【徹底解説】フランク・ロイド・ライトの人生と作品に迫る

こんにちは。ユアムーン株式会社 編集部です。

みなさんはフランク・ロイド・ライトという人物をご存知ですか?

フランク・ロイド・ライトはアメリカの建築家で、「近代建築の三大巨匠」とも呼ばれる有名なデザイナーです。出身国のアメリカのみならず、日本にも多くの作品を残し、モダニズム建築において欠かすことができないほどの影響を与えた人物でもあります。

その作品の一部は世界遺産に登録されるほど、多くの国で愛され、認められる建築を残した偉大なデザイナーです。

本記事では、フランク・ロイド・ライトの人生と作品についてご紹介します。

フランク・ロイド・ライトって?

基本情報

本名 フランク・ロイド・ライト(Frank Lloyd Wright)
生年月日 1867年6月8日〜1959年4月9日(91歳没)
国籍/出身 アメリカ合衆国 ウィスコンシン州
学歴 ウィスコンシン大学マディソン校 土木科
分野 建築
傾向 プレイリー・スタイル、モダニズム建築、ユーソニアン・ハウス
師事した/影響を受けた人物 ダンクマール・アドラー、ルイス・サリヴァン
関連サイト https://franklloydwright.org/

経歴と作品

生まれと環境

フランク・ロイド・ライトは1867年6月8日、アメリカ ウィスコンシン州に生まれました。

母は元教員、父は神父という厳格な家庭で育ちます。

ライトは11歳のときに母方の家族農場で働き始めました。5年のあいだ農場で働いたライトは自然い触れ合う中で幾何学形状に興味を抱きます。このときライトは、後に建築設計に携わる素地を作っていたのかもしれません。

自然からもたらされる美と建築との関わりについては『ライトの住宅:自然・人間・住宅』でも触れられています。ライトが18歳の時、両親が離婚し、母親に引き取られることになります。

建築との出会い

ルイス・サリヴァン(1856~1924)

ウィスコンシン大学の土木科で工学を学びますが、この頃から建築に興味を持っていたライトは退屈から大学を中退。シカゴに移り住み、ライトは叔父の勧めからジョセフ・ライマン・シルスビーという建築家の事務所で働き始めます。

しかし一年ほどでシルスビー事務所を離れ、アドラー=サリヴァン事務所で新たに働き始めました。このアドラー=サリヴァン事務所はシカゴで活躍していた二人の建築家ダンクマール・アドラールイス・サリヴァンが共同で設立したもので、ライトは建築家として多くをこの事務所で学びました。

ダンクマール・アドラーとルイス・サリヴァンはアメリカ建築の巨匠とも呼ばれる有名な建築家で、お互いにタッグを組み多くの名建築を残しました。

特に二人はシカゴ派と言われる建築傾向で知られ、この時代に鉄骨造の高層建築を現実的なものにした立役者とも言われています。

産業革命以降の都心への人口増加とオフィスの需要を鑑み、これまでの宮殿や教会に倣った平家から高層のオフィスビルへと近代建築の主題を切り替わったのはシカゴ派を代表する二人の影響が大きく、この時代からアメリカの都心に高層ビルが並ぶようになったのは二人の存在があってこそといっても過言ではないでしょう。

このように、良い師に巡り合ったライトは二人を生涯尊敬し、特にルイス・サリヴァンには「Lieber Meister (愛する師匠)」と呼んでその思想を肯定し続けたそうです。

二人との出会いを経て建築家としての技術を磨いていったライトは、1888年以降はほとんどの住宅設計を任されるまでになりました。

しかし1893年、ライトが事務所以外で住宅の設計をしていたことが咎められ、アドラー=サリヴァン事務所を退所することになります。

アドラー=サリヴァン事務所を去ったライトは独立し、事務所を構えます。

1889年にはキャサリン・トビンと結婚し、6人の子供がいたライトは独立してから常に生活が困窮していましたが、そんな生活を支えるためもあってか独立後の17年で200件もの建築設計を行いました。

フランク・ロイド・ライトの『スタイル』

ジェイコブズ邸(1936)

Living room with view
By James Steakley – Own work, CC BY-SA 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=44861578

ライトの建築の多くはダンクマール・アドラーとルイス・サリヴァン、そしてモダニズムが強く影響していますが、その中でもライトの特色とも言えるのがプレイリー・スタイルです。

当時のアメリカはヨーロッパから伝わった新古典主義が全盛の時代でした。

絵画などで有名な新古典主義ですが、18世紀フランスのクロード・ペローなどの活躍により建築にもその影響が及んでいました。

建築における新古典主義はフランスのエトワール凱旋門ルーヴル宮殿などに代表される水平垂直を強調したファザード、豪奢で威厳のある装飾など古代の建築様式が持つ普遍的な美の再興を目的としたデザインが特徴でした。

プレイリー・スタイルとは草原様式とも訳されるライト独自のスタイルで、まるで地平線に溶け込むかのように水平に広がる様式が特徴です。その分建物の高さは低く抑え、室内も壁などで無為に区切らずにあえて開放部をつくり、緩やかに間取りを生み出すといった、新古典主義と正反対の様式でした。

これらの新様式は瞬く間に高い支持を受け、ライトは一躍、建築業界に躍り出ました。

脚光からの転落

タリアセン・ウエスト(1937)

Taliesin West Complex DSCN2137.jpg

しかし、1909年のある出来事からライトの人生に影が差し始めます。

当時キャサリン・トビンと結婚し6人の子供をもうけていたライトですが、1904年に依頼をうけたチェニー邸チェニー夫人と不倫関係にありました。

ライトはキャサリンに離婚を申し出ましたが応じてもらえず、1909年に駆け落ちを決意。事務所を閉じてチェニー夫人とニューヨーク、さらにはヨーロッパへ向かいました。

1911年にアメリカへ帰国しましたが、不倫騒動が明るみになったうえ駆け落ちによって2年ものあいだ建築設計を行なっていなかったライトを待ち受けていたのは名声の失墜と設計依頼の激減でした。

少しずつ仕事をもらって名誉を回復していく中、依然離婚に応じないキャサリンをほうってライトはチェニー夫人と新居を構える計画を立ててもいました。

しかしこの計画も理想的な最期を迎えることはありませんでした。

チェニー夫人との新居として建てたタリアセン(工房)に迎えた使用人のひとりジュリアン・カールトンが建物に放火し、チェニー夫人とその子供を含めた七人を殺害したのです。

カールトンは逮捕されはしましたが、その動機は黙したままで、ライトは心に深い傷を負います。

再びスキャンダルを背負うことになったライトに舞い込んだのは、日本の帝国ホテル新館の設計依頼でした。

日本から送られた転機

落水荘(カウフマン邸)/(1936)

By Sxenko, CC BY 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=3171223

1913年の来日以後、ライトは帝国ホテル新館の設計に勤しみます。

しかしまたも計画通りとはいかず、大幅な予算オーバーによって経営陣と衝突し、ライトは建設計画から手を引くことになりました。弟子である遠藤新に指揮を譲り、ライトはアメリカへ帰国することになりました。

それから10年ほど、ライトは名誉を取り戻すかのように愚直に仕事を受け続けました。帝国ホテル新館の建設からは手を引いたライトですが、1923年には兵庫県の旧山邑邸、1926年には自由学園明日館を弟子の遠藤新と共に制作し、今では共に重要文化財に登録されています。

そして1936年には百貨店経営者、エドガー・カウフマンの邸宅としてペンシルベニア州ピッツバーグに落水荘(カウフマン邸)を建てます。

滝の上に建てられ、バウハウスの建築様式を思わせる水平屋根を強調したファザードが特徴であるこの邸宅は、アルベルト・アインシュタインチャールズ・チャップリンも訪れ、今では世界遺産に登録されています。

SCジョンソンワックス社(1937~1944)

さらに1937年から1944年にかけては、SCジョンソンワックス社の本社設計を手がけます。SCジョンソンワックスは、日本ではカビキラーやパイプユニッシュなどの製品で知られるジョンソン株式会社の本社です。実はこの時、ライトに設計を依頼する前から新本社ビルの施工は始まっていたにも関わらず、3代目社長H,F,ジョンソンJr.は施工計画を白紙に戻し、改めてライトに設計を依頼したと言われています。

その時、H.F.ジョンソンJr.はこう言ったそうです。

普通の建物なら誰でも建てられる。私は世界一のオフィスビルを建てたかった。それを実現するには世界一の建築家を起用することが、唯一の道だ。

70歳代の代表作であるこの2作品には、ライトの建築様式の特徴ともつながりのある共通点があります。

それはカンチレバーの存在です。

カンチレバーとは一辺を固定しもう一辺を自由にした構造のことで、プールの飛び込み板などが代表的なカンチレバーといえます。

ライトは落水荘からこのカンチレバー構造を積極的に使い始め、このことが1938年のTime誌で取り上げられ、この頃には肯定的な報道が増えつつありました。

新しい『ライト・スタイル』

フレデリック・C・ロビー邸(1908~1910)

Frederick C. Robie House.JPG
By Teemu08 – Own work, CC BY-SA 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=21119511

この2作を経て、ライトはプレイリー・スタイルの発展系とも言える新たな建築様式を生み出しました。

ユーソニアン・ハウスと名付けられた新建築様式はプレイリー・スタイルから発展させ、さらに一般的な家庭向けに手頃な価格でコンパクトな住宅を提供することを目標に作られました。

従来の箱型住宅からの脱却を目指したユーソニアン・ハウスは日本の長屋のように水平方向に伸びたプレイリー・スタイルの特徴をそのままに、屋根裏や地下室、形式的な塗装を省略してコストダウンを計りました。

著書『ライトの住宅:自然・人間・住宅』には、ライトの建築様式における理念が9つまとめられています。

1:目に見える屋根は高価であり、どうしても必要なものではない。
2:ガレージはもはや不要であり、十分な屋根と二面の壁を持つカーポートでこと足りる。
3:ボイラーと燃料のためを除いて、地下室は不要である。地上に砂利を敷き、4インチのコンクリートを打った床暖房のマットの上に家を建てる方がはるかによい。
4:室内の額縁、見切り縁などは不要である。
5:暖房用放熱器および照明器具は不要である。照明は配線をそのまま生かして、天井面および下方を照らす間接照明とし、その他床におくスタンドのためのコンセントがあればよい。
6:家具や絵画や飾り物などは不要である。
7:塗装は不要である。透明の樹脂オイルを塗るだけで十分である。コンクリートの床マットにはワックスを塗る。
8:左官の仕事は不要である。
9:雨樋は一切不要である。

『ライトの住宅:自然・人間・住宅』より抜粋
 
「左官の仕事は不要である」と言い切ってしまうのは驚きですね。理念2におけるガレージの代わりに建てるカーポートですが、フランク・ロイド・ライトが考案したものだと言われています。
 
このようにさまざまな建築の常識を変えてしまったのが、フランク・ロイド・ライトです。

晩年

年を受けてアリゾナ州フェニックスで暮らしていたライトは1959年4月9日に死亡。91歳でした。
 
その後、2019年の第43回世界遺産委員会においてユニティー・テンプル、フレデリック・C・ロビー邸、タリアセン、バーンズドール邸(ホリーホック邸)、落水荘、ハーバート・キャサリン・ジェイコブス邸、タリアセン・ウエスト、グッゲンハイム美術館の8件が「フランク・ロイド・ライトの20世紀建築作品群」として世界遺産登録されました。

まとめ

 
いかがだったでしょうか。
 

フランク・ロイド・ライトの建築様式は今現在を見ても新鮮で、いかに当時の建築においてライトの建築様式が常識を覆したのかがよくわかりますね。

人間関係やスキャンダルなどの不幸に見舞われたライトですが、建築への情熱を失うことなく仕事を続け、今では近代建築三大巨匠の名を冠し世界遺産に登録されるほどの評価を全国から受けています。

後年、ライトが手がけた作品に見られるユーソニアン・ハウス様式は住宅情報サイトでも目にするほどありふれた言葉となっており、半世紀以上経った今でも建築様式として根付いていることがわかります。

技術やライフスタイルの発展・多様化が目覚ましい現代でも通用する建築を考案していたライトは、建築における「真の美」に迫っていたに違いありません。

哲学のない建築はない。独自の哲学のない芸術はありません。

フランク・ロイド・ライト

おすすめ書籍

フランク・ロイド・ライトをもっと知りたい方にはこちらの書籍がおすすめです!

ライトの住宅:自然・人間・住宅

本記事でも取り上げた、フランク・ロイド・ライトの著書です。一般住宅をほぼ専門的に手がけたライトにしか書けない、人の生活と住宅、そして美しさの結びつきに関する理念がわかりやすく書かれています。

フランク・ロイド・ライトの現代建築講義

同じくライトの著書で、こちらはライトが実際に受け持ったプリンストン大学の講義録になっています。後進となる若者へ向けた理念の咀嚼や、情勢の変化を見据えたライト自身の考えなど他では読めない話がたくさん収録されています。

フランク・ロイド・ライト 最新建築ガイド

2018年にフランク・ロイド・ライト建築物保存協会から出版されたガイドブックです。比較的新しく出版された本ということもあり、国内展示や近年の改修情報なども網羅されているため実際に見学に行くときにも重宝できます。


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