こんにちは。ユアムーン 編集部です。
皆さんは西洋美術と聞いてどんなイメージを思い浮かべますか?
女神や英雄の彫刻、神話のワンシーンを描いた絵画、教会の壁や豪奢な額縁に描かれた大規模な作品を思い浮かべるのではないでしょうか。
実は、そのイメージは「ルネサンス美術」の印象に大きく引っ張られているかもしれません。
それほどにルネサンス美術は西洋美術史の中で強い存在感を放つ時代であり、実際に後年の西洋美術に大きな影響を与えた時代でした。
本記事ではそんなルネサンス美術の歴史と代表作品についてご紹介します!
ルネサンスまでの西洋美術史
まず西洋美術史とはどのような範囲を指すのでしょうか。
歴史を遡ると、西洋美術の始まりはほとんど人類の芸術の始まりといっても過言ではありません。
人類史における旧石器時代で始まったとされる「原始美術」をスタートとし、石を削ったり壁や陶器に絵を描くなど非常にプリミティブな美術が生まれます。
その次に生まれた様式が紀元前5000年ごろの「ギリシア美術」です。
ギリシア本土で誕生したギリシア美術ですが、その様式の多くはイタリア・ローマへ流れ付き「ローマ美術」を生み出すことになります。
ローマ美術は西洋美術史の中でも重要な時代を担っており、アルカイックスマイルやコントラポストなど、以降の美術に影響を与える考えが生まれました。
ローマ美術は「ロマネスク・ゴシック美術」「ロマネスク美術」をはじめとする様式へ発展していきます。この時代をまとめて「中世美術」といいます。
中世美術が徐々に下火になっていく中、文化復興の声が上がったことで生まれたのが「ルネサンス美術」です。
ルネサンス美術の歴史と代表作品
ルネサンス美術のはじまり
ルネサンス美術が始まったのは15~16世紀、今から600年ほど前のイタリアでのことです。
ルネサンスは時代によって「初期ルネサンス」「盛期ルネサンス」「後期ルネサンス(マニエリスム)」に分けることが出来ます。
前述の通りルネサンス美術の前には500年ほどのあいだ中世美術という様式が主流でした。
中世美術における建築彫刻やフレスコ画といった表現方法が生まれるなどの輝かしい発展は、キリストの没後千年という節目を受けて絵画に世紀末や黙示録といった題材が流行したことで暗黒時代と呼ばれるほど鬱々とした時代の雰囲気に飲み込まれてしまっています。
そのため描かれた人物は厳しい表情をしている作品がほとんどで、現世は苦しみに耐え、死後に楽園へ行くことで罪から解放されるというキリスト教の考えを広めるために一躍買っていました。
しかしその様式が下火になった経緯を経て、ギリシア・ローマ美術をはじめとする古典美術を復興して理想化されすぎない人間らしい表現を目指すべきだという風潮が広まります。
これを指してこの時代は「Renaissance(復活)」と呼ばれるようになったのです。
次は、ルネサンス美術の歴史を順番に紹介していきます。
初期ルネサンス
15世紀、中部イタリアのフィレンツェで始まったルネサンス美術ですが、単純に昔の様式を真似るというわけではありませんでした。
ルネサンス美術の土台は「古典」と「科学」に分けることができます。ギリシア・ローマ美術といった古典美術を手本とすることが「古典」に当たるとすれば、もう一方の「科学」とは何でしょうか。
ここでいう「科学」とは、過度に理想化された絵ではなく、あえて写実的な絵を描くことで人間らしい感性を取り戻そうという思想から生まれたものです。
具体的には、解剖学や遠近図法などの学問的知見を取り入れることで絵をよりリアルにし、人間のための文化に統合しようという動きです。
実際にルネサンス美術以前の西洋美術は現代でいうアートというよりも、宗教を中心に執り行われた広告のような存在で、いわば神のための文化という側面が強く根付いていました。
そこで科学という文化を手法に取り入れることで、人間のための文化という側面を強めようという動きがルネサンス美術には求められたのです。
この「古典」と「科学」という要素を組み合わせ、さらにハイレベルな芸術を求めようという運動がルネサンス美術の様式です。
初期ルネサンスの代表作品
『ヴィーナスの誕生(1485)』
理想化された表現から離れようといっても、神話は絵画とはまだ切り離せないテーマでした。神話という教養的な役目と、写実的でハイレベルな表現を目指した代表的な作品が、このサンドロ・ボッティチェッリ作『ヴィーナスの誕生(1485)』です。
主題はギリシア神話に登場する美の女神・ヴィーナスが貝の中から誕生したシーン。中心の女性がヴィーナスで、その側には情熱の神ゼピュロスと服を着せようとする季節の女神・ホーラーが描かれています。
絵画における女性描写は完成を見たと言われるほど、後年に大きな影響を与えた作品でもあり、皆さんも目にする機会は多いのではないでしょうか。
この中心に描かれたヴィーナスの姿は美しい女性のようですが、よく見てみると首が不自然に長く、手足もぎこちない印象を受けます。
これは初期〜盛期ルネサンス美術に見られる厳格な解剖学的描写とはいえず、むしろ寓意やストーリー性を重視した後期ルネサンス(マニエリスム)に通じる表現方法だと考えられています。
なぜこのように不自然かは諸説ありますが、この女神のモデルとなった女性が肺結核に罹っていたためこのような病的なコントラポストで描かれたのではないかという説があります。
『聖ゲオルギウス(1415~19)』
中世美術における彫刻作品は建築彫刻が中心で、このような立像は豪奢になるよう非常に装飾的で華美に作られることがほとんどでした。装飾のために衣服を身につけていることは大前提で、ギリシア・ローマ美術的な肉体美を賛美するような裸像を作られるのはほとんどありませんでした。
そのためこの『聖ゲオルギウス』のように伝統的なプロポーションに着目した彫刻は、初期ルネサンス美術を代表する作品と言えるでしょう。
「古代以来初の肉体を持つ」と称賛されることも多く、鎧や外套を身につけた上からでも均整のとれたコントラポストや筋肉の存在感が見て取れます。
作者であるドナテルロは解剖学を学んだ知見を生かし、このようにリアルで美しい彫刻をいくつも残しています。
盛期ルネサンス
1500~1530年というルネサンス美術の歴史の中でも短い期間である盛期ルネサンスですが、後世に与えた影響では最も大きいといえます。
その理由は三大巨匠と呼ばれる偉大な芸術家の存在が大きいでしょう。
三大巨匠であるミケランジェロ、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ラファエロの作品が時代を席巻した盛期ルネサンスは、科学を土台にしたリアリズムから一歩先に表現が進んでいます。
その結果、スフマートや空気遠近法といった新しい表現方法が誕生したり、工房システム(弟子として雇った画家と一緒にひとつの作品を共作する手法)の発達によって大規模な作品をいくつも仕上げることが可能になり一人の芸術家がいくつも名作を残すようになりました。
これらの誕生にも三大巨匠が深く関わっており、盛期ルネサンス美術はまさに彼らの独壇場だったといっても過言ではありません。
しかし、彼らに影響を与えた同期の芸術家も多くいるため、詳しく知りたい方は以下の記事も併せてご覧ください。
盛期ルネサンス美術を代表する三大巨匠の人生と作品 の詳細は以下の記事で紹介しています!
盛期ルネサンスの代表作品
『ダヴィデ(1501~1504)』
ミケランジェロが手がけた世界的に有名な彫刻作品です。
彫刻といえばこの作品を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。
職人気質であったミケランジェロは、絵画や建築にほとんど浮気することなく彫刻を中心とした活動を83歳でこの世を去るまで向き合い続けました。
そのせいかこの『ダヴィデ』でも美術と科学を統合するといった難しいことはあまり考えていなかったようで、古典やリアリティを重んじた肉体美というよりは、ミケランジェロ自身が得意とする男性裸像を前面に押し出したという意味合いが強いようです。
『最後の晩餐(1495~1498)』
数え切れないほどの学問に通じたことから”万能人”と呼ばれたレオナルド・ダ・ヴィンチが手がけた代表的な作品のひとつです。
この作品は新約聖書に登場するキリストが12使徒との最後の晩餐をする場面を描いたもので、420cm×910cmもの巨大な壁画ですが大規模な画面とそれにふさわしい大胆な構図が魅力です。
キリストを中心に広がる構図は、一面の壁画に描かれているという規模感と相まって見ている人が絵の中に入り込んだような没入感を生み、絵の主役と主題がキリストであることもわかりやすくなっているという計算されたものになっています。
その一方でこの場面のもう一人の主役である裏切り者のユダは、他の弟子と区別がつかないように描かれています。
これはユダを中心に(あるいはユダとわかりやすいように)描かれていた今までの構図と一線を画す表現方法で、絵画の教養的な側面も失われていないこともこの作品の魅力です。
後期ルネサンス(マニエリスム)
盛期ルネサンスの白熱を経て、1530年代ごろになるとルネサンスはただ古典を模倣するだけのものではなくなっていきました。
宗教改革やローマ略奪などが重なり、社会的混乱や不安が波及してリアリティからの逃避願望が生まれたのかマニエリスムという様式が登場します。
ただ芸術を自然と現実の描写に留めるのではなく、教養ある人にしか通じないような複雑な寓意が用いられたり、精神性を反映して人体を非現実的に捩れさせたり、歪めたりする手法が取り入れられました。
一見奇想・奇抜に見えるような作品が残る時代となり、マニエリスムには当時多くの批判も集まりました。
古典への回帰を源流とするルネサンスの中で、古典を手本とせずに前時代の巨匠が作り出してきた手法で非現実的に描いた作品が受け入れられない人が多く現れたのは当然のことかもしれません。
後期ルネサンス(マニエリスム)の代表作品
『サビニの女たちの略奪(1581~83)』
ジャンボローニャによるこの作品は、後期ルネサンスの奇抜さを説明するためによく引き合いに出されるようです。
マニエリスムの最大の特徴である「ねじれ」をこれでもかというほど表現しているこの彫刻作品は、ジャンボローニャの精神性を描写するクセをよく反映しています。
ローマ建国時代、サビニ人に婚約を求める男たちを描いたこの作品は「誘拐婚」とも表現できる薄暗いテーマであることを反映してか登場人物の顔は驚異と悲痛に歪み、体はその運命にしがみつこうと(あるいは逃れようと)して捩れています。
また、肌は不気味に思えるほどつるつるとしており、盛り上がった背筋や腹筋も少々わざとらしい感じがします。この点もマニエリスムの特徴として挙げられる「仮面のように冷たい表情」の代表例として引き合いにされることが多いようです。
『長い首の聖母(1535)』
samuneパルミジャニーノによるこの作品も、象徴的な後期ルネサンスの代表作品です。
それでもパルミジャニーノは独特な画風の持ち主で、むしろ彼の存在が後期ルネサンスにおけるマニエリスムを定義したと見ることもできそうです。
しかし彼自身はダ・ヴィンチやラファエロに傾倒してべったりと盛期ルネサンスの影響を受けており、特にラファエロの作品のスケッチを多く残しているため、マニエリスム批判派の言うようなリスペクトを欠く態度であったとは到底思えません。
まとめ
いかがだったでしょうか。
ルネサンス美術とひとくちにはまとめることが出来ないほど、複雑で多様な歴史を持つ様式であることがお分かりいただけたかと思います。
それもそのはず、歴史的には150年以上の時間をかけており、その中でも盛期ルネサンスというたった30年の期間で表現が飛躍的に発展したため、後年の表現が一気に広がったという要因もあるかもしれせん。
西洋美術史における、いわゆる技術革新のようなシンギュラリティのひとつがこの時代であることは間違い無いでしょう。
このような歴史を知れば、現代の私たちが西洋美術と聞いて思い浮かべるイメージを形作るほどの影響力を持っていることにも頷けるのではないでしょうか。
このような「原点回帰」「技術革新」「奇想・奇抜」というループは西洋美術史上で何度も起こっていることですが、その原点はもしかしたらルネサンスに見ることができるかも知れません。
現代ではルネサンスからさらに500年近く時が経ち、アートの在り方も多様化してきましたが、皆さんもたまには原点回帰してみると新たな発見があるかもしれませんね。