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- 小林賢太郎は、1973年4月17日生まれ、神奈川県横浜市出身の劇作家・演出家です。
- 1996年に多摩美術大学在学中に片桐仁とコントユニット「ラーメンズ」を結成し、1998年の単独公演「箱式」でデビューしました。
- 2020年11月にパフォーマーとしての表舞台を引退し、現在は劇作家・演出家として、オンラインシアター「シアター・コントロニカ」などで作・演出・美術を手がけています。
小林賢太郎/Kentaro Kobayashi
<プロフィール>
小林賢太郎のプロフィール
| 生年月日 | 1973年4月17日 |
| 出身地 | 神奈川県横浜市 |
| 学歴 | 多摩美術大学 版画科 卒業 |
| 職業 | 劇作家、演出家(元コメディアン・元パフォーマー) |
| 活動期間 | 1996年〜2020年(パフォーマーとして)。以降は作・演出・執筆などの活動を継続 |
| 事務所 | スタジオコンテナ(2017年10月設立) |
| 公式サイト | studio Contena/KENTARO KOBAYASHI WORKS |
1973年、神奈川県横浜市に生まれる。中学時代からクラス演劇の脚本を書いたり、高校在学中に演劇部に所属するなど、パフォーマンスを行うことが好きであったという。
多摩美術大学に進学して以降は、落研(落語研究会)に所属し、学業よりもサークル活動に専念していたという。
デビューして以来は、ソロの「Potsunen」として海外公演を行ったり、2016年には新たなコント集団「カジャラ」を結成した。さらに、同年には自身初となるアニメーションを作成、その活動の幅は広がりを見せている。
<作品>

小林賢太郎 経歴年表
| 1973年4月17日 | 神奈川県横浜市に生まれる |
| 1996年 | 多摩美術大学在学中に片桐仁とコントユニット「ラーメンズ」を結成 |
| 1998年 | ラーメンズ初の単独公演「箱式」を発表 |
| 1999年〜2004年 | 漫画「鼻兎」を「ヤングマガジンアッパーズ」誌に連載 |
| 2002年 | 自ら脚本・演出を手がける公演プロジェクト「小林賢太郎プロデュース公演(KKP)」を開始 |
| 2005年 | ソロコント公演「POTSUNEN」を開始(2012年に初の海外公演をパリ・モナコで実施) |
| 2009年〜2019年 | NHK BSプレミアムで「小林賢太郎テレビ」を年1回放送 |
| 2014年 | 著書「僕がコントや演劇のために考えていること」を幻冬舎より刊行 |
| 2016年 | 新作コント公演「カジャラ」を開始。アニメーション「カラフル忍者いろまき」で初めて監督を務める |
| 2017年10月 | 自身の著作物管理・制作を行う事務所「スタジオコンテナ」を設立 |
| 2020年11月16日 | パフォーマーとして表舞台から引退(同年12月1日発表) |
| 2021年7月 | 東京オリンピック開会式のショーディレクター就任が発表された後、同月22日に解任 |
| 2023年 | オンラインシアター「シアター・コントロニカ」での公演を開始 |
小林賢太郎といえば、ラーメンズのコンビで有名である。相方である片桐仁とは、大学時代に同じ学科で出会い、コンビを結成した。1998年にデビュー作であるコント公演「ラーメンズ・箱式」を発表し、以来、全国各地で公演活動を行っている。
小林賢太郎の舞台では「ことば」を巧みに使った作品が多く、特に、ラーメンズの公演では言葉を独創的に使い笑いを引き起こす。日本語や時に英語を独自の視点で観察し、それをネタにしていく。時にそれは、言葉の意味だけをとらえるのではなく、その言葉が持つ形、おかれている環境、使われ方など、多角的に観察している。
また、小林賢太郎はKKTV(小林賢太郎テレビ)という、年に一度NHKで放送する番組も手がけている。この番組の中で小林賢太郎のコントの制作過程が紹介されており、その発想力や展開力には驚かされる。例えば「タイムマシン」というテーマに対しては、「タイムマシンは乗り物とは限らない。」という、我々が無意識のうちに持つ固定観念を意とも簡単に覆す。
小林賢太郎の作品の中に、「日本の形」というものがある。この作品は、日本の文化を独創的な視点で、面白おかしく紹介する映像作品となっている。ニューヨークに暮らしていた経験ならでは作品だろう。
2016年に福岡で行われた「小林賢太郎がコントや演劇のためにつくった美術 展」で舞台で使われた道具や自身のイラストレーションなどが展示された。こうしたネタは、日々のメモ、日々の小さな面白いことなどから生まれるという。
この個展で展示された作品の中の『46ピースのパズル』という作品では、小林がその造形が好きでたまらない「ひらがな」と、独自に創作した新たな「ひらがな」を並べて展示した。「50音っていうのに46音しかないのって不思議」と書き記されたこの作品は、小林の小さな発見を表している典型といえる。

東京オリンピック開会式演出担当と解任について
2021年7月14日、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会は開会式・閉会式の「式典コンセプト」を発表し、小林賢太郎はショーディレクターとして名を連ねました。同月21日夜、1998年5月発売のビデオソフトに収録されたラーメンズ時代のコントの内容がSNS上で取り上げられ、その中で使われていた表現が問題視されました。これを受けて国際的なユダヤ人人権団体が抗議の声明を発表するなど騒動が拡大し、組織委員会は開会式前日にあたる同月22日午前、小林の起用を解任しました。小林は同日、組織委員会を通じて謝罪のコメントを発表しています。
小林は仕事としては、複数の仕事を同時に進めるということより、一つのことを丁寧にこなしていくことが多いという。「100点は誰でも一度はとることができる。プロはいかに80点以上をとり続けられるかが勝負。」この小林の考え方が、一つ一つの作品が魅力的にしているのではないだろうか。
代表作
舞台(コント・演劇)
- ラーメンズ「箱式」(1998年、ラーメンズ初の単独公演)
- 小林賢太郎プロデュース公演(KKP)シリーズ(2002年〜)
- ソロコント公演「POTSUNEN」(2005年〜)
- 新作コント公演「カジャラ」(2016年〜)
- シアター・コントロニカ コント公演「回廊」「並行食堂」「イミノウム」など(2023年〜)
映像・テレビ
- 「小林賢太郎テレビ」(NHK BSプレミアム、2009年〜2019年、年1回放送)
- アニメーション「カラフル忍者いろまき」(2016年、初監督作品)
著書
- 「小林賢太郎戯曲集」シリーズ(幻冬舎)
- 「僕がコントや演劇のために考えていること」(幻冬舎、2014年)
- 絵本「うるうのもり」(講談社、2016年)
よくある質問
小林賢太郎の出身大学はどこですか?
多摩美術大学です。版画科に在学中、同級生の片桐仁と出会い、コントユニット「ラーメンズ」を結成しました。
小林賢太郎の出身高校は?
出身高校名は本人や公式サイトから公表されていません。高校時代は演劇部に所属し、パフォーマンスに関わる活動を行っていたことが知られています。
小林賢太郎の年齢は?
1973年4月17日生まれで、2026年10月時点で53歳です。
小林賢太郎の本(著書)はありますか?
「小林賢太郎戯曲集」シリーズのほか、創作の考え方をまとめた「僕がコントや演劇のために考えていること」(幻冬舎、2014年)、絵本「うるうのもり」(講談社、2016年)などを刊行しています。
小林賢太郎は今、何をしているのですか?
2020年11月にパフォーマーとしての活動を引退した後は、劇作家・演出家として作・演出に専念しており、事務所スタジオコンテナが運営するオンラインシアター「シアター・コントロニカ」でコント公演の脚本・演出・美術を手がけています。
<参考文献>- https://www.cinra.net/review/20141002-kobayashikentaro
- https://note.com/shionamamori/n/ne90a0e34263e
- https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E6%9E%97%E8%B3%A2%E5%A4%AA%E9%83%8E#%E6%A6%82%E8%A6%81
- http://artium.jp/exhibition/2016/15-09-kobayashikentaro/
- https://www.cinra.net/interview/201601-kaimakupennantrace
- https://www.nhk.or.jp/techne/basics/content.html#rotoscope






