こんにちは。ユアムーン 編集部です。
皆さんはロシア・アヴァンギャルドという芸術運動をご存知ですか?
西洋芸術の多くはヨーロッパで発達した歴史があり、ロシアにアートのイメージを抱いている方は少ないのではないでしょうか。
しかしロシアで生まれたロシア・アヴァンギャルドという芸術運動は、キュビズムなどの有名な芸術運動から影響を受け、独自の発展を遂げた19世紀芸術において重要な存在です。
本記事ではそんなロシア・アヴァンギャルドの歴史と代表するアーティストを有名な作品とともにご紹介します。
目次
ロシア・アヴァンギャルドの歴史
ロシア・アヴァンギャルドの誕生
ロシア・アヴァンギャルドの誕生はロシア革命をきっかけとするものでした。ロシア革命は2度の出来事が起こっており、1905年に起こったロシア第一革命と1917年に起こった十月革命に分かれます。
ロシア・アヴァンギャルド誕生の直接的なきっかけとなったのは1917年に起こった十月革命です。
十月革命とは1905年のロシア第一革命以後、二分された政党のうち第一次世界大戦への参加を推し進める臨時政府とソヴィエトの二重権力状態が続く国内でレーニンが政権を倒し、社会主義政権を樹立した出来事です。
これによって国民の不満は解消され、ヨーロッパで発達した芸術を受け入れる気風が育っていきました。
ロシア革命によって樹立された社会主義国家を根付かせるために政府は芸術という文化を大いに利用しようとし、当時ヨーロッパで流行していたキュビズムや未来派、ひいてはモダニズム文化をロシアに導入しました。
しかしロシア革命がもたらした工業的な成長はこれまで取り入れられてきた芸術の歴史を「ブルジョワ芸術」として批判し、ヨーロッパのモダニズム文化と同じように「生活に溶け込む芸術」を目指していきました。
ロシア構成主義への発展
これまでの芸術は「美しいこと」や「文化的に価値があること」を重視したものでした。
しかし革命を終えて工業的な発展を迎えていたロシアは、古典的な価値よりも「生活水準の向上」と「社会的意義」に芸術の価値を見出す結果になりました。
工業化によって安価に高品質な鉄材を用いることができるようになったロシアでは、鉄や金属を多く取り入れたオブジェクティブな作品が多く生まれました。
このムーブメントをロシア構成主義と言います。
ロシア構成主義を一躍有名にしたのはウラジミール・タトリン(1885〜1953)という人物です。
彼は『第三インターナショナル記念塔(1919)』や『レタトリン(1932)』に代表されるオブジェクティブな作品を多く残したロシアの芸術家で、壁に彫刻を張り渡し伝統的な芸術に疑問を投げかけた「カウンター・レリーフ」という作品は特に「古典芸術への批判」と「工業化に伴うオブジェクティブな作品特性」という二点でロシア構成主義の特徴を顕著に示しています。
のちにアレクセイ・ガン(1893~1942)が発表した『構成主義(1922)』によって理論的な基盤をもたらされ、世の中にロシア構成主義の名前を広めました。
現場に声は届かず
革命政府の目論見とロシア構成主義に傾倒していた諸アーティストのアプローチは一致しているように見えました。
しかしその前衛的な作品は労働者階級の人々にとって難解なものに写ってしまったようです。
1924年にスターリン政権が独裁的な政権を始めると、芸術文化は庶民にわかりやすくあるべきだと命令を受け、ロシア構成主義者たちは厳しく弾圧されました。
多くのアーティストは弾圧を逃れるため他国へ亡命し、国内に残った者は「社会的リアリズム」の名の元に収監されるなど厳しい処罰を受けました。
そして徐々に作り手が国内に減り、短いロシア・アヴァンギャルドの歴史が終息します。
ブルジョワ芸術への批判から始まったロシア構成主義でしたが、皮肉にも実際の労働者階級には受け入れられず、スターリン政権の社会的リアリズム政策の前に終息する結果となりました。
わずか7年の芸術運動でした。
ロシア・アヴァンギャルドを代表するアーティスト
アレクサンドル・ロトチェンコ
『「本」のための肖像(1924)』
アレクサンドル・ロトチェンコ(1891-1956)はロシアの都会サンクトペテルブルク生まれのアーティストです。モスクワのアヴァンギャルドグループと制作を共にし、グラフィック・デザインやプロパガンダ・アートをはじめ、舞台芸術やフォトグラフなど幅広い分野で活躍しました。
1920年からはモスクワ・インフクというロシア・アヴァンギャルドの拠点グループで中心的な人物として芸術運動を牽引し、モダニズム文化の流れを汲んだ「伝統からの脱却」「論理的な分析」「生活と芸術の調和」を目指しました。
また、ロシア未来派の代表的なアーティストであるウラジミール・マヤコフスキー(1893〜1930)と協力して「広告構成主義」を宣言し広告代理店を運営し、インパクトのあるグラフィックポスターをいくつも残しています。
そのことからロシア芸術において「グラフィック・デザインの父」と呼ばれてもいます。
晩年には家具インテリアを手掛けてパリ万国博覧会のソビエト・パビリオンで世界的に評価されるなど、芸術と生活が溶け合う世界を目指してジャンルを問わず数多くの功績を残した人物です。
詳細は以下の記事でご紹介しています!
▼【徹底解説】アレクサンドル・ロトチェンコとは?人生と作品に迫る
カジミール・マレーヴィチ
『黒の正方形(1915)』
カジミール・マレーヴィチ(1879〜1935)は当時ロシア領にあったウクライナに生まれたアーティストです。ロシア・アヴァンギャルドと直接的な関わりはありませんが、その基盤になったロシア構成主義に多大な影響を与えた偉大な人物です。
ピカソをはじめとするキュビズムや未来派に影響を受け、「立体=未来派(クボ・フトゥリズム)」と呼ばれるロシアの風土に着目した主題で作品を作りました。
その後に続くロシア構成主義、ロシア・アヴァンギャルドのアーティストの中でもリュボーフィ・ポポーワ(1889~1924)やオリガ・ロザノワ(1886~1918)などが彼に続く形で作風を継承しているほど影響力でした。
また、後年は作風を変えて「絶対主義(シュプレマティズム)」と呼ばれる抽象的で難解な作風を主張し作品を数多く残します。
ウラジミール・タトリン
『第三インターナショナル記念塔(1919〜1920)』
ウラジミール・タトリン(1885-1953)はロシア構成主義の創始者として知られるロシアのアーティストで、現在でいうインスタレーション・アートや空間デザインのような画期的な表現手法の彫刻作品を多く残しました。
グラフィック・デザインの印象が大きいロシア・アヴァンギャルドですが、ロシア構成主義創成期に活躍したタトリンは工業的発展のバックグラウンドを受けてオブジェクティブな作品を手掛けており、ロシア構成主義という名前も、タトリンが自身の彫刻を「構成」と呼んだことに由来しています。
タトリンは多くの作品においてピカソのキュビズムに影響を受けた「平面による画面の分割」と工業都市に生まれ技師の家庭を持つというバックグラウンドから「芸術と技術が日常に溶け合う」という主題を貫いており、それはそのまま、今日語られるロシア構成主義の特徴となっています。
ロシア構成主義の萌芽となる時代から活動し、モダニズムなど更に大きな芸術のムーブメントへと受け継がれる芸術理念を世の中に発表してきたタトリンはまさに「ロシア構成主義の創始者」と呼ばれるに相応しい人物でしょう。
詳細は以下の記事でご紹介しています!
エル・リシツキー
『赤い楔で白を穿て(1919)』
エル・リシツキー(1890〜1941)は「ロシア構成主義のウィリアム・モリス」とも称されるロシアを代表する芸術家で、建築と絵画を中心に写真や舞台芸術など幅広いジャンルで活躍しました。
政治プロパガンダを旨とする絵画やグラフィックを特徴とするロシア構成主義の中で、特に有名なイメージを形作ったまさに第一人者と言っても過言ではありません。
幼い時からイェフダ・ペンというユダヤ系画家に絵を習い、若干16歳にして絵画を教えることができたほど絵の才能を開花させていました。
また「プロウン(ProunenまたはProun)」と呼ばれる作品群を作り出し、建築と絵画が融合したアーティスティックなオブジェを残しました。建築家としての仕事も手掛けていたリシツキーならではの着眼点で絵画の表現技法を大きく広げた功績も残しています。
後にリシツキーは、それらを「絵画から建築に変わる駅」と曖昧に定義しました。
「ロシア構成主義のウィリアム・モリス」と称されるリシツキーですが、モリスの境遇とはグラフィックやブックデザインを主に手掛けたことや芸術運動を牽引したことのみならず、長いあいだ教鞭をとった(わずか15歳で絵を教えていたほどですから、その才能はもしかしたらモリス以上かもしれません)ことなどが奇妙に重なります。
人種差別や戦争などに振り回された時期もあり苦労した人物ですが、ヨーロッパへの旅行をきっかけにユダヤ人文化の復興を目指してブックデザインや翻訳など幅広いジャンルで活躍しました。
詳細は以下の記事でご紹介しています!
▼【徹底解説】エル・リシツキーの人生と作品に迫る〜シュプレマティズムを羽ばたかせた第一人者〜
リュボーフィ・ポポーワ
『俳優第一の制服』
リュボーフィ・ポポーワ(1889~1924)はモスクワで生まれ、キュビズムや未来派など同時期に起きた芸術運動を吸収してロシア・アヴァンギャルドの発展に寄与したアーティストです。
タトリンと仕事を共にし、1909年にミハイル・ラリオーノフを代表としてモスクワに生まれた「ダイヤのジャック」とも接点を持ちました。
織物や染色技術を勉強し、舞台芸術や衣装などグラフィカルな作品以外のロシア・アヴァンギャルドの領域を広げた偉大なアーティストです。
当時のロシアでは識字率が低かったため、社会主義国家の樹立などのプロパガンダを宣伝するためにグラフィック・デザインが成長したという経緯がありました。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
19世紀から20世紀にかけて近代芸術は今を生きる我々にとっても馴染みのある芸術運動が大きく発展しました。その中でもグラフィック・デザインやオブジェクト・アートにおいてロシア・アヴァンギャルドは特に独自に発展した芸術運動のひとつです。
その活動的だった期間は10年ほどもない短い時間でしたが、革命や戦争に揉まれながら発展したという独自の芸術という点で特にプロパガンダ・アートなどはロシア・アヴァンギャルドなしには語れないほどの影響力を持っています。
その特性上、今ではあまり見かけることのない作品が多いロシア・アヴァンギャルドですが、洗練された時間で培われた個性的でインパクトのある作品の数々は、一度見たら「あっ」となる方も多いのではないでしょうか。
おすすめ書籍
ロシア・アヴァンギャルドをもっと知りたい方にはこちらの書籍がおすすめです!
ロシア・アヴァンギャルドと20世紀の美的革命
ロシア・アヴァンギャルドの歴史を辿りながら、さまざまなアーティストの活動を紹介している本です。ロシア・アヴァンギャルドには残念ながら日本では研究書が発刊されていないアーティストも多くいる中、この本は網羅できる人物が多く歴史と照らし合わせることができるのでおすすめです。
エル・リシツキー ー構成者のヴィジョン
エル・リシツキーを中心に、ロシア構成主義の概要をなぞっていく本です。文量が多いですが掲載されることの少ない希少な作品を収録しているので、ロシア構成主義に興味のある方は一読をお勧めします。
ロシア・アヴァンギャルド
絵画、文学、舞台、映画などあらゆるジャンルを横断して広まったロシア・アヴァンギャルドの魅力を紐解いていく本です。岩波新書の出版なのでロシア・アヴァンギャルドのハンドブックとしてもおすすめです。
ロシアアヴァンギャルドのデザイン 未来を夢見るアート
ロシア・アヴァンギャルドの詳しい歴史を辿りながら、アーティストごとの作品と詳しいコラムを読むことができる本。判型が大きいので勉強しながらも画集として活躍できるのでおすすめです。
ロシア構成主義 生活と造形の組織学
ロシア・アヴァンギャルドの歴史の中で、ロシア構成主義を中心に紹介している本です。後年のアーティストについても言及されており、ロシア・アヴァンギャルドの主題でもある「生活と芸術の融合」をめぐる作風の変遷について詳しく書かれているので、アートの社会的役割の変化を知りたい方におすすめです。