中小企業のブランディングとは、会社の規模や予算が限られるなかで、自社が何者で、誰にどんな価値を届けるのかを言葉と形にし、取引先・顧客・社員に一貫して伝えていく取り組みのことです。大企業のように広告に大きな予算をかけられない分、何を選ばないかを決める作業が中心になります。
アートは、この「選ばない」判断を、目に見える形で伝えるのに向いた素材です。この記事では、中小企業がアートをブランディングに取り入れるときの考え方を、3つの方法で整理します。
この記事で分かること
- 中小企業が大企業と同じ方法を取ると行き詰まりやすい理由
- 「絞る」「続ける」「小さく始める」の3つの方法と、その事例
- 始める前に確認したいチェックリスト
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Toggle中小企業こそ、ブランディングで差がつく理由
中小企業庁の集計(2021年6月時点、令和3年経済センサス-活動調査に基づく)によると、中小企業は336.5万者で、企業全体の99.7%を占めます。従業者についても、同庁の2024年版白書の付属統計では、2021年の中小企業の従業者は約3,310万人で全体の69.7%、つまり約7割です。
つまり、多くの会社は大企業と同じ土俵では戦っていません。広告費や店舗数で競うのではなく、「この会社だから頼みたい」と思われる理由をつくることが、中小企業のブランディングの目的になります。
もうひとつ、経済産業省の動きも参考になります。同省は2022年6月から「アートと経済社会について考える研究会」を開き、2023年7月に報告書を公表しました。研究会の資料には、日本企業の多くがアートやデザインを経営から比較的遠い場所に置いてきたことが、マークアップ率(価格を上乗せして売れる力)の低さの一因との指摘がある、と記されています。報告書の目次には「企業によるアートへの投資」として、社内改革・人材開発と、対外発信・事業開発の両面が取り上げられています。アートは、価格競争から離れる手がかりとして、国の側でも検討されている分野です。
大企業と同じことをすると、中小企業が行き詰まりやすい理由
アートを経営に取り入れる事例は、大企業のものが目立ちます。しかし、同じ方法をそのまま取ると、次のような壁に当たりやすくなります。

| 大企業の方法 | 中小企業にとっての難しさ |
|---|---|
| 著名な作家の大型作品を購入・設置する | 費用が大きく、判断の失敗が経営に響く |
| 全国規模の展覧会や広告で発信する | 予算が足りず、発信が続かない |
| 専任の担当部署が長期で運営する | 担当者が兼務で、異動や退職で止まる |
| 多くの商品・拠点に展開する | 一つひとつの質が薄まりやすい |
アートを活用する効果は、費用の大きさに比例するわけではありません。作品が会社の理念とつながっていて、その理由を語れるかどうかが、取引先や社員への伝わり方を左右します。むしろ中小企業は、経営者が自分の言葉で理由を説明でき、意思決定が速いという強みを活かしやすい立場にあります。
大企業の事例から学べるのは「考え方」であり、「規模」ではありません。以下の3つの方法は、規模を追わずに、アートの効果を活かすための整理です。
3つの方法:絞る・続ける・小さく始める
中小企業が取り組みやすい方法を、3つに分けて紹介します。

方法1:絞る(一つの場所、一つの作家、一つの意味に)
最初の方法は、取り組みを絞ることです。会社全体の壁を作品で埋めるのではなく、来訪者や社員が最初に目にする一か所に、一つの意味を持たせて置きます。
絞るときは、次の三つを決めます。
- 場所:受付、応接室、工場の入口など、人が立ち止まる場所
- 作家:地域の作家、会社の沿革と縁のある作家など、選んだ理由を話せる人
- 意味:その作品が、会社の理念や姿勢とどうつながるのか
たとえば、地方で金属加工を営む会社を想定してみましょう。手仕事の精度を大切にしている会社なら、素材や手の跡が伝わる作品を応接室に一点置き、作品の隣に選んだ理由を短く添えます。これは仮定の例ですが、絞ることで、訪れた取引先が会社の姿勢を自然に受け取る形になります。
社員にとっての意味も見逃せません。応接室の作品の前で、選んだ理由を社員が自分の言葉で説明できるようになると、会社の姿勢を社員自身が語れるようになります。ブランドは、広告よりも、日々の会話の中で形づくられることが多いからです。
また、地域の作家や地元の素材と結びついた作品を選ぶと、会社が地域とどう関わっているかを、言葉を足さなくても伝えやすくなります。
絞る方法は、費用面でも有利です。大きな買い物を一度にするより、一点を丁寧に選ぶ方が、後悔が少なく、会社の語りにも使えます。
方法2:続ける(一度の話題より、長い関係を資産にする)
二つめの方法は、続けることです。中小企業は、一度の大きな話題をつくる力では大企業に及びません。しかし、同じ作家や同じ地域と長く付き合い続けることは、規模に関係なく取り組めます。
長期の取り組みの事例として、直島があります。ベネッセホールディングスと福武財団は、直島・豊島・犬島を中心にアートを通じた地域づくりを行い、その総称が「ベネッセアートサイト直島」です。経済産業省の資料では、1987年以来の活動の総称と説明されています(直島文化村構想の開始を1988年とする資料もあります)。1992年にはベネッセハウスの本館・ミュージアム棟が開館し、2004年には地中美術館が開館しました。何十年にもわたって、少しずつ施設と作品を足してきた事例です。

写真:KimonBerlin / Wikimedia Commons(CC BY-SA 2.0)
直島は大きな組織の取り組みで、中小企業がそのまま真似できるものではありません。ただ、「続けることで、取り組みが会社の語りになる」点は応用できます。たとえば、次のような形です。
- 年に一度、地域の作家に展示の機会を提供する
- 同じ作家との商品開発を、数年かけて少しずつ広げる
- 作品を入れ替えながら、展示の記録を社内外に蓄積する
続けるうえでは、予算の考え方も重要です。一度に大きな金額を使うのではなく、毎年の経費の中で無理なく続けられる金額を決めておくと、景気や人事に左右されにくくなります。金額の大小よりも、「毎年やる」と決めていることが、取引先や社員にとっての安心につながります。
続けるためには、担当者が替わっても運営できるよう、目的と手順を文書にしておくことが有効です。誰が何を判断するかを決めておくと、取り組みが属人的になりません。
方法3:小さく始める(コラボ商品や期間限定から)
三つめの方法は、小さく始めることです。いきなり作品を購入したり、空間を改装したりせず、期間限定やコラボ商品などの、やり直しの利く形から試します。
ヘラルボニーは、岩手県盛岡市に本社を置く企業で、2018年7月に設立されました(FRaU掲載記事による)。採用ページでは、国内外の障害のある作家とIPライセンス契約を結び、自社ブランドの運営など、さまざまな形で事業を展開していると説明しています。Forbes JAPANの2024年11月21日付の記事では、契約作家は241人とされています。
注目したいのは、同社が組む相手が大企業にとどまらないことです。盛岡のコーヒーブランドNagasawa COFFEEとは、2023年に契約作家4名のアートを使ったドリップバッグを共同で発売しました。その後、2026年5月1日には、オリジナルブレンドのコールドブリューバッグ(20g、税込1,404円)を発売し、同日にコラボTシャツ(税込9,900円)の発売も案内されました。販売は、盛岡市のISAI PARKと公式オンラインストアです(koubo.jp掲載記事)。

写真:株式会社ヘラルボニー/PR TIMES掲載プレスリリース(報道利用可)

写真:株式会社ヘラルボニー/PR TIMES掲載プレスリリース(報道利用可)

写真:株式会社ヘラルボニー/PR TIMES掲載プレスリリース(報道利用可)
ここから学べるのは、次の点です。
- ドリップバッグのような小さな商品でも、作家の世界観とブランドを掛け合わせられる
- 同じ相手と続けて展開することで、関係が積み重なる
- 売る場所を、実店舗とオンラインストアなど、管理しやすい範囲に絞れる
小さく始める場合でも、契約は省略できません。作品を商品に使うなら、使う範囲・期間・数量・作家名の表示を、書面で決めておく必要があります。詳しくは本連載の「アーティストとのコラボ商品の作り方」で解説しています。
3つの方法を組み合わせる:進め方の例
3つの方法は、順番に使うと整理しやすくなります。

| 段階 | やること | 目安 |
|---|---|---|
| 準備 | 理念・提供価値を短い言葉にし、アートを使う目的を決める | 社内で数回の話し合い |
| 小さく始める | 期間限定の展示や、小ロットのコラボ商品を試す | 数か月 |
| 絞る | 反応を見て、場所・作家・意味を一つに決める | 試行の後 |
| 続ける | 年間の計画に組み込み、記録を残す | 年単位 |
最初に「小さく始める」と「絞る」のどちらを選ぶかは、会社の状況で変わります。すでに来訪者の多い会社なら、空間から「絞る」。商品がある会社なら、コラボから「小さく始める」のが入りやすいでしょう。
よくある失敗と、避けるための工夫
失敗1:好みで作品を選ぶ
経営者の好みだけで選ぶと、社員や取引先に意図が伝わりません。選んだ理由を、会社の理念とつなげて説明できるようにしておきます。
失敗2:作品を置いて終わりにする
作品の隣に、選んだ理由や作家の言葉を添える、展示を入れ替えるなどして、運営を続けます。
失敗3:発信が単発で終わる
プレスリリースを一度出して終わりにせず、社内の報告、取引先への説明、サイトでの継続的な紹介を計画に入れます。
失敗4:社内に目的を伝えない
社員が「なぜ作品が置かれたのか」を知らないままだと、取り組みは経営者の趣味として受け取られがちです。導入の際に、目的と選んだ理由を社内に共有し、展示替えの際にも一言添えると、受け止め方が変わります。
失敗5:権利の確認を後回しにする
作品を商品や広告に使うときは、著作権の扱いを最初に確認します。判断に迷う場合は、弁護士などの専門家に相談してください。
始める前のチェックリスト
- [ ] 会社の理念や提供価値を、短い言葉で説明できる
- [ ] アートを使う目的(取引先への印象、採用、商品の付加価値など)を決めている
- [ ] 取り組む場所・商品を、一つに絞っている
- [ ] 作家を選ぶ理由を、社員と取引先に説明できる
- [ ] 予算の上限と、続ける期間の見通しがある
- [ ] 担当者が替わっても運営できるよう、目的と手順を書面にしている
- [ ] 作品の利用範囲や著作権の確認方法を決めている
まとめ
中小企業のアートブランディングは、大企業の規模を追うのではなく、「絞る」「続ける」「小さく始める」の3つを軸にすると、取り組みやすくなります。
- 日本の企業の99.7%は中小企業であり、規模ではなく「選ばれる理由」で差がつく
- 一つの場所・作家・意味に絞り、選んだ理由を語れるようにする
- 長く続けることで、取り組みが会社の語りになる
- 期間限定や小ロットのコラボから、やり直しの利く形で始める
- 作品を使う場合は、契約と著作権を最初に確認する
自社に合う形は、会社の規模や拠点、扱う商品によって異なります。まずは、会社の理念を短い言葉にするところから始めてみてください。
よくある質問(FAQ)
Q1. 予算が限られていても、アートブランディングはできますか。
できる場合があります。作品を購入せず、期間限定の展示や、地域の作家との小ロットのコラボから始める方法があります。費用の大きさよりも、取り組む目的を決め、一つに絞ることの方が結果を左右します。
Q2. どのように作家を探せばよいですか。
美術館やギャラリーの展覧会、アートメディア、地域の文化施設などが入口になります。選ぶときは、作品が会社の理念とどうつながるかを説明できるかを基準にし、権利を誰が持っているかを書面で確認してください。
Q3. 社内で反対されたら、どう進めればよいですか。
最初から大きく始めず、期間限定や小規模で試し、反応を共有する方法があります。目的(取引先への印象、採用など)を数字や声で確認できる形にしておくと、継続の判断がしやすくなります。
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この記事を書いた Euphoric " " について
Euphoric " " は、ユアムーン株式会社が運営するアートメディアです。ユアムーンは、デザインとクリエイティブを軸にしたブランディング会社です。ブランドの言語化から、ロゴやWebサイトなどのデザイン、社内外への発信までを一貫して設計しています。ご希望に応じて、アートの選定・導入もお手伝いしています。
中小企業のアートブランディングでは、規模に合った範囲を決めることが成否を分けます。理念の言語化から、最初の一歩の設計まで、節目の計画段階からご相談をお受けしています。
参考資料
- 中小企業庁「中小企業・小規模事業者の数(2021年6月時点)の集計結果」(336.5万者・99.7%) https://www.chusho.meti.go.jp/koukai/chousa/chu_kigyocnt/2023/231213chukigyocnt.html
- 中小企業庁「2024年版 中小企業白書 付属統計資料」(2021年の中小企業従業者数・割合) https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/2024/PDF/chusho/07Hakusyo_fuzokutoukei_web.pdf
- 経済産業省「アートと経済社会について考える研究会」報告書公表(2023年7月4日) https://www.meti.go.jp/press/2023/07/20230704007/20230704007.html
- 経済産業省 同研究会 資料3 https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/art_economic/pdf/001_03_00.pdf
- 経済産業省 同研究会 資料(ベネッセアートサイト直島の概要) https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/art_economic/pdf/002_04_00.pdf
- FRaU「ヘラルボニー」関連記事(設立時期) https://gendai.media/articles/-/146575
- ヘラルボニー採用ページ(IPライセンス契約の説明) https://herp.careers/v1/heralbonyco/yE6juBDR7DN-
- Forbes JAPAN「ヘラルボニー」関連記事(契約作家数、2024年11月21日) https://forbesjapan.com/articles/detail/73835
- koubo.jp「ヘラルボニー × Nagasawa COFFEEコラボ、オリジナルブレンドのコールドブリューバッグ発売」 https://koubo.jp/article/76031











