【徹底解説】塩田千春とは?赤い糸のインスタレーションで知られる美術家の人生と作品を解説!

【徹底解説】塩田千春とは?赤い糸のインスタレーションで知られる美術家の人生と作品を解説!

アートコンシェルジュ|最初の一枚から、一生のコレクションまで。無料で相談する

こんにちは。ユアムーン株式会社 編集部です。

皆さんは塩田千春という人物をご存知ですか?

大阪府に生まれ、ドイツのベルリンを拠点に活動する美術家です。赤や黒の糸を部屋いっぱいに張りめぐらせた大きなインスタレーション(空間全体を作品にする表現)で知られ、2015年にはヴェネチア・ビエンナーレの日本館を任され、2019年には東京の森美術館で過去最大規模の個展を開きました。

糸の作品というと、きれいな装飾のように見えるかもしれません。けれども塩田の作品は、靴や鍵やベッドといった身近なものを糸で包み、そこにはいない誰かの気配を目に見えるかたちにする試みです。

本記事ではそんな塩田千春の人生と作品についてご紹介します。塩田千春は現在も活動中の作家です。作品の画像は、作家の公式サイトに掲載されているものを出典を明記して引用し、図解や表、公式動画とあわせて解説します。

塩田千春って?

塩田千春は、1972年に大阪府で生まれた美術家です。作家の公式サイトによると、人間の根源的な問題に向き合い、「生きることとは何か」「存在とは何か」を探りながら、糸で紡ぐ大規模なインスタレーションを中心に、立体、写真、映像など多様な手法で作品をつくっています。

はじめて作品に触れるときは、次の3つを手がかりにすると見やすくなります。

塩田千春の作品を見るときの3つの手がかり。空間に張りめぐらされた赤や黒の糸、靴や鍵やベッドなど身近なもの、場所やものに宿る不在の中の存在の3点を整理した図。
図:塩田千春の作品を見る3つの手がかり

3つ目の「不在の中の存在」は、塩田の作品を語るときに、公式サイトも森美術館も使っている言葉です(森美術館の表記は「不在のなかの存在」)。そこにいない人や、過ぎ去った時間の気配が、かえって強く感じられる。その感覚を空間にしたのが、塩田の糸の作品だと考えると分かりやすくなります。

基本情報

本名塩田 千春(しおた ちはる、Chiharu Shiota)
生年月日(没年月日)1972年(存命。月日は公式資料に記載なし)
国籍・出身日本・大阪府。ベルリン在住
学歴ベルリン芸術大学在学中の1999年からドイツの各都市で作品を発表(国際交流基金賞の授賞理由)。ほかの学歴は公式資料に記載なし
分野美術家(インスタレーション、パフォーマンス、立体、ドローイング、映像、舞台美術)
傾向糸を空間に張りめぐらせる大規模なインスタレーション。テーマは「不在の中の存在」
師事した人物・影響を受けた人物記録なし(公式資料に記載なし)

インスタレーションや、空間を使う表現について知りたい方は、こちらの記事もあわせてどうぞ。

【まるっと理解!】インスタレーションアートってなんですか?

【厳選】世界的に有名な9人のインスタレーションアーティスト紹介!

【徹底解説】草間彌生(くさま やよい)とは?作品と人生を3分で理解しよう!

経歴と作品

塩田千春の歩みは、大きく分けると「ドイツでの出発」「日本での評価」「世界の大舞台」「展覧会が各地を巡る時代」の4つに分けられます。まず、全体の流れを年表で確認しておきましょう。

1972年大阪府に生まれる
1996年ドイツを拠点に活動を始める
1997年ドイツ留学中に、自らの身体を使って泥と格闘する作品をつくる(国際交流基金賞の授賞理由は、この作品を作家としての起点とする)
1999年ベルリン芸術大学在学中に、ドイツの各都市で作品の発表を始める
2002年スイスのルツェルン美術館で《眠っている間に》を発表
2007年神奈川県民ホールギャラリーで個展「沈黙から」
2008年芸術選奨文部科学大臣新人賞(作家公式サイトの表記。対象は2007年の個展「沈黙から」)。国立国際美術館で個展「精神の呼吸」
2012年文化庁の文化交流使に任命され、オーストラリアを訪問
2015年第56回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展の日本館で《掌の鍵》を発表
2019年森美術館で「塩田千春展:魂がふるえる」(6月20日〜10月27日)
2021年十和田市現代美術館で《水の記憶》の常設展示が始まる
2024年大阪中之島美術館で「塩田千春 つながる私(アイ)」。国際交流基金賞を受賞
2025年令和6年度(第75回)芸術選奨文部科学大臣賞を受賞
塩田千春の歩みを示す流れ図。1972年に大阪で生まれ、1996年からドイツを拠点にし、2008年に芸術選奨新人賞(作家公式サイトの表記)、2015年にヴェネチア・ビエンナーレ日本館、2019年に森美術館で個展。
図:塩田千春の歩み 1972年から2019年

大阪からドイツへ(1972〜2000年代前半)

塩田千春は、1972年に大阪府で生まれました。大阪府は2023年に塩田へ大阪文化賞を贈っており、その受賞理由には、塩田が1996年(平成8年)からドイツを拠点に国際的に活躍してきたことが書かれています。日本を離れ、ひとりでドイツに渡ってから、活動の場を広げていったことになります。

国際交流基金賞の授賞理由によると、作家としての起点は、ドイツに留学していた1997年の作品です。自らの身体を一つの素材にして、泥と格闘するというものでした。大阪府の受賞理由も、塩田の仕事を「身体性を際立たせる初期のパフォーマンス」から始まるものとして位置づけています。糸のインスタレーションで知られる今の姿からは意外かもしれませんが、出発点は、自分の体を使った表現だったのです。

その後、ベルリン芸術大学に在学中の1999年から、ドイツの各都市で作品を発表しはじめます。活動の場はヨーロッパ、アメリカ、アジアへと広がり、2004年のセビリア現代美術ビエンナーレ以降は、毎年のように国際展に参加するようになりました。

作家の公式サイトを見ると、日本国内の国際展にも、2001年の横浜トリエンナーレ、2009年の越後妻有アートトリエンナーレ、2017年の奥能登国際芸術祭、2022年の国際芸術祭「あいち2022」などに参加していることが分かります。海外では、2016年のシドニー・ビエンナーレ、2022年のマニフェスタ14などに出品しました。

2002年には、スイスのルツェルン美術館で《眠っている間に》を発表しました。暗転するほどに黒い糸が編み込まれた空間で、作家が眠るパフォーマンスも行われた作品です。のちの国際交流基金賞の授賞理由も、この作品を初期の作品として取り上げています。

同じ2002年には、ドイツのシュトゥットガルトにあるアカデミー・シュロス・ソリチュードで、個展「静けさの中で」も開かれています。

窓を集めた時代(2000年代)

塩田の作品には、糸のほかに、集めてきた「もの」がたびたび登場します。その代表が、ベルリンの建物の窓です。

金沢21世紀美術館の解説によると、塩田は2002年ごろから、旧東ベルリンで取り壊されたり改築されたりした建物の窓を探しはじめました。たったひとりで1日に20軒以上の建物や工事現場を回り、2006年までに1,000枚以上を集めたといいます。ベルリンの壁が崩れてから年月がたっても、街では建物の改築や建て替えが続いていました。窓の一枚一枚には、時代の空気や人々の暮らしが染みついていて、かつてそこにいた誰かの存在を、今は見えない不在によって浮かび上がらせる、と同館は説明しています。

2008年の《内と外》は、こうして集めた窓を壁のように高く積み上げた作品です。国際交流基金賞の授賞理由は、窓を通して、あちら側とこちら側が隔たりながらも互いを見つめることができる構造に、意見を違えてきた人類の歴史や物語を思い起こさせる力がある、と述べています。

2008年には、金沢美術工芸大学のエントランスホールで、窓だけでつくった椅子の作品《His Chair》も展示されました。窓、椅子、ドレス、靴、ベッドなど、日常にありふれたものが、塩田の手にかかると、誰かの記憶を宿す器に変わります。この見方は、そのあとの糸の作品を理解するうえでも大きな手がかりになります。

塩田千春の作品に登場する身近なものを示す図。中心に赤や黒の糸があり、まわりに靴、鍵、ベッド、椅子、ドレス、窓の6つが並ぶ。
図:作品に登場する身近なもの

日本で認められる(2007〜2014年)

海外での活動を重ねる一方で、日本の美術館でも、塩田の個展が続くようになります。

2007年には、神奈川県民ホールギャラリーで個展「沈黙から」が開かれました。国際交流基金の資料は、この個展で芸術選奨文部科学大臣新人賞を受けたと紹介しています(作家の公式サイトでは、受賞を2008年と記載しており、本記事では受賞年を2008年と表記します)。翌2008年には、大阪の国立国際美術館で個展「精神の呼吸」が開かれ、故郷の大阪にも作品が戻ってきました。

2012年には、文化庁の文化交流使に任命され、オーストラリアを訪れています。この年には、香川の丸亀市猪熊弦一郎現代美術館で「私たちの行方」、スペインのカーサ・アジアで個展を開いています。2013年は高知県立美術館で「ありがとうの手紙」、2014年にはアメリカ・ワシントンD.C.のスミソニアン・サックラー・ギャラリーで個展が開かれました。

こうして並べると、塩田の個展は日本と海外を行き来するように重ねられていたことが分かります。2000年代の終わりから2010年代前半は、国内外の美術館が、糸のインスタレーションを大きな展示室で見せはじめた時期だったといえます。

舞台美術という仕事

塩田の仕事は、美術館の展示だけではありません。作家の公式サイトの「主なプロジェクト」には、オペラや演劇、ダンスの舞台美術が並んでいます。

2003年「ソリチュード」舞台美術(シュトゥットガルト州立劇場ほか)
2009年「タトゥー」舞台美術(演出:岡田利規、新国立劇場)
2011年「松風」舞台美術(細川俊夫のオペラ、演出・振付:サシャ・ヴァルツ)
2014年「トリスタンとイゾルデ」舞台美術(ワーグナーのオペラ、オペラハウス・キール)
2017年「ジークフリード」舞台美術(ワーグナーのオペラ、オペラハウス・キール)
2024〜25年「イドメネオ」舞台美術(モーツァルトのオペラ、ジュネーブ大劇場、ルクセンブルク・グランド劇場)

舞台は、観客が座った場所から、決まった向きで見る空間です。展覧会のように歩きまわって鑑賞する作品とは条件が違います。それでも塩田は、舞台美術を長く続けています。

2015年のヴェネチアで組んだキュレーターの中野仁詞さんも、もとは舞台芸術の分野で経歴を始めた学芸員です。国際交流基金のウェブマガジン「をちこち」によると、二人の関わりは、2003年に神奈川県民ホールが計画した創作舞台で、塩田が美術を担当したことから始まりました。そのあとも、瞬間的な判断が求められる舞台美術の現場などで、協働を重ねてきたといいます。舞台での経験が、のちの大きな展示にもつながっていったと考えられます。

2015年 ヴェネチアの日本館《掌の鍵》

塩田の名前を世界に広げた出来事のひとつが、2015年の第56回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展です。ヴェネチア・ビエンナーレは、1895年に最初の美術展が開かれた、世界でもっとも著名な国際美術展のひとつです。日本館では、国際交流基金が主催して展覧会を開きます。この年の日本代表作家に選ばれたのが塩田で、キュレーターは神奈川芸術文化財団の学芸員、中野仁詞さんでした。会期は2015年5月9日から11月22日までです。

展示のタイトルは《掌の鍵》(The Key in the Hand)。作品は、古い鍵、ヴェネチアの木製の船、赤い毛糸でつくられたインスタレーションです。塩田自身は国際交流基金のメッセージで、2階の展示室と1階のピロティを使い、2艘の舟と赤い糸、そして大量の鍵を使うと話しています。鍵は、大切な人や空間を守るものであると同時に、扉を開けて未知の世界へ行くきっかけをつくってくれるものでもある、という考えです。

塩田がこのメッセージで強調しているのは、鍵に宿る記憶です。皆さんのさまざまな思い出と毎日の歴史が積み重なった鍵を使いたい、と呼びかけ、会場で作品をつくるなかで、鍵を提供した人たちの記憶と自分の記憶がまず重なり、さらにビエンナーレを見に来る世界中の人々の記憶とも交わっていくことを期待していました。作品は、できあがった物体であるだけでなく、人が持ち寄った記憶を受け止める場として構想されていたのです。

鍵の募集は、無償で提供してもらう形で行われました。国際交流基金は、東京・四谷にある事務所へ郵送で送ってもらう方法のほか、同基金の受付に置いた回収箱へ持ち込む方法を案内し、締め切りを2014年11月30日必着へ延長しています。提供者の名前を掲載しないこと、展覧会が終わっても鍵は返却しないことも、あらかじめ示されていました。

この展示の特徴は、鍵の集め方にありました。使う鍵は、もう使わなくなったものを世界中から募りました。国際交流基金が公開した募集の案内では、新作に5万本の鍵を使うとされていましたが、のちに同基金のウェブマガジンは、実際には3倍を超える18万個の鍵が集まったと伝えています。各地の美術館に置かれた回収箱や、合い鍵づくりの業者などでつくる日本ロックセキュリティ協同組合の協力があったといいます。

《掌の鍵》の鍵の数を示す流れ図。当初は5万個を予定して世界中から募集し、集まったのは18万個。うち5万個は天井から吊るされ、13万個は床や舟の中に置かれた。
図:《掌の鍵》の鍵の数

集まった鍵のうち、5万個は天井から吊るされ、13万個は床や舟の中に置かれました。蜘蛛の糸のように張りめぐらされた赤い糸から、鍵が降り注ぐ先にあるのが、古びた2隻の舟です。ウェブマガジンによると、塩田は2隻の舟を「掌」の象徴と説明しています。大人が子どもの掌に鍵を託すことは、未来を託すことでもある、という読み解きも紹介されています。

赤い糸が天井から滝のように垂れ下がり、無数の古い鍵が吊るされた展示室。床の中央に古びた木の舟が置かれ、糸と鍵が舟へ降り注いでいる。
塩田千春《掌の鍵》(2015年)、古い鍵・木製の舟・赤い毛糸、第56回ヴェネチア・ビエンナーレ日本館での展示。画像出典:塩田千春 公式サイト(引用)。撮影:Sunhi Mang。

会場となった日本館は、建築家の吉阪隆正が設計した建物で、中央に2階と1階を結ぶ筒状の「井戸」があります。展示がむずかしい空間として知られていますが、降り注ぐ鍵の動きを階下まで感じさせるために、この構造が生かされました(実際には井戸にふたをしているため、作品が上下につながっているわけではありません)。1階のピロティには、日本とドイツの子どもたちへのインタビューをもとにした映像作品が展示されました。

展示は現地の新聞でも大きく取り上げられ、日本館の来場者は、2015年7月20日の時点で約13万人に達しました。国際交流基金賞の授賞理由は、赤い糸に、世界中から集まった鍵が結ばれたこの作品を、火焔が噴き出したかのような強い視覚的インパクトと、人々の願いや思いが一体となった表現として評価しています(授賞理由は鍵の数を18万本と書いています)。

なお、このヴェネチアでの展示がきっかけとなり、塩田は2016年のシドニー・ビエンナーレにも招かれたと、ウェブマガジンは伝えています。

2016年《不確かな旅》と、世界を巡る展覧会

ヴェネチアのあとも、塩田の大型インスタレーションは世界各地で発表されていきます。そのひとつが、赤い糸と、舟の形をした鉄のフレームでできた《不確かな旅》(2016年)です。森美術館の紹介では、素材は鉄枠と赤毛糸。2016年にベルリンのブレイン|サザンで開かれた個展「不確かな旅」の展示風景が掲載されています。

白い壁の広い展示室に赤い糸が天井から大きくたれ込み、床には黒い鉄枠でできた舟の形がいくつか置かれている。
塩田千春《不確かな旅》(2016年)、鉄枠・赤い毛糸、ブレイン|サザン(ベルリン)での個展「不確かな旅」の展示。画像出典:塩田千春 公式サイト(引用)。撮影:Sunhi Mang。

2017年には上海のパワーステーション・オブ・アートのグループ展「ボディ・メディアII」に参加し、2018年にはイギリスのヨークシャー彫刻公園と南オーストラリア美術館で個展が開かれました。作家公式サイトの個展リストを見ると、2015年から2019年にかけて、ヨーロッパ、アジア、オセアニア、南北アメリカの美術館や画廊を、次々と訪ねていることが分かります。

日本の観客にとって身近なところでは、2016年に横浜のKAAT神奈川芸術劇場で「鍵のかかった部屋」が開かれました。海外では、2015年にドイツのデュッセルドルフにあるK21(ノルトライン・ヴェストファーレン州立美術館)で「長い一日」、ブラジルのサンパウロにあるセスキ文化センターで「目的地を求めて」が開かれています。同じ2015年には、ケルンとローマの日本文化会館を巡る「フォロー・ザ・ライン」もありました。

舟と赤い糸の組み合わせは、ヴェネチアの《掌の鍵》、ベルリンの《不確かな旅》、のちの十和田市現代美術館の《水の記憶》というように、題名を変えながら何度も登場します。十和田市現代美術館も、《水の記憶》を、船と糸を使った作品のシリーズのひとつと紹介しています。

2019年 森美術館「塩田千春展:魂がふるえる」

日本で、塩田千春の名前を一気に知らせたのが、2019年6月20日から10月27日まで、東京・六本木の森美術館で開かれた「塩田千春展:魂がふるえる」です。企画は、森美術館副館長兼チーフ・キュレーター(当時)の片岡真実さんでした。

森美術館の紹介によると、この展覧会は塩田の過去最大規模の個展で、25年にわたる活動を網羅的に体験できる初めての機会でした。大型インスタレーションを中心に、立体作品、パフォーマンス映像、写真、ドローイング、舞台美術の関連資料などが並びました。国立新美術館の展覧会情報サイトには、大型インスタレーション6点が中心だったと書かれています。

副題の「魂がふるえる」には、言葉にならない感情によって震えている心の動きを伝えたい、という作家の思いが込められています。森美術館は、塩田が一貫して追究してきた「不在のなかの存在」の集大成となる展覧会だと位置づけました。

森美術館の展覧会ページには、黒や赤の糸を空間全体に張りめぐらせたインスタレーションが塩田の代表的なシリーズであると書かれています。赤と黒、ふたつの糸の色が、塩田の作品の大きな特徴だといえます。

「塩田千春展:魂がふるえる」トレイラー(森美術館 Mori Art Museum公式YouTube)

この展覧会は、東京だけでは終わりませんでした。作家の公式サイトの個展リストには、「塩田千春展:魂がふるえる」が、森美術館からの巡回展として世界各地の美術館へ広がっていった様子が、次のように記録されています。

2019年森美術館(東京)、釜山市立美術館(韓国)
2021年龍美術館(上海)、台北市立美術館(台湾)
2022年ヌサンタラ近現代美術館(ジャカルタ)、クイーンズランド・アート・ギャラリー/ブリスベン近代美術館(オーストラリア)
2023年深圳美術館(中国)
2025年トリノ東洋美術館(イタリア)
2026年モントリオール美術館(カナダ。2026年9月26日〜2027年2月14日)

一つの展覧会が、これだけ長く、広い地域を巡るのはめずらしいことです。言葉の違いを超えて受け取られる作品だったからこそ、といえるでしょう。

2020年代 大阪、パリ、そして万博(2020〜2025年)

2020年代に入ると、塩田の仕事はさらに広がります。2021年には、青森の十和田市現代美術館で、塩田千春《水の記憶》の展示が始まりました。同館のお知らせによると、十和田をモチーフにした新作で、国内外の芸術祭や展覧会で公開された、船と糸を使用した作品のシリーズです。国内の公立美術館では初めての常設作品でした。

赤い糸が天井から壁一面に広がる白い部屋。左の出入口から光が差し込み、右の壁沿いに細長い古い木の舟が置かれ、糸が舟の上へ降りている。
塩田千春《水の記憶》(2021年)、木製の舟・赤い毛糸、所蔵:十和田市現代美術館。画像出典:塩田千春 公式サイト(引用)。撮影:小山田邦哉(Kuniya Oyamada)。

同じ時期、塩田の個展は世界中で続いていました。作家の公式サイトには、2021年のドイツ・カールスルーエのZKM(カールスルーエ・アートアンドメディアセンター)での「つながる命」、ロンドンのキューガーデンで開かれたジャパンフェスティバルでの「千の春」、2023年の福岡市美術館での「記憶をたどる船」、アメリカ・ロサンゼルスのアーマンド・ハマー美術館での「ハマープロジェクト:塩田千春」などが記録されています。

2022年には、故郷の大阪府岸和田市で「塩田千春展:家から家」が開かれ、この年の活動を評価して、大阪府は令和4年度の大阪文化賞を塩田に贈りました。贈呈式は2023年3月26日に行われました。

2024年9月14日から12月1日には、大阪中之島美術館で、大阪では16年ぶりとなる大規模な個展「塩田千春 つながる私(アイ)」が開かれました。同館によると、この展覧会は、全世界的な感染症の蔓延を経験した私たちが、否応なしに意識した他者との「つながり」に、3つの「アイ」、つまり「私/I」「目/EYE」「愛/ai」を通じて近づこうとするものでした。インスタレーションを中心に、絵画、ドローイング、立体、映像など、多様な手法の作品が並びました。

題名の「アイ」が三つの意味を持っているところに、この展覧会の特徴があります。「私/I」「目/EYE」「愛/ai」の三つです。同館は、それぞれの要素がさまざまに作用し合いながら、わたしたちと周縁の存在をつないでいると考える、と説明しています。題名を声に出すと、三つの言葉が同じ響きで重なるところも、この展覧会らしい仕掛けです。

ヴェネチア日本館の《掌の鍵》、森美術館の魂がふるえる、大阪中之島美術館のつながる私の三つの個展を、開催年、場所、特徴の三つの観点で比べた表。
図:三つの大きな個展を比べる

この個展と、中国、トルコ、チェコでの個展などの活動に対して、塩田は令和6年度(第75回)の芸術選奨文部科学大臣賞(美術部門)を受けました。文化庁の贈賞理由は、これまで追究してきた「生きること」「存在の意味」というテーマに加えて、パンデミックの時代を経て、人が生きるうえで避けられない社会的な関係性という視点から取り組んだ新作が出品されたことを挙げています。さらに、根源的な問いを、鮮やかでダイナミックなインスタレーションに昇華させる塩田の作品は、洋の東西を問わない普遍的なテーマを探っているために、国際的にも広く知られている、と述べています。塩田は2008年にも同じ賞の新人賞を受けており、新人賞と大臣賞の両方を受けたことになります。

国際的な評価も続いています。2024年度の国際交流基金賞では、日本から単身でベルリンに渡り、ドイツ在住の日本人作家として確かな地位を築いてきた活動そのものが国際交流の実践であり、女性の国際的な活躍を後押しする原動力にもなった、と評価されました。

海外では、2024年に、パリのグラン・パレで作品が展示されています。同じ年、アート・バーゼルの「アンリミテッド」部門にも「拡がる線」を出しました。2025年には、大阪・関西万博で屋外インスタレーション「言葉の丘」を、瀬戸内国際芸術祭2025で「記憶の線」を発表しています。

2026年10月時点の活動

塩田千春は、現在も世界各地で展覧会を開いています。作家の公式サイトの「現在開催中」「今後の予定」には、2026年10月17日の時点で、次の展覧会が載っています。

2026年6月14日〜11月15日「私たちのあいだ」インスタレーション、第16回クリチバ国際ビエンナーレ(ブラジル)
2026年9月26日〜2027年2月14日「塩田千春展:魂がふるえる」個展、モントリオール美術館(カナダ)
2026年10月3日〜2027年1月10日「つながり」個展、クンストハレ・ロストック(ドイツ)
2026年8月30日〜2027年2月21日「記憶の光の中で」個展、ヘレディウム美術館(韓国・大田)
2026年8月8日〜2027年3月7日「記憶の水面」個展、易美術館(中国・杭州)

展覧会の会期や会場は変わることがあるため、最新の予定は作家の公式サイトで確認してください。

塩田千春の作品を見るコツ

ここまでの内容をふまえて、塩田の作品を見るときのコツを3つにまとめます。ここからは、編集部の見方です。

ひとつ目は、糸そのものよりも、「何が糸に包まれているか」を見ることです。靴、鍵、ベッド、椅子、ドレス、窓など、塩田の作品に登場するものは、どれも日常のなかにあります。ふだん気にとめない品物が、糸の中に置かれることで、持ち主の時間や記憶を思わせる存在に変わります。

ふたつ目は、「その場所でしか成り立たない作品」だと考えることです。ヴェネチアの日本館では、建物の中央の井戸が構想に組み込まれていました。十和田の《水の記憶》は、十和田をモチーフにしています。作品は、置かれる場所の歴史や空気を取り込んでつくられているのです。

みっつ目は、作品を「分かる」ことよりも、「感じる」ことを大事にすることです。国際交流基金のウェブマガジンは、ヴェネチアの日本館が好評だった理由を、「読み解く」のではなく「感じ取る」空間だったからだ、と分析しています。意味を探しすぎず、まずは糸の中に立ってみる。それが塩田の作品に近づく近道だと考えます。

まとめ

いかがだったでしょうか。大阪に生まれ、ドイツを拠点に、赤や黒の糸で「不在の中の存在」を空間にしてきた塩田千春。泥と格闘する身体表現から始まり、ベルリンの窓の収集、18万個の鍵が降り注ぐヴェネチアの日本館、25年の活動をまとめた森美術館の個展、そして2024年の大阪中之島美術館へと、一歩ずつ表現を広げてきました。

塩田は現在も活動中です。ぜひ公式サイトや美術館の情報で、次に作品に出会える機会を探してみてください。糸の中に立つ体験は、写真や文章では伝わらないものだからです。

Euphoric " " の視点

塩田千春の作品に使われる「もの」の集め方に目を向けてみます。金沢21世紀美術館の解説によると、旧東ベルリンの建物の窓は、たったひとりで1日に20軒以上の建物や工事現場を回って探したもので、2006年までに1,000枚以上が集まりました。

2015年のヴェネチアの《掌の鍵》では、集め方が変わります。もう使わなくなった鍵を世界中から募り、各地の美術館に置かれた回収箱や、日本ロックセキュリティ協同組合の協力もありました。募集の案内では5万本とされていた鍵は、18万個集まったと伝えられています。作品の規模を最後に決めたのは、鍵を送った大勢の人たちだったとも言えるかもしれません。

ひとりで歩いて集めることから、世界に呼びかけて集めることへ。塩田の作品は、作家と、何かを託す人たちとが一緒に育てていくものになっていったと考えます。

この作品を見に行くには

記事で紹介した作品は、次の館などで公開されています。展示替えがあるため、最新の情報は公式サイトをご確認ください。

NEW POSTS / 新着記事

開催中の展覧会いま行ける展覧会を、終了が近い順に79件 開催中/7日以内に終了 1件展覧会を探す