【徹底解説】『バベルの塔』とは?ブリューゲルが描いた2つの塔の違いを解説!

【徹底解説】『バベルの塔』とは?ブリューゲルが描いた2つの塔の違いを解説!
『バベルの塔』の徹底解説(『バベルの塔』/パブリックドメイン/Wikimedia Commons)

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こんにちは。ユアムーン株式会社 編集部です。

皆さんは『バベルの塔』という作品をご存知ですか?

16世紀のネーデルラント(現在のベルギーやオランダにあたる地域)の画家、ピーテル・ブリューゲル(父)が、旧約聖書の物語に登場する巨大な塔を描いた油彩画です。雲に届きそうな塔のまわりで、数えきれないほどの人々が働いています。

実はブリューゲルの『バベルの塔』は、いま2点残っています。一つはオーストリアのウィーン美術史美術館にある大きな作品、もう一つはオランダ・ロッテルダムのボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館にある小さな作品です。2017年には、ロッテルダムの作品が東京と大阪で公開されました。

本記事ではそんな『バベルの塔』について、描かれているもの・見どころ・歴史をご紹介します。

『バベルの塔』って?

ピーテル・ブリューゲル(父)『バベルの塔』(1563年)
ピーテル・ブリューゲル(父)『バベルの塔』(1563年)ウィーン美術史美術館/出典:Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

こちらがウィーン美術史美術館の『バベルの塔』です。1563年に描かれました。画面の中央に、らせん状に積み上げられた巨大な塔がそびえ、その足もとには町と港が広がっています。

題材は、旧約聖書の「創世記」に出てくるバベルの塔の物語です。ボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館の解説によると、この物語は、天にまで届く塔を建てようとした人間の思い上がりを描いたもので、神は罰として人々の言葉を混乱させました。互いの言葉が通じなくなった人々は、塔を完成させることができませんでした。

ウィーン美術史美術館は、このブリューゲルの大きな構図を、バベルの塔を描いた絵のなかで最も有名で、最も多く模写され、変奏された古典的な表現だと紹介しています。

基本情報

作品名バベルの塔(英題:The Tower of Babel/独題:Turmbau zu Babel/蘭題:De toren van Babel)
作者ピーテル・ブリューゲル(父)(Pieter Bruegel the Elder、1525/30年頃〜1569年)
現存する作品2点(ウィーン美術史美術館の作品と、ボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館の作品)
ウィーン版1563年/油彩、オーク板/114.4×155.5cm/ウィーン美術史美術館 絵画館(作品番号GG 1026)。常設展示(同館の作品ページでは第10室「ブリューゲルの間」)
ロッテルダム版1568年頃/油彩、板/59.9×74.6cm/ボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館(作品番号2443)。美術館本館は改修のため休館中。公開状況は同館のコレクションページで確認できます

作者のブリューゲルについては、以下の記事で詳しくご紹介しています。作品そのものを掘り下げた徹底解説『記憶の固執』もあわせてどうぞ。

ピーテル・ブリューゲル(父)とは?生涯と代表作をわかりやすく解説

『記憶の固執』とは?曲がった時計の意味と読み方【サルバドール・ダリ】

ブリューゲルってどんな画家?

ウィーン美術史美術館によると、ピーテル・ブリューゲル(父)は1525年から1530年のあいだに、ブリューゲル村かアントワープで生まれたと考えられています(ボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館はブレダ付近の生まれとしており、生地には諸説あります)。画家ピーテル・クック・ファン・アールストと、その妻で細密画家のマイケン・フェルフルストのもとで修業しました。

はじめは主に素描家として、版画の下絵を手がけていました。手本としたのはヒエロニムス・ボスで、奇妙な人物やグロテスクな場面に満ちた、空想的で風刺のきいた絵によって、ブリューゲルはすぐに人気を得ます。

1550年代の初めにはイタリアへ旅をし、ローマにも滞在しました。この旅で描いた多くのスケッチは、のちの風景画に生かされています。1554年にアントワープに落ち着き、1557年から板に描く絵を手がけるようになりました。1563年にはブリュッセルに移り、師の娘と結婚しています。ウィーンの『バベルの塔』が描かれたのは、まさにこの年です。

何が描かれている?見どころを解説

ここからは、2点の『バベルの塔』の見どころを、所蔵館の解説をもとに見ていきます。

塔の外側は「古代」と「ロマネスク」

ウィーン版の塔を見ると、アーチの並ぶ石造りの階が、らせんを描きながら上へと重なっています。ウィーン美術史美術館は、ブリューゲルが建物の外側の石造りの部分に、古代とロマネスクの建築の要素を組み合わせていると説明しています。

ボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館も、ブリューゲルが塔の建築の着想を、ローマのコロッセウムから得たと書いています。1550年代のイタリアの旅でローマを訪れた経験が、この塔の姿にもつながっていると考えられます。

百科事典のような工事現場

ピーテル・ブリューゲル(父)『バベルの塔』(1563年)部分
ピーテル・ブリューゲル(父)『バベルの塔』(1563年)部分 ウィーン美術史美術館/出典:Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

塔のあちこちに、工事の様子が細かく描き込まれています。人が中に入って回す大きな車輪のついたクレーン、はしご、足場、運ばれる石材。ウィーン美術史美術館は、ブリューゲルが数えきれないほどの技術や職人の作業の工程を、丹念に、百科事典のように細かく描いていると説明しています。

画面右下の港には、船が着き、資材が陸揚げされています。小さな人の動きを一つずつ追っていくと、まるで当時の大工事の記録を見ているようです。

塔の大きさを伝える港と町

ピーテル・ブリューゲル(父)『バベルの塔』(1563年)部分
ピーテル・ブリューゲル(父)『バベルの塔』(1563年)部分 ウィーン美術史美術館/出典:Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

塔の足もとには、家々がびっしりと並ぶ町が広がっています。ウィーン美術史美術館は、塔のそばのフランドル風に見える港が、塔と比べてとても小さく見えることで、塔の大きさが伝わると説明しています。

舞台は古代の物語ですが、町並みや港は、ブリューゲルが暮らした16世紀のネーデルラントの町を思わせる姿で描かれています。遠い昔の物語を、自分たちの時代の風景のなかに置いているのです。

左下の王と石工たち

ピーテル・ブリューゲル(父)『バベルの塔』(1563年)部分
ピーテル・ブリューゲル(父)『バベルの塔』(1563年)部分 ウィーン美術史美術館/出典:Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

ウィーン版の左下には、家来を引き連れた、王のような身なりの人物が描かれています。その足もとでは、石材を切り出していた石工たちが、手を止めてひざまずいています。工事の様子を見に来た権力者と、それを迎える職人たちの場面です。

この場面は、ロッテルダム版にはありません。ウィーン版が、塔だけでなく、それを建てさせる人と建てる人の物語も描いていることが分かります。

ロッテルダム版の赤い塔

ピーテル・ブリューゲル(父)『バベルの塔』(1568年頃)
ピーテル・ブリューゲル(父)『バベルの塔』(1568年頃)ボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館/出典:Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

こちらがロッテルダムのボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館の『バベルの塔』です。1568年頃に描かれ、大きさは縦59.9cm、横74.6cmと、ウィーン版のおよそ半分ほどです。

ウィーン版に比べて、塔は画面いっぱいにそびえ、上のほうは雲に届いています。王の行列は描かれず、塔そのものが主役になっています。ボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館は、雲まで届く建物のまわりに、数えきれないほどの人々が群がっていると説明しています。2017年の日本での展覧会では、画面に描き込まれた人の数は1400人にものぼると紹介されました。

赤い筋と白い筋の正体

ピーテル・ブリューゲル(父)『バベルの塔』(1568年頃)部分
ピーテル・ブリューゲル(父)『バベルの塔』(1568年頃)部分 ボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館/出典:Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

ロッテルダム版の塔をよく見ると、左側に、地面から頂上近くまで続く赤い筋と白い筋があります。これは何でしょうか。

ボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館は、来館者の質問に答える形で、次のように説明しています。塔の上のほうは、下のほうより明るい赤色をしています。下の階のれんがは長い時間がたって風化しているからです。そして赤い縦の筋は、新しい赤いれんがを頂上へ運び上げている跡、白い筋は石灰石を運んでいる跡だといいます。

つまりこの絵は、何年もかけて建設が続いている塔を描いていることになります。下の古い階と、上の新しい階。色の違いのなかに、時間の流れまで描き込まれているのです。

『バベルの塔』の歴史

3点描かれたバベルの塔(1560年代)

ボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館によると、ブリューゲルはこの主題を3回描きました。一つはウィーンの大きな作品、一つはロッテルダムの小さな作品で、もう一つは失われています。少なくとも1点は注文によって描かれた可能性が高いとされますが、ロッテルダム版が誰かの注文によるものかどうかは分かっていません。

ウィーン版の来歴(1563年〜)

ウィーン版は1563年に描かれ、画面の下のほうにある直方体の石に「BRVEGEL. FE. M.CCCCC.LXIII(ブリューゲル作、1563年)」と署名と年記があります。

ウィーン美術史美術館の来歴記録によると、1566年にはニコラース・ヨンゲリンクが所有していました。ヨンゲリンクは、ブリューゲルの大きな支援者の一人です。その後、おそらく1566年にアントワープ市の所有となり、さらに神聖ローマ皇帝ルドルフ2世、レオポルト・ヴィルヘルム大公のコレクションへと移りました。

ハプスブルク家のコレクションを受け継ぐウィーン美術史美術館は、ブリューゲルの作品を12点所蔵しています。同館は、これをブリューゲルの絵画の世界最大で最も重要なコレクションとしています。『バベルの塔』は、『子供の遊戯』『雪中の狩人』『農民の婚宴』などとともに、絵画館の第10室「ブリューゲルの間」で公開されています。

同じ部屋に並ぶ『子供の遊戯』(1560年)について、同館は、広場で230人を超える子どもたちが83種類の遊びをしている様子を、鳥の目のような高い視点から描いた作品と紹介しています。たくさんの人々の営みを一枚の画面に描き尽くす「描かれた百科事典」のような作り方は、『バベルの塔』の工事現場の描写にも通じています。

ロッテルダム版の来歴(1568年頃〜1958年)

ロッテルダム版には年記がありません。ボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館によると、1568年の年記があるダルムシュタットの『絞首台の上のカササギ』との共通点などから、ブリューゲルの研究者のほとんどがこの絵を晩年の作とみており、同館も「1568年頃」としています。ブリューゲルが亡くなる前年ごろの作品です。

ボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館によると、記録に残る最初の持ち主は、神聖ローマ皇帝ルドルフ2世(1552〜1612年)でした。17世紀の初めの画家伝の著者カレル・ファン・マンデルも、この絵が大きいほうの作品とともに、プラハのルドルフ2世のコレクションにあったと伝えています。つまり2点のバベルの塔は、一時期同じ皇帝のもとにあったことになります。

その後は、スウェーデンのクリスティーナ女王や、J.B.ファン・デン・ブランデンという人物の手にあった可能性があるとされます(確かではありません)。続いてエリザベッタ・ファルネーゼ(1692〜1766年)、スペインのドン・ルイス王子(1727〜1785年)が所有しました。その後、美術市場に出て、画商を経て、ロッテルダムの実業家D.G.ファン・ベーニンゲンが購入しました。1958年、ファン・ベーニンゲンのコレクションとともに、この絵は美術館に入りました。

2017年の来日

2017年、ロッテルダム版の『バベルの塔』が日本にやってきました。展覧会「ボイマンス美術館所蔵 ブリューゲル『バベルの塔』展 16世紀ネーデルラントの至宝 ボスを超えて」は、東京都美術館(2017年4月18日〜7月2日)と、大阪の国立国際美術館(2017年7月18日〜10月15日)で開かれました。

展覧会情報によると、『バベルの塔』の来日は24年ぶりでした。ブリューゲルが影響を受けたヒエロニムス・ボスの油彩画2点も、このとき初めて来日しています。東京藝術大学の協力で、『バベルの塔』の巨大な複製画やCG映像も制作されました。大阪会場では、漫画家・映画監督の大友克洋さんが塔の内部構造をテーマに描いた新作「INSIDE BABEL」も展示されています。

2点が並んだウィーンのブリューゲル展(2018〜2019年)

2018年10月から2019年1月まで、ウィーン美術史美術館では、ブリューゲルの作品を集めた史上最大規模の展覧会が開かれました。同館によると、現存するブリューゲルの絵は約40点で、そのうち29点がウィーンに集まりました。同館史上最も成功した展覧会だったといいます。

ボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館によれば、ロッテルダム版の『バベルの塔』もこのときウィーンへ貸し出され、2019年1月13日まで展示されました。こうして、ウィーン版とロッテルダム版の2点が、同じ美術館で見られる機会が生まれました。

現在(2019年〜)

ボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館の本館は、2019年から大規模な改修のため休館しています。2021年11月には、美術館の隣に、収蔵品を公開する世界初の美術品収蔵庫「デポ・ボイマンス・ファン・ベーニンゲン」が開館しました。

『バベルの塔』はこのデポで、ガラスのイーゼルに掛けて表と裏の両方が見られる形で展示されたこともあります。同館の説明では、絵の裏面には、その歴史を物語る印やラベルが残っています。ただし貸し出しや展示替えが多く、同館のコレクションページでは、現在(2026年10月時点)この作品は収蔵中と表示されています。

『バベルの塔』のよくある疑問

どこで見られる?

ウィーン版は、オーストリア・ウィーンのウィーン美術史美術館で常設展示されています。ロッテルダム版は、オランダ・ロッテルダムのボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館の所蔵です。本館が改修で休館中のため、デポでの展示や他館への貸し出しなど、時期によって見られる場所が変わります。同館は、コレクションページの「Location」欄で最新の所在を確認できると案内しています。

何枚あるの?

ブリューゲルは3点描いたとされ、そのうち現存するのは2点です。1563年のウィーン版と、1568年頃のロッテルダム版です。もう1点は失われています。

大きさは?

ウィーン版は114.4×155.5cm、ロッテルダム版は59.9×74.6cmです。ウィーン版のほうが縦横ともに2倍ほど大きい作品です。

どこの国の絵?

作者のブリューゲルは、16世紀のネーデルラント(フランドル)の画家です。アントワープやブリュッセル(いずれも現在のベルギー)で活動しました。所蔵館はウィーン版がオーストリア、ロッテルダム版がオランダにあります。

何人描かれている?

ロッテルダム版について、2017年の日本の展覧会では1400人もの人々が描かれていると紹介されました。米粒よりも小さな人々が、塔のあちこちで働いています。

バベルの塔ってどんな話?

旧約聖書の「創世記」にある物語です。人々は天まで届く塔を建てようとしましたが、神は人々の言葉を混乱させ、互いに話が通じなくなった人々は塔を完成させられませんでした。ボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館は、これを人間の思い上がりの物語と説明しています。

まとめ

いかがだったでしょうか。ピーテル・ブリューゲル(父)の『バベルの塔』をご紹介しました。

ブリューゲルはこの主題を3回描き、そのうちウィーンとロッテルダムの2点が残っています。ウィーン版は、古代とロマネスクを組み合わせた塔と、百科事典のように細かな工事の様子、王と石工たちの場面を描いています。ロッテルダム版は、画面いっぱいにそびえる赤い塔と、れんがを運ぶ筋に、長い工事の時間までを描き込んでいます。

ルドルフ2世のもとに一時2点がそろい、その後は別々の道をたどった2つの塔は、2018年のウィーンで再び並びました。

この絵を見る機会があれば、まず塔の全体の大きさを味わい、それから一人ひとりの働く人の姿を探してみてください。小さな人々の営みが、巨大な塔を形づくっていることが見えてくるはずです。

Euphoric " " の視点

ブリューゲルはバベルの塔を3回描き、2点が残っています。ウィーン版には、王の行列と、ひざまずく石工たちが描かれています。ロッテルダム版に王の姿はなく、塔の左側に、新しいれんがと石灰石を運び上げる赤い筋と白い筋があります。

題材は、言葉が通じなくなり、完成しなかった塔の物語です。それでもブリューゲルは、クレーンや足場、職人の作業の工程を、百科事典のように細かく描きました。

物語の結末は決まっていますが、画面から伝わってくるのは、その結末よりも、建て続ける人々の時間です。完成しなかった塔は、絵のなかでいまも建設の途中にあるのかもしれません。

この作品を見に行くには

『バベルの塔』は、次の2館が所蔵しています。

展示替えや貸し出しがあるため、最新の情報は公式サイトをご確認ください。

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