【徹底解説】マーク・ライデンとは?ポップ・シュルレアリスムを切り開いた画家の人生と作品を解説!

【徹底解説】マーク・ライデンとは?ポップ・シュルレアリスムを切り開いた画家の人生と作品を解説!

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こんにちは。ユアムーン株式会社 編集部です。

皆さんはマーク・ライデンという人物をご存知ですか?

マーク・ライデン(Mark Ryden)は、1963年にアメリカのオレゴン州で生まれた画家です。大きな瞳の少女、ぬいぐるみのような動物、エイブラハム・リンカーンの肖像といった、どこかで見たことのある大衆文化のイメージを、古い時代の巨匠を思わせる緻密な技法で描いてきました。

作家の公式サイトは、ライデンが1990年代に「ポップ・シュルレアリスム(Pop Surrealism)」という新しい絵画のジャンルを切り開き、多くの後進を生んだと紹介しています。アメリカ西海岸で育った「ロウブロウ・アート」の流れの中でも、とくに名前の知られた画家の一人です。

かわいらしいのに、どこか落ち着かない。画家マーク・ライデンの絵の前に立つと、多くの人がそんな感覚を覚えます。本記事ではそんなマーク・ライデンの人生と作品についてご紹介します。

マーク・ライデンって?

マーク・ライデンの歩みを5段階で示した図。1987年の美術学士取得から、1998年の個展、2004年の回顧展、2017年のバレエの美術、2025年のペロタンでの個展へと進む。
図:マーク・ライデンの歩み

基本情報

本名マーク・ライデン(Mark Ryden)
生年月日(没年月日)1963年生まれ(2026年10月時点で存命。月日は公式の資料で確認できなかったため記載していません)
国籍・出身アメリカ/オレゴン州メドフォード生まれ。本人は、カリフォルニア州のサウス・レイク・タホで育ったと書いています
学歴1987年、カリフォルニア州パサデナのアートセンター・カレッジ・オブ・デザイン(Art Center College of Design)で美術学士(BFA)を取得
分野絵画、ドローイング、彫刻、舞台美術(バレエの装置と衣装)
傾向ポップ・シュルレアリスム。大衆文化のモチーフを、古典的な技法と彫刻をほどこした額縁で見せる
師事した人物・影響を受けた人物公式サイト掲載の評論は、新古典主義の画家ジャック=ルイ・ダヴィッドやアングルからの影響を挙げています。本人はダヴィッドの古典画とダニエル・クロウズの漫画の表紙を、同じように着想源にすると書いています
拠点オレゴン州ポートランド(2026年10月時点の公式サイト・所属画廊の紹介による)

ライデンと同じ流れに属する作家やジャンルについては、以下の記事でも詳しくご紹介しています。

ロウブロウ(ローブロー)アートとは?歴史と代表作品を解説

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経歴と作品

イラストレーターとして出発した画家(1963年〜1990年代)

マーク・ライデンは1963年、オレゴン州メドフォードに生まれました。所属画廊のペロタン(Perrotin)は、出生地をこのように紹介しています。一方で、ライデン本人は2007年の個展に寄せた文章の中で、自分はカリフォルニア州のサウス・レイク・タホで育ったと書いています。本人はこの土地を、自然が観光の名所として機能している場所だったと振り返っています。

1987年、ライデンはカリフォルニア州パサデナのアートセンター・カレッジ・オブ・デザインで美術学士(BFA)を取得しました。アートセンターはデザインやイラストレーションの教育で知られる学校です。公式サイトに掲載された評論によれば、ライデンはもともとイラストレーターとして訓練を受け、アクリル絵具で描くことを学びました。その後、友人の助けを借りながら、油絵具の扱いを独学で身につけたといいます。

卒業後の商業的な仕事については、公式の資料で確認できた範囲が限られるため、本記事では個別の仕事の名前を挙げていません。

公式サイトの展覧会歴でもっとも古いのは、1994年にロサンゼルスのタマラ・ベイン・ギャラリーで開かれたグループ展「Side Show」です。その後は、ロサンゼルスのラ・ルース・デ・ヘスス・ギャラリーなどのグループ展に、ほぼ毎年参加しています。1996年の「21st Century Tiki」、1997年の「Calivera Kustom」、1999年の「Tiki Group Show」といった展覧会名からは、ティキ(ポリネシア風の装飾)やカスタムカーの文化と近い場で発表していたことがうかがえます。そして1998年、パサデナのメンデンホール・ギャラリーで個展を開きました。展覧会歴に載る個展としては、これがもっとも早いものです。

ロウブロウ・アートとポップ・シュルレアリスム

ライデンの仕事を語るうえで欠かせないのが、「ロウブロウ・アート(Lowbrow Art)」と「ポップ・シュルレアリスム」という2つの言葉です。

「ロウブロウ」は英語で「低俗な」「教養のない」という意味の言葉です。美術の分野でこの言葉を広めたのは、画家のロバート・ウィリアムスでした。ウィリアムスの公式サイトは、1979年の画集『The Lowbrow Art of Robt. Williams』によって、この言葉が美術の語彙に入ったと説明しています。漫画、映画のポスター、カスタムカーのイラスト、サーフィンの文化など、美術の教育の場から外されがちだった大衆的な絵のことばを、そのまま絵画に持ち込んだ流れです。

1994年には、そのウィリアムスが美術誌『Juxtapoz(ジャクスタポーズ)』を創刊しました。ロングビーチ美術館は、この雑誌がアンダーグラウンドの美術に光を当て、世界でもっとも売れる美術誌になったと紹介しています。ライデンも、2004年の「Juxtapoz 10th Anniversary Group Show」や、2024年の創刊記念の紙作品展に参加しています。

ただし、ライデン自身の絵は、ロウブロウの典型とされる荒々しさとは少し違います。公式サイトの紹介文は、ライデンが大衆文化のテーマと古典の巨匠を思わせる技法を組み合わせ、「高級な美術」と「低俗な美術」の境界をあいまいにしたと説明しています。そのうえで、1990年代に「ポップ・シュルレアリスム」という新しいジャンルを切り開いたと書いています。所属画廊のペロタンも、ライデンを「ポップ・シュルレアリスムの王」と呼ばれる画家として紹介しています。

ポップ・シュルレアリスムとは、ポップ・アートのように大衆文化のイメージを素材にしながら、シュルレアリスムのように夢や無意識の世界を描こうとする絵画のことです。公式サイトに掲載された評論は、ライデンをロウブロウやポップ・シュルレアリスムの運動と結びつけつつ、そのつながりは「限定的」だとも書いています。ライデンは、ひとつの運動の看板として語るよりも、ひとつの独自の世界をつくった画家として見るほうが、絵の中身に近づけるのかもしれません。

ロウブロウ・アートとポップ・シュルレアリスムの関係を示した図。漫画やカスタムカーなど大衆的な絵のことばを扱うロウブロウと、古典の技法で夢の世界を描くライデンの特徴を並べて比べている。
図:ロウブロウ・アートとライデンの絵

子どもの想像力を描く「Bunnies and Bees」(2001〜2002年)

2001年、ライデンはニューヨークのアール・マグラス・ギャラリーで個展「Bunnies and Bees(ウサギとハチ)」を開きました。この展覧会は2002年に、カリフォルニア州サンタアナのグランド・セントラル・アート・センターへ巡回しています。

ウサギとハチという題名は、ライデンが子どもの想像力をどう考えているかとよく結びついています。ライデンは2004年の回顧展に寄せた文章で、現代の社会が想像力を本当に許しているのは子ども時代だけだと書きました。子どもは、ウサギが涙を流し、ハチが秘密をもつような、魂の宿った世界を見ることができる。「無生物」とされるものも生きている。ところが多くの人は、そうした想像の世界をばかげたもの、いずれ卒業するものだと考えてしまう、とライデンは続けます。

公式サイトに掲載された「Bunnies and Bees」についての評論も、この点に注目しています。評論は、シュルレアリスムの詩人アンドレ・ブルトンが1928年の文章「シュルレアリスムと絵画」で、子どもの心に驚嘆していたことを紹介し、ライデンも同じように子どもの心に魅せられていると書いています。ライデン自身の「子どもは奇跡のような存在だ」という言葉も引かれています。評論によれば、ライデンは子どものころ、第三の目をもつ人物を描いていたといいます。

同じ評論は、ライデンの描く人形やおもちゃが、昔の子ども向け絵本の挿絵のような描き方で描かれていることにも触れています。懐かしさに流されすぎないよう、どの絵にも少し棘のある題材や、意外な組み合わせが仕込まれている。全体をまとめているのは「遊び」の感覚であり、ライデンが楽しんで描いていることがよくわかる、と評論は結んでいます。

美術館での回顧展「Wondertoonel」(2004〜2005年)

2000年代に入ると、ライデンの絵は画廊から美術館へと場所を広げていきます。そして2004年、シアトルのフライ美術館(Frye Art Museum)で、初めての大規模な回顧展「Wondertoonel」が開かれます。この展覧会は2005年にパサデナ・カリフォルニア美術館へ巡回しました。

「Wondertoonel(ワンダートーネル)」は、1706年にオランダの商人レヴィン・ヴィンセントが出版した、自分の珍品の収集を版画で紹介する本の題名からとられています。ライデンは展覧会に寄せた文章で、こうした「驚異の部屋(珍品陳列室)」が、何世紀もかけて近代の美術館へと発展したことを紹介しています。そして、美術館の展示室を歩くと、子どものころに世界を学んだときと同じような感覚になると書いています。

同じ文章で、ライデンは自分の収集癖についても語っています。のみの市で見つけた古いおもちゃや本、写真、解剖模型、ぬいぐるみ、宗教的な像、古い紙ものを集め、並べ、飾る。そうして集めたものの断片が、絵の中で組み合わされるのだといいます。ライデンの絵に、どこか懐かしい雑貨や人形がたくさん描かれているのは、この収集から来ています。

公式サイトには、フライ美術館で学芸・展覧会部門の責任者を務めたデブラ・J・バーンの評論も掲載されています。バーンは、ライデンの絵を中世の謝肉祭に由来する「カーニバレスク(祝祭的なもの)」の系譜に位置づけ、ヒエロニムス・ボスやピーテル・ブリューゲルの名を挙げています。甘い色彩で見る人を引き寄せながら、細部を見ていくと宗教や政治の象徴、美術史への言及が次々に現れる。そうした二重の構造を、バーンはライデンの絵の特徴として読み解いています。

木と自然をめぐる「The Tree Show」(2007年)

2007年、ライデンはロサンゼルスのマイケル・コーン・ギャラリーで「The Tree Show」を開きました。題名のとおり、木と森をテーマにした個展です。

ライデンはこの展覧会に長い声明文を寄せています。木の枝は木全体の小さな写しのような形をしている、とライデンは書き、その枝分かれの構造は、生き物の系統図や家系図にも見られると続けます。仏陀が菩提樹の下で悟りを開いたこと、カバラの「生命の樹」、マヤの世界樹、北欧神話の世界樹ユグドラシルにも触れ、木は多くの文化で天と地をつなぐものとされてきたと述べています。

そのうえでライデンは、現代の人と自然との関係を「観光客」にたとえました。家族を車に乗せ、動物園の動物を眺めるように窓の外の木を見る、というのです。森を描いた絵の多くには、この問いかけが込められています。

『General Sherman』(2007年発表)

『General Sherman(ジェネラル・シャーマン)』は、「The Tree Show」で発表された縦長の作品です。画面の中央に、赤茶色の太い幹をもつ巨大な木が一本、空に向かってまっすぐ立っています。周りのモミのような木々は、この巨木に比べるとずっと小さく見えます。

マーク・ライデン『General Sherman』。赤茶色の太い幹をもつ巨大なセコイアが画面の中央に一本そびえ、周りに小さなモミの木々が並ぶ縦長の風景画
マーク・ライデン『General Sherman』(2007年の個展「The Tree Show」で発表)、技法・寸法・所蔵は作家公式サイトに記載なし。画像出典:Mark Ryden公式サイト「The Tree Show」ページ(引用)

ジェネラル・シャーマンは、カリフォルニア州のセコイア国立公園に実在するジャイアント・セコイアの名前です。ライデンは声明文の中で、この木が体積で世界最大の木であることを紹介し、極端な大きさや樹齢に達した木の前に立つと、哲学的な内省を抱かずにはいられないと書いています。何千年もかけて、薄い年輪を一つずつ重ねて育つ時間の長さを、想像するのは難しいとも述べています。

この絵には、ライデンの作品によく登場する少女や動物は描かれていません。人の姿のない画面で、木そのものの大きさと時間の長さを見せる一枚です。少女や人形の作家として知られるライデンが、こうした純粋な風景にも取り組んでいたことは、あまり知られていないかもしれません。

『California Brown Bear』(2007年発表)

同じ「The Tree Show」で発表された『California Brown Bear(カリフォルニア・ブラウン・ベア)』には、ぬいぐるみのような大きな頭のクマが描かれています。背景には針葉樹の森と雪をかぶった山、湖が広がり、クマは二本足で歩いています。

マーク・ライデン『California Brown Bear』。ぬいぐるみのような大きな頭の茶色いクマが、針葉樹の森と雪山、湖を背景に二本足で歩いている絵
マーク・ライデン『California Brown Bear』(2007年の個展「The Tree Show」で発表)、技法・寸法・所蔵は作家公式サイトに記載なし。画像出典:Mark Ryden公式サイト「The Tree Show」ページ(引用)

この絵のクマは、本物の野生動物というより、子ども向けの絵本やおもちゃのクマを思わせる姿をしています。ライデンは声明文で、自然の中に住む精霊や動物の本質が、現代の私たちからはどんどん見えにくくなっていると書いています。描き込まれた雄大な風景と、つくりものめいたクマの組み合わせは、私たちが自然を「キャラクター」を通して見ていることを、そっと示しているようにも見えます。

公式サイトに掲載された評論は、「The Tree Show」の風景描写について、かすんだ空や羽毛のようなモミの木、前景の草花の描き込みが、この展覧会の大きな見どころの一つだと書いています。同じ評論は、このシリーズでライデンがもっとも強く結びついているのは、ジョン・コンスタブルやカスパー・ダーヴィト・フリードリヒ、アルバート・ビアスタット、フレデリック・エドウィン・チャーチといった19世紀のヨーロッパとアメリカの風景画家たちだと指摘しています。

白い世界の「The Snow Yak Show」と日本(2009年)

2009年、ライデンは東京の小山登美夫ギャラリーで個展「The Snow Yak Show」を開きました。公式サイトの展覧会歴では、これが日本で開いた最初の個展です。

公式サイトには、この展覧会について美術誌『Hi-Fructose』に初出の評論が掲載されています。それによると、展示は7点の絵画と数点のドローイングで構成され、前の展覧会に比べて、祝祭的な雰囲気よりも静けさが前面に出ていました。色は白を基調にしながら、灰色や青、ピンクの色合いを含んでいます。いつもは特注の装飾的な額縁で絵を飾るライデンが、この展覧会では簡素な白い額を使ったことも紹介されています。シリーズの制作には、約1年かかったといいます。

評論によると、雪というテーマが日本での展示と関係があるのかと尋ねられたライデンは、もともと簡素で白い方向に進もうと考えていたが、その結びつきを人々が感じてくれるのはうれしい、という趣旨の答えをしています。また、ライデン自身は、長い体をもつヤクの夢を見たことが、このシリーズの着想になったと語っています。

『Grotto of the Old Mass』(2009年発表)

『Grotto of the Old Mass』は、「The Snow Yak Show」で発表された作品です。氷柱の垂れる雪の洞窟の入り口で、水色の服を着た金髪の少女がひざまずき、洞窟の奥の暗がりに浮かぶ、ひげをたくわえた男性の大きな顔を見上げています。足もとには白い小さな動物たちが集まっています。

マーク・ライデン『Grotto of the Old Mass』。氷柱の垂れる雪の洞窟で、水色の服の金髪の少女がひざまずき、暗がりに浮かぶリンカーンの大きな顔を見上げている横長の絵
マーク・ライデン『Grotto of the Old Mass』(2009年の個展「The Snow Yak Show」で発表)、技法・寸法・所蔵は作家公式サイトに記載なし。画像出典:Mark Ryden公式サイト「The Snow Yak Show」ページ(引用)

先の評論は、この構図がフランス南部ルルドで少女の前に聖母マリアが現れたという話を描いた場面を思わせると指摘しています。その場面は、宗教用品店で売られるプラスチックの土産物として、世界中で繰り返し複製されてきました。ライデンの絵では、聖母の代わりに第16代アメリカ大統領エイブラハム・リンカーンの顔が現れています。

リンカーンは、ライデンの作品に何度も登場するモチーフです。評論は、リンカーンがアメリカ文化の中で、慈悲と知恵の人物として神話化される一方、祝日のセールで車や雑貨を売るためにも使われてきたことに触れています。尊い理想の象徴が、同時に大量消費の記号でもある。ライデンは、そのずれを一枚の絵の中に置いてみせます。

19世紀の装いをまとった「The Gay 90’s」(2010年)

2010年、ライデンはニューヨークのポール・カスミン・ギャラリーで個展「The Gay 90’s Olde Tyme Art Show」を開きました。2014年には、同じテーマの「The Gay 90’s West」をロサンゼルスのマイケル・コーン・ギャラリーで開いています。

公式サイトの報道一覧には、2010年4月の『デイリー・ビースト』の記事「The King of Old-time Kitsch」や、同年5月の『ニューヨーク・タイムズ』の展評欄「Art in Review」が並んでいます。この時期、ライデンの名前はロウブロウの画廊の外でも取り上げられるようになっていました。

『Pink Lincoln』(2010年発表)

『Pink Lincoln(ピンク・リンカーン)』は、「The Gay 90’s」の展示で発表された作品です。ピンクと赤の格子柄のジャケットを着たリンカーンの胸像が、ピンクの地の前に描かれています。肖像画を囲む額縁は、人物像や渦巻き模様、王冠のような飾りを彫り込んだ、背の高い装飾的なものです。作品の全体は、作家の公式サイトの「The Gay 90’s」のページで見ることができます。

ここでのリンカーンは、紙幣や教科書で見る厳格な大統領ではなく、かわいらしい色に包まれた、どこか甘い存在です。フライ美術館のバーンも、ライデンの作品にはリンカーンが繰り返し現れると書いています。誰もが知っている顔だからこそ、色や額縁を変えるだけで、見る人の受け取り方が大きく揺さぶられるのです。

ライデンにとって、額縁は絵の一部です。公式サイトの紹介文は、彫刻をほどこした装飾的な額縁が、絵にバロック的な華やかさを与え、謎めいたテーマに重みを加えていると説明しています。別の評論によれば、ライデンは19世紀風の額や古い額を使うこともあり、自分でデザインした額を手で彫ってもらうために、タイまで出かけたこともあるといいます。

バレエ『Whipped Cream』の美術(2017年)

2017年、ライデンは画家として新しい舞台に立ちます。アメリカン・バレエ・シアター(ABT)の新作『Whipped Cream(ホイップド・クリーム)』で、舞台装置と衣装のデザインを任されたのです。

ABTの公式サイトによると、この作品はリヒャルト・シュトラウスの台本と音楽による2幕のバレエで、振付はアレクセイ・ラトマンスキーが担当しました。世界初演は2017年3月15日、カリフォルニア州コスタメサのセガストロム・センター・フォー・ジ・アーツ。ニューヨーク初演は同年5月22日、メトロポリタン歌劇場でした。もとになったのは、1924年5月9日にウィーン国立歌劇場で初演されたバレエ『シュラーゴベルス(Schlagobers)』です。

物語は、初聖体を受けた少年が、お祝いに連れて行かれた菓子店でホイップクリームを食べすぎてしまうところから始まります。店の中では、マジパンやシュガープラム、ジンジャーブレッドの兵隊たちが動き出し、お茶の花の王女やコーヒーの王子が登場します。やがて少年は、すべてがホイップクリームでできた夢の世界へと入っていきます。お菓子が人の姿をして動き出すこの物語は、ぬいぐるみや人形が命をもつライデンの絵の世界と、とても相性のよい題材でした。

ペロタンの紹介によれば、ライデンがこのバレエのために描いたドローイングやスケッチ、絵画は、メトロポリタン歌劇場の中にあるギャラリー・メットと、ニューヨークのカスミンで展示されました。カスミンでの展覧会の題名は「The Art of Whipped Cream」です。

『Dessert Counter』(2017年発表)

『Dessert Counter(デザート・カウンター)』は、ライデンが『Whipped Cream』のために制作し、公式サイトの「Whipped Cream」のページに掲載している作品の一つです。ピンクの地の前に、ケーキやカップケーキ、マカロンのような菓子、紅茶やコーヒー、砂糖の缶がぎっしりと積み上げられた、お菓子屋のショーケースが描かれています。

マーク・ライデン『Dessert Counter』。ピンクの地の前に、ケーキやカップケーキ、マカロン、紅茶やコーヒー、砂糖の缶がぎっしり積まれた菓子店のショーケースを描いた横長の作品
マーク・ライデン『Dessert Counter』(アメリカン・バレエ・シアター『Whipped Cream』〈2017年初演〉のための制作)、技法・寸法・所蔵は作家公式サイトに記載なし。画像出典:Mark Ryden公式サイト「Whipped Cream」ページ(引用)

物語の第1幕の舞台は、菓子店です。この作品は、少年が甘いものに目を奪われる、その店の豊かさを一目で伝えます。ライデンの絵画では、かわいらしさの陰に不穏な気配がひそむことが多いのですが、この作品は、甘い色彩と細かな描き込みの楽しさが前面に出ています。舞台美術という、大勢の観客と共有する仕事にふさわしい明るさです。

マラガでの回顧展と近年の活動(2016年〜)

2016年、スペインのマラガ現代美術センター(Centro de Arte Contemporáneo de Málaga)で、キャリアを通覧する回顧展「Cámara de las maravillas(驚異の部屋)」が開かれました。「Wondertoonel」と同じく、珍品陳列室にちなんだ題名です。同じ年、東京のヒダリ・ジンガロでも個展「Diversaform」を開いています。

グループ展でも、ライデンの作品は美術館に並ぶようになりました。公式サイトの展覧会歴には、2010年のロサンゼルス現代美術館(MOCA)の「The Artist’s Museum, Los Angeles Artists 1980-2010」、2016年の横浜美術館「村上隆のスーパーフラット・コレクション」、同じ年のバンクーバー美術館「Juxtapoz x Superflat」が挙げられています。2018年には、ロンドンのナショナル・ポートレート・ギャラリーとパリのグラン・パレで開かれた「Michael Jackson: On the Wall」展にも参加しました。日本のスーパーフラットとアメリカのロウブロウを並べる展覧会が開かれたことは、ライデンの絵が大衆文化と美術の境目で語られてきたことをよく表しています。

2020年代に入ると、ライデンはフランスの画廊ペロタンで発表を重ねています。2020年に上海で「Anima Animals」、2022年に東京で「Yakalina 9」、パリで「Animal Secrets」を開き、2025年にはロサンゼルスで個展「Eye Am」を開きました。2022年には、玩具メーカーのマテルのバービー人形と組んだ「Pink Pop – Ryden x Barbie」も、カスミンのポップアップで開いています。

公式サイトによれば、ライデンは2026年10月時点で、オレゴン州ポートランドで暮らし、制作を続けています。

年主な個展・仕事(作家公式サイトの展覧会歴などから抜粋)
1998年展覧会歴に載るもっとも早い個展(メンデンホール・ギャラリー、パサデナ)
2001〜2002年「Bunnies and Bees」(ニューヨーク、サンタアナ)
2004〜2005年回顧展「Wondertoonel」(フライ美術館、パサデナ・カリフォルニア美術館)
2007年「The Tree Show」(マイケル・コーン・ギャラリー、ロサンゼルス)
2009年「The Snow Yak Show」(小山登美夫ギャラリー、東京)
2010年「The Gay 90’s Olde Tyme Art Show」(ポール・カスミン・ギャラリー、ニューヨーク)
2016年回顧展「Cámara de las maravillas」(マラガ現代美術センター)/「Diversaform」(ヒダリ・ジンガロ、東京)
2017年ABT『Whipped Cream』の装置と衣装/「The Art of Whipped Cream」(ポール・カスミン・ギャラリー)
2022年「Yakalina 9」(ペロタン東京)、「Animal Secrets」(ペロタン パリ)
2025年「Eye Am」(ペロタン ロサンゼルス)

画家マーク・ライデンの描き方

最後に、ライデンの描き方を、本人の言葉と公式サイトの評論から見ていきます。

まず、技法です。公式サイトの紹介文は、ライデンの絵の特徴として、限りなく細かい描写と、丹念に重ねられたグレーズ(透明な絵具の薄い層)による表面を挙げています。別の評論は、磁器のような肌の色や、つややかな布の質感を、グレーズを何度も重ねてつくる描き方は、19世紀フランスの画家アングルへの傾倒から来ていると説明しています。イラストレーターとしてアクリル絵具から出発し、油絵具を独学で身につけた画家が、たどり着いた方法です。

次に、着想です。ライデンは「Anima Mundi(世界の魂)」と題した文章で、子どものころ、絵を描き、自分だけの世界をつくることに自由を感じていたと振り返っています。そして、その感覚を取り戻し、魔法を信じ、遊び、夢見ることを、大人になった今も目指していると書いています。同じ文章では、ダヴィッドの古典画からも、クロウズの漫画の表紙からも同じように着想を得られる、どちらかをより正当だと決めつけないようにしている、と述べています。キーン(大きな瞳の子どもの絵で知られる画家)の少女の不思議そうなまなざしも、レンブラントの肖像の鋭いまなざしも、同じだけの着想になりうるといいます。

そして、意味のとらえ方です。先の『Hi-Fructose』の評論は、ライデンが作品の象徴の意味を尋ねられても、あえてはっきり答えないと書いています。人々が絵の中にそれぞれ違うものを見ることを喜び、大切なのは知的な理解よりも、作品が呼び起こす感覚だと考えているからです。公式サイトの同じページには、「イメージは何か別のものを表しているはずだと人は考えがちだが、イメージそのものが意味なのだ」という趣旨の言葉も掲げられています。

画家マーク・ライデンの描き方の3つの特徴を示した図。グレーズを重ねる緻密な表面、彫刻をほどこした額縁、のみの市で集めたものの組み合わせの3点を番号つきで並べている。
図:ライデンの描き方の3つの特徴

ライデンの公式YouTubeチャンネルでは、ハチの絵を描く様子を早送りで記録した、3分あまりの動画が公開されています。

Bee painting time lapse Mark Ryden(Mark Ryden公式YouTube)

まとめ

いかがだったでしょうか。マーク・ライデンの人生と作品について、ご紹介してきました。

ライデンは1963年にオレゴン州で生まれ、1987年にアートセンター・カレッジ・オブ・デザインを卒業しました。イラストレーターとして出発し、1990年代にはロウブロウの画廊を中心に発表を重ね、公式サイトが「ポップ・シュルレアリスム」と呼ぶ新しい絵画のジャンルを切り開きました。

2004年のフライ美術館での回顧展「Wondertoonel」、木と森を描いた2007年の「The Tree Show」、東京で開いた2009年の「The Snow Yak Show」と、テーマを変えながら作品の世界を広げ、2017年にはアメリカン・バレエ・シアターの『Whipped Cream』で舞台美術も手がけました。

大きな瞳の少女やリンカーンの肖像は、一見するとかわいらしく、懐かしいものです。けれども、グレーズを重ねた緻密な表面と彫刻をほどこした額縁の中で、それらは見る人に「これは何だろう」と立ち止まらせる力をもちます。ライデン自身が意味をはっきり語らないからこそ、絵の前でそれぞれが自分の答えを探すことになります。機会があれば、ぜひ作品を細部までじっくり眺めてみてください。

Euphoric " " の視点

ライデンはイラストレーターとして訓練を受け、油絵具の扱いは友人の助けを借りながら独学で身につけました。そこからグレーズを重ねる古典的な描き方にたどり着き、美術館での回顧展やバレエの舞台美術へと仕事の場を広げています。

本人は、ダヴィッドの古典画からもクロウズの漫画の表紙からも同じように着想を得られると書き、どちらかをより正当だと決めつけないようにしていると述べています。好きなものを序列で選ばないこの姿勢が、高級な美術と低俗な美術の境界をあいまいにする絵につながったのだと考えます。

自分が心ひかれるものを素直に集めることは、独自の世界をつくる確かな出発点になるのかもしれません。

この作品を見に行くには

記事で紹介した作品は、作家の公式サイトや所属画廊の展覧会で公開されてきました。2026年10月時点で、常設で作品を見られる所蔵館は確認できませんでした。展覧会の予定や最新の情報は、公式サイトをご確認ください。

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