ブランド体験とは、顧客や従業員、地域の人々が、そのブランドと接する場面を通して感じ、記憶に残す一連の体験のことです(Euphoric " " 編集部の定義)。商品の機能や価格だけでなく、店の空気、スタッフの話し方、パッケージを開く瞬間、広告の語り口まで、すべてが体験としてブランドの印象をつくります。
この考え方の土台にあるのが、アメリカの経営学者パインとギルモアが1998年に提唱した「経験経済」です。この記事では、その考え方と「4つの領域」を、アートの事例も交えて整理します。
この記事で分かること
- ブランド体験の意味と、「経験経済」という考え方が生まれた背景
- 体験を4つの領域(エンターテインメント・教育・脱日常・美的)で分けて考える方法
- 直島の事例と、自社の体験を点検するためのチェックリスト
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Toggleブランド体験とは何か:商品の外側で起きていること
ブランド体験は、「顧客体験」「ユーザー体験」と近い言葉です。ただ、ブランドの視点で考えると、次の違いがあります。

| 言葉 | 主な対象 | 見る範囲 |
|---|---|---|
| 顧客体験 | 購入前後の顧客 | 検討から購入、利用、問い合わせまでの流れ |
| ユーザー体験(UX) | 製品やサービスの利用者 | 画面や製品を使う場面の使いやすさ |
| ブランド体験 | 顧客、従業員、地域など、ブランドと接するすべての人 | 広告から空間、人の振る舞いまで、一貫した印象 |
ブランド体験は、広告だけでも、店舗だけでも決まりません。すべての接点で、同じ価値観が感じられるかどうかが問われます。そのためには、先にブランドの理念やパーパスが言葉になっている必要があります。理念が曖昧なままでは、接点ごとに印象がばらばらになりやすいからです。
「経験経済」とは:パインとギルモアの考え方
「経験経済」は、B・ジョセフ・パイン二世とジェームズ・H・ギルモアが、1998年7~8月号のHarvard Business Review誌に発表した論文「Welcome to the Experience Economy」で広めた言葉です。二人はのちに、同じ主題を書籍『経験経済』にまとめました。日本語版は、ダイヤモンド社から2005年8月に『[新訳]経験経済 脱コモディティ化のマーケティング戦略』(岡本慶一・小高尚子訳)として刊行されています。

論文の導入では、誕生日ケーキを例に、経済の移り変わりが説明されています。
| 段階 | 誕生日ケーキの入手方法 | 親が払う金額(論文の記述) |
|---|---|---|
| 農業経済 | 母親が農産物から手づくりする | わずかな小銭 |
| 工業(モノ)の経済 | 調理済みの材料を買う | 1~2ドル |
| サービス経済 | パン屋やスーパーで注文する | 10~15ドル |
| 経験経済 | パーティー全体を外部の事業者に任せる | 100ドル以上 |
パーティー全体を任せる先として、論文はチャッキー・チーズやディスカバリー・ゾーンなどを挙げています。ここで言われているのは、同じ「誕生日ケーキ」でも、記憶に残る出来事として提供すると、顧客が払う金額の水準が変わるということです。商品やサービスの機能が似通ってくる(コモディティ化する)なかで、体験が差別化の軸になるという主張です。
4つの領域:体験を分けて設計する
パインとギルモアは、体験を2本の軸で整理しました。

- 顧客の関わり方:受け身(パッシブ)か、能動的(アクティブ)か
- 環境との結びつき:その場面を眺めて取り込む(吸収)か、その世界に入り込む(没入)か
この2軸で分かれるのが、次の4つの領域です。
| 領域 | 関わり方 | 結びつき | 意味 |
|---|---|---|---|
| エンターテインメント | 受け身 | 吸収 | 見て、聴いて楽しむ |
| エデュケーショナル(教育) | 能動的 | 吸収 | 参加して学ぶ |
| エスケーピスト(脱日常) | 能動的 | 没入 | 別の世界に入り込む |
| エステティック(美的) | 受け身 | 没入 | 美しい環境に身を置く |
日本語版の目次では、これらを「4E領域」としてエンターテインメント、エデュケーション、エスケープ、エステティックと表記し、エスケープを「脱日常」、エステティックを「美的」と訳しています。
4つの領域は、サービス業だけでなく、製造業やBtoBの会社にも当てはめられます。たとえば、展示会のブースを考えると、パネルを眺めてもらうだけの展示は受け身の体験で、触って試せるデモは能動的な体験です。ブースの内装や照明で世界観に包み込めば美的の領域になり、開発の背景を語るセミナーを開けば教育の領域になります。同じ製品でも、どの領域をどう組み合わせるかで、来場者の記憶に残る印象は変わります。
二人は、優れた体験は4つの領域をまたいで組み合わされ、4つがうまく重なるところに「スイートスポット」があると論じました。ただし、この主張には異論もあります。ある研究(Garrod & Dowell, 2020)では、英国ウェールズの地下の観光施設を対象にした調査で、4つの領域のいずれも、すべてのモデルで再訪意向を有意に予測しなかったとされており、4領域を同じ濃さで揃えなければならないわけではない、という見方も示されています。実務では、自社が最も力を入れる領域を決め、ほかの領域は補助にするという考え方が現実的です。
事例:直島を4つの領域で読み解く
アートの事例として、香川県の直島を取り上げます。ベネッセホールディングスと福武財団は、直島・豊島・犬島を中心に、アートを通じた地域づくりを行っており、その活動は「ベネッセアートサイト直島」と総称されます。経済産業省の資料では1987年以来の活動の総称と説明されています(直島文化村構想の開始を1988年とする資料もあります)。2004年7月に、島内に広がった活動の総称が「ベネッセアートサイト直島」に改められました。

写真:KimonBerlin / Wikimedia Commons(CC BY-SA 2.0)
主な施設には、安藤忠雄が設計し1992年に本館・ミュージアム棟が開館した「ベネッセハウス」と、2004年に開館した「地中美術館」があります。地中美術館は、クロード・モネ、ウォルター・デ・マリア、ジェームズ・タレルの3人の作品を常設しており、瀬戸内の景観を守るため建物の大部分を地下に埋めて造られています。

写真:663highland / Wikimedia Commons(CC BY 2.5)

写真:Nissy-KITAQ / Wikimedia Commons(CC BY-SA 3.0)
以下は、4つの領域に当てはめた編集部の見立てです。直島側の公式な説明ではありません。
- 美的:建築と自然、作品が一体になった空間に身を置く
- 脱日常:島に渡り、宿泊し、日常とは異なる時間の流れに入り込む
- 教育:作品の背景や作家の意図を知り、見方が変わる
- エンターテインメント:作品を見て、鑑賞そのものを楽しむ
こうして見ると、直島の体験は「作品を見る」ことだけでは成り立っていません。移動、宿泊、建築、島の人との出会いまで含めて体験が設計されています。そして、ここで大切なのはブランドの価値観が、美術館や宿泊棟、島の景色というすべての接点に通っていることです。個々の作品の良し悪しの手前に、全体として何を伝えるかの設計がある、と読み取れます。

写真:663highland / Wikimedia Commons(CC BY 2.5)
企業のブランド体験に、アートはどう効くか
直島ほどの規模でなくても、企業の空間にアートを取り入れることは、体験の設計に役立ちます。とくに効きやすいのは、美的の領域です。受付や会議室、ホテルのロビーなど、人が立ち止まる場所に作品があると、言葉で説明しなくてもブランドの姿勢が伝わります。
ただし、飾るだけでは体験は変わりません。次のように、領域ごとに役割を持たせると、意図が伝わりやすくなります。
- 美的:エントランスや待合に、ブランドの価値観に近い作品を置く
- 教育:作品の背景や作家の言葉を、来訪者が自分のペースで読める形にする
- エンターテインメント:展示替えやイベントで、訪れるたびに違う顔を見せる
- 脱日常:宿泊施設や商業施設で、日常から切り替わる動線を設計する
従業員にとっての体験も、見落とせません。社内の空間、会議室、制度の運用、上司の言葉といった接点も、ブランドの印象をつくるからです。社員が自社のブランド体験を信じられていなければ、顧客への接し方にも表れやすくなります。社内の空間にアートを取り入れることは、従業員向けのブランド体験を設計する手段のひとつです。
たとえば、ある小規模なホテルを想定してみましょう。客室数が少なく、立地にも大きな特徴がない場合、機能での差別化は難しくなります。そこで、地元の作家の作品を共用部に展示し、作家の言葉を添え、年に数回入れ替える方針にすると、「ここでしか見られないもの」が生まれます。これは仮定の例ですが、体験を差別化の軸にするという考え方の使い方として分かりやすいでしょう。
よくある誤解と注意点
誤解1:体験とは、派手な演出のことだ
体験の質は、演出の大きさでは決まりません。接点ごとの印象が、一貫しているかどうかが重要です。
誤解2:体験を良くすれば、商品は何でもよい
体験は、商品やサービスの土台のうえに成り立ちます。機能が期待を下回れば、体験の印象も損なわれます。
誤解3:4領域をすべて満たさなければならない
前述のとおり、4領域をすべて均等に揃える必要は、必ずしもありません。自社の価値観に合う領域を選び、深める方が、印象は残りやすくなります。
誤解4:アートを置けば体験が良くなる
作品はきっかけであり、案内、動線、スタッフの振る舞いと合わさって体験になります。作品の選定は、ブランドの理念から逆算して行うことをおすすめします。
自社のブランド体験を点検するチェックリスト
点検は、次の三つの手順で進めると整理しやすくなります。まず、顧客や従業員がブランドと接する場面を、思いつくかぎり書き出します。次に、それぞれの場面がどの領域にあたるかを分類し、偏りを確認します。最後に、最も重視する領域で、印象が弱い場面から優先して見直します。
次の項目を、顧客・従業員・取引先のそれぞれの立場に立って確認してみてください。
- [ ] ブランドの理念が、短い言葉で説明できる
- [ ] 広告、サイト、店舗、パッケージで、語り口や印象が揃っている
- [ ] 来訪者が最初に目にする場所に、ブランドの姿勢を示すものがある
- [ ] 体験のなかで、受け身の時間と、能動的に参加できる時間の両方がある
- [ ] 4つの領域のうち、自社が最も重視する領域を決めている
- [ ] 体験の感想を、定期的に集めて見直す仕組みがある
- [ ] 従業員が、自社の体験を自分の言葉で説明できる
当てはまらない項目が多い場合は、すべてを一度に変えるのではなく、最も人が通る接点から整えるのが現実的です。移転や周年、改装などの節目は、体験を見直す機会になります。
まとめ
ブランド体験は、広告や空間などの接点を通して、人の記憶に残るブランドの印象全体を指します。要点を整理します。
- パインとギルモアは1998年に「経験経済」を提唱し、体験を経済価値の新しい段階として示した
- 体験は、娯楽・教育・脱日常・美的の4つの領域で整理できる
- すべての領域を均等に揃える必要はなく、自社の価値観に合う領域を決めて深める
- 直島のように、アートを含めて全体の体験が設計されている例がある
- 空間にアートを取り入れる場合は、ブランドの理念から逆算して役割を決める
体験は、一度つくって終わりではありません。点検と見直しを繰り返すことで、ブランドの印象は少しずつ深まっていきます。
よくある質問(FAQ)
Q1. ブランド体験と顧客体験(CX)は、何が違いますか。
顧客体験は、購入の検討から利用、問い合わせまでの顧客の流れに注目する考え方です。ブランド体験は、顧客に加えて従業員や取引先、地域の人も含め、ブランドと接するすべての場面での印象を対象にします。顧客体験は、ブランド体験の一部と考えると整理しやすくなります。
Q2. 「経験経済」とは何ですか。
パインとギルモアが1998年のHarvard Business Review誌の論文で広めた言葉で、農業、モノ、サービスに続く経済の段階として、体験を位置づけた考え方です。商品が似通ってくる状況で、記憶に残る体験が価値の源泉になるという主張です。
Q3. 4つの領域は、どれから取り組めばよいですか。
自社のブランドの価値観に最も近い領域から始めるのが、一つの方法です。たとえば、空間の印象を重視するなら美的、学びや発見を重視するなら教育です。すべてを同時に整えようとせず、最も人が通る接点で一つの領域を深めると、取り組みが続きやすくなります。
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この記事を書いた Euphoric " " について
Euphoric " " は、ユアムーン株式会社が運営するアートメディアです。ユアムーンは、デザインとクリエイティブを軸にしたブランディング会社です。ブランドの言語化から、ロゴやWebサイトなどのデザイン、社内外への発信までを一貫して設計しています。ご希望に応じて、アートの選定・導入もお手伝いしています。
空間や発信を通して伝わるブランド体験は、理念の言語化とデザインが結びついたときに、一貫したものになります。節目の計画段階から、体験の設計をご一緒しています。
参考資料
- Pine, B. J. II & Gilmore, J. H.「Welcome to the Experience Economy」Harvard Business Review, 1998年7-8月号(導入部) https://hbr.org/1998/07/welcome-to-the-experience-economy
- ダイヤモンド社『[新訳]経験経済 脱コモディティ化のマーケティング戦略』書籍ページ https://www.diamond.co.jp/book/9784478502570.html
- ダイヤモンド社 同書 目次ページ https://www.diamond.co.jp/_itemcontents/0201_biz/50257-9.html
- 経済産業省「アートと経済社会について考える研究会」資料(ベネッセアートサイト直島の概要) https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/art_economic/pdf/002_04_00.pdf
- Garrod, B. & Dowell, D.「Experiential Marketing of an Underground Tourist Attraction」Tourism and Hospitality, 2020(経験経済の4領域と再訪意向の関係を検証した研究。スウォンジー大学リポジトリ) https://cronfa.swansea.ac.uk/Record/cronfa54910/Download/54910__18190__e4869d66cdc94937bb7b89a5bafff90a.pdf











