【徹底解説】キム・ジョンギとは?下描きなしで世界を描いたライブドローイングの名手の人生と作品を解説!

【徹底解説】キム・ジョンギとは?下描きなしで世界を描いたライブドローイングの名手の人生と作品を解説!

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こんにちは。ユアムーン株式会社 編集部です。

皆さんはキム・ジョンギという人物をご存知ですか?

キム・ジョンギ(김정기、Kim Jung Gi)は、1975年に韓国の高陽(コヤン)で生まれ、2022年10月3日にフランスで亡くなったイラストレーター、漫画家です。下描きをせず、参考の写真も見ずに、大きな紙や壁にいきなりペンで描きはじめ、人や動物、乗り物がぎっしり詰まった細密な絵を観客の前で完成させるライブドローイングで、世界中に知られました。英語の表記から「キム・ジュンギ」と書かれることもあります。

本記事ではそんなキム・ジョンギの人生と作品についてご紹介します。内容は、2026年10月時点で確認できた作家の公式サイト(ヨーロッパ版)、キム・ジョンギ美術館(KIMJUNGGI MUSEUM)、韓国文化体育観光部、韓国の英字紙コリア・タイムズ、CNNなどの情報にもとづいています。作品の画像は、著作権法で認められた「引用」の範囲で、作品を解説している段落のあとに作家の公式サイトの画像を掲載しています。

キム・ジョンギって?

キム・ジョンギの歩みを5段階で示した図。高陽に生まれ釜山の大学で美術を学ぶ、漫画家として出発しスケッチブックを出す、富川国際漫画祭のライブドローイングで注目される、世界各地でドローイングショー、没後に坡州に美術館が開館する流れ。
図:キム・ジョンギの歩み

キム・ジョンギの絵の何が人を驚かせたのか。作家の公式サイトは、その理由を、見たものを何の資料も使わずに描ける驚くべき記憶力にあると説明しています。テーブルの隅の小さなスケッチでも、数メートルの壁画でも、すべてが頭の中に描かれているので下準備がいらない。どんな角度から描いても形が正確で、人や動物の体のつくりへの理解は並外れていると、公式サイトは書いています。

キム・ジョンギ美術館は、記憶の中のイメージを圧倒的な正確さと密度で描き出す「ライブドローイング」という独自の領域を切り開いた作家だと紹介しています。この記事では、漫画家として出発したキム・ジョンギが、どのようにして世界中で描く人になったのかを、時代順にたどります。

基本情報

本名キム・ジョンギ(김정기、Kim Jung Gi)。キムが姓。英語表記から「キム・ジュンギ」とも書かれます
生年月日(没年月日)1975年生まれ〜2022年10月3日没(フランス、47歳)。生まれた月日は、本記事では公式情報で確認できた範囲に留めています
国籍・出身韓国。京畿道(キョンギド)高陽市(コヤンシ)生まれ
学歴19歳で美術学校に入り「アート&デザイン」を専攻。釜山の東義大学校(トンウィ大学校)で3年間学ぶ
分野イラストレーション、漫画(マンファ)、ライブドローイング
傾向下描きや参考資料なしで描く。記憶にもとづく細密な描写、遠近法を自在に使った大画面、多くの人物や動物を一画面に組み込む構成
師事した人物・影響を受けた人物特定の師についての公式の記録は確認できませんでした。日本のイラストレーター寺田克也と共著のスケッチブックがあります

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経歴と作品

1. 高陽に生まれ、釜山で美術を学ぶ(1975〜1990年代)

キム・ジョンギは、1975年に韓国の京畿道高陽市で生まれました。公式サイトの経歴は、冒頭で「キムが姓です」とわざわざ断ってから紹介を始めています。

公式サイトによると、19歳で美術学校に入り、「アート&デザイン」を専攻しました。学んだのは、韓国南東部の港町、釜山にある東義大学校で、在学は3年間です。公式サイトは、この学校が技術的な授業で知られていたことに加えて、ともに学んだ2万3千人の学生たちも、彼の観察の格好の材料になったかもしれないと、ユーモアを交えて書いています。人を観察して覚えることが、のちの絵の土台になっていたことがうかがえます。

漫画家になることは、子どものころからの目標でした。2017年に美術誌『Visual Atelier 8』の取材に答えたインタビュー(公式サイトに英語版を掲載)で、キム・ジョンギは、小さいころからずっと漫画家になりたいと思っていて、早くからその目標に向かって進んできたと語っています。漫画家を志すきっかけになったのは鳥山明の『Dr.スランプ』で、その想像力に驚いたといいます。

同じインタビューでは、記憶で描く方法についても語っています。子どものころに描きはじめたときから、ずっと記憶で描いてきた。まわりの人から聞いた話も、テレビで見た動物も、映画の場面も、見たもの聞いたものをもとに描いていて、それが他の作家と違う方法だと知ったのはずっとあとだった。振り返れば、楽しみでやっていたことのすべてが、自分にとって最高の訓練だったと述べています。描きたいものがあれば、いつでもどこでも描くという姿勢で暮らしてきたとも話しています。

キム・ジョンギ美術館のインタビューで、キム・ジョンギは、絵を仕事にしようとする人へのいちばんの助言を聞かれ、少し考えてから、人の評価も大切だが、自分にとっていちばん大事なのは描くことが楽しいかどうかだと答えています。もし描くことが楽しくなくなったら、もう描かないだろうとも語っています。

2. 漫画家としての出発と『Tiger the Long Tail』(2000年代)

公式サイトによれば、キム・ジョンギの最初の作品『Funny Funny』は、漫画雑誌『ヤングジャンプ』に掲載されました。本人は先のインタビューで、デビューは2002年から2003年ごろだったと振り返っています。CNNも、キム・ジョンギが韓国の漫画誌『ヤングジャンプ』で描きはじめたと伝えています。当時の韓国では日本の漫画の影響がとても大きく、デビューしたとき、多くの出版社から絵柄を日本風に変えるように勧められたといいます。しかし、彼をよく知る友人や同僚たちは、絵柄を変えずに得意な描き方を続けるよう励まし、インターネット上でファンがついたことで、この道を続けられたと語っています。いくつかの短編と展示を経て、キム・ジョンギは大学や専門学校でマンファ(韓国の漫画)を教えるようになりました。CNNによれば、学生たちには、日々の生活で観察したものと想像の中のイメージを組み合わせて「その瞬間を目に浮かべる」力を大切にするよう伝えていたといいます。インタビューでは、学生時代のモットーとして「木を切るのに8時間あるなら、6時間は斧を研ぐ」という言葉を挙げ、学生には急がず、基礎の技術をしっかり準備するよう伝えていると話しています。たくさん描くことよりも、描く対象を正確に理解して学ぶことのほうが大切で、人物を描くなら解剖学の勉強は欠かせない。ただし、規則や理論にとらわれすぎると絵が硬くなるので、その落とし穴にも気をつけるよう助言しているといいます。

この時期の代表作が『Tiger the Long Tail』(略してTLT)です。公式サイトによると、パク・スンジンが原作を書き、キム・ジョンギが作画を担当した全6巻の漫画で、2008年から2010年にかけて描かれました(本人はインタビューで、2007年から2009年に韓国の大手ポータルサイトNAVERで連載した、経済をテーマにしたウェブ漫画だと説明しています)。もとはインターネット上で読む「ウェブトゥーン」として発表されたため、ページの構成が独特だったと説明されています。のちにCNC Revolutionから本として出版されました。

公式サイトのあらすじでは、主人公は虎の「テホ」で、毎朝くり返し見る悪い夢から目を覚まします。現実のテホは小さな部屋でだらしなく暮らし、就職の面接に落ち続けていますが、ある日、「世界を征服したければ、バスに乗れ」という不思議な手紙を受け取ります。そこから、大企業の研修施設をめぐる物語が始まります。動物の姿をした登場人物たちが、現代の韓国の街で暮らす様子を細かく描いた作品です。公式サイトは、全6巻のうち最初の4巻と残りの巻とで、2つの異なる描き方が使われていると紹介しています。

3. スケッチブックと、頭の中の絵

キム・ジョンギの仕事の中心には、いつもスケッチブックがありました。公式サイトによると、個人のスケッチブックは2007年、2011年、2013年、2015年、2016年、2018年、2022年の7冊が出版されていて、合わせると約5,000ページの絵が収められています。2011年版には、白い表紙に本人が1冊ずつ絵を描いた限定版もあったと、公式サイトのよくある質問のページは伝えています。

CNNによると、キム・ジョンギは、頭の中に集めて覚えた視覚の断片を組み合わせて場面をつくり、紙の上に描いていきました。最も大きな絵について、画像の60%ほどは頭の中にあり、残りは即興で描くと、美術誌の取材に答えています。また、頭の中にあるものを描けないのはみじめなことだ、とも語っています。

公式サイトに掲載されたインタビューでは、もう少し詳しく説明しています。単純な絵なら、描く前に頭の中で8割から9割ができあがっていて、手を動かしてそれを写し、細部は描きながら仕上げる。大きく複雑な物語の絵では、物語と構図を含めて6割ほどが頭にあり、大事な部分を先に置いてから、残りを即興で描く。そして、絵は連続した時間の中の一瞬であり、その前後に起きている物語があるはずだから、断片的なイメージからその物語を読み取り、想像で組み立てるのだと語っています。人でも物でも、細部の6割ほどを再現できれば、見る人は何を描いたかがわかる、とも述べています。

道具も少しずつ変わりました。同じインタビューで本人は、スケッチブックには20代から現在までの作品が年代順に収められていて、自分でも変化がわかると話しています。最近は筆ペンで大きな紙に描くことが増え、線はよりきれいになり、描き込みの細かさも増したと感じているそうです。

キム・ジョンギ美術館は、その描き方を、事前のスケッチや参考資料なしに、頭の中に蓄えた膨大なイメージと構造をもとに、止まらず、直さない線で画面を仕上げていく方法だと説明しています。とくに遠近法と構造を自在に扱う力、複雑な場面をひとつの画面の中に有機的に組み立てる感覚は、同時代のどの作家とも違う、キム・ジョンギ独自の言葉として評価されていると述べています。

『Tigers study』(制作年の記載なし)

公式サイトのポートフォリオに掲載されている『Tigers study』は、虎だけを描いた習作です。画面には、歩く虎、跳びかかる虎、振り返って吠える虎、うずくまる虎など、さまざまな姿勢の虎が大小7頭、黒い線だけで描かれています。毛並みの縞は、ペンの強弱だけで丸みや筋肉の動きに合わせて曲げられています。左下には「kim Jung gi」の署名、右下には「1/149」という番号が書き込まれています。体のつくりを覚えたうえで、どんな角度からでも描けるという公式サイトの説明が、そのまま形になったような1枚です。『Tiger the Long Tail』の主人公も虎でした。

クリーム色の紙に黒い線だけで描かれた大小7頭の虎。歩く虎、跳びかかる虎、振り返って吠える虎、うずくまる虎などが、縞の曲がり方で筋肉の動きまで描き分けられている。
キム・ジョンギ『Tigers study』(制作年・技法の記載なし、画面に「1/149」の書き込み)。© Kim Jung Gi。画像出典:キム・ジョンギ公式サイト(ヨーロッパ版)ポートフォリオ(引用)

4. 富川国際漫画祭の白い壁(2011〜2012年)

キム・ジョンギの名前が世界に広まるきっかけになったのは、2011年の出来事でした。コリア・タイムズによると、キム・ジョンギは、韓国の富川(プチョン)国際漫画祭に完成した作品を出す代わりに、自分のブースの壁一面に白い紙を張り、その場で描きはじめて、壁を即興の絵で埋め尽くしました。その様子を撮った動画がインターネットで広まり、世界的に知られるようになったと同紙は伝えています。

その後、キム・ジョンギは、ライブドローイングやアニメーション映画祭、展覧会、講演のために、多くの国に招かれるようになりました(コリア・タイムズより)。公式サイトの紹介文も、彼の並外れた才能が、観客の前で生で描く「ドローイングショー」のために世界中から招かれる理由になっていると書いています。韓国、日本、中国、ヨーロッパ、南北アメリカに熱心なファンがいるとも紹介されています。

コリア・タイムズは、彼のライブドローイングの特徴を次のように説明しています。絵は大きく、何時間にも及ぶのに、画面の中の小さなものひとつひとつが繊細で入り組んだ形で描かれている。それは人や物をよく観察し、限りなく練習を重ねた結果であり、その小さな部分のすべてが調和して、ひとつの巨大な作品になっている、と。

フランスとのつながりは、とくに深いものでした。公式サイトが引用する在仏韓国文化院の紹介によると、キム・ジョンギは2012年にフランスのストラスブールで国際的な活動を始めました。次の動画は、キム・ジョンギのスタジオであるSuperAniの公式チャンネルが2015年に公開したもので、フランスのアングレーム国際漫画祭でのドローイングショーの様子を記録しています。

김정기 JungGi Kim Drawing show in Angoulême BD festival 2015(Super Ani公式YouTube)

5. 世界を回るドローイングショー(2013〜2021年)

韓国の中でも、キム・ジョンギのライブドローイングは公的な場で紹介されました。韓国文化体育観光部の報道資料によると、2014年2月7日、ソチ冬季オリンピックの開幕を前に、ソウル駅3階のオープンコンサートホールで、韓国選手団を応援する即興のドローイングショーが開かれました。キム・ジョンギは、競技場で全力を尽くす選手たちの姿などを、縦2メートル、横1.2メートルの紙に描く予定だと発表されています。文化体育観光部は、キム・ジョンギを、即興で緻密かつ演出力に優れた絵を描くことで知られる作家と紹介しています。

公式サイトによると、キム・ジョンギはギネス世界記録の「イラスト」部門で、「個人による最も長いドローイング」の記録を持っていました。展示も各地で開かれています。公式サイトは、パリのダニエル・マゲン、ニューヨークのスコット・エダーといった画廊、日本の村上隆が主宰する「GEISAI」の企画、そしてマレーシア・ペナンの美術館での展示を挙げています。

本の仕事も広がりました。公式サイトによると、フランスの作家ベルナール・ウェルベルの2つの小説、『パラダイス』(2010年)と『第三人類』(2013年)の挿絵を手がけています。フランスの漫画原作者ジャン=ダヴィッド・モルヴァンとは、『SpyGames』(2014年、フランスのグレナ社)などで組みました。アメリカのコミックでは『フラッシュ』や『シビル・ウォーII』の表紙も描いています。CNNも、キム・ジョンギがDCコミックスやマーベル・コミックスの表紙を手がけたと伝えています。

2017年には、日本の寺田克也との共著のスケッチブックを出版しました。公式サイトによれば、2人の作品を伝統的な画集の形で見せるのではなく、編集者は、2人がスケッチブックに描くように自由に描くことを選んだといいます。ソウルでのスケッチ、2人の作品を組み合わせたコラージュ、共作の漫画、日本でのゲリラ的なライブドローイングの記録などが収められています。

同じインタビューでキム・ジョンギは、韓国の漫画界の状況についても語っています。韓国で漫画家として働くにはウェブトゥーンを描くことになり、ほとんどの作家がデジタルの道具を使う。その中で自分は紙とペンの伝統的な形で描き続けていて、描く場所さえあれば幸せだ、と話しています。いちばん落ち着く場所は、10年以上使っているスタジオだとも述べています。寺田克也との共作に満足したこと、彫刻家サイモン・リーとの仕事もすばらしかったことにも触れています。

『Fresque』(2018年)

公式サイトのポートフォリオには、「2018年にキム・ジョンギが描いたフレスコ」として、横長の大きなドローイングが掲載されています。フランス語の「フレスク」は、ここでは壁画のような大画面の絵を指しています。白い紙の上に、韓服(ハンボク)を着た人々、子どもたち、馬に乗った若者、旗を持つ人、虎や鶴、大きな山の神のような老人、わらぶき屋根の家などが、左から右へ行列のように連なっています。墨のような濃淡で塗った部分と、ペンの細い線で描いた部分が混ざり合い、ひとりひとりの表情やしぐさまで描き分けられています。右下には「2018 Kim Jung Gi」の署名があります。これだけの人数を、下描きなしで一つの画面にまとめていることを思うと、キム・ジョンギ美術館が言う「複雑な場面をひとつの画面の中に有機的に組み立てる感覚」がよくわかります。

白い横長の紙に、韓服を着た人々、子ども、馬に乗った若者、旗を持つ人、虎や鶴、山の神のような老人、わらぶき屋根の家が左から右へ行列のように連なる墨とペンのドローイング。
キム・ジョンギ『Fresque』(2018年、技法の記載なし)。© Kim Jung Gi。画像出典:キム・ジョンギ公式サイト(ヨーロッパ版)ポートフォリオ(引用)

『無題』(2020年9月9日のドローイング)

公式サイトのポートフォリオには、題名の代わりに制作の日付といくつかのキーワードを添えたドローイングも数多く掲載されています。そのうち、2020年9月9日の日付と「ボードゲーム、虎、走る、自転車」(韓国語)というキーワードが添えられた1枚では、大きく口を開けた虎を先頭に、キャップをかぶった男性たち、ひげの男性、眼鏡の老人、髪を結んだ女性、ヘルメット姿でバイクや自転車に乗る人たちが、そろって画面の左へ駆けていきます。右奥には小さなトラックも見えます。

大きく口を開けて跳ぶように走る虎を先頭に、キャップの男性たち、ひげの男性、髪を結んだ女性、ヘルメット姿でバイクや自転車に乗る人たちが左へ駆けていく、墨とペンのドローイング。
キム・ジョンギ『無題』(2020年9月9日のドローイング。題名の記載なし、キーワード「ボードゲーム、虎、走る、自転車」)。© Kim Jung Gi。画像出典:キム・ジョンギ公式サイト(ヨーロッパ版)ポートフォリオ(引用)

手前の人物ほど大きく、奥の人物ほど小さく描かれ、遠近法がそのまま走る勢いになっています。ひとりひとりの表情が違い、墨の濃淡とペンの線を組み合わせた描き方は『Fresque』とも共通しています。参考資料を見ずに、群衆の動きを一枚の中に組み立てるというキム・ジョンギの特徴がよく表れた作品です。

6. 映画、アニメーション、ゲームとの仕事、ソウルでの大規模展

キム・ジョンギの仕事は、紙の上だけにとどまりませんでした。キム・ジョンギ美術館は、彼の作品が、記憶と観察と想像が結びついた視覚の記録であり物語であって、アニメーション、映画、ゲームなどさまざまな分野との協業を通じて、芸術の境界を広げてきたと紹介しています。

美術館の5回目の企画展「Unedited(編集されていない)」では、韓国映画『ミス・ゴ』(原題『미쓰GO』、英題『Miss Conspirator』、2012年)のアニメーションの原画とアイデアスケッチ、Netflixのアニメーション『鬼武者』(2023年)のキャラクターデザインのドローイングが、初めて公開されています。「Unedited」という題名は、事前のスケッチなしに頭に浮かんだイメージを即興で画面に広げ、その過程そのものが完成になるという、キム・ジョンギの描き方を表したものだと美術館は説明しています。

公式サイトは、キム・ジョンギがいくつものゲーム会社と仕事をしたことも記しています。ポートフォリオには、ゲーム会社ブリザードのためのイラストも掲載されています。

音楽との共演もありました。次の動画は、SuperAniの公式チャンネルが2021年に公開した「LANDSCAPE」で、打楽器奏者のキム・ソラと共演したものです。動画の説明によると、キム・ソラの杖鼓(チャング)のリズムと、キム・ジョンギの筆ペンの線が、美しい場所でひとつの風景を描いていく作品です。

랜드스케이프 김소라X김정기(Super Ani公式YouTube)

2021年には、ソウルのロッテ美術館で、キム・ジョンギの大規模な展覧会「The Other Side」が開かれました。公式サイトによると、数千点のドローイングが展示され、会場ではキム・ジョンギ本人がライブドローイングも行いました。会期は3か月におよびました。コリア・タイムズにも、2021年5月3日にロッテ美術館でライブドローイングをするキム・ジョンギの写真が掲載されています。

ここまでの歩みを、表にまとめます。

年出来事
1975年韓国・京畿道高陽市に生まれる
2002〜2003年ごろ『ヤングジャンプ』で『Funny Funny』を発表しデビュー
2007年最初のスケッチブックを出版
2008〜2010年『Tiger the Long Tail』(全6巻、原作パク・スンジン)
2010年・2013年ベルナール・ウェルベル『パラダイス』『第三人類』の挿絵
2011年富川国際漫画祭でブースの壁に即興で描き、動画で世界に知られる
2012年フランス・ストラスブールで国際的な活動を始める
2014年ソウル駅でソチ冬季オリンピック選手団の応援ドローイングショー。『SpyGames』(フランス)
2017年寺田克也との共著のスケッチブック
2021年ロッテ美術館(ソウル)で展覧会「The Other Side」
2022年7冊目のスケッチブック。10月3日、フランスで死去
2023年坡州にキム・ジョンギ美術館が開館。在仏韓国文化院で追悼展

出典:キム・ジョンギ公式サイト、コリア・タイムズ、韓国文化体育観光部の公式情報

7. 2022年、パリで

2022年、キム・ジョンギは7冊目となるスケッチブックを出版しました(公式サイトより)。秋にはヨーロッパを回り、パリの画廊ダニエル・マゲンで作品を展示していました。CNNによると、会場では多くのファンが列をつくり、床に座って彼が描く様子を見守りました。パリ滞在中には、バットマンを題材にしたイラストや、サッカーのパリ・サンジェルマンのための作品も完成させています。

キム・ジョンギは、2022年10月3日、滞在先のフランスで亡くなりました。47歳でした(公式サイト、コリア・タイムズより)。訃報を受けて、DCコミックスのジム・リーは、キム・ジョンギを「最高峰の描き手のひとり」と呼び、そのペンと筆の技が世界中の何百万人ものファンを魅了したと追悼しました(CNNより)。

8. 没後、絵を伝える場所

没後1年がたった2023年、キム・ジョンギの絵を伝える場所が生まれました。公式サイトによると、家族と、マネージャーで友人でもあったSuperAniのキム・ヒョンジンらは、キム・ジョンギの記憶と作品を生かし続けることで一致し、その最初の形として、韓国にキム・ジョンギ美術館(KIMJUNGGI MUSEUM)が開館しました。美術館は、京畿道坡州(パジュ)の芸術村「ヘイリ」にあり、彼が働いたSuperAniのスタジオの近くに建っています。

美術館は、キム・ジョンギが生涯に6,000点以上の作品を残し、世界の多くの作家や創作者に深い影響を与え、ライブドローイングを通じて観客と直接つながる新しい芸術体験を示したと紹介しています。そして、この美術館が、作品を展示するだけでなく、キム・ジョンギの激しい創作の過程と広がった仕事の世界を立体的に照らし出す場所だと述べています。

同じ2023年の11月16日から2024年3月16日まで、パリの在仏韓国文化院では、没後初めての国外での展覧会が開かれました。公式サイトによると、回顧展示と多くの原画、長さ10メートルの巨大な壁画、ライブドローイングの映像を見る「考える」空間、キム・ジョンギが絵付けした陶器の4つの区画で構成されていました。

美術館のサイトには、キム・ジョンギのこんな言葉も紹介されています。これまで白い紙が怖かったことは一度もない。白い紙の中では、自分が神様だ。潮の満ち引きも、日が昇り沈むことも、この中では自分がすべてを決める。怖がらずに、楽しんで描いてください。白い紙を前にためらう人に向けた、まっすぐな励ましの言葉です。

9. キム・ジョンギの絵を見るときの手がかり

キム・ジョンギの絵を見るときの3つの手がかりを示した図。下描きや参考資料なしに描く即興の線、頭の中に蓄えた観察の記憶、多くの人物や動物を遠近法でひとつの画面に組み込む構成。
図:キム・ジョンギの絵を見るときの3つの手がかり

ここまでの作品を踏まえて、キム・ジョンギの絵を見るときの手がかりを3つにまとめます。

ひとつめは、線です。下描きをせず、止まらず、直さない線で描くため、線には迷いの跡がほとんどありません。どこから描きはじめ、どこへ広げていったのかを想像しながら見ると、描く過程が見えてきます。

ふたつめは、記憶です。キム・ジョンギは参考の写真を見ずに描きました。虎の体の向き、服のしわ、乗り物の部品といった細部が、すべて観察と記憶から引き出されていると思って見ると、その情報量に改めて驚かされます。

みっつめは、構成です。多くの人物や動物を、遠近法を使ってひとつの画面に組み込むのがキム・ジョンギの得意とするところでした。画面の中で視線がどう導かれるか、近くのものと遠くのものの大きさの差がどう使われているかに注目するのも、ひとつの見方です。

まとめ

いかがだったでしょうか。キム・ジョンギは、1975年に韓国の高陽で生まれ、漫画家として出発したのち、下描きなしで大画面を描き切るライブドローイングで世界に知られたイラストレーターです。2011年の富川国際漫画祭での白い壁の動画をきっかけに、フランス、アメリカ、アジアの各地に招かれ、スケッチブックや小説の挿絵、コミックの表紙、映画やアニメーションの仕事まで手がけました。2022年10月3日、フランスで47歳で亡くなりました。

記事で紹介した『Tigers study』『Fresque』と2020年9月9日のドローイングは、作家の公式サイトのポートフォリオで見ることができます。韓国・坡州のキム・ジョンギ美術館では、原画や映像を通じて、その描き方に触れることができます。機会があれば、ぜひ実物の線の勢いを確かめてみてください。

Euphoric " " の視点

キム・ジョンギは2011年の富川国際漫画祭で、完成した作品を出す代わりにブースの壁一面に白い紙を張り、その場で描きはじめました。この即興の壁が、名前が世界に広まるきっかけになっています。

絵を仕事にしようとする人への助言を聞かれると、人の評価も大切だが、自分にとっていちばん大事なのは描くことが楽しいかどうかだと答えました。下描きをせず、直さない線の勢いは、白い紙を怖がらずに楽しむその姿勢から生まれていたのだと考えます。

完成品だけでなく、つくる過程そのものを人に見せることは、表現の魅力を伝える力強い方法になるのかもしれません。

この作品を見に行くには

記事で紹介した作品は、次の館などで公開されています。展示替えがあるため、最新の情報は公式サイトをご確認ください。

キム・ジョンギ美術館は企画展の形で作品を紹介しています。2026年10月時点では、5回目の企画展「Unedited」の案内が公式サイトに掲載されていました。休館日や予約の方法は時期によって変わるため、お出かけの前に公式サイトでご確認ください。

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