【徹底解説】『接吻』とは?クリムトが本物の金で描いた恋人たちの秘密を解説!

【徹底解説】『接吻』とは?クリムトが本物の金で描いた恋人たちの秘密を解説!
『接吻』の徹底解説(『接吻』/パブリックドメイン/Wikimedia Commons)

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こんにちは。ユアムーン株式会社 編集部です。

皆さんは『接吻』という作品をご存知ですか?

オーストリアの画家グスタフ・クリムトが1908年に描き、翌1909年に完成させた油彩画です。金色の衣に包まれた男女が、花の咲く草地の上で抱き合う姿を描いています。ドイツ語の原題は『Der Kuss(Liebespaar)』、日本では『接吻(せっぷん)』の題名で知られ、英題の『The Kiss』から『キス』と呼ばれることもあります。

所蔵するのは、オーストリアの首都ウィーンにあるベルヴェデーレ美術館です。同館はこの作品を「もっとも有名なオーストリアの絵画」と呼び、上宮(オーベレス・ベルヴェデーレ)の常設展示の目玉として紹介しています。

画面に使われている金は、絵具の色ではなく、本物の金箔です。では、なぜクリムトは絵に金を貼ったのでしょうか。そして、この二人は本当に口づけを交わしているのでしょうか。

本記事ではそんな『接吻』について、描かれているもの・見どころ・歴史をご紹介します。

『接吻』って?

グスタフ・クリムト『接吻』(1908〜09年)
グスタフ・クリムト『接吻』(1908〜09年)ベルヴェデーレ美術館(ウィーン)/出典:Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

『接吻』は、縦横180cmの正方形の大きな画面に描かれています。ベルヴェデーレ美術館の解説によれば、クリムトはこの作品を、特定の注文を受けずに、「黄金の時代」と呼ばれる時期の絶頂期に描きました。おそらくもっとも有名な作品だと、同館は述べています。

画面には、花の咲く草地のふちで、ひとつに溶け合うように抱き合う男女が描かれています。二人の体を分けているのは、衣の模様の違いだけです。そのまわりを、金色に輝く光の輪(後光)が包んでいます。

基本情報

作品名接吻(せっぷん)
原題:Der Kuss (Liebespaar)(ドイツ語。Liebespaarは「恋人たち」の意味)
英題:The Kiss (Lovers)
作者グスタフ・クリムト(Gustav Klimt、1862〜1918年)
制作年1908年(1909年完成)
技法・素材人物の部分:金箔、銀箔、プラチナ箔、油性樹脂絵具、下地を施したカンヴァス
背景:真鍮の箔の上に透明な絵具を重ね、金属箔の細かな粒を散らしたもの
サイズ180×180cm
署名右下に「GVSTAV / KLIMT」
所蔵ベルヴェデーレ美術館(ウィーン)。作品番号912。1908年、展覧会「クンストシャウ」の会場で作者から購入
展示場所ベルヴェデーレ上宮(Oberes Belvedere)の常設展示

作者のグスタフ・クリムトの生涯については、以下の記事で詳しくご紹介しています。

【徹底解説】クリムトとは?ウィーン美術を牽引した黄金と官能の作家を解説!

何が描かれている?見どころを解説

ここからは、ベルヴェデーレ美術館の解説を中心に、『接吻』の見どころを見ていきます。

ひとつに溶け合う二人

グスタフ・クリムト『接吻』(1908〜09年)部分
グスタフ・クリムト『接吻』(1908〜09年)部分(二人の顔と手)ベルヴェデーレ美術館(ウィーン)/出典:Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

画面の中央で、男性が女性の顔を両手で包み込み、顔を寄せています。女性はひざまずき、目を閉じて、男性の首に腕を回しています。

ベルヴェデーレ美術館は、二人がまるでひとつに溶け合ったように描かれていると説明しています。二人の衣は、輪郭がほとんど一つにつながり、全体で金色の大きなかたまりのように見えます。同館のストーリー記事も、二人の体が、ほとんど一つの装飾的な形に溶け合うような衣に包まれていると述べています。

男性の頭にはツタの葉のような緑の飾りが、女性の髪には小さな花が描かれています。肌は柔らかな色で描かれ、平らに広がる金の模様との対比で、顔や手だけがくっきりと浮かび上がります。

口づけは、唇ではなく頬に

題名は『接吻』ですが、よく見ると、男性の口もとは女性の唇ではなく、頬に寄せられています。唇どうしは触れておらず、頬への口づけを描いたものとされます。

女性は顔をこちらに向け、目を閉じています。口づけの瞬間そのものというより、その直前とも直後ともとれる、静かな一瞬が描かれているようにも見えます。ベルヴェデーレ美術館のストーリー記事は、この場面を、親密でありながら、厳かで、ほとんど神聖にも感じられる瞬間だと表現しています。

四角い模様と、丸い模様

二人の衣の模様を見比べてみましょう。男性の衣には、黒や白、銀色の四角形が縦に並んでいます。一方、女性の衣には、色とりどりの円や花のような模様が散りばめられています。

ベルヴェデーレ美術館の以前の作品解説も、男性の衣の装飾を「直角の」模様と表し、女性の衣の花の模様に触れています。同館の解説が書くとおり、二人の体を見分ける手がかりは、この模様の違いだけなのです。

本物の金、銀、プラチナ

『接吻』の最大の特徴は、なんといっても金です。ベルヴェデーレ美術館によれば、クリムトはこの絵に本物の金箔、銀箔、プラチナ箔を使いました。同館の英語の解説では、「黄金の時代」のクリムトが、金箔と油彩、ブロンズ色の絵具を組み合わせる新しい技法を生み出したと説明されています。

ベルヴェデーレ美術館のストーリー記事によると、クリムトは金箔だけでなく、銀やプラチナ、金粉、さらに油で練ってから絵具のように筆で塗ることのできる細かな金の粉も使いました。画面の下地の準備を変えることで、金属の層は、なめらかに、ざらざらと、つや消しに、つやつやと、あるいは立体的に、さまざまな表情を見せます。そのため、金の絵は、光の当たり方によって見え方が変わるのです。

花の咲く草地と、崖のふち

グスタフ・クリムト『接吻』(1908〜09年)部分
グスタフ・クリムト『接吻』(1908〜09年)部分(女性の足もとと草地のふち)ベルヴェデーレ美術館(ウィーン)/出典:Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

二人が立っているのは、色とりどりの花が咲く草地です。ベルヴェデーレ美術館の英語の解説は、この場所を「崖のふち」にある花の草地と説明しています。画面の右側を見ると、女性の素足のつま先が、草地の端からはみ出しそうになっているのが分かります。

花の草地からは、金色の細い蔓のようなものが垂れ下がり、女性の足に絡みついています。甘く満ち足りた場面のすぐそばに、足場の終わりが描かれている。その緊張感も、この絵の見どころの一つです。

グスタフ・クリムト『接吻』(1908〜09年)部分
グスタフ・クリムト『接吻』(1908〜09年)部分(花の咲く草地)ベルヴェデーレ美術館(ウィーン)/出典:Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

草地をアップで見ると、紫や青、黄色の小さな花が、平らな模様のように画面いっぱいに描き込まれています。遠近法で奥行きを出すのではなく、花そのものを装飾のように並べる描き方です。

金の粒が散る背景

背景にも注目してみましょう。ベルヴェデーレ美術館の作品記録によれば、背景は真鍮の箔の上に透明な絵具を重ね、金属箔の細かな粒を散らして仕上げられています。同館の英語の解説は、背景に金、銀、さらにはプラチナの繊細な粒が広がっていると説明しています。

暗い金色の背景に、星のように細かな粒がきらめいています。どこか特定の場所ではない、時間の止まったような空間のなかに、二人だけが浮かんでいるように見えます。

「愛」という普遍的なテーマ

この絵は、特定の恋人たちの肖像なのでしょうか。ベルヴェデーレ美術館の英語の解説は、クリムトがこの作品で、愛が人間の存在の中心にあるという、普遍的な寓意を表したと説明しています。そして、この絵がいまも直接的で感情に訴える力を保っていることこそ、画家のたぐいまれな達成の証しだと述べています。

『接吻』の歴史

クリムトと「黄金の時代」

グスタフ・クリムトは1862年にウィーンで生まれました。ベルヴェデーレ美術館の解説によれば、父は彫金師で、クリムトは兄弟のエルンストとともにウィーンの工芸学校で学びました。はじめは劇場の天井画などを手がける装飾画家として活躍し、1897年には仲間とともに「ウィーン分離派」を結成して、その初代会長となりました。

分離派では、絵画・彫刻・建築を工芸と同じ重みで扱い、絵を建築や室内装飾とひとつながりの「総合芸術」の一部として考えました。一方で、ウィーン大学の大講堂のために描いた天井画(医学・哲学・法学を表す「学部の絵」)は、同時代の批評家から、あまりに現代的で、謎めいていて、挑発的だと激しく批判されます。ベルヴェデーレ美術館やノイエ・ギャラリーによれば、クリムトはこれをきっかけに国の仕事から身を引き、その後は自分の芸術を独自に追求するようになりました。

クリムトが金という素材に強くひかれるようになったのは、1900年ごろからです。ベルヴェデーレ美術館のストーリー記事によると、1901年に完成した作品で、クリムトは初めて本物の金箔を大きな面積に使いました。それ以来、金はクリムトのもっとも大切な表現手段の一つになり、背景や装身具、衣、装飾的な面に使われました。そして「黄金の時代」は、『アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像I』と『接吻』で頂点を迎えます。

同じ記事は、中世の絵画では金の背景が広く使われていたものの、ルネサンス以降は、絵は現実の世界をのぞく「窓」のようにあるべきだと考えられるようになった、と説明しています。光を反射して画面の平らさを際立たせる本物の金は、その理想とは相いれないものでした。クリムトは20世紀の初めに、この考え方をあえてひっくり返し、絵そのものを、貴重で装飾的な、意味を持つ「もの」として探求したのです。

クリムトの金には、ビザンティンのモザイク、中世の金地の絵画、日本の漆工芸、東アジアの美術など、さまざまな伝統が影響しているとされます。

『アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像I』(1907年)

グスタフ・クリムト『アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像I』(1907年)
グスタフ・クリムト『アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像I』(1907年)ノイエ・ギャラリー(ニューヨーク)/出典:Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

『接吻』と並ぶ「黄金の時代」の代表作が、この『アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像I』です。所蔵するニューヨークのノイエ・ギャラリーによれば、クリムトは約4年をかけてこの肖像に取り組みました。油彩に金と銀を使った作品で、1907年にドイツのマンハイムで初公開され、1908年にはウィーンの「クンストシャウ」でも展示されました。『接吻』が初めて公開されたのと同じ展覧会です。

ノイエ・ギャラリーの解説によると、この肖像を描いていた時期に、クリムトはイタリアのラヴェンナを訪れ、6世紀のサン・ヴィターレ聖堂で、皇后テオドラを描いたビザンティンのモザイクに深い感銘を受けました。クリムトはそれを「かつてない輝き」と表現しています。肖像には、宝石のような部分や、金と銀の輝く層が取り入れられています。ベルヴェデーレ美術館も、この肖像では、モデルの体や装身具、衣、背景が溶け合っていると説明しています。

注文なしで描きはじめる(1907年ごろ〜1908年)

ベルヴェデーレ美術館によれば、クリムトは『接吻』を、具体的な注文を受けないまま描きました。制作を始めたのは、おそらく1907年のことです。肖像画のように依頼主の意向に合わせる必要がない作品で、クリムトは自分の表現を思うままに追求しました。

「クンストシャウ1908」での初公開(1908年)

1908年6月、クリムトはこの作品を、「恋人たち(Liebespaar)」という題名で初めて公開しました。会場は、ウィーンで開かれた展覧会「クンストシャウ(芸術展)」です。この展覧会は、1905年に分離派を離れたクリムトらのグループが、建築家ヨーゼフ・ホフマンらとともに開いたもので、美術と工芸の幅広い分野を紹介したとされます。ベルヴェデーレ美術館の解説によれば、『接吻』はたちまち展覧会のいちばんの呼び物になりました。

展覧会の会場で、この作品は国の文化・教育を担当する省によって買い上げられました。ベルヴェデーレ美術館は、当時としてもすでに高額だったと述べています。作品が向かった先は、1903年に「モダン・ギャラリー(近代美術館)」として設立された、現在のベルヴェデーレ美術館でした。モダン・ギャラリーは、当時、下宮(ウンテレス・ベルヴェデーレ)に置かれていました。

ベルヴェデーレ美術館によれば、クリムト自身も、モダン・ギャラリーの設立を支えた一人でした。ベルヴェデーレ美術館は、この『接吻』の購入を、クリムト作品の初期の収蔵のなかでもとりわけ大きなできごととして紹介しています。

展覧会のあとの手直しと、完成(1909年)

『接吻』の制作年が「1908年(1909年完成)」と表記されるのには、理由があります。ベルヴェデーレ美術館の解説によれば、クリムトは作品を引き渡す前に、おそらく1909年まで、この絵に手を加え続けました。

同館の学芸員フランツ・スモラによる解説(Google Arts & Culture掲載)によれば、初期の段階では二人のすねは今より短く、花の草地の装飾ももっと多かったといいます。完成作では、クリムトは二人のすねの上に、這うような蔓をずっと多く描き加えました。

こうして手直しを終えた作品は、1909年に美術館へ納められました。ベルヴェデーレ美術館によれば、1909年の秋、同館の目録で初めて『接吻(Der Kuss)』という題名が使われます。これが、今日世界に知られる題名です。

ベルヴェデーレでの歩み

以来、『接吻』はずっとベルヴェデーレ美術館のコレクションにあります。同館の記録によると、1916年のオーストリア国立美術館の新しい展示、1929年のオランジェリーでのモダン・ギャラリーの展示、1954年に上宮で始まった19・20世紀オーストリア美術の展示などで公開されてきました。

2008年から2009年にかけては、クンストシャウ100周年を記念する展覧会「グスタフ・クリムトとクンストシャウ1908」が開かれ、2014年には「KLIMT & WARHOL – KUSS & KISS」という展覧会も開催されました。

クリムトは1918年にウィーンで亡くなりました。ベルヴェデーレ美術館は現在、世界でもっとも多くのクリムトの絵画を所蔵する美術館です。2012年に、ウィーンの収集家の旧蔵品2点が寄贈されて加わり、所蔵するクリムトの絵画は24点になりました。

『ひまわり』(1907/08年)

グスタフ・クリムト『ひまわり』(1907/08年)
グスタフ・クリムト『ひまわり』(1907/08年)ベルヴェデーレ美術館(ウィーン)/出典:Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

2012年の寄贈で加わった2点のうちの1点が、この『ひまわり』です。『接吻』とほぼ同じ時期に描かれた、正方形の風景画です。ベルヴェデーレ美術館のストーリー記事は、クリムトが肖像画や寓意画だけでなく、この『ひまわり』のような風景画にも金を使ったことを紹介しています。

同じ記事によれば、クリムトは風景を、その場所を写実的に写したものとは考えていませんでした。四角い区画、ぎっしり詰まった面、装飾的な構成。植物や花、水や光は、模様と色に置き換えられています。背の高いひまわりと足もとの花々は、どこか、草地に立つ『接吻』の二人の姿を思わせます。

現在の『接吻』

現在、『接吻』はベルヴェデーレ上宮の常設展示の中心に飾られています。同館によれば、クリムトの最高傑作として世界中に知られ、毎年、初めて訪れる人も、何度も訪れる人も魅了し続けています。

『接吻』のよくある疑問

『接吻』はどこで見られる?

オーストリア・ウィーンのベルヴェデーレ美術館、上宮(Oberes Belvedere)の常設展示で見ることができます。ベルヴェデーレ美術館には上宮・下宮・ベルヴェデーレ21など複数の建物があるため、訪れる前に公式サイトで展示場所と開館情報を確認すると安心です。

大きさはどれくらい?

縦横ともに180cmの正方形です。大人の背丈ほどもある大きな作品で、近くで見ると、金箔や細かな模様の質感がよく分かります。

原題と読み方は?

日本語の題名は『接吻(せっぷん)』です。ドイツ語の原題は『Der Kuss(Liebespaar)』で、英語では『The Kiss(Lovers)』と呼ばれます。1908年の初公開時の題名は「恋人たち(Liebespaar)」で、『接吻(Der Kuss)』の題名が使われたのは、1909年秋の美術館の目録が初めてでした。

モデルは誰?

ベルヴェデーレ美術館の公式な解説では、モデルが誰かについては触れられていません。同館は、この絵を特定の人物の肖像としてではなく、愛が人間の存在の中心にあることを表した寓意として説明しています。所蔵館の解説で、モデルは特定されていません。

金は本物?

本物です。ベルヴェデーレ美術館の作品記録によれば、人物の部分には金箔、銀箔、プラチナ箔が使われています。背景は、真鍮の箔の上に透明な絵具を重ね、金属箔の粒を散らしたものです。

二人はキスをしている?

画面をよく見ると、男性の口もとは女性の唇ではなく頬に寄せられていて、頬への口づけを描いたものとされます。

まとめ

いかがだったでしょうか。グスタフ・クリムトの『接吻』について、描かれているもの・見どころ・歴史をご紹介しました。

『接吻』は、クリムトが「黄金の時代」の絶頂期に、注文を受けずに描いた作品です。本物の金箔、銀箔、プラチナ箔を使い、四角と丸の模様で二人の違いを示しながら、ひとつに溶け合う恋人たちを描きました。花の咲く草地は崖のふちで途切れ、背景には金の粒が星のように散っています。

1908年の「クンストシャウ」で「恋人たち」として初公開されると、国がすぐに買い上げ、クリムトは手直しを重ねて1909年に完成させました。以来、この絵はずっとベルヴェデーレ美術館にあり、いまも同館の常設展示の中心にあります。

作品を前にする機会があれば、まず金色の輝き全体を味わったあと、頬に寄せられた口もと、衣の四角と丸、そして女性の足もとの崖のふちに目を止めてみてください。遠くからは見えなかった物語が、少しずつ見えてくるかもしれません。

Euphoric " " の視点

『接吻』は、具体的な注文を受けないまま描かれました。1908年に「恋人たち」の題で初公開されると、その会場で国に買い上げられます。

それでもクリムトは、引き渡す前のおそらく1909年まで、この絵に手を加え続けました。二人のすねの上には、這うような蔓をずっと多く描き加えています。『接吻』という題名が使われたのも、その年の秋の目録が初めてでした。

買い上げられた時点で、絵が画家の手を離れたわけではなかったようです。誰にも頼まれずに描きはじめた一枚を、納得のいくところまで仕上げる。その粘りも、いまなお見る人を立ち止まらせる力の一部なのかもしれません。

この作品を見に行くには

『接吻』は、ウィーンのベルヴェデーレ美術館上宮で公開されています。展示替えや貸し出しがあるため、最新の情報は公式サイトをご確認ください。

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