきたエディンバラの食堂を描いた作品です。題名の言葉遊びや、身近な街の店を舞台にするところにも、地元スコットランドに根ざした画家の姿が見えます。

『Waltzers』(1992年の初個展で発表)

公式サイトは、初個展の出品作のなかでも「古典」と呼べる作品として『Waltzers』と『Amateur Philosophers』を挙げています。『Waltzers』は、夜の青い空の下、大きな木のそばで、燕尾服の男性たちとロングドレスの女性たちが何組も身を寄せて踊る場面を描いた作品です。木の枝には小さな光がいくつも灯り、白、赤、クリーム色のドレスが暗い背景の中で浮かび上がっています。

夜の青い空の下、小さな光が灯る大きな木のそばで、燕尾服の男性と白・赤・クリーム色のロングドレスの女性が何組も背を向けて踊る油彩画
ジャック・ベトリアーノ『Waltzers』、1992年の初個展「Tales of Love and Other Stories」(エディンバラ・ギャラリー)出品作。© Jack Vettriano。画像出典:ジャック・ベトリアーノ公式サイト「Tales of Love and Other Stories」(引用)

人物の多くはこちらに背を向けていて、顔ははっきりとは見えません。表情を描き込むかわりに、身体の向きやドレスの色、光の当たり方で場面の雰囲気を伝えるところに、ベトリアーノの描き方がよく表れています。見る人は、この夜会がどこで、どんな集まりなのかを、自由に想像することになります。

『Amateur Philosophers』(1992年の初個展で発表)

『Amateur Philosophers』は、浜辺に並んで立つ二人の男性を描いた作品です。帽子をかぶり、一人はトレンチコート、もう一人はスーツ姿で、話をしているようにも、黙って海を眺めているようにも見えます。灰色の雲が広がる空と、褐色がかった色調が、静かな雰囲気をつくっています。

灰色の雲が広がる浜辺に、帽子をかぶりトレンチコートとスーツを着た二人の男性が並んで立つ、褐色がかった色調の油彩画
ジャック・ベトリアーノ『Amateur Philosophers』、1992年の初個展「Tales of Love and Other Stories」(エディンバラ・ギャラリー)出品作。© Jack Vettriano。画像出典:ジャック・ベトリアーノ公式サイト「Tales of Love and Other Stories」(引用)

題名は「素人の哲学者たち」という意味です。作品の中に答えは描かれていませんが、二人の距離や視線の向きから、見る人が会話の中身を思い描けるようになっています。人物の表情よりも、立ち姿や服装、空気感で場面を語らせるのが、ベトリアーノの描き方の特徴です。

『The Picnic Party』(1992年の初個展で発表)

公式サイトは、初個展の作品が扱った場面の幅を示す例として、ベトリアーノの代名詞である浜辺と傘を描いた『The Picnic Party』を挙げています。波打ち際の砂浜で、麦わら帽子の男性が、箱を抱えた女性に白い日傘を差しかけ、その先を、もう一人の女性が日傘を手に、風にあおられながら歩いています。明るい色の服が光を受けて浮かび上がり、風の強さが傘と裾の揺れで伝わってきます。

波打ち際の砂浜で、麦わら帽子の男性が箱を抱えた女性に白い日傘を差しかけ、その先をもう一人の女性が日傘を手に風にあおられて歩く油彩画
ジャック・ベトリアーノ『The Picnic Party』、1992年の初個展「Tales of Love and Other Stories」(エディンバラ・ギャラリー)出品作。© Jack Vettriano。画像出典:ジャック・ベトリアーノ公式サイト「Tales of Love and Other Stories」(引用)

浜辺、傘、風、そして正装の人物という組み合わせは、のちの代表作『The Singing Butler』にもつながっていきます。1992年の初個展の時点で、ベトリアーノらしい場面の型がすでにできあがっていたことがわかります。

『The Singing Butler』とロンドンでの活躍(1992年〜2000年代前半)

『The Singing Butler』(1992年)

ベトリアーノの最もよく知られた作品が、1992年の『The Singing Butler』です。ガーディアン紙とBBCによれば、嵐の吹き荒れる浜辺で踊る優雅な男女と、その二人に付き添う執事とメイドを描いた作品です。この絵は英国で最も売れた美術の複製画になり、複製は何千枚も売れました。

原画は2004年にオークションにかけられ、BBCはこれがスコットランドの絵画の記録になったと伝えています。落札額について、公式の略歴は「75万ポンド近く」、ガーディアン紙は74万4,500ポンドと書いています。

公式の略歴によれば、ベトリアーノは1994年から2007年までロンドンのポートランド・ギャラリーに所属し、エディンバラ、ロンドン、香港、ニューヨークで完売の個展を重ねました。収集家には、俳優のジャック・ニコルソンや、サッカー指導者のアレックス・ファーガソン、作詞家のティム・ライスらがいます。1998年にはロンドンへ拠点を移し、「Between Darkness and Dawn」「Lovers and Other Strangers」「Affairs of the Heart」といった個展でも作品が完売しました。

1996年には、出版社パヴィリオン・ブックスの依頼で、40点以上のベトリアーノの絵にスコットランドの詩や文章を添えた作品集『Fallen Angels』が編まれました。同じ年、デザイナーのテレンス・コンランの依頼で、ロンドンのブルーバード・クラブのために、速度記録で知られるマルコム・キャンベルの生涯に着想を得た7点の連作を描き、この連作は10年間そこに飾られました。

公式の略歴は、2004年をベトリアーノのキャリアのなかで特別な年だったと書いています。『The Singing Butler』の売却に加えて、この年には英国の芸術番組「サウスバンク・ショー」で「Jack Vettriano: The People’s Painter(人々の画家)」というドキュメンタリーが放送され、作品集『Lovers and Other Strangers』も刊行されました。ベトリアーノは、視覚芸術への貢献により大英帝国勲章(OBE)を受けています。

ジャック・ベトリアーノの絵によく見られる3つの要素。浜辺や傘や風といった舞台、1930年代を思わせる正装の男女、映画のワンシーンのような光と影、の3点を示す。
図:ベトリアーノの絵によく見られる3つの要素

人気と批評のあいだで

ベトリアーノの作品は国際的な人気を集め、ガーディアン紙によれば、エディンバラ、ロンドン、香港、ヨハネスブルク、ニューヨークなどで展覧会が開かれました。その一方で、同紙は、多くの批評家がその作品を「何かの模倣」だと見なし、厳しい言葉を向けたことも伝えています。BBCも、ベトリアーノがしばしば批評家から退けられてきたと書いています。

英国の美術館の世界でも、ベトリアーノは長く距離を置かれた存在でした。BBCは、若いころには美術館から退けられていたと書いています。それでも、絵を買い、複製画やポストカードを手に取る多くの人々が、その作品を支え続けました。

批評家の評価と大衆の人気が、これほど大きく分かれた画家は多くありません。ベトリアーノの歩みは、美術の評価が誰によって、どのように決まるのかを考えるうえで、興味深い例だといえます。

自分の画廊と出版社、そして依頼の仕事(2006年〜2010年代前半)

公式サイトの展覧会の記録によれば、2006年の個展「Love, Devotion and Surrender」の準備の時期に、ベトリアーノは南フランスにアトリエを構え、そこで過ごした時間から多くの作品が生まれました。2008年5月には、ジャッキー・スチュワートがモナコ・グランプリで3度目の優勝を果たした1971年のレースを描いた三連作『Tension, Timing, Triumph』が、モナコのオテル・ド・パリでモナコ公アルベール2世によって披露されています。

公式の略歴によれば、ベトリアーノは2008年に、レーシングドライバーのジャッキー・スチュワートと、馬術選手のザラ・フィリップスの肖像画の依頼を受けました。後者は慈善の募金企画「スポーツ・リリーフ」の一環で、その制作の様子は同年3月にBBC Oneでドキュメンタリーとして放送されています。

2009年には、出版社と画廊をともに「ハートブレイク(Heartbreak)」という名前で立ち上げました。同じ年、モナコ・ヨットクラブの依頼で、同クラブの名高いヨット「トゥイガ」の100周年を記念する連作を描き、その展覧会はモナコのクラシック・ヨット・ウィークで初公開されました。

2010年には、40点以上の新作による展覧会「Days of Wine and Roses」が、故郷ファイフのカーコーディ美術館で開かれ、その後ロンドンのハートブレイクでも展示されました。公式サイトは、ミラノや南フランスのリヴィエラへの旅に着想を得た作品を含む、大陸的な雰囲気の展覧会だったと紹介しています。若いころに絵を研究した美術館で、新作の展覧会を開いたことになります。

翌2011年5月から6月にかけては、自身の画廊で個展「The Ballroom Spy」を開きました。公式サイトによれば、舞台の上と舞台裏の両方から社交ダンスの華やかな世界を描いた12点の新作による展覧会で、写真家ジャネット・ジョーンズの作品もあわせて展示されました。浜辺やダンスホールで踊る人々は、初個展のころからベトリアーノが繰り返し描いてきた題材です。

グラスゴーでの大回顧展(2013年〜2014年)

2013年9月21日、グラスゴーのケルヴィングローヴ美術館・博物館で、初めての大規模な回顧展「Jack Vettriano: A Retrospective」が始まりました。公式サイトによれば、会期は2014年2月23日までで、1992年から2012年までの絵画101点が並び、世界中の個人の所蔵家から代表作が初めて一堂に集められました。

BBCは、この回顧展が5か月の会期中に13万6千人以上を集め、当時、グラスゴーで開かれた有料の展覧会として最も成功したものと言われたと伝えています。公式サイトの展覧会の記録も同じく13万6千人以上と書いていますが、公式の略歴は来場者を12万3,300人としており、数字は資料によって異なります。いずれにしても、批評家に退けられてきた画家の展覧会に、多くの人々が足を運んだことは確かです。

グラスゴーのケルヴィングローヴ美術館・博物館の外観。赤い砂岩でできた塔のある壮麗な建物と、手前に広がる芝生
ケルヴィングローヴ美術館・博物館(グラスゴー)の外観。2013年から2014年にかけて、ベトリアーノの初の大規模な回顧展が開かれました。撮影:Suicasmo(CC BY-SA 4.0)/出典:Wikimedia Commons

『Homage to Fontana?』(1999年)

この回顧展にも出品された『Homage to Fontana?』は、1999年の作品です。公式サイトによれば、題名とキャンバスに描かれた切り裂きは、1950〜60年代に切り裂いたキャンバスで二次元と三次元の境を揺さぶった、アルゼンチン生まれのイタリアの画家ルーチョ・フォンタナ(1899〜1968年)を参照しています。

画面には、白いシャツにサスペンダー姿の男性が、こちらに背を向けて窓の外を眺める姿が描かれています。手には絵筆を持ち、左手のイーゼルにはキャンバスが立てかけられています。公式サイトは、ベトリアーノがこの絵で、表面の下や向こう側にあるものについて考える、自らの思索の時間に見る人を誘っていると説明しています。同じ構図の3つの版のうち最も大きなもので、ボローニャのパラッツォ・パラヴィチーニでの展覧会を経て、2025年7月にエディンバラへ戻りました。

白いシャツにサスペンダー姿の男性が、こちらに背を向けて明るい窓の外を眺める油彩画。手に絵筆を持ち、左手前のイーゼルに切り裂きのあるキャンバスが立てかけられている
ジャック・ベトリアーノ『Homage to Fontana?』(1999年)。2013年の回顧展(ケルヴィングローヴ美術館・博物館)出品作。© Jack Vettriano。画像出典:ジャック・ベトリアーノ公式サイト「Exhibitions」(引用)

故郷とのつながりと晩年(2015年〜2025年)

公式の略歴によれば、ベトリアーノは2015年にロンドンの画廊を手放し、同じ年に自身の出版社ジャック・ベトリアーノ・パブリッシングを設立しました。

2017年には、スコットランドのコメディアン、ビリー・コノリーの肖像画を依頼された3人の画家の一人に選ばれています。BBCによれば、これはコノリーの75歳の誕生日を記念するBBCの番組の一環でした。公式サイトによれば、ほかの2人はスコットランドの画家ジョン・バーンとレイチェル・マクリーンで、ベトリアーノが描いた『Dr Connolly, I Presume?』は、グラスゴーの集合住宅の妻壁に巨大な壁画として再現されました。公式の略歴は、3人の肖像がグラスゴーのピープルズ・パレスに展示され、その図柄が市の中心部の壁画になったと記しています。

2022年には、カーコーディ・ギャラリーズで「Jack Vettriano: The Early Years」展が開かれました。公式サイトによれば、出生名ジャック・ホッガンの署名が入った、専業の画家になる前のごく初期の作品も展示されています。BBCは、この展覧会がベトリアーノの形成期と初期のキャリアに焦点を当てたものだったと伝えています。

BBCによれば、美術館から距離を置かれていた時期があったにもかかわらず、ベトリアーノの自画像『The Weight』は、2011年に改修を終えて再開したスコットランド国立肖像画美術館で、長期にわたって展示されました。

ジャック・ベトリアーノは2025年3月、73歳で亡くなりました。BBCやガーディアン紙は、本人の広報担当者が3月3日にその死を発表したと伝えています。広報担当者は、その死が現代スコットランド美術の一つの時代の終わりを示すものだと述べました。

没後の動き(2025年〜2027年)

ベトリアーノの死を伝える公式サイトの告知は、その絵が「陰謀、ロマンス、郷愁の瞬間をとらえ」、世界中の多くの人々の心に触れたと記しています。

2026年には、ロイヤル・スコティッシュ・アカデミーの第200回年次展覧会(2026年5月9日〜6月14日)で、新たに「ジャック・ベトリアーノ賞」が設けられました。公式サイトによれば、賞金は7,500ポンドで、正式な美術学校の教育を受けておらず、その才能がまだ認められていない作家を支えることを目的としています。1988年に同じ展覧会で2点の絵が初日に売れたことをきっかけに画家になったベトリアーノの歩みを、そのまま次の世代へつなぐ賞だといえます。

公式サイトはまた、ベトリアーノの人生と作品を描く新作の演劇『Jack Vettriano Can’t Paint!』が、スコットランドのピトロッホリー・フェスティバル・シアターで、2027年7月16日から8月27日まで初演されると発表しています。脚本はイーデン・マッキンタイアです。

『Portrait of the Artist』(1993年)

ベトリアーノの作品の遺産を管理する側は、1993年の自画像『Portrait of the Artist』を、2026年3月1日からエディンバラのスコットランド国立肖像画美術館で展示すると発表しました。没後1年を記念するもので、作品は遺産側からの貸与です。2029年の初めまで展示され、その後は『Homage to Fontana?』と入れ替わる予定とされています。

公式サイトによれば、この自画像は『The Singing Butler』の翌年に描かれた初期の作品で、スタジオを構えていたエディンバラのフラットで、絵を描く手を休める画家自身の姿を描いています。光と影の劇的な描写が思索の時間の場面をつくり、絵具が飛び散った服が、制作の最中であることを伝えています。

エディンバラのスコットランド国立肖像画美術館の外観。赤い砂岩の細かな装飾と尖塔を持つゴシック様式の横長の建物
スコットランド国立肖像画美術館(エディンバラ)の外観。ベトリアーノの自画像が展示されてきた美術館です。撮影:Kenneth C. Zirkel(CC BY 4.0)/出典:Wikimedia Commons

ジャック・ベトリアーノの主な出来事の年表

年出来事
1951年11月17日、ファイフ州メシルに生まれる(出生名ジャック・ホッガン)
1970年代21歳の誕生日に贈られた水彩絵具をきっかけに、独学で絵を始める
1988年ロイヤル・スコティッシュ・アカデミーの年次展覧会で、出品した2点が初日に売れる(公式略歴)
1992年エディンバラで初個展「Tales of Love and Other Stories」。『The Singing Butler』を描く
1994〜2007年ロンドンのポートランド・ギャラリーに所属
2004年『The Singing Butler』がオークションで売却される。ドキュメンタリー「The People’s Painter」放送
2009年出版社・画廊「ハートブレイク」を設立
2010年カーコーディ美術館で「Days of Wine and Roses」
2013〜14年グラスゴーのケルヴィングローヴ美術館・博物館で回顧展
2017年ビリー・コノリーの肖像を描く
2022年カーコーディ・ギャラリーズで「The Early Years」展
2025年3月、73歳で死去
2026年3月から、自画像『Portrait of the Artist』がスコットランド国立肖像画美術館で展示

まとめ

いかがだったでしょうか。ジャック・ベトリアーノは、1951年にスコットランドのファイフに生まれ、15歳で学校を離れたのち、21歳の誕生日に贈られた水彩絵具をきっかけに独学で絵を学んだ画家です。地元カーコーディの美術館でスコットランドの画家たちを研究し、1988年のロイヤル・スコティッシュ・アカデミーの展覧会をきっかけに専業の画家になりました。

1992年の初個展と『The Singing Butler』以降、浜辺や傘、正装の男女を映画のような光と影で描く作風は、複製画を通じて英国で大きな人気を集めました。批評家の厳しい評価を受け続けながらも、2013年にはグラスゴーで大回顧展が開かれ、2025年3月に73歳で亡くなったあとも、自画像が国立の美術館で紹介されています。作品を見るときは、描かれた人物たちのあいだに、どんな物語があるのかを想像しながら眺めてみてください。

Euphoric " " の視点

ベトリアーノが絵を描きはじめたきっかけは、21歳の誕生日に贈られた水彩絵具のセットでした。15歳で学校を離れた後、余暇の多くを使い、地元カーコーディの美術館に通ってスコットランドの画家の絵を見つめながら、独学で腕を磨いています。

複製画を通じて大きな人気を集める一方、批評家からは厳しい評価を受け、美術館からも長く距離を置かれました。それでも描き続けたことが、2013年のグラスゴーでの大回顧展や、没後のスコットランド国立肖像画美術館での展示へつながったのだと考えます。

評価の物差しは一つではないことを、ベトリアーノの歩みは静かに示しているのかもしれません。

この作品を見に行くには

ベトリアーノの作品の多くは個人の所蔵です。2026年10月時点で公開が発表されている作品と、ゆかりの館の公式ページを挙げます。展示替えがあるため、最新の情報は公式サイトをご確認ください。

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