ブランディングとは、顧客や社会の心の中に「この会社といえば、これ」という独自の認識(イメージ)をつくり、育てていく取り組みのことです。ロゴや広告をつくる作業だけを指す言葉ではなく、事業の考え方、商品、空間、言葉づかい、働く人の振る舞いまでを含めた、会社全体の「見え方」の設計だと私たち(Euphoric " " 編集部)は考えています。
この記事では、ブランディングを初めて調べる経営者・広報・総務・ブランド担当の方に向けて、次の3点を整理します。
- ブランディングの意味と、学術・実務の両面から見た定義
- ブランディングが経営にとって大事な理由と、よくある誤解
- 実際の進め方と、美術館・企業財団など「アート」の事例から学べること
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Toggleブランディングとは何か:定義をもう少し丁寧に
冒頭の一文を、もう少し分解してみます。ブランディングの対象は「ブランド」です。ブランドとは何か、というところから確認しましょう。
「ブランド」の古典的な定義
マーケティングの分野でよく引かれるのが、アメリカ・マーケティング協会(AMA)による定義です。流通している訳語や表現には幅がありますが、おおむね「ある売り手の商品やサービスを、他の売り手のものから区別するための名前、用語、デザイン、シンボル、その他の特徴」という内容です。つまり出発点としてのブランドは、「ほかと見分けるための目印」でした。
「目印」から「心の中の価値」へ
その後の研究では、ブランドを単なる目印ではなく、顧客の側に生まれる価値として捉える考え方が広がりました。
- デビッド・アーカー(David A. Aaker)は1991年の著書『Managing Brand Equity』で、ブランドの名前やシンボルに結びついた資産と負債の集合を「ブランド・エクイティ」と呼び、それが商品やサービスの価値に加わる(または差し引かれる)と整理しました。
- ケビン・レーン・ケラー(Kevin Lane Keller)は1993年に『Journal of Marketing』誌へ発表した論文で、「顧客ベースのブランド・エクイティ」を、ブランドについての知識が、そのブランドのマーケティングに対する顧客の反応に与える差と定義しました。ブランド知識は、ブランドの認知度とブランド・イメージ(連想の集まり)から成ると説明されています。
ここから、ブランディングは「顧客の頭の中にある認知と連想を、意図をもって設計し、積み重ねていく活動」と言い換えられます。ロゴはその目印の一つですが、全体のごく一部です。
なぜブランディングが経営に大切なのか
ブランディングが必要になる理由は、大きく3つに整理できます。
1. 価格以外で選ばれる理由をつくれる
機能や価格が似通ってくると、顧客は比較表を見て決めるようになります。「この会社だから選ぶ」という理由があれば、価格競争から一歩離れた土俵に立てます。
2. 採用・取引・協業が進みやすくなる
ブランドの対象は顧客だけではありません。求職者、取引先、金融機関、地域社会も、その会社をどう認識しているかで関わり方を変えます。一貫した認識があると、説明のコストが下がります。
3. 社内の判断軸になる
「うちらしいか、らしくないか」を判断する共通の基準があると、新商品、広告表現、店舗の内装、イベントへの協賛といった大小の意思決定が速くなります。社外向けの活動に見えて、社内の意思決定を支える働きも大きい点が、ブランディングの特徴です。
認識はどこでつくられるのか:接点(タッチポイント)の考え方
ブランディングを「ロゴの話」から「会社全体の話」へ広げるために役立つのが、接点(タッチポイント)という見方です。顧客や求職者、取引先が、その会社に触れる場面をすべて洗い出してみます。

- 見る:Webサイト、パンフレット、名刺、看板、パッケージ、SNS
- 訪れる:本社、店舗、ショールーム、ホテルのロビー、商業施設の共用部
- 話す:電話や商談、問い合わせへの返信、採用面接、受付での対応
- 使う:商品そのもの、取扱説明書、アフターサービス、請求書
これらの接点で受け取る印象がばらばらだと、認識は積み上がりにくくなります。逆に、ひとつひとつの接点が同じ方向を向いていれば、広告に大きな費用をかけなくても、「この会社らしさ」は少しずつ伝わっていきます。
アートの現場でも、同じことが言えます。美術館は、展覧会の企画、建物、展示室の照明、ミュージアムショップ、ウェブサイトの文章まで、来館者が触れる要素すべてで「その美術館らしさ」を形づくっています。作品だけが優れていても、それ以外の接点がちぐはぐだと、美術館としての印象は定まりにくくなります。
接点を点検するときの視点
自社の接点を見直すときは、次の3つを確認すると整理しやすくなります。
- 一貫性:どの接点でも、同じ価値観や言葉づかいが感じられるか
- 具体性:きれいな言葉だけでなく、行動や空間として表れているか
- 優先順位:顧客や求職者が最初に触れる接点(Web、受付、エントランスなど)から整えているか
すべてを一度に整える必要はありません。最初に触れられる場所から順に整えていく方が、現実的です。
業種や立場によって変わる、ブランディングの見え方
ブランディングという言葉は同じでも、取り組む会社の立場によって、重心が少し変わります。ここでは、一般的な傾向を整理します(個別の会社の実績ではなく、考え方の整理です)。
| 立場 | 重心になりやすい点 | 見直しのきっかけの例 |
|---|---|---|
| 法人向け(BtoB)の会社 | 信頼感、専門性、取引先・求職者への説明のしやすさ | 本社移転、周年、事業の多角化 |
| 消費者向け(BtoC)の会社 | 商品・店舗・広告での一貫した印象、指名で選ばれること | 新商品の発売、リニューアル |
| ホテル・商業施設 | 空間の体験、滞在の記憶、他の施設との違い | 新設、改装、運営会社の変更 |
| 地域・自治体に近い事業 | 場所の物語、住民や来訪者との関係 | 施設の再開発、観光施策 |
どの立場でも共通するのは、「誰に、どう記憶されたいか」を最初に決める点です。そのうえで、重心になる接点(Webなのか、空間なのか、人の対応なのか)を選んでいきます。
アートの事例で見るブランディング
ここからは、ブランディングの考え方を、アートに関わる実際の取り組みで確認します。ここで取り上げるのは、いずれも公開情報で確認できる範囲の事実です。
事例1:フォンダシオン・カルティエ(1984年〜)
フランスの宝飾・時計ブランドのカルティエは、1984年に現代アートを専門とする「カルティエ現代美術財団(Fondation Cartier pour l’art contemporain)」を設立しました。彫刻家のセザールの提案を受け、当時カルティエ・インターナショナルの社長だったアラン・ドミニク・ペランが設立したと伝えられています。1984年10月にパリ郊外のジュイ・アン・ジョザで、セザールの個展とともに開館し、1994年にはジャン・ヌーヴェル設計の建物でパリへ移転しました。
宝飾品の販売促進とは直接つながらない活動ですが、「創造性を支援する会社」という認識を40年以上かけて積み重ねています。ブランディングが広告のように短期で終わる活動ではなく、継続によって認識をつくる活動であることがよく分かる例です。
事例2:ベネッセアートサイト直島
日本では、ベネッセホールディングスと福武財団による「ベネッセアートサイト直島」が代表的です。公開されている資料によれば、1988年ごろから「直島文化村構想」に取り組み、1992年に安藤忠雄設計のベネッセハウス ミュージアムが開館しました。2004年には地中美術館が開館しています。
この取り組みでは、企業が大切にしている価値観が、島の風景や美術館の体験という形で来訪者に伝わります。カタログや広告では伝えにくい価値観を、体験として手渡している点が、アートを使ったブランディングの強みだと考えられます(取り組みの開始時期は資料によって1987年・1988年・1989年など表記に幅があるため、本記事では確認できた範囲の記載にとどめています)。
事例3:マツダのCI(1970年代)
アートそのものではなく「デザイン」の事例になりますが、日本企業の先駆的なブランディングとして、マツダのCI(コーポレート・アイデンティティ)導入があります。マツダの公式サイトによると、同社は1974年にコーポレートシンボル、マツダ書体、マツダブルーの3要素からなるCIシステムを確立し、シンボルマークは1975年から使われています。見た目の統一を通じて企業の姿勢を伝える取り組みでした。
見た目を整えることはブランディングの一部であり、すべてではありません。ただし、一貫した見た目がなければ認識は積み上がりにくい、という意味で重要な要素です。CIについては、連載の別の回で詳しく扱います。
ブランディングの進め方:6つのステップ
進め方は会社の状況によって変わりますが、基本の流れは次のとおりです。

- 現状を把握する:社内外から、自社がどう見られているかを聞き取ります。社長の考えと社員の認識、顧客の認識にずれがないかを確認します。
- 何者でありたいかを言葉にする:理念、ミッション・ビジョン・バリュー、ブランドパーパスなど、軸になる言葉を整理します。
- 誰に選ばれたいかを決める:ターゲットと、競合との違い(ポジショニング)を明確にします。
- 言葉と表現に落とす:名称、ロゴ、色、書体、文章のトーン、空間、サービスの体験にまで一貫性を持たせます。
- 社内に浸透させ、社外に伝える:社員が自分の言葉で語れる状態をつくってから、発信を広げます。順番が逆になると、言葉だけが先行しがちです。
- 効果を測り、見直す:認知度、指名検索、採用応募数など、目的に合った指標を決めて、定期的に点検します。
ブランディングとマーケティング・広告の違い
混同されやすい言葉を、簡単な表で整理します。

| 項目 | ブランディング | マーケティング | 広告・デザイン |
|---|---|---|---|
| 主な問い | 何者として認識されたいか | 誰に、何を、どう届けるか | どう見せ、どう伝えるか |
| 時間軸 | 長期 | 中期〜短期 | 短期〜中期 |
| 主な成果 | 認識・信頼・選ばれる理由 | 売上・顧客獲得 | 認知・反応 |
| 関係 | 全体の土台 | 土台の上での販売活動 | 表現の手段 |
マーケティングとの違いは、連載の次回記事で詳しく解説します。
よくある誤解と、確認したいチェックリスト
よくある誤解
- 「ロゴを新しくすること」だと思われがち:ロゴは目印の一つに過ぎません。中身(事業や理念)が変わらないまま見た目だけ変えても、認識は変わりにくいと考えられます。
- 「大企業のためのもの」という誤解:規模にかかわらず、顧客・取引先・求職者が持つ認識は存在します。意図して設計するか、しないかの違いです。
- 「広告費をかければできる」という誤解:広告は認知を広げる手段ですが、何を認識してもらうかという中身がなければ、出稿量だけが増えます。
自社の状態を確かめるチェックリスト
- 自社の強みを、役員・社員が同じ言葉で説明できる
- 名刺、Webサイト、パンフレット、店舗や事務所の印象に一貫性がある
- 競合との違いを、一文で言える
- 新しい取り組みを決めるときの判断基準(らしさ)が共有されている
- 採用や取引の場で「なぜこの会社か」を聞かれたときの答えがある
複数当てはまらない場合は、ブランディングに取り組む余地があると言えます。
ブランディングにアートを取り入れる意味
Euphoric " " がアートの視点でブランディングを扱うのは、アートが「言葉にしにくい価値観」を伝えるのに向いているからです。
美術館やギャラリーのように、作品を通じて価値観を示す場では、説明文より先に「空気」が伝わります。企業のエントランス、オフィス、ホテルのロビーに置かれた作品も、同じように、その会社が何を大切にしているかを来訪者や社員に静かに示します。
アートが商品の見え方に与える影響については、研究もあります。ヘンリック・ハグトヴェットとヴァネッサ・パトリックは、2008年に『Journal of Marketing Research』に掲載された論文で、商品の包装や広告に芸術作品を使うと、商品が高級に感じられやすくなる「アート・インフュージョン効果」を報告しています。この点は連載の別の回で詳しく扱います。
大切なのは、作品を飾ること自体が目的ではなく、「自社が何者か」という軸があって初めて、アートの選定に意味が生まれるという順序です。軸がないまま作品を選ぶと、装飾にとどまってしまいます。
まとめ
- ブランディングとは、顧客や社会の心の中に独自の認識をつくり、育てる取り組みです。
- 学術的には、ブランドは「目印」から「顧客の認知と連想がつくる価値」へと捉え方が広がってきました。
- 進め方は、現状把握、軸の言語化、ターゲットと違いの明確化、表現への落とし込み、社内浸透、効果の測定という流れが基本です。
- カルティエ現代美術財団やベネッセアートサイト直島のように、長い時間をかけて一貫した活動を続けることが、認識の蓄積につながります。
- オフィス移転、周年、新店舗の開業といった節目は、軸を見直す好機です。計画の早い段階で専門家に相談しておくと、後戻りを減らせます。
ブランディングは、一度で終わる作業ではなく、続けるほど意味を持つ取り組みです。まずは自社が今どう見られているかを知ることから始めると、次の一手が見えやすくなります。
よくある質問(FAQ)
Q1. ブランディングは何から始めればよいですか。
現状の把握からです。社内外の人に、自社をどのような会社だと認識しているかを聞き取り、経営層の考えとのずれを確認します。そのうえで、軸になる言葉を整理する流れが一般的です。
Q2. ブランディングとロゴ制作は同じですか。
同じではありません。ロゴはブランドを見分けるための目印の一つで、ブランディングはその背景にある考え方、商品、体験、言葉づかいまでを含む、より広い取り組みです。
Q3. 小さな会社でもブランディングは必要ですか。
会社の規模にかかわらず、顧客・取引先・求職者は何らかの認識を持っています。規模が小さいほど、強みを一貫して伝えることが選ばれる理由になりやすいと考えられます。
この記事を書いた Euphoric " " について
Euphoric " " は、ユアムーン株式会社が運営するアートメディアです。ユアムーンは、デザインとクリエイティブを軸にしたブランディング会社です。ブランドの言語化から、ロゴやWebサイトなどのデザイン、社内外への発信までを一貫して設計しています。ご希望に応じて、アートの選定・導入もお手伝いしています。
ブランディングは、ロゴや広告の前に「自社は何者か」を言葉にするところから始まります。その軸を踏まえてロゴやWebサイトなどのデザインを整えることで、発信に一貫性が生まれます。
参考資料
- Journal du Luxe「La Fondation Cartier fête ses 40 ans」 https://www.journalduluxe.fr/fr/montres-joaillerie/fondation-cartier-paris-anniversaire
- Fondation Cartier「History and missions」 https://fondationcartier.com/en/history-and-mission/philanthropy
- Fondation Cartier pour l’Art Contemporain(概要) https://en.wikipedia.org/wiki/Fondation_Cartier_pour_l%27Art_Contemporain
- Keller, K. L. (1993). Conceptualizing, Measuring, and Managing Customer-Based Brand Equity. Journal of Marketing. https://faculty.fuqua.duke.edu/~moorman/Marketing-Strategy-Seminar-2015/Session%203/Keller.pdf
- Aaker, D. A. (1991). Managing Brand Equity. Free Press.
- Hagtvedt, H. & Patrick, V. M. (2008). Art Infusion. Journal of Marketing Research, 45(3), 379-389. https://papers.ssrn.com/abstract=2086795
- マツダ「マークの歴史」 https://www.mazda.com/en/about/history/mark/
- ベネッセアートサイト直島 関連資料(経済産業省資料ほか) https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/art_economic/pdf/002_04_00.pdf
- ベネッセアートサイト 広報資料 https://benesse-artsite.jp:443/contact/press/20140701_pressrelease.pdf






