こんにちは。ユアムーン株式会社 編集部です。
皆さんはアメリカン・コミックをご存知ですか?
今やMANGAとして世界中に広まる日本のマンガ産業ですが、当然日本以外の国にもマンガ文化は存在します。
そんなマンガ文化の中でいち早く発達し世界のエンターテイメント業界に大きな影響を与えたのがアメリカで生まれたアメリカン・コミックです。
日本の「漫画」、フランスおよびベルギーの「バンド・デシネ」に並び世界三大コミック産業の一つに数えられます。
本記事では『スーパーマン』や『アイアンマン』といった世界的なヒーローを生み出したアメリカン・コミックの歴史と発展についてご紹介します。
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Toggleこの記事の要点
- アメコミ(アメリカン・コミック)は、1920年頃に新聞のコーナーとして連載されたコミック・ストリップを起源とし、1938年の『スーパーマン』登場を機にスーパーヒーロー中心のジャンルへと発展しました。
- 出版社としてはDCコミックス(前身のナショナル・アライド・パブリケーションズが1934年設立)とマーベル・コミック(前身のタイムリー・コミックスが1939年創業)が二大勢力です。
- 日本の「漫画」、フランス・ベルギーの「バンド・デシネ」と並び、世界三大コミック産業の一つに数えられています。
アメリカン・コミックって?
アメリカン・コミックの始まり
実はアメリカン・コミックとは、単にアメリカで出版されるマンガ全般を指す言葉ではありません。
ひとつのタイトルを20〜30ページの薄い冊子で不定期に刊行し、スーパーヒーロー作品が多いという特徴を捉えてアメリカ以外のコミックと区別するために生まれた呼び方で、アメリカ国内ではコミック・ブックと呼ばれることは一般的なようです。
そんなアメリカン・コミックの始まりは、1920年頃に新聞紙のワンコーナーとして掲載されたコミック・ストリップ(コマ割り漫画)にあります。
当時は新しいものだった連載形式の娯楽冊子に人々は虜になり、1920年代半ばには爆発的な人気を誇り「ファニー・ペーパー」または「ファニー」と呼ばれ親しまれていました。
有名なところでは『ポパイ』や『ザ・ファントム』などがこの時の人気作品として知られており、後のスーパーヒーロー作品にも大きな影響を与えています。

エルジー・クリスラー・シーガーによる『ポパイ』は小柄な船乗りポパイがほうれん草を食べると超人的な力を発揮するという設定で、元祖スーパーヒーローと言えるかもしれません。また当時ほうれん草が嫌いな子供がポパイをまねてほうれん草が食べられるようになったという嬉しい影響もあったようです。
リー・フォークによる『ザ・ファントム』は怪人ザ・ファントムが悪人を成敗するヒーロー作品。ぴっちりとしたコスチュームに身を包んだデザインは以降のスーパーマンなどのスーパーヒーローの造形に影響を与えたと考えられます。
『スーパーマン』登場!〜スーパーヒーロー時代の幕開け〜
1938年、ジェリー・シーゲルとジョー・シャスターによる『スーパーマン』がDCコミックスの漫画雑誌「アクション・コミックス」に掲載されます。スーパーマンの完全無欠なヒーロー像は瞬く間に話題を呼び、アメリカン・コミックにおけるスーパーヒーロー作品の人気が盤石になりました。
スーパーマンの登場から約2年半でアメリカン・コミックの大半がスーパーヒーロー作品へと移り変わりました。
この頃にDCコミックスのもう一つの柱『バットマン』やライバルとも言えるマーベル・コミック、ウォルト・ディズニーとワーナー・ブラザーズとのライセンス契約により『バックス・バニー』や『ウッディ・ペッカー』などによって「愉快な動物(ファニー・アニマルズ)」ジャンルを独占したデル・パブリケーションズなどが勢力を争っていました。
また、この時代のアメリカン・コミックスのブームを後押しした要因として映画館とラジオの存在も欠かせません。
両者共に黎明期のアメリカン・コミックスから読者を奪ったライバルメディアといえる存在でしたが、棲み分けがなされた今は優秀な広告塔でした。
ラジオで放送された15分番組「スーパーマンの冒険」は「飛行機よりも速く、機関車よりも強く、体は弾をも通さない!」「空を見ろ!」「巨大な鳥だ!」「飛行機だ!」「いや、スーパーマンだ!」というおなじみのオープニングで始まり、砲弾と風洞の音を重ねて作った音響効果を用いて子どもの想像力を高め、ラジオ史上最も有名なオープニングとして語られるようになりました。
逆に、ラジオがスーパーヒーローブームに参入したことでラジオ初のヒーロー『ローン・レンジャー』や『グリーン・ホーネット』が誕生しました。
今でこそキャラクタービジネスは当たり前のビジネス戦略となり、コンビニのお茶から電車のラッピングに至るまでにキャラクターが用いられています。
そういう意味ではこういった宣伝やタイアップはキャラクタービジネスの始まりと言えるかもしれません。
戦争の中のスーパーヒーロー
1939年から1945年にかけて起こった第二次世界大戦は、アメリカン・コミックにも大きな影響を与えました。
スーパーヒーローという人気の存在は民衆を惹きつけるプロパガンダとして、あるいは国力の象徴として大いに活躍しました。
その代表が1941年に初登場した『キャプテン・アメリカ』です。
星条旗をアレンジしたコスチュームに身を包み、当時アメリカと敵対していた枢軸国をモチーフとした敵と戦うヒーローという設定はアメリカ国民を鷲掴みにしました。
『キャプテン・アメリカ』のデビュー号は売り上げ率95%、以降の号も月100万部という圧倒的な支持を受けて人気者になります。
他のスーパーヒーローもそれに続き、枢軸国への反対姿勢や原子爆弾の驚異といった政治的メッセージを盛り込んでいきました。
苦情がアメコミをスーパーヒーローにした!?
初期のアメリカン・コミックは西部劇、恋愛、犯罪などのヒューマンドラマをはじめとした多様なジャンルの作品が掲載されており、それぞれが時代と共に盛衰を経てきました。
上述の通り戦中には国政を主題にしたエピソードが盛り込まれ、戦後には戦中のシリアスな雰囲気から発展したホラージャンルが流行します。
しかし1940年5月に文芸評論家スターリング・ノースがシカゴ・デイリー・ニュースに寄稿した「国家的な汚辱 -そしてアメリカ家庭の保護者への挑戦-」という表題の批判記事をきっかけに、アメリカン・コミック業界は大きな改革を強いられることになりました。
絵柄は稚拙、プロットも悪質、
印刷も粗悪ー若い読者の目と神経を刺激するこれらのパルプ紙が及ぼす悪夢の影響たるや、
ひどい酩酊を誘う火酒にも匹敵する。
このようなアメリカン・コミックを批判する意見はあらゆるメディアを通して流通し、第二次世界大戦を挟んで反コミック運動が起こるまでになりました。
その中には憶測や邪推を含むものも多くあったものの、子どもの純粋さを人質にとった言説はかなり支持を得てしまったようです。
さらに世間の注目を集めるような「青少年の非行」を仄めかす新聞や雑誌は売れるので、各種メディアはここぞとばかりにアメリカン・コミックへの批判を取り上げました。
最終的には「子どもに悪影響を与えるコミックジャンル」の販売規制が為され多くの弱小出版社が撤退する大事となりましたが、このルールのお目溢しを貰えたのがスーパーヒーロー作品でした。これによってアメリカン・コミックはスーパーヒーローに注力するという方向性が固まったのでした。
またテレビや映画など映像作品が身近になり、ヒューマンドラマを好む購読者が引き抜かれていったことも原因です。反対に特撮に予算のかかる冒険やスーパーヒーローといったジャンルは映像作品に置き換えられにくく、引き続き読者を獲得していたのです。
アメリカの文化を代表するアメリカン・コミックのスーパーヒーローの発展に国の政策が影響していたとは驚きですね。
ファンダムの形成
ニューヨーク・コミコンでは、日本のマンガを扱うブースが並ぶこともあります。
すっかり人気と市民権を得たアメリカン・コミックは、出版社と読者の関係性も大きく変えることになりました。
これまでにもコミックブックの熱心な読者は存在し、ファン同士のコミュニティ、いわゆるファンダムはありました。
その関係性に変化が起きたのは1960年代後半のことでした。国語教師フィル・シューリングが1968年に創始した「ニューヨーク・コミック・アート・コンヴェンション」が、1977年を除き毎年開催され、コミックブックや雑貨の販売、原画の展示、仮装行列などが行われました。
日本でいうと「コミックマーケット」のような雰囲気でしょうか。ちなみにいまや世界最大の同人誌即売会として知られるコミックマーケットの開始は1975年。ポップカルチャーにおいて同好の士が集まるイベントとしては元祖と言ってもよいタイミングです。
ファンの顕在化によって、雑貨屋に置かれることの多かったファンブックを専門的に卸売する専門店が全米にできはじめました。
そんな専門店は店主自身もファンであることが大半で、構える店の客層から仕入れる商品の目利きを利かせることが可能になりました。
従来は卸業者が雑多に配本していたことで在庫の大半が売れ残り、立ち読みや悪戯によって返品もできない状況を余儀なくされていました。
店とファンとの信頼によって従来の懸念が一掃され、1980年にはコミックブック販売の75%以上が卸業者を通さない直売市場が占めるようになりました。
荒々しく痛烈な時代〜闇に魅了される人々〜
1980〜1990年代、洗練されたコミックブックのマーケットによって従来の人気タイトル・人気キャラクターのエピソードや、新しいキャラクターの初登場エピソードが飛び抜けて売り上げを伸ばし、スーパーヒーローというジャンルの熱は継続されつつも、目新しい作品や挑戦が生まれにくい状況になっていました。
そんな時代に人気を得ていたのがダークヒーローでした。久々の刊行となったバットマンシリーズの続編『ダークナイト・リターンズ』、犯罪者と戦う覆面ヒーローたちの活躍を描く『ウォッチメン』、そして地獄の兵士として生まれ変わった『スポーン』といったダークな雰囲気をまとった大人向けの作品が注目されました。
一部の保護者からはその過激な内容に眉をひそめることがあったものの人気はやまず、特に『スポーン』は1990年代を通じて100万部の売り上げを保持した唯一のキャラクターとなりました。
こうしたダークな要素を織り交ぜたヒーローの活躍が目覚ましい1990年代はグリム=アンド=グリッティ(荒々しく痛烈な)と評されました。
スーパーマンの死〜資本主義に蝕まれたオタク王国〜
ダークヒーローの人気の反作用として起こったのは、正義の象徴たるスーパーマンの人気低迷でした。
完全無欠ゆえに複雑な心理描写や葛藤を欠くスーパーマンは、一部の読者から「木彫りのボーイスカウト」と腐される羽目になりました。
そんなスーパーマンは1992年から始まった『ジャスティス・リーグ・オブ・アメリカ』シリーズでのクライマックスで、強敵ドゥームズデイとの壮絶な戦いの末に死亡するという結末を迎えます。
アメリカン・コミックが群雄割拠的な時代を迎えていた中で、商業的に低迷していたとはいえスーパーヒーローの象徴だったスーパーマンの死は、熱心なファンはもちろん、その名を知る全ての人に衝撃を与えたことでしょう。
現在でも話題に上がるこの結末は、いったいどのように決まったのでしょうか。
当時、スーパーマンが今や「始まりの男」だからという理由だけで優れた作品と認められているだけで、時代遅れのレガシー・ヒーローだという実態を打開するために何度も議論が交わされていました。
そんな中、編集者のジェリー・オードウェイが何度か冗談混じりに言っていた「ともかく彼を殺してしまおう」というアイデアに、いつしか怒りと投げやりな気持ちで同調して話が進んでしまったようです。
古臭いヒーロー像と象徴としての存在価値を両立するスーパーマンは、いつしかDCコミックの中で不良債権となってしまったようです。
このような現実的な事情とは裏腹に、スーパーマンの死はまるで神話か聖書の出来事のようにセンセーショナルに取り上げられました。
DCコミックスはスーパーマンが死亡する『スーパーマン』第75号の刊行に際して300万本の刊本を出荷、加えてコレクターズアイテムを同封したいくつかの記念版を用意しました。
結果は想像の通り。小さな専門店に数百人が押し寄せ、1人2冊までの購入制限を設ける事態になりました。
希少なアイテムは得てして虚構の価値を帯びるものです。『スーパーマン』の記念版も例に漏れず、投機対象として見る者が参入してきました。
このような出来事はアメリカン・コミックの歴史で無かった話ではありませんでしたが、スーパーマンの死というセンセーショナルな出来事が火種となりコミック投機という文化が一気に広まりました。
投機目的の購入者が増えたことで専門店は相場を読むことが難しくなり、撤退を始める店が少なくありませんでした。絶頂期には全米で8000を数えた店舗数は1990年末には2000にまで数を減らし、やがてバブル崩壊を迎えることになるのでした。
日本ではコミックの投機は身近ではありませんが、トレーディングカードやゲーム機、シールなどで同様の事例は目にしている方も多いのではないでしょうか。
ファンの熱量や希少価値は、市場にとって毒にも薬にもなるということは、肝に銘じておきたいですね。
こうしてアメリカン・コミックの熱量は一つの日の目を見ることとなり、2000年代はページ数が多い長編を連載する大人向けのコミック「グラフィックノベル」にとって替わられ、徐々に衰退していきました。
2000年の『X-MEN』や2002年の『スパイダーマン』などの特撮実写化が成功したことで、以降の世間の関心は映画に向くことになります。その副作用か、衰退が危惧されていたアメリカン・コミック市場は2001年以降に1990年の倍以上まで売り上げを復活させています。
アメリカン・コミック 年表
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1929年 | 新聞連載「シンブル・シアター」にポパイが初登場 |
| 1936年 | リー・フォークとレイ・ムーアによる『ザ・ファントム』が連載開始 |
| 1938年 | 「アクション・コミックス」第1号でスーパーマンが初登場 |
| 1939年 | タイムリー・コミックスが『マーベル・コミックス』第1号を発売 |
| 1939年 | 「ディテクティブ・コミックス」第27号でバットマンが初登場 |
| 1940年 | スターリング・ノースが反コミック論評をシカゴ・デイリー・ニュースに寄稿 |
| 1941年 | 『キャプテン・アメリカ』が初登場 |
| 1954年 | 業界の自主規制団体コミックス倫理規定委員会が発足 |
| 1961年 | マーベル・ユニバースを形成する作品群としての「マーベル」が始動 |
| 1962年 | 「アメイジング・ファンタジー」第15号でスパイダーマンが初登場 |
| 1968年 | フィル・シューリングによるニューヨーク・コミック・アート・コンヴェンションが始まる |
| 1986年 | 『ダークナイト・リターンズ』『ウォッチメン』刊行 |
| 1989年 | 『バットマン:アーカム・アサイラム』刊行 |
| 1992年 | 『スーパーマン』第75号でスーパーマンが死亡する「The Death of Superman」が刊行 |
| 2008年 | 映画『アイアンマン』公開、マーベル・シネマティック・ユニバースが始動 |
マーベルとDCコミックの歴史
アメリカン・コミックとは上記の通り、アメリカのマンガの特徴を捉えた言葉で出版社も作品も多岐に渡ります。
黎明期を含めれば100年以上の歴史を持つアメリカン・コミックの中で、現在知られている出版社と言えばこれまでにも登場してきたマーベル・コミックのDCコミックの二社が挙げられるでしょう。
ここからは両社の歴史を見ていきます。
マーベル・コミックの現在地〜世界に驚異(マーベル)をもたらすために〜
マーベルとは1961年に創刊されたマーベル・コミックのキャラクターが登場する作品群を指します。
これまで60年以上、2万7000冊以上、50万以上のページで紡がれた物語はすべてがマーベル・ユニバースという一つの宇宙をはみ出ることなく完結する独特な世界観で、この世界観は後年のヒーロー作品に強い影響を与えました。
またマーベル・スタジオによる映像作品も展開しており、2008年に公開された『アイアンマン』から始まったマーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)は世界興行収入ランキング第一位を記録するほど熱狂的な人気を誇っています。
マーベル・コミックのはじまり〜三人のマーベル人〜
マーベル・コミックは1960年代にアーティスト(原画家)のジャック・カービーとスティーヴ・ディッコ、ライター(原作者)兼編集者のスタン・リーをはじめとするクリエイターたちによってスタートしました。
はじめはマーティン・グッドマンを社長にしたタイムリー・コミックスという会社で、かつては儲けのためにチープで下品な男性向け雑誌や流行を取り扱った出版物を売っていました。
同業者がより際どいポルノや犯罪を取り扱った雑誌を売り出したり、裏ルートで流通している現状に対して、1930年代半ばにニューヨーク市が出版業界の浄化に乗り出し、ゴシップ雑誌は逆風に負けて廃れていくことになりました。
そんな出版業界の新たな流行になったものがコミックブックであり、その火付け役になったのが売れないライターとアマチュアコミック作家だっったジェリー・シーゲルとジョー・シャスターによる『スーパーマン』でした。
1938年の初登場から月間100万部以上を売り上げ、1939年に発売された単行本は90万冊が売れたという異例の人気を獲得し、コミックブックの流行のみならずヒーローコミックという新しい娯楽を確立したスーパーマン。
当時のスーパーマンの広報担当者によると「何らかのメディアでスーパーマンを楽しんでいるという人は3500万人に上る」といいます。
そんなスーパーマンの人気に目をつけ、すぐさまグッドマンはコミック部門を設立。
1939年8月に『マーベル・コミックス』の1号を発売。その後すぐに8万部が売れ、最終的にはスーパーマンの売り上げを大きく超える売り上げを記録することになりました。
ヒーローコミック市場に便乗した効果は瞬く間に出たわけですが、同じ考えをする同業他社が次々参入してきたことですぐに群雄割拠の時代となります。
ニューヨーク中のライターやアーティストに「うちにもスーパーマンみたいなのを書いてよ」と電話がひっきりなしにかかるようになりました。
グッドマンはそんなヒーローコミック黎明期を生き抜くため、新たにクリエイターを雇いました。
それがジョー・サイモン、ジャック・カービー、後にスタン・リー、スティーヴ・ディッコと続く伝説のマーベル人たちです。
スーパーマンの後追い作品が次々と現れる1940年代、彼らはヒーローコミックに新しい風を吹き込むべくホラーやSF、コメディ、ロマンスなどそれぞれが得意とするジャンルに取り組んでいきました。
ジャックはSF、ホラー、ロマンス、戦争、西部劇などややアダルトで多彩なジャンルを得意としたアーティストでした。
ジョー・サイモンと共にキャプテン・アメリカなどの魅力的なキャラクターを作り上げながら、DCコミックスの前身になるナショナル・コミックスでも仕事をし、特に二人のコラボレーション作品『ヤング・ロマンス』は、ロマンス・コミックと言う新しいジャンルを作り出すなどの功績を残しました。
スティーヴはジャックとは対照的に、SFやロマンスには手を出さず、グロテスクで魅力的なモンスターやヒーローを描くことを得意としたアーティストでした。
スタン・リーはおそらく三人の中で最も名前が知られた人物ではないでしょうか。ライターとしてマーベルキャラクターの多くの生みの親として語られ、亡くなる2018年までのMCU作品にカメオ出演していたことも彼を有名にしました。
彼らがそれぞれに取り組んでいた作品のエピソードを融合させ、ひとつの巨大な叙事詩を作り上げるという試みから、後に巨大なマーベルユニバースを作り出す共同制作の手法へと昇華されていくのでした。
マーベル・メソッド〜マーベルヒーローは誰のものか?〜
ここで一般的なコミックの制作工程についてご紹介します。
まずはライターが、キャラクターの動きや会話、キャプションを台本にまとめます。
次に原画班のペンシラーが鉛筆で原画を描きあげ、レタラーが文字を書き込み、インカーがペンで線画を描き、カラーリストが配色指定を行い、それが印刷されることで完成します。
これは多くのアメリカン・コミックの制作工程に共通するやり方で、日本のマンガ制作にも共通するものがあります。
マーベルはこれとは異なる方法を取っていました。これはリーが考案し、後にマーベル・メソッドと呼ばれる制作工程でした。
それはライターが話の筋を書いたメモを、任せたいと思うアーティストに共有し、原画にセリフを書き込むかたちでストーリーを膨らませていくという方法でした。
これによってライターのリーは時間の節約ができ、アーティストの創造性を最大限に活かすことができたのでした。
一方で、この手法について批判もありました。リーは一般的なライターという役職から想起される仕事の大半をアーティストに投げていながらも生みの親という誉れを受けることになり、彼を詐欺師と揶揄するファンもいたほどでした。
生みの親というキャッチコピーに反してリーの職能は、アイデアをアーティストに語り、創造性を膨らませることにあったようでした。
リーは1972年以降は月刊コミックの執筆や編集から離れ、マーベルの広告塔として過ごすことになりました。マーベル・コミックスのタイトルページには必ず「スタン・リー・プレゼンツ」と記され、MCUにはエグゼクティブ・プロデューサーとしてクレジットされ続けましたが、作品にはほとんど目を通していなかったのが実際のようです。
作品を実際の子と同列に語ることはできませんが、産んだからといって親として認められるわけではないのは同じではないでしょうか。
このことで思い出したのが、日本のヒーロー『仮面ライダー』のことでした。
1971年に放送され今なお続く特撮シリーズである『仮面ライダー』は、漫画家・石ノ森章太郎の漫画作品『仮面ライダー』を基にしています。
よくある誤解なのですが、漫画版『仮面ライダー』は特撮版の原作ではなく、企画の原案という立ち位置になっています。
特撮版は漫画版のストーリーを超えてシリーズしましたが、石ノ森章太郎も一部作品で制作に携わったり監督を務め、リーと同様にカメオ出演をすることもありました。
しかし、仮面ライダーという作品コンセプトの重要性から石ノ森章太郎が直接手がけた作品以外にも「原作:石ノ森章太郎」とクレジットされることが長年続いています。
仮面ライダーもマーベル・ユニバースのように別タイトルのヒーローが共演する世界観であり、伝統的にストーリーやデザインのオマージュが行われていることから全くの間違いというわけではありませんが、やはり「原作」という言葉の意味と実態がかけ離れたものになっている印象があります。
ヒーロー作品という共通点以上に、マーベルと仮面ライダーには開祖の存在をレガシーとすることができない体質にも似たものを感じます。
結果的にディッコは1966年、ジャックは1970年にマーベルを退社し、正式に退社はしなかったものの先述の通りリーも1972年には実務を退き、1970年代には三人の手から離れたものになりました。
DCコミックの現在地〜アメコミヒーローの開拓者〜
DCコミックとはアメリカン・コミックの出版社であるDCコミックスが手がけるコミックタイトルを指します。
スーパーマンやバットマン、ジョーカーといったDCユニバースという一つの世界観を共有する作品群と、それ以外のウォッチメンやV・フォー・ヴェンデッタなどの作品があります。
最も歴史のあるコミック出版社のひとつで、2017年の北米コミック専門店売上ではマーベルに次ぐシェア2位を記録する大企業です。
親会社のワーナー・ブラザーズから映像作品も展開しており、2008年に上映されたバットマンの実写映画『ダークナイト』は「史上最高のスーパーヒーロー映画」との評価を受ける名作です。
DCコミックのはじまり〜すなわちスーパーヒーローのはじまり〜
DCコミックは1934年、起業家のマルコム・ウィーラー=ニコルソンによってその前身となるナショナル・アライド・パブリケーションズが設立されたことから始まります。
当初は西部劇やアドベンチャー、ギャグや恋愛といった雑多なジャンルを取り扱っていました。この頃から登場していたオカルト専門の探偵「ドクター・オカルト」は90年を経てもなお登場しているDCのスーパーヒーローで、DCコミック・ヒーローの元祖とも言える存在です。
1937年に創刊された刑事や探偵が活躍するタイトル「ディテクティブ・コミックス」は、以降に合併を経てもブランド名として残っています。
アメリカン・コミックを立て直すために
1940年代に起こった反コミック運動によってスーパーヒーローの人気が低下してからはSF、西部劇、ロマンスなどのジャンルに注力するようになりました。
運動の槍玉に挙げられた犯罪やホラーといったジャンルはDCコミックスも取り扱っていたものの、目立たないものだったのでブランドへの被害はマーベルと比べて少なかったと考えられます。
1950年代には、DCコミックスのスーパーヒーローがクロスオーバーで登場する『ジャスティス・リーグ・オブ・アメリカ』を刊行。
人気を博したのはもちろんのこと、この展開は他のコミックス会社に影響を与えました。ライバル会社であるマーベルはこれをうけて『ファンタスティック・フォー』、『アベンジャーズ』の企画を立ち上げたと言われています。
アメリカン・コミックを新しくする責任
1980年代から1990年代にかけては、上述の通り『ダークナイト・リターンズ』や『ウォッチメン』によってダークヒーローブームを牽引し、またスーパーマンの死によって爆発的な売り上げとコミック投機の火付け役となりました。
特に1989年に刊行された、バットマンの宿敵ジョーカーを取り巻く精神病棟が舞台の『バットマン:アーカム・アサイラム』は、単なるダークヒーローではなく悪の当事者であるヴィランのストーリーを掘り下げるシリーズとして新鮮なアプローチでした。
ダークヒーローブームとスーパーマンの死によってブランディングの刷新が迫られたこともあり、この頃からDCコミックもマーベルもヴィランに主眼を据えたオリジナルコミックを発表し始めています。
こうして比較して見るとマーベルに常に先んじてブームやコンセプトを作り上げ、マーベルがその後にきちんと続くという流れが見えてきます。
商売敵というのは間違ってはいないものの、それ以上にアメリカン・コミックという一大文化を背負って互いに磨き上げるという大きな役割を持っていると感じます。
代表的なキャラクター一覧
| キャラクター | 初登場年 | 発表元 |
|---|---|---|
| ポパイ | 1929年 | キング・フィーチャーズ・シンジケート |
| ザ・ファントム | 1936年 | キング・フィーチャーズ・シンジケート |
| スーパーマン | 1938年 | DCコミックス |
| バットマン | 1939年 | DCコミックス |
| キャプテン・アメリカ | 1941年 | タイムリー・コミックス(現マーベル) |
| スパイダーマン | 1962年 | マーベル・コミック |
まとめ
よくある質問
アメコミとは何ですか?
アメコミ(アメリカン・コミック)とは、アメリカで生まれた、スーパーヒーロー作品を中心とする薄い冊子形式のコミックを指す言葉です。アメリカ国内では一般に「コミック・ブック」と呼ばれています。
アメリカン・コミックの歴史はいつから始まりましたか?
1920年頃に新聞のコーナーとして連載されたコミック・ストリップが起源とされ、1938年の『スーパーマン』初登場を機にスーパーヒーロー中心のジャンルへと発展しました。
いかがだったでしょうか。
キャラクター産業の盛り上がりとインバウンド需要によってキャラクターIPの強さを身近に感じる現在ですが、ポケモンが飛行機に乗って世界に飛び立っていくように世界からも文化が流入しています。
特にアメリカン・コミックは国の歴史や政治的なメッセージが顕著で、半世紀以上同じキャラクターが登場し続けるという点で、キャラクターやストーリーを追いかけるだけで異文化交流をした気分を味わうことができます。
アメリカン・コミックはその先駆けといえる存在で、マンガという媒体はそれそのものが文化の架け橋という重要な役割を果たしていることがわかりました。
みなさんもマンガから歴史を深掘りする「教養としてのアメリカン・コミック」を楽しんでみてはいかがでしょうか。
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1920年代の黎明期(プラチナエイジ)から20世紀までのアメリカン・コミックを網羅した入門にぴったりの一冊。図版も今ではなかなか見えない希少なものも収録されています。
マーベル・コミックのすべて
タイトルの通り、すべてのマーベル・コミックを読破した作者が、その歴史と社会的な影響について書いた骨太な本です。索引を含めた総ページは圧巻の605ページ。脚注も充実しているので、マーベル作品のすべてを知っていなくても大丈夫。マーベルについてさらに考えを深めたい人は一読の価値ありです。
スタン・リー マーベル・ヒーローを創った男
アイアンマンやスパイダーマンなどのヒーローを作り出し、積極的なメディア出演でマーベルの顔として知られるスタン・リー。彼の生い立ちや経歴、その笑顔の理由と、裏の側面にまで迫った一冊です。






