【徹底解説】ピピロッティ・リストとは?映像で展示室を包み込む美術家の人生と作品を解説!

【徹底解説】ピピロッティ・リストとは?映像で展示室を包み込む美術家の人生と作品を解説!

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こんにちは。ユアムーン株式会社 編集部です。

皆さんはピピロッティ・リストという人物をご存知ですか?

ピピロッティ・リスト(Pipilotti Rist)は、1962年にスイスで生まれた映像作家です。心地よい音楽と色鮮やかな映像で展示室を包み込む「ヴィデオ・インスタレーション」で知られ、1980年代から現在まで、世界各地の美術館で作品を発表してきました。

京都国立近代美術館は、リストの映像が国を越えて幅広い世代の観客を魅了してきたと紹介しています。同館は代表作のひとつ『永遠は終わった、永遠はあらゆる場所に(Ever Is Over All)』を所蔵しており、2021年には回顧展「Your Eye Is My Island -あなたの眼はわたしの島-」を開きました。ベッドでくつろぐ、食卓を囲むといった遊び心のある展示について、同館は、コロナ禍における鑑賞者と美術館の関係を組み直す機会になると説明しています。

本記事ではそんなピピロッティ・リストの人生と作品についてご紹介します。

ピピロッティ・リストって?

ピピロッティ・リストの歩みを5段階で示した図。1982年のウィーンでの学び、1986年のゾロトゥルン映画祭への出品、1997年のヴェネツィア・ビエンナーレでの受賞、2008年のニューヨーク近代美術館での個展、2021年の京都国立近代美術館での回顧展へと進む。
図:ピピロッティ・リストの歩み

基本情報

本名エリザベート・シャルロッテ・リスト(Elisabeth Charlotte Rist)
生年月日(没年月日)1962年生まれ(2026年10月時点で、訃報は確認されていません。月日は公式の資料で確認できなかったため記載していません)
国籍・出身スイス/ライン渓谷の町グラープス生まれ。チューリヒを拠点に活動
学歴ウィーン応用美術大学で商業美術、イラストレーション、写真を学び、その後バーゼル造形学校で視聴覚コミュニケーションとヴィデオを学ぶ
分野ヴィデオ、ヴィデオ・インスタレーション、音楽、公共空間の作品
傾向身体、女性、自然、エコロジーをテーマに、音楽と映像を溶け合わせた空間をつくる
師事した人物・影響を受けた人物ナム・ジュン・パイク(作品の系譜として指摘されている)、フルクサス、オノ・ヨーコ(ものの収集を始めるきっかけとして本人が挙げている)

リストと同じく映像を使って作品をつくった作家については、以下の記事でも詳しくご紹介しています。

ナム・ジュン・パイクとは?「ビデオアートの父」の生涯と代表作を解説

経歴と作品

「ピピロッティ」という名前とウィーン、バーゼルでの学び(1962年〜1980年代前半)

ピピロッティ・リストは1962年、スイスのライン渓谷にある町グラープスに生まれました。ニューヨークのニューミュージアムは、出生地をこのように紹介しています。

本名はエリザベート・シャルロッテ・リストです。オランダのボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館によれば、「ピピロッティ」という名前は10代の頃から名乗るようになったもので、子どもの頃の愛称「ロッティ」と、アストリッド・リンドグレーンの児童文学に登場する強い女の子「長くつ下のピッピ」の名前を組み合わせたものです。

同館によれば、リストは1982年からウィーンの応用美術大学で商業美術、イラストレーション、写真を学び、その後バーゼルの造形学校で視聴覚コミュニケーションを学びました。この時期から8ミリフィルムやスライドの投影を使いはじめ、それらはさまざまなバンドの演奏中に映し出されたといいます。1984年には、ウィーンのアーティストによる展示スペースで初めての個展を開いています。

映像の非営利の配給団体エレクトロニック・アーツ・インターミックス(EAI)は、リストが故郷のスイスでグラフィックデザイナーとして働いていたことにも触れています。デザイン、イラストレーション、写真という、ものを見せる技術を学んだことが、のちの映像作品の色づかいや画面のつくり方につながっていると考えると、作品の見え方も少し変わってくるかもしれません。

音楽とヴィデオの初期作品(1980年代後半〜1990年代前半)

リストの名前が知られるきっかけのひとつは、音楽でした。ボイマンス美術館によれば、リストは1988年から1994年まで、バンド「レ・レーヌ・プロシェンヌ(Les Reines Prochaines)」でミュージシャンとして活動しました。EAIは、このバンドのために最初期の映像作品をつくったと説明しています。

EAIによれば、リストは音楽を土台にした一連の短い映像作品で、ミュージック・ビデオの形式をくつがえし、大衆文化の中で描かれる女性の声と身体を探りました。リスト自身も「いくつかのMTVのクリップには最大の敬意を持っている。そこにはヴィデオ・アートを本当に上回る革新の力と発見の精神があるから」と語っています(EAIが引用した本人の言葉の参考訳)。

『わたしはそんなに欲しがりの女の子じゃない(I’m Not The Girl Who Misses Much)』(1986年)

初期の代表作が、1986年の『わたしはそんなに欲しがりの女の子じゃない』です。京都国立近代美術館の解説によれば、タイトルはジョン・レノンとポール・マッカートニーの楽曲『ハピネス・イズ・ア・ウォーム・ガン』の一節から取られています。歌詞の主語を「彼女」から「わたし」に替えることで、男性のモノローグが女性の意思表明へと転換されています。

映像では、リスト本人が速度を変えたコミカルな動きと高い声で歌い踊ります。同館は、リストがこの作品で描こうとしたのは「弱さを外に出せる強い人間」としての女性像だと説明しています。リストはこの作品をスイスのゾロトゥルン映画祭に出品し、それをきっかけに美術館で作品を発表する機会が増えていきました。

ヴェネツィア・ビエンナーレと『永遠は終わった、永遠はあらゆる場所に』(1997年)

EAIによれば、リストのような電子メディアの制作への関心は、1990年代前半に美術界で広がったヴィデオ・インスタレーションの波とよく重なりました。EAIは、リストの功績を、フェミニズムの映像の伝統と、ナム・ジュン・パイクが切り開いた躍動的な映像の美学とを結びつけた点にあると説明しています。

『永遠は終わった、永遠はあらゆる場所に(Ever Is Over All)』(1997年)

1997年の『永遠は終わった、永遠はあらゆる場所に』は、京都国立近代美術館が所蔵する2面の映像によるインスタレーションです。片方の壁には、水色のワンピースに赤い靴の女性が、クニフォフィアという花の形をしたハンマーを手に、街の歩道を楽しげに歩いていく様子がスローモーションで映し出されます。もう片方の壁には、赤や橙のクニフォフィアの花のクローズアップ映像が、一部重なり合うように投影されます。

同館の解説によれば、この作品は1997年のヴェネツィア・ビエンナーレに出品され、若手作家に贈られる賞「プレミオ2000」を受賞しました。以後、フェミニズムの記念碑的な作品として知られるリストの代表作になりました。同館は、主人公の女性が自動車に象徴される男性的な文明社会を、野生の花の形をした棒で壊していくと説明しています。女性のゆったりとしたハミングと開放的な笑顔から、発表当時は「リラックスしたフェミニズム」とも評されたといいます。

映像の中で女性は、駐車している車の窓ガラスを割っていきます。

『わたしの草地に分け入って』とスクリーンの外への広がり(1990年代後半〜2000年代)

リストは、映像を四角いスクリーンの中に閉じ込めず、展示室の空間全体へと広げていきました。京都国立近代美術館は、1996年の『わたしの海をすすって(Sip My Ocean)』が発表された当時、展示室の壁のコーナーに映像を投影する手法が注目を集め、従来のフレームを離れたこの方法が、その後のヴィデオ・インスタレーションに新たな境地をもたらしたと説明しています。

ボイマンス美術館によれば、リストは1990年代半ばから、「アトリエ・リスト・シスターズ」と呼ばれる決まったチームとともに、空間を満たすインスタレーションに力を注いできました。映像、音、空間の体験が同じ重さで扱われ、長年協働する作曲家アンダース・グギスベルクの音楽が、作品に独特の響きを与えています。

『わたしの草地に分け入って(Open My Glade)』(2000年)

2000年の『わたしの草地に分け入って』では、リスト本人の顔がスクリーンに押しつけられます。口紅のにじんだ顔が、画面の向こう側からガラスに強く押し当てられ、こちらを見つめています。

ピピロッティ・リスト『わたしの草地に分け入って』の映像の一場面。緑のアイシャドウをした金髪の女性の顔がガラスに強く押し当てられ、赤い口紅が頬までにじんで広がっている
ピピロッティ・リスト『わたしの草地に分け入って(Open My Glade (Flatten))』(2000年)、シングルチャンネル・ヴィデオ・インスタレーション(ヴィデオ・スチル)。© Pipilotti Rist, courtesy the artist, Hauser & Wirth and Luhring Augustine。画像出典:京都国立近代美術館「ピピロッティ・リスト:Your Eye Is My Island」作品解説ページ(引用)

京都国立近代美術館の解説によれば、見えない壁に一心不乱に挑み続ける姿は、性別や人種を理由とした社会や組織の障壁、いわゆる「ガラスの天井」を思い起こさせます。同館は、見る人が、閉じ込められた女性を助けたいと思うのか、彼女が自分の力でガラスを割って出てくることを期待するのか、それともその真剣さを笑うのかを問いかけています。

同館は、1970年代の第二波フェミニズムと美術の関係について、美術批評家ルーシー・R・リパードが書いた言葉も引いています。「多くの場合知らず知らずのうちに受け入れられている[女性運動に触発された]問題意識は、目や口、心、扉をこじ開けて解き放たれること、時には窓を叩き割ることさえ肯定した」。同館は、後に続く世代のリストもまたその例外ではないだろうと書いています。

日本で撮影した『Supersubjektiv』(2001年)とニューヨーク近代美術館での個展(2000年代)

リストと日本の関わりを示す作品に、2001年の『Supersubjektiv』があります。シカゴ現代美術館(MCA)は、2025年にこの作品1点を紹介する展覧会を開きました。同館によれば、リストは2000年12月に1か月間日本を旅し、手持ちのデジタルカメラで映像を撮影しました。英語と日本語で歌われる電子音楽とともに、自然、建築、テクノロジーを、目を見張るような好奇心で見つめる作品だと、同館は説明しています。

2000年代に入ると、リストの個展は世界の主要な美術館へと広がります。ニューミュージアムの紹介によれば、2006年にヒューストン現代美術館、2007年にパリのポンピドゥー・センター、2008年にニューヨーク近代美術館、2009年にボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館、2011年にロンドンのヘイワード・ギャラリーで個展が開かれました。2009年には、ジョアン・ミロ賞も受賞しています。

植物と水の世界へ(2010年代)

2010年代のリストは、植物や水、自然と人間の関わりを、最新の映像技術を使って大きな空間に描き出していきます。京都国立近代美術館の回顧展でも、身体や女性をテーマにした初期作品から、自然と人間の共生をのびやかにうたう近年の大規模なインスタレーションまでが紹介されました。

『眠れる花粉(Sleeping Pollen)』(2014年)

2014年の『眠れる花粉』では、天井からさまざまな高さに吊るされた鏡のような球体が、壁に植物の映像を映し出します。黒い背景に、みずみずしい緑の葉や茎、光の粒が浮かび上がります。

ピピロッティ・リスト『眠れる花粉』の映像の一場面。黒い背景の中に、楕円形に切り取られた視界の中で緑の葉や細い茎が伸び、白い光の粒が星のように散らばっている
ピピロッティ・リスト『眠れる花粉(Sleeping Pollen)』(2014年)、鏡面の球体に映像を投影するインスタレーション。© Pipilotti Rist, courtesy the artist, Hauser & Wirth and Luhring Augustine。画像出典:京都国立近代美術館「ピピロッティ・リスト:Your Eye Is My Island」作品解説ページ(引用)

京都国立近代美術館の解説によれば、映し出される枝葉や花、光の粒のイメージは決まった場所にとどまらず、ほかの球体や、その間に入り込んだ鑑賞者の身体を通して、空間を漂います。リストはこの銀色の球体を「冬の間、植物が暗闇のなかで安心して眠るための電動ベッド」にたとえ、「植物の見る夢が空中をゆっくりと回転している」と語っています。映像の植物は、チューリヒ応用科学大学の植物園で撮影されたものです。

同館は、この作品の背景にある、「冷たいテクノロジーに血を通わせ、機械と有機的なものを分け隔てなく扱うことを目指す」というリストの言葉も紹介しています。電子の機械を使いながら、温かく生きもののような映像をつくる。この考え方は、リストの作品全体を貫いているといえます。

『4階から穏やかさへ向かって(4th Floor To Mildness)』(2016年)

2016年の『4階から穏やかさへ向かって』は、ベッドに寝転んで見る作品です。雲のような形をしたスクリーンが天井から水平に吊るされ、来場者はあちこちに置かれたベッドに横たわり、下から上を見上げて映像を眺めます。映し出されるのは、葉の裏に付いた小さな気泡や、水の中から見上げた光の景色です。

ピピロッティ・リスト『4階から穏やかさへ向かって』の映像。雲のような形に切り取られた画面に、水中から見上げた緑の葉と、たくさんの小さな気泡、差し込む光が映っている
ピピロッティ・リスト『4階から穏やかさへ向かって(4th Floor To Mildness)』(2016年)、3チャンネル・ヴィデオ・インスタレーション、ベッド、枕。© Pipilotti Rist, courtesy the artist, Hauser & Wirth and Luhring Augustine。画像出典:京都国立近代美術館「ピピロッティ・リスト:Your Eye Is My Island」作品解説ページ(引用)

京都国立近代美術館の解説によれば、リストは撮影場所として、オーストリアとスイスの国境近くを流れる旧ライン川を選びました。川の中にカメラを沈めると、そこには「まるでモネの《睡蓮》を水の下側から見たような景色」が広がっていたといいます。同館は、濁った川の水が、メランコリーとユートピア、喜びと哀しみといった相反するものが混ざり合った状態をほのめかし、困難を抱えながら生きることを穏やかに肯定する大作だと説明しています。リスト自身も「悲しみのなかに希望がある」と語っています。

ニューミュージアムは、リストの作品を、自然界とテクノロジーの崇高さを溶け合わせ、見る人を予想もしない、すべてを包み込むような体験へ導くものだと紹介しています。同館が3つのフロアを使って開いた大規模な展覧会「Pixel Forest」でも、この作品の一部が紹介されています。

ピピロッティ・リストの映像の見せ方の3つの特徴を示した図。壁のコーナーなどフレームの外へ映像を広げること、ベッドやソファで身をゆだねて見ること、鑑賞者の身体も映像を映す面になることの3点を番号つきで並べている。
図:リストの映像の見せ方の3つの特徴

人と自然、映像と鑑賞者をつなぐ空間

ニューミュージアムによれば、リストは自身の芸術を「進化の驚異をたたえること」と呼んでいます(同館が引用した本人の言葉の参考訳)。同館は、テレビのモニターから映画のスクリーン、スマートフォンの親密な画面、そして大勢で浸る映像と音の空間まで、リストの作品が生物的なものと電子的なものを溶け合わせてきた道筋を、同時代のテクノロジーの進化と重ねて紹介しています。

京都国立近代美術館の回顧展では、こうした考えを示す近年の作品も並びました。2020年から2021年にかけて制作された『アポロマートの壁』について、同館は「人間が地上を探索し尽くしたとき、脱出をゆるされた未踏の領域は絵画や映像表現にある」というリストの発想から生まれた作品群だと説明しています。リストの大型インスタレーションの多くは、「人々が集い、ひとりの人間がより大きな共同体のなかに参与する場所」として構想され、映像や音と同じように、鑑賞者の動きも作品の大切な要素として受け入れるといいます。

同館は、ヴィデオ・アートの誕生から半世紀以上が経ち、光学技術の発展によってアーティストがあらゆる表面をスクリーンとして扱えるようになったことにも触れています。人とスクリーンの関係がよりプライベートなものになった今日、美術館を含む公共の空間でのリストの試みは、ひときわ重要な意味を持つと、同館は書いています。

回顧展では、『もうひとつの身体』(2008/15年)、『不安はいつか消えて安らぐ』(2014年)、『マーシー・ガーデン・ルトゥー・ルトゥー/慈しみの庭へ帰る』(2014年)という、人間とその環境を主題にした3つの映像作品が置かれました。同館によれば、このインスタレーションは身体心理学や自己催眠のリラクゼーションの方法から着想を得たもので、鑑賞者は姿勢を崩して作品に没入します。同館は、「ヒッピーと言われても構わない。私はピピ。アートが癒しになるという考えを恐れない」というリストの言葉を紹介し、その考えに裏づけられた空間だと述べています。

このほか回顧展では、ロンドンのヘイワード・ギャラリーでも展示された『溶岩の坩堝でわれを忘れて』(1994年)、木の棚と本やミニチュア模型に映像を映す『私の空間に明るみを』(2008年)、岩とソファを使った『忍耐』(2016年)、瓶のラベルや煙草の箱に映像を投影する新作『色とりどりの幽霊』(2020年)なども紹介されました。映像を映す場所が、壁から家具、身の回りの小さなものへと広がっていることが分かります。

京都と水戸での回顧展、そして現在(2020年代)

2021年4月6日から6月20日まで、京都国立近代美術館で「ピピロッティ・リスト:Your Eye Is My Island -あなたの眼はわたしの島-」が開かれました。同館によれば、身体、女性、自然、エコロジーをテーマにした約40点で、約30年間の活動の全体像を紹介する回顧展でした。展示室では靴を脱いで鑑賞する形がとられ、ベッドでくつろいだり食卓を囲んだりする遊び心のある展示を通して、コロナ禍での鑑賞者と美術館の関係を組み直す機会になると、同館は説明しています。展覧会はその後、水戸芸術館に巡回しました。

『イノセント・コレクション(The Innocent Collection)』(1985年〜2032年ごろ)

回顧展で、市民から集めた素材によって実現したのが『イノセント・コレクション』です。何も印刷されていない半透明や白のプラスチック、紙、木の日用品や使い捨ての容器が、壁一面に並べられています。掲載した画像は2016年のクンストハウス・チューリヒでの展示風景で、黄色い光に照らされた壁の前に、来場者の姿がシルエットになって写っています。

ピピロッティ・リスト『イノセント・コレクション』の展示風景。白や半透明の日用品や容器が壁一面に並び、黄色い光に照らされた壁の前に3人の来場者の黒いシルエットが立っている
ピピロッティ・リスト『イノセント・コレクション(The Innocent Collection)』(1985年〜2032年ごろ)、クンストハウス・チューリヒでの展示風景、2016年 Photo: Lena Huber。© Pipilotti Rist, courtesy the artist, Hauser & Wirth and Luhring Augustine。画像出典:京都国立近代美術館「ピピロッティ・リスト:Your Eye Is My Island」作品解説ページ(引用)

京都国立近代美術館の解説によれば、リストは1985年からこうした素材を集め続けてきました。収集を始めた背景には、前衛芸術運動フルクサスやオノ・ヨーコからの影響があったといいます。用途を失えばゴミになってしまう素材が、役目を終えて無垢な状態に戻り、光や映像を映し出している様子は、リストを穏やかな気持ちにさせるのだそうです。同館は、不用品を「即席のダイアモンド」として迎え入れるこの作品が、不浄と浄化、公と私、無価値と価値といった、身近なものが見せる世界の多面性に心を開くよう促していると説明しています。制作期間が「2032年ごろ」まで続くとされていることも、この作品が今も育ち続けていることを示しています。

京都国立近代美術館の公式YouTubeチャンネルでは、回顧展に合わせて収録されたリストのインタビュー動画が公開されています。

ピピロッティ・リスト展 アーティスト・インタビュー(京都国立近代美術館 The National Museum of Modern Art, Kyoto公式YouTube)

近年も、リストは新しい作品を発表し続けています。北京のUCCA現代美術センターは、2025年7月19日から10月19日まで個展「Pipilotti Rist: Your Palm is My Universe」を開きました。同センターによれば、展示の中心となった新作『掌心宇宙 Your Palm is My Universe』(2025年)は、広さ1,800平方メートルに及び、2007年の開館以来、同センターが委嘱した作品として物理的に最も大きなものになりました。

ピピロッティ・リストの作品の変化を比べた図。1980年代の初期の短編ヴィデオと、2010年代以降の大規模なインスタレーションを、主なテーマ、見せ方、代表作の3つの項目で並べている。
図:初期の短編ヴィデオと近年のインスタレーション

まとめ

いかがだったでしょうか。ピピロッティ・リストの人生と作品について、ご紹介してきました。

リストは1962年にスイスのグラープスで生まれ、ウィーンとバーゼルでデザインや写真、映像を学びました。バンド「レ・レーヌ・プロシェンヌ」での活動と並行して、ミュージック・ビデオの形式を使った短い映像作品をつくり、1986年の『わたしはそんなに欲しがりの女の子じゃない』で美術館への道を開きました。1997年には『永遠は終わった、永遠はあらゆる場所に』でヴェネツィア・ビエンナーレのプレミオ2000を受賞しています。

その後は、映像を四角いフレームの外へ広げ、植物や水の映像で展示室全体を包み込むインスタレーションへと進みました。2021年には京都国立近代美術館で日本での大規模な回顧展が開かれ、来場者は靴を脱ぎ、ベッドやソファで映像に身をゆだねました。

リストの作品は、機械を使いながら、どこまでも温かく、やわらかい世界をつくり出します。美術館の展示室で寝転んで見上げる映像は、ふだんの鑑賞とはまったく違う体験になるはずです。機会があれば、ぜひ体ごと作品の中に入ってみてください。

Euphoric " " の視点

リストは、冷たいテクノロジーに血を通わせ、機械と有機的なものを分け隔てなく扱うことを目指してきました。ミュージック・ビデオの形式を借りた短い映像から出発し、やがて映像を四角いフレームの外へ広げ、壁のコーナーや家具、身の回りの小さなものにまで映し出すようになります。

2021年の京都国立近代美術館の回顧展では、来場者が靴を脱ぎ、ベッドやソファで映像に身をゆだねました。作品の前に立って眺めるのではなく、体ごと包まれて感じる。リストの仕事は、映像を見るという行為そのものを、やわらかく広げてくれます。

この作品を見に行くには

記事で紹介した作品のうち『永遠は終わった、永遠はあらゆる場所に』は京都国立近代美術館が所蔵しています。常設で展示されているとは限らないため、展示の予定や最新の情報は公式サイトをご確認ください。

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