オフィスアートとは、企業のオフィスに絵画・写真・立体・映像などの美術作品を導入し、働く人と訪れる人の体験を整えながら、企業の価値観を空間で伝える取り組みです。単なる装飾ではなく、ブランドの考え方を「目に見える形」にする手段として位置づけると、導入の目的が明確になります。
オフィス移転は、働く環境と企業の見え方を同時に見直せる数少ない機会です。この記事では、移転や新設に合わせてオフィスアートを導入するときに、失敗を避けるための7つの手順を、実在企業の事例と研究を交えて解説します。
この記事で分かること
- オフィス移転がブランディングの好機になる理由と、アートに期待できること
- 住友商事、JLLなど、オフィスにアートを導入した事例
- 目的設定から運用までの7つの手順と、費用・権利・設置の確認事項
- よくある失敗と、導入前のチェックリスト
コンテンツ
Toggleオフィスアートとは:飾りではなく「ブランドを伝える空間の要素」
オフィスのブランディングは、ロゴや会社案内だけでは完結しません。来客が受付で感じる印象、社員が毎日歩く廊下、会議室の雰囲気。こうした空間の積み重ねが、「この会社はどんな会社か」という認識をつくります。
その中でアートは、言葉にしにくい価値観を伝える役割を担えます。たとえば「挑戦」を掲げる会社でも、スローガンを壁に掲げるだけでは、見る人の記憶に残りません。作品を通じた問いかけや対話の入口があれば、同じ価値観がより立体的に伝わる可能性があります。
なぜオフィス移転が好機なのか
移転や新設の時期は、次の理由で、アート導入と相性が良いと考えられます。

- 空間をゼロから設計できる:壁の位置、照明、動線、展示できる場所を、設計段階から組み込めます。完成後に追加するより、コストも手間も抑えやすくなります。
- ブランドの言語化が進んでいる:移転の検討では、「新しいオフィスで何を実現したいか」を議論します。この議論が、作品を選ぶ基準になります。
- 社員の関心が高い:環境が変わる時期は、新しい取り組みを受け入れやすいタイミングです。
- 対外発信の材料になる:移転の案内、採用、取引先への挨拶など、空間を語る場面が増えます。
出社の意味が問われるようになった時代には、オフィスが「集まる理由」を持つことも課題になっています。JLLの記事では、アートによって社員に「出社したくなる」動機づけを与えたい企業が増えていると紹介されています。
事例1:住友商事の本社「24階美術館」(2022年)
住友商事は2022年5月、本社24階の執務エリアに現代アートを導入しました。展示名は「24階美術館『あなたは、どう思う?』展」です。株式会社The Chain Museum(TCM)のキュレーションサービスを使い、現代アートを導入しました。同社の発表では、オフィスへの導入事例としては初めてとのことです。導入された作品は4点で、狙いは「作品の問いかけや社員同士の対話を通じて、新たな発想や自己理解・相互理解を深める」ことと説明されています。設置日には社内向けトークイベントが開かれ、約50人が参加しました。
参加した社員からは、オフィスに来る目的は同僚との直接の会話であり、執務エリアにアートがあることでコミュニケーションが活発になるだろう、という声があがったと報告されています。この事例の要点は、作品を飾ること自体より、対話のきっかけを設計している点です。なお、導入の効果を示す数値は、この発表からは確認できません。
事例2:JLL東京本社の「公園」のような空間(2022年)
総合不動産サービスのJLLは、2022年11月に東京本社を統合移転しました。ゲストエリアに複数のアート作品を展示しており、空間のコンセプトは「自然と人が集まりコミュニケーションが生まれる『公園』」で、石材・木材・植栽など和の要素を取り入れています。同社の記事によれば、TCMのサブスクリプションサービスで「水」をテーマにした作品を選び、半年に一度作品を入れ替え、その際に従業員の投票でアートのコンセプトを決めています。作品の近くにはQRコードがあり、作者のプロフィールや他の作品を見られます。
ここから学べるのは、入れ替えと参加の仕組みを最初から組み込むという考え方です。一度置いて終わりにせず、社員が選ぶ余地を残すと、作品が「自分たちのもの」になりやすくなります。ただし、これらはサービス提供側が発信する情報であり、効果を客観的に比べたデータは含まれていない点に注意が必要です。
研究と調査を読むときの注意点
「アートを置くと生産性が上がる」という説には、研究上の根拠があります。代表的なものに、エクセター大学のクレイグ・ナイトとアレックス・ハスラムによる論文「The relative merits of lean, enriched, and empowered offices」(Journal of Experimental Psychology: Applied、2010年)があります。この研究は、装飾を排した「リーン」なオフィス、植物や美術作品で飾った「エンリッチド」なオフィス、働く人が自分で配置を決められる「エンパワード」なオフィスを比べました。エクセター大学の発表によると、植物や絵で飾ったオフィスの人はリーンなオフィスより17%、自分で配置を決められるオフィスの人は32%、生産性が高かったとされています(媒体によって数値の紹介に差があります)。働く人が自分で空間を決められる状態のほうが効果が大きかった点は、見落とせません。
この結果から言えるのは、「アートを置けば自動的に良くなる」ではなく、働く人が空間に関わる余地があることが重要かもしれないという点です。数値をそのまま自社に当てはめるのではなく、研究の条件(実験環境、規模)を踏まえて読む姿勢が求められます。
日本では、経済産業省が「ヴィジュアルアートによる組織活性化調査実証事業」を実施しており、JLLの記事の紹介によれば、導入後に良い変化があったと答えた割合は、ストレスの減少で84%、コミュニケーションの増加で82%、組織ブランディング力の向上で79%でした。ただし、これは導入した組織の回答であり、因果関係を証明するものではありません。
オフィスアート導入の7つの手順
手順1:目的を一文で決める
「おしゃれにしたい」では、作品を選ぶ基準になりません。「来客に、挑戦する会社だと伝えたい」「部門を超えた会話を増やしたい」など、一文で言える目的を決めます。目的が複数ある場合は、優先順位をつけます。
手順2:ブランドの考え方を言語化する
ミッションやビジョン、大切にしている価値観を確認します。言葉が曖昧なままアートを選ぶと、担当者の好みで決まってしまいます。この段階で、社内の合意をつくっておくと、のちの選定がスムーズです。
手順3:場所と見る人を決める
受付・会議室・執務エリア・廊下など、場所によって見る人も、見る時間も違います。来客向けの場所は印象を、社員向けの場所は対話や気分転換を重視する、といった整理をします。
手順4:導入の形を選ぶ
主な形は次のとおりです。

| 形 | 特徴 | 向く場面 |
|---|---|---|
| 購入 | 資産になる。管理責任が自社に生じる | 長期で使う、本社などの象徴的な場所 |
| レンタル・サブスク | 入れ替えができ、初期費用を抑えやすい | 試したい、定期的に見せ方を変えたい |
| 委託制作(コミッション) | 空間に合わせた新作をつくれる | ブランドの象徴をつくりたい |
| 貸与・展示(ギャラリーや作家と連携) | 作家との関係が深まる | 地域や芸術文化との接点を持ちたい |
形によって、費用、保険、所有権、契約の内容が変わります。
手順5:作品を選ぶ基準を決める
目的と合っているか、空間の大きさ・光・動線に合っているか、見る人に不快感を与えないか、といった基準を事前に決めます。社内の意見が割れるときは、「ブランドの考え方に合うか」で判断すると、好みの対立を避けやすくなります。
手順6:権利・設置・安全を確認する
- 作品の著作権と、写真撮影・公式サイトへの掲載の許諾(採用サイトや移転案内に使う場合は特に重要です)
- 設置方法、壁の補強、地震時の転倒・落下対策
- 照明による作品の劣化、保険の扱い
- 契約書の内容(期間、返却、破損時の責任)
税務・会計の扱い(購入した美術品の減価償却など)については、国税庁の情報を確認し、最終的な判断は税理士などの専門家にご確認ください。
手順7:伝え方と運用を設計する
導入しただけでは、作品の意図は伝わりません。作品の隣に解説を置く、社内向けに説明会を開く、入れ替えのときに社員の意見を募るなど、語る仕組みをつくります。JLLのQRコードによる情報提供や、住友商事のトークイベントは、この手順の例です。導入後に社員の声を集めて次の判断に生かすことも、運用に含まれます。
社内の合意と予算の考え方
オフィスアートは、役員や現場の社員の間で、「必要なのか」という声が出やすい分野です。合意を得るためには、導入の目的を、事業やブランドの言葉で説明することが重要です。たとえば、採用面接で来訪する候補者に会社の姿勢を伝える、来客に対して創造性への取り組みを示す、といった具体的な場面を挙げると、費用の意味が伝わりやすくなります。
予算は、作品代だけでなく、次の項目を含めて考えます。
- 作品の購入費、またはレンタル・サブスクの利用料
- 設置工事、照明、額装、壁の補強などの費用
- 保険、輸送、入れ替え時の費用
- 作品の解説、社内説明会、記録撮影などの運用費
初期費用だけを見ると導入が難しく見えても、レンタルを活用すれば入れ替えの負担を抑えやすい場合もあります。一方、象徴的な場所に長く置く作品は、購入や委託制作のほうが適していることもあります。どちらが適切かは、使う期間、場所、目的によって変わります。複数の案を比べて、社内で検討する材料を揃えておくと、判断がしやすくなります。
また、小さく始めて広げるという進め方も考えられます。まず受付や会議室など一か所に導入し、社員や来客の反応を確認してから、他の場所へ広げる方法です。反応を見ながら判断できるため、大きな投資をする前に、自社に合う形を探せます。
よくある失敗

- 目的が曖昧:好みで選び、あとから「なぜこの作品なのか」を説明できなくなる。
- 完成後に考える:壁・照明・動線が決まってから置き場所を探し、見せ方が限られる。
- 権利の確認不足:サイトや広報に使いたいとき、撮影・掲載の許諾が取れていない。
- 語らない:作品が置かれているだけで、誰もその意図を知らない。
- 一方通行:社員の声を聞かず、反応も確認しない。
チェックリスト
- [ ] 導入の目的が一文で言える
- [ ] ブランドの価値観が社内で共有されている
- [ ] 場所ごとに、見る人と目的が整理されている
- [ ] 購入・レンタル・委託制作のうち、導入の形を決めた
- [ ] 作品選定の基準を事前に決めている
- [ ] 著作権・撮影・掲載の許諾を確認している
- [ ] 設置・安全対策・保険を確認している
- [ ] 作品を語る仕組みと、見直しの時期がある
まとめ
オフィスアートは、飾るためのものではなく、ブランドの考え方を空間で伝え、人の対話を生み出すための要素です。移転や新設は、空間設計の段階からアートを組み込める好機です。住友商事やJLLの事例が示すように、作品そのものより、対話や入れ替えを含めた運用の設計が鍵になりそうです。計画段階で専門家に相談しながら、目的、導入の形、権利、運用を順に整理すると、導入後の迷いが少なくなります。
よくある質問(FAQ)
Q1. オフィスアートは購入とレンタルのどちらが良いですか。
目的によります。象徴的な作品を長く使うなら購入や委託制作、見せ方を定期的に変えたい、あるいは試したい場合はレンタルやサブスクが向いています。費用、保険、所有権の扱いが異なるため、契約内容の確認が欠かせません。
Q2. アートの知識がなくても選べますか。
選べます。ただし、好みで選ぶと後から説明しづらくなるため、ブランドの考え方に合うかという基準を決めておくことが役に立ちます。キュレーションを含むサービスや専門家を活用する方法もあります。
Q3. オフィスアートに生産性を高める効果はありますか。
研究では、飾られたオフィスで生産性が高かったとする報告があります。ただし実験環境での結果であり、働く人が空間に関わる余地があることが重要とも示されています。自社で同じ効果が出るとは限らないため、導入後に社員の声を確認しながら調整するのが現実的です。
この記事を書いた Euphoric " " について
Euphoric " " は、ユアムーン株式会社が運営するアートメディアです。ユアムーンは、デザインとクリエイティブを軸にしたブランディング会社です。ブランドの言語化から、ロゴやWebサイトなどのデザイン、社内外への発信までを一貫して設計しています。ご希望に応じて、アートの選定・導入もお手伝いしています。
オフィス移転のタイミングで、アートを空間にどう組み込むか。目的の整理から作品の選定、導入後の伝え方まで、ご相談いただけます。
参考資料
- 住友商事「現代アート作品のキュレーションサービスを当社に導入」(2022年6月13日):https://www.sumitomocorp.com/ja/jp/news/topics/2022/group/20220613
- JLL「オフィスアートの効果とは?従業員エンゲージメントに寄与する理由」:https://www.jll.com/ja-jp/insights/why-office-art-contributes-to-employee-engagement
- Knight, C. & Haslam, S. A. (2010), The relative merits of lean, enriched, and empowered offices, Journal of Experimental Psychology: Applied, 16(2), 158-172:https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/20565201/
- エクセター大学 ニュース(2010年9月):https://news-archive.exeter.ac.uk/2010/september/title_98638_en.html
- 経済産業省「ヴィジュアルアートによる組織活性化調査実証事業 報告書」(本記事の数値はJLL記事の紹介によるもので、報告書本文は未確認です。上記JLL記事を参照)






