【徹底解説】ルネ・マグリットとは?作品と人生を3分で理解しよう!




みなさんはルネ・マグリットを知っていますか?

ルネ・マグリットは、シュルレアリスムで有名なアーティストです。

この記事ではルネ・マグリットの『人生』と『代表作品』についてご紹介します!

ルネ・マグリットってどんな人?

ソース元

<名前>
ルネ・フランソワ・ギスラン・マグリット (René François Ghislain Magritte)

<国籍>
ベルギー

<人生>
ルネ・マグリット(René Magritte)は1898年にベルギーのレシーヌで生まれました。父親は仕立て屋で、母親は帽子屋をしており、マグリットが紳士的な服装で絵画を描いていたことも関係しているのかもしれません。マグリットは生まれてすぐに家族と共にジリという街に移り、その後1904年にシャルルロワ近郊のシャトレに移り住みました。

マグリットは少年時代をシャトレで過ごしていましたが、1912年の彼が14歳の頃に母親が原因不明の入水自殺で亡くなってしまいます。時々、彼の作品に顔に布がかかった人物が現れるのはこの事件が関係していると言われています。

1916年にマグリットはブリュッセル王立美術アカデミーに入学し、キュビズム、未来派、ダダ、デ・ステイルなどの芸術運動と出会いました。彼はアカデミーに通いながらも生活費を賄う為に、グラティックデザインや広告ポスターの仕事をしていました。アカデミー卒業後は壁紙工場のデザイナーとなりました。

1922年、雑誌に掲載されていたジョルジョ・デ・キリコの作品「愛の唄」を見たマグリットは、絵画は見た目だけではなく、思考を揺さぶることで心に残るという一面を見出し、シュルレアリスムへのめり込んで行きました。

1926年にマグリットはブリュッセルのアートギャラリーと契約を結び、翌年に人生初の個展を開催しました。1927年に彼と彼の妻はフランスに引っ越し、その後3年間はフランスのシュルレアリストたちと交流しました。そして3年後にブリュッセル へ戻り、残りの人生を過ごしました。

シュルレアリスムとは?

シュルレアリスムとは、日本語で「超現実主義」とも言われ、1924年にアンドレ・ブルトンが活動を始めました。

シュルレアリスムの絵画はアカデミーで培われた絵画技法を駆使して、不条理な風景や、非現実的な生き物を描き、自身に眠る無意識を表現します。ブルトンはフロイトの精神分析学を学んでおり、シュルレアリスムのコンセプトはフロイトから来ていると言っても過言ではありません。

多くのシュルレアリスト達は無意識の欲望は夢の中に現れると考え、眠っている時の記憶を便りに作品の制作に取り組みました。

ルネ・マグリットの代表作品

イメージの裏切り(The Treachery of images)

この作品は1928年から1929年に制作されました。絵画の中には茶色のパイプが描かれていますが、「これはパイプではない」という文字が記載されています。

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光の帝国(The Empire of Lights)

これは1953年から1954年に制作されました。光の帝国はシリーズ作品で、本シリーズには空は青空で、家や通りは夜という矛盾したものになっています。

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大家族(The Large Family)

この作品は1963年に制作され、日本の宇都宮美術館に所蔵されています。作品のデザインとしては、鳥の周囲はどんよりとした曇り空ですが、平和の象徴である鳥の中は青空が描かれています。

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まとめ

いかがでしたでしょうか?

ルネ・マグリットを含めたシュルレアリストの作品は見る人独自の解釈が出来、芸術から様々な分野の人がインスピレーションを受けられると私は感じました。

マグリットの作品は日本の美術館でも見ることが出来ますので、機会があれば是非見に行ってみて下さい!

参考文献

TOP画像:CHRISTIE’S|10 things to know about René Magritte

MoMA|René Magritte

BIOGRAPHY|René Magritte

 




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