こんにちは。ユアムーン株式会社 編集部です。
皆さんはケニー・シャーフという人物をご存知ですか?
ケニー・シャーフ(Kenny Scharf)は、1958年にアメリカのロサンゼルスで生まれた画家です。日本では「ケニーシャーフ」と続けて表記されることもあります。1980年代のニューヨークで、キース・ヘリングやジャン=ミシェル・バスキアと同じ時代に頭角を現し、アニメのキャラクター、宇宙、SFのイメージを、鮮やかな色彩とスプレー塗料で描いてきました。
シャーフは自分の絵を「ポップ・シュルレアリスム」と呼んでいます。シュルレアリスムは無意識を描く芸術であり、自分の無意識はポップなイメージで満たされている。だから自分の芸術はポップ・シュルレアリスムなのだ、という考え方です。絵画だけでなく、蛍光色のオブジェで部屋を埋めつくすインスタレーション《Cosmic Cavern(コズミック・キャバーン)》や、家電や車に絵を描く「カスタマイズ」、街の壁画まで、表現の場を大きく広げてきました。
2026年6月からは、山梨県北杜市の中村キース・ヘリング美術館で、ヘリングとの二人展が開かれています。本記事ではそんなケニー・シャーフの人生と作品についてご紹介します。
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基本情報
| 本名 | ケニー・シャーフ(Kenny Scharf)。「ケニーシャーフ」と続けて表記されることもあります |
| 生年月日(没年月日) | 1958年生まれ(2026年10月時点で存命。月日は公式の資料で確認できなかったため記載していません) |
| 国籍・出身 | アメリカ/カリフォルニア州ロサンゼルス生まれ |
| 学歴 | 1980年、ニューヨークのスクール・オブ・ビジュアル・アーツ(School of Visual Arts、SVA)で美術学士(BFA)を取得 |
| 分野 | 絵画、彫刻、インスタレーション、パフォーマンス、壁画、家電や車のカスタマイズ |
| 傾向 | ポップ・シュルレアリスム。アニメのキャラクターやSFのイメージを、鮮やかな色彩とスプレー塗料で描く |
| 師事した人物・影響を受けた人物 | アンディ・ウォーホルを師と仰いだとされます。同じ年に生まれたキース・ヘリングとは、SVAで出会って以来の盟友です |
| 拠点 | カリフォルニア州ロサンゼルス(2026年10月時点の公式サイト・所属画廊の紹介による) |
シャーフと同じ時代に活躍した作家や、関わりの深いジャンルについては、以下の記事でも詳しくご紹介しています。
経歴と作品
ロサンゼルスからニューヨークへ(1958年〜1980年)
ケニー・シャーフは1958年、カリフォルニア州ロサンゼルスに生まれました。作家の公式サイトと、2024年に大規模な個展を開いたブラント財団の紹介は、いずれも出生地をロサンゼルスとしています。
1978年、シャーフはニューヨークへ移り住みます。中村キース・ヘリング美術館の展覧会の紹介によれば、同じ1958年に生まれたキース・ヘリングも同じ年にニューヨークへ移住し、二人は美術学校スクール・オブ・ビジュアル・アーツで出会いました。以来、二人は公私にわたって交流を深めていきます。
シャーフは1980年、スクール・オブ・ビジュアル・アーツで美術学士(BFA)を取得しました。ヘリングとの関係は、のちにシャーフの代表作のいくつかにも直接表れることになります。ヘリングの人生と作品については、キース・ヘリングの徹底解説記事でも詳しくご紹介しています。
イースト・ヴィレッジとクラブ57(1979年〜1981年)
シャーフが最初に作品を発表した場所のひとつが、マンハッタンのイースト・ヴィレッジにあった「クラブ57(Club 57)」です。ニューヨーク近代美術館(MoMA)は、2017年から2018年にかけてこの場所を取り上げた展覧会を開きました。MoMAの紹介によると、クラブ57はセント・マークス・プレイス57番地のポーランド系教会の地下にあり、1978年から1983年まで、予算のない音楽と映画の上映の場として始まりました。展覧会の企画を担当していたのはキース・ヘリングで、映画、パフォーマンス、美術が入りまじる、ダウンタウンの実験の場になっていきます。
公式サイトの年譜には、1979年にクラブ57で開いた「Celebration of the Space Age(宇宙時代の祝祭)」、1981年に同じクラブ57で開いた「Customized Appliances(カスタマイズした家電)」という個展が載っています。題名のとおり、宇宙時代への憧れと、身の回りの家電に絵を描いて作り変える試みは、この時期からすでにシャーフの仕事の柱でした。
ブラント財団の紹介は、この時期にシャーフがアンディ・ウォーホルを師と仰いでいたと書いています。ウォーホルの影響は、アニメ『宇宙家族ジェットソン(The Jetsons)』や『原始家族フリントストーン(The Flintstones)』のキャラクターなど、大衆文化のアイコンを絵に取り込む方法に表れていると説明されています。1981年には、ギャラリー「ファン・ギャラリー(Fun Gallery)」で個展「The Jetsons」を開きました。その前年の1980年にはグループ展「タイムズ・スクエア・ショー(The Times Square Show)」に参加し、1981年には、中村キース・ヘリング美術館が「伝説的なグループ展」と呼ぶP.S.1の「New York/New Wave」にも参加しています。
ポップ・シュルレアリスムという言葉
シャーフの仕事を語るうえで欠かせないのが、「ポップ・シュルレアリスム(Pop Surrealism)」という言葉です。
ホイットニー美術館の音声ガイドで、シャーフ本人は、1981年に自分で宣言文をつくり、そこで「ポップ・シュルレアリスム」という言葉を定義したと語っています。幼いころから広告やテレビなどのメディアにさらされ続けたため、自分の無意識はポップなイメージで満たされている、という結論にたどり着いたのだといいます。
ブラント財団が紹介する本人の言葉も、同じ考えを伝えています。シュルレアリスムは無意識についての芸術であり、自分の作品も無意識についての芸術だと感じている。ただし自分の無意識はポップなので、その芸術はポップ・シュルレアリスムになる、という趣旨です。
シュルレアリスムは、1920年代にフランスで始まった、夢や無意識の世界を描こうとする芸術の運動です。シャーフの場合、その無意識の中に住んでいるのは、テレビで見たアニメのキャラクターや、宇宙船、SF映画の怪物たちでした。シャーフはホイットニー美術館の音声ガイドで、芸術をつくるときに楽しむこと、そしてその楽しさを見る人と分かち合うことを、いつも大切にしてきたとも語っています。

部屋そのものを作品にした《Cosmic Cavern》(1981年〜)
シャーフの代表的なインスタレーションが、《Cosmic Cavern(コズミック・キャバーン)》です。もとは「クローゼット(Closet)」と呼ばれていました。
中村キース・ヘリング美術館の紹介によれば、最初に発表されたのは1981年です。P.S.1で開かれたグループ展「New York/New Wave」の会期中、シャーフとヘリングは当時いっしょに暮らしていたアパートを一般に公開しました。ポートランド美術館によれば、シャーフはその小さなアパートのクローゼットで、のちの《Cosmic Cavern》の原型となる《Closet》を発表しています。シャーフの公式サイトに掲載された一覧でも、第1作は「39丁目と6番街の、キース・ヘリングと共有したロフト」に置かれたものとして記録されています。
拾ってきたおもちゃや家電、日用品を壁や天井まで埋めつくし、蛍光塗料で塗り、ブラックライトで照らす。同じ美術館の紹介は、空間にひしめくオブジェが発光するさまを、シャーフの絵画の中に迷い込んだような体験だと説明しています。
公式サイトの一覧によると、このシリーズは1985年のホイットニー・ビエンナーレ(第7作)や、同じ1985年の東京の草月美術館(第8作)、1991年のクイーンズ美術館(第9作)などへと場所を移しながら作り続けられてきました。2015年から2016年にかけてオレゴン州のポートランド美術館に設けられた第33作の内部は、蛍光色の網、スピーカー、鍵盤楽器、おもちゃ、人形の顔などが床から天井までぎっしりと重なり、青紫の光の中でいっせいに浮かび上がっています。

2017年から2018年には、先に触れたMoMAのクラブ57の展覧会に第35作が登場しました。2023年には東京のNANZUKAで第44作が公開されています。40年以上にわたり、場所ごとに一から作り直されてきた作品です。

ジャングルの絵とホイットニー・ビエンナーレ(1983年〜1985年)
1983年、シャーフはトニー・シャフラジ・ギャラリー(Tony Shafrazi Gallery)で個展を開きます。公式サイトの年譜では、この画廊での個展は1983年、1984年、1985年と毎年のように続いています。1984年にはヴェネツィア・ビエンナーレの若手部門「アペルト84」に参加し、パリ市立近代美術館の「フィギュラシオン・リーブル フランス/アメリカ」展にも名を連ねました。
この時期のシャーフを代表するのが、ジャングルを描いた絵画です。ブラント財団の紹介は、混沌とした場面の作品群のなかに「ジャングルの絵」があると書き、どれもユーモラスな植物と漫画のような顔をした生きものであふれていると説明しています。
『Jungle Juice』(1984年)
ロサンゼルスのブロード美術館が所蔵する『Jungle Juice(ジャングル・ジュース)』は、そうしたジャングルの絵のひとつです。赤一色の地の上に、青いヤシの木や、つるを巻きつけた細い木が立ち並んでいます。その枝や葉のあいだには、目玉の大きな紫色の顔、3つの目をもつ緑色の生きもの、黄色い蝶、水玉模様の黄色い葉が、画面のすみずみまで描き込まれています。
よく見ると、木の実にも、虫にも、地面から伸びる草にも顔があります。熱帯のジャングルを、アニメの世界のような生きものたちのにぎやかな住みかとして描き直した絵だといえます。所蔵館の作品ページによると、技法はカンバスにアクリル、大きさは縦213.36×横274.32センチです。

『Inside Out』(1984年)
同じくブロード美術館が所蔵する『Inside Out(インサイド・アウト)』は、黄色の地に青い顔がいくつも浮かぶ作品です。大きく口を開けた青い顔の口の中には星空が広がり、その周りを赤やピンクのらせんが渦を巻いています。四隅には、目と歯をもつ青い箱のような形が散らばっています。
題名の「インサイド・アウト」は「裏返し」という意味です。顔の内側にあるはずの口の中が宇宙につながっているという構図は、身近なキャラクターの中に宇宙が広がっているという、シャーフらしい発想を感じさせます。所蔵館の作品ページによると、技法はカンバスにアクリルとスプレー塗料、大きさは縦215.9×横220.98センチです。

『When the Worlds Collide』(1984年)
ブラント財団が「代表作」と呼ぶのが、ホイットニー美術館が所蔵する『When the Worlds Collide(世界が衝突するとき)』です。高さ約3.1メートル、幅約5.3メートルという大作で、1985年のホイットニー・ビエンナーレに出品されました。
画面の中央では、赤い山から生えたような、大きな目と赤い鼻の生きものが笑っています。そのまわりに、ピンクの雲、黒い球体、渦巻き、花火のような放射状の線、オレンジ色の怪物、白い滝が、ところせましと配置されています。シャーフ本人はホイットニー美術館の音声ガイドで、この絵は、すべてのものが同時に存在しうるという考えを表したものだと語っています。平和もあれば混沌もある、ほとんどすべてのものがいっしょに存在できる、という説明です。
この絵には、ヘリングとの友情も描き込まれています。シャーフによれば、当時シャーフには自分のスタジオがなく、留守にしていたヘリングが自分のスタジオを貸してくれたのだといいます。そのお礼として、画面の右下の小さな台の上に、シャーフ流に描いたヘリングの「赤ちゃん」のモチーフを置いたと、本人が語っています。所蔵館の作品ページによると、技法はカンバスに油彩とアクリルのスプレー塗料です。

カスタマイズとアメリカの夢
シャーフの仕事には、絵画のほかにもうひとつの柱があります。身の回りのものに絵を描いて作り変える「カスタマイズ」です。1981年の個展「Customized Appliances」はその出発点でした。公式サイトには、今も「Customized」「Karbombz」という項目があり、家電や車を作り変えた作品がまとめられています。
ブラント財団は、1985年の美術誌『ARTnews』に載ったシャーフの言葉を紹介しています。どうせプラスチックなのだから、とことんやればいい。自然に見せかけたものも、何もかもが同じ顔でただそこにあるのも退屈だ。ものを埋めつくし、作り変えると気分がよくなる、という趣旨です。
2018年の雑誌のインタビューで、シャーフは、拾ってきた家電を40年あまり作品に使ってきたこと、そしてテレビの背面を、ていねいに描き込んだ油彩画に変える試みを始めたことを語っています。テレビの背面は仮面のような姿になり、民族的なものとロボットの両方を思わせる形になるのだといいます。
ブラント財団の紹介は、初期のシャーフの絵に、中流家庭の暮らしを風刺する作品があることにも触れています。1978年の『George Simpson’s Barbecuing』は、ホットドッグを焼くアメリカの男性を描いていますが、場所は裏庭ではなく浴室で、洗面台や浴槽から架空のつる草が伸びています。財団はこうした絵に、アメリカの夢が果たされなかったことへの不安が表れていると説明しています。
世界の美術館とストリートへ(1980年代後半〜2010年代)
中村キース・ヘリング美術館の紹介によれば、シャーフはニューヨークからマイアミ、ロサンゼルスへと拠点を移しながら、作品を発表し続けてきました。公式サイトの年譜には、1995年のフォートローダーデール美術館での回顧展「Scharf-O-Rama 1978-1995」、1997年のサルバドール・ダリ美術館での個展「Pop Surrealist」などが並んでいます。
同じ美術館の紹介は、シャーフが1980年代以降、環境の問題にも取り組み、エコロジーへの意識を促す作品を作り続けてきたと書いています。公式サイトの年譜には、1989年にトニー・シャフラジ・ギャラリーで開かれた「Don’t Bungle the Jungle(ジャングルをめちゃくちゃにするな)」という展覧会も記録されています。
2000年代以降は、壁画やブランドとの協働も増えていきます。公式サイトの年譜には、2014年のルイ・ヴィトンのための布地のデザイン「COSMIGOGO」、2015年と2016年のハマー美術館のロビーの壁画などが記されています。所属画廊のTOTAHは、シャーフの大きな作品の多くが、今もニューヨークの街角を飾っていると紹介しています。
2017年には、ホイットニー美術館の展覧会「Fast Forward: Painting from the 1980s」に、再び『When the Worlds Collide』が並びました。同じ年、MoMAのクラブ57の展覧会では、第35作の《Cosmic Cavern》が公開されています。
回顧の時代へ(2020年代)
2020年代に入ると、シャーフの仕事を振り返る大きな展覧会が続きます。
2024年11月から2025年2月まで、ニューヨークのイースト・ヴィレッジにあるブラント財団で、大規模な個展「Kenny Scharf」が開かれました。財団の発表によると、1970年代後半から近年までの絵画、彫刻、オブジェ70点以上を集めた展覧会で、ホイットニー美術館やブロード美術館からも作品が貸し出されました。企画は、財団のピーター・M・ブラントと、1980年代からシャーフの個展を開いてきたトニー・シャフラジが、作家と緊密に協力して行いました。財団は、バスキア(2019年)、ウォーホル(2023年)に続いて、この地区ゆかりの作家を紹介する展覧会だと位置づけています。
所属画廊のTOTAHは、2025年に上海のModern Art Museum(MAM Shanghai)で開かれた個展「Emotional」を、これまでで最大規模の紹介だったとしています。公式サイトの年譜によると、この展覧会は2026年に武漢の湖北現代美術館でも開かれました。TOTAHはさらに、2026年秋にニューヨークのロックフェラー・センターで、パブリックアートの展示「Scary and the Dancers!」が行われると紹介しています。
| 年 | 主な出来事(公式サイトの年譜・所蔵館の資料による) |
|---|---|
| 1979年 | 個展「Celebration of the Space Age」(クラブ57) |
| 1980年 | スクール・オブ・ビジュアル・アーツで美術学士/タイムズ・スクエア・ショー |
| 1981年 | 個展「Customized Appliances」(クラブ57)、「The Jetsons」(ファン・ギャラリー)/P.S.1「New York/New Wave」/《Closet》の発表 |
| 1983年 | トニー・シャフラジ・ギャラリーで個展 |
| 1984年 | ヴェネツィア・ビエンナーレ「アペルト84」/『When the Worlds Collide』『Jungle Juice』『Inside Out』 |
| 1985年 | ホイットニー・ビエンナーレ(《Cosmic Cavern》第7作)/草月美術館(第8作) |
| 1995年 | 回顧展「Scharf-O-Rama 1978-1995」(フォートローダーデール美術館) |
| 2014年 | ルイ・ヴィトンのための布地のデザイン「COSMIGOGO」 |
| 2015〜2016年 | 《Cosmic Cavern》第33作(ポートランド美術館)/ハマー美術館のロビーの壁画 |
| 2017〜2018年 | MoMA「Club 57」展(《Cosmic Cavern》第35作)/ホイットニー美術館「Fast Forward」展 |
| 2024〜2025年 | ブラント財団で大規模な個展 |
| 2025年 | 個展「Emotional」(Modern Art Museum Shanghai) |
| 2026年 | 二人展「ケニー・シャーフ&キース・ヘリング:K!K!」(中村キース・ヘリング美術館) |
日本で出会うシャーフと、ヘリングとの二人展(2026年〜)
シャーフと日本の関わりは古く、公式サイトの年譜には、1985年に東京の草月美術館で開かれた「Art in Action」展への参加と、同じ年の《Cosmic Cavern》第8作が記されています。草月美術館は、公式サイトが挙げる公的なコレクションの一覧にも入っています。2023年には、東京のNANZUKA UNDERGROUNDと草月プラザで個展「I’m Baaack」が開かれました。
そして2026年6月6日、山梨県北杜市の中村キース・ヘリング美術館で、展覧会「ケニー・シャーフ&キース・ヘリング:K!K!」が始まりました。会期は2027年5月16日までです。美術館は、ヘリングが亡くなってから初めての二人展であり、国内の美術館で初めてシャーフの活動を体系的に紹介する展覧会だとしています。
美術館の紹介によると、シャーフ自身が展示構成に関わり、二人の共同プロジェクトや互いの影響に光を当てています。展示は、ヘリング、シャーフとヘリング、シャーフの3つの部分で構成され、シャーフが同館のために制作する新作や、《Cosmic Cavern》による没入型の空間も設けられています。会場では、ブラジルのバイーア州の漁村に残るヘリングの壁画と、シャーフによるその修復を軸にしたドキュメンタリー『Restless – Keith Haring in Brazil』も上映されます。美術館によれば、1983年にサンパウロ・ビエンナーレで初めてブラジルを訪れたヘリングは、翌年シャーフに誘われてこの村を訪れ、以来たびたび足を運んだといいます。
中村キース・ヘリング美術館の公式YouTubeチャンネルでは、この展覧会の会場の様子を記録した動画が公開されています。
美術館の紹介は、二人の作品を並べることで、色や形に見られる互いの影響や同時代性が浮かび上がる一方、それぞれの個性も際立つと書いています。シャーフについてはポップで宇宙的なイメージに満ちた世界観、ヘリングについては明快な線による象徴性という言葉で、その違いを説明しています。

まとめ
いかがだったでしょうか。ケニー・シャーフの人生と作品について、ご紹介してきました。
シャーフは1958年にロサンゼルスで生まれ、1978年にニューヨークへ移り、スクール・オブ・ビジュアル・アーツでキース・ヘリングと出会いました。イースト・ヴィレッジのクラブ57で作品を発表し始め、1981年には自分の芸術を「ポップ・シュルレアリスム」と名づけています。
ブロード美術館の『Jungle Juice』や『Inside Out』、ホイットニー美術館の『When the Worlds Collide』には、アニメのような生きものと宇宙のイメージがあふれています。その一方で、部屋を蛍光色のオブジェで埋めつくす《Cosmic Cavern》や、家電や車のカスタマイズ、街の壁画と、シャーフは絵画の外へも表現を広げてきました。
そして2026年、ヘリングとの友情は、日本の中村キース・ヘリング美術館での二人展という形で、あらためて紹介されています。楽しさを見る人と分かち合うことを大切にしてきたシャーフの作品は、画面の前で、自分の中にあるポップなイメージを探してみたくなる絵です。機会があれば、ぜひ実物の色と大きさを体感してみてください。
Euphoric " " の視点
シャーフの仕事は、テレビや広告に囲まれて育った世代の無意識を、そのまま作品の材料にするところから始まりました。1981年に自ら「ポップ・シュルレアリスム」と名づけたその考え方は、絵画だけでなく、部屋を埋めつくす《Cosmic Cavern》や家電のカスタマイズ、街の壁画へと広がっています。
2026年には、キース・ヘリングとの二人展が日本の美術館で開かれています。同じ年に生まれた二人の作品を並べることで、互いの影響とそれぞれの個性が浮かび上がります。身近な大衆文化の中に芸術の入口があることを、シャーフの40年以上の歩みは伝えてくれます。
この作品を見に行くには
記事で紹介した作品は、次の館などで公開されてきました。展示替えがあるため、最新の情報は公式サイトをご確認ください。2026年10月時点で、中村キース・ヘリング美術館では二人展「ケニー・シャーフ&キース・ヘリング:K!K!」が開かれています(2027年5月16日まで)。






