「アート思考」という言葉は、ビジネス書や研修の題材としてすっかり定着しました。一方で、「結局、何をすることなのか」「デザイン思考と何が違うのか」と、はっきりしないままの方も多いのではないでしょうか。
この記事では、次の3点が分かります。
- アート思考の定義と、デザイン思考との違い
- 経営の中で、アート思考が役立つ場面と、注意点
- アートの視点を会社の取り組みに取り入れる具体的な方法
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Toggleアート思考とは
アート思考とは、常識や正解にとらわれず、自分の内側にある興味をもとに、自分のものの見方で世界をとらえ、自分なりの探究を続ける考え方です。 この定義は、美術教師でありアーティストでもある末永幸歩氏の著書『「自分だけの答え」が見つかる 13歳からのアート思考』(ダイヤモンド社、2020年)の紹介で、広く示されているものです。

同書は、アートを植物にたとえて説明します。地上に見える「花」が作品、地中に広がる「根」が作者の探究、その出発点となる「種」が作者の興味です。私たちは作品という花に目を向けがちですが、実際に空間も時間も多く占めているのは、見えない根の部分だ、という考え方です。
同書では、ピカソやデュシャンなど20世紀の作品を題材に、アーティストが常識を疑い、新しい問いを立ててきた過程が整理されています。
デザイン思考との違い
アート思考とよく比べられるのが、デザイン思考です。デザイン思考については、IDEOのティム・ブラウン(Tim Brown)が『ハーバード・ビジネス・レビュー』2008年6月号の論文「Design Thinking」で紹介し、広まりました。人々が何を必要とし、どう体験しているかを観察して理解し、イノベーションにつなげる、人間中心の方法論です。共感(エンパシー)と、複雑な問題の全体をとらえる統合的な思考が特徴として挙げられています。

| 観点 | デザイン思考 | アート思考 |
|---|---|---|
| 出発点 | 他者(利用者)のニーズ | 自分の内側の興味・違和感 |
| 問いの置き方 | 「誰の、どんな課題を解くか」 | 「そもそも、なぜそうなのか」 |
| 答えの性質 | 課題への解決策 | 自分なりの答え、新しい見方 |
| 向いている場面 | 既存の課題の改善、体験設計 | 前提を疑う、新しい方向を探る |
この表は、両者の傾向を分かりやすく整理した私たちの見方で、どちらが優れているという話ではありません。実務では、両方を組み合わせる場面も多くあります。たとえば、アート思考で「そもそも何を目指すのか」という問いを立て、デザイン思考でその実現方法を検証する、という使い分けが考えられます。
経営での使いどころ
1 ビジョンや存在意義を問い直すとき
市場調査やニーズの分析だけでは、「自社は何者か」という問いに答えが出ません。この問いは、経営者自身の興味や違和感から出発するため、アート思考の得意とする領域です。
2 前提を疑う新規事業・商品開発
「業界ではこうするもの」という常識は、気づかないうちに選択肢を狭めます。常識を疑い、別の見方を探る姿勢は、新しい価値の種になり得ます。
3 ブランドの独自性を磨くとき
他社と似た施策が増えるほど、独自性は薄れます。自社ならではの視点を深める過程は、ブランドの軸を強くすることにつながります。
事例 アップル「Think different」
アート思考そのものの事例ではありませんが、考え方の参考になる例として、Appleの広告キャンペーン「Think different」があります。TBWA\Chiat\Dayが制作し、1997年9月28日にテレビCMが初めて放送されたと報じられています。アインシュタイン、ガンジー、ピカソなどの人物を白黒の映像で取り上げ、製品の機能ではなく、ブランドの姿勢を語る内容でした。1998年には、このテレビCMがプライムタイム・エミー賞のコマーシャル部門を受賞しています。
この例は、製品の説明より先に「自社は何を大切にする存在か」を打ち出した点で、問いから出発する姿勢の参考になります。ただし、このキャンペーンがアート思考に基づいていたかどうかは、公開資料からは確認できません。
よくある誤解
誤解1 アート思考は、芸術的な才能が必要である
必要なのは作品をつくる技術ではなく、自分の見方で問いを立てる姿勢です。美術の経験がなくても取り組めます。
誤解2 アート思考をすれば、すぐに成果が出る
自分の興味から問いを深める過程は、短期の成果を目的にしていません。時間をかけて根を育てる性質のものです。成果への道筋は、他の手法と組み合わせて設計するのが現実的です。
誤解3 アート思考なら、独りよがりでよい
自分の内側から出発するといっても、他者とまったく関わらなくてよいわけではありません。独自の見方を、他者と対話しながら磨き、社会に問う過程も含めて考えるのが一般的です。
会社でアートの視点を取り入れる方法
以下は、私たちの意見を含む、取り入れ方の例です。

作品を見て対話する時間をつくる
1枚の作品を前に、「何が見えるか」「なぜそう感じるか」を話し合う時間をつくります。正解を探すのではなく、人によって見え方が違うことを体験することが目的です。
経営の問いを、書き出す
「うちは何のためにこの事業をしているのか」といった根本的な問いを、時間をかけて書き出します。問いの質が、その後の探究の質を左右します。
空間にアートを置き、日常の中で問いに触れる
オフィスや店舗にアートを取り入れると、日常の中で「違う見方」に触れる機会が増えます。選定にあたっては、会社の軸と結びつけて考えると、対話のきっかけになりやすくなります。
導入前のチェックリスト
- 取り入れる目的を、一文で書けるか
- 参加者が自由に発言できる雰囲気があるか
- 結論を急がず、問いを持ち帰る時間があるか
- 現場の判断や制度と、分断されていないか
節目の計画段階で専門家に相談すると、目的の整理や、取り入れる範囲の設計がしやすくなります。
注意点 流行語として使わない
アート思考という言葉は広く使われていますが、研修で一度体験しただけで「アート思考を導入した」と言ってしまうと、本来の意味が薄れます。大切なのは、言葉ではなく、問いを立てて探究を続ける習慣です。社内で使う際は、何を指して使っているのかを、共通の言葉で確認しておくことをお勧めします。
アート思考の始め方 問いを立てる練習
アート思考の入口は、「正解を探す」から「問いを立てる」への切り替えです。ここでは、日常業務の中で試せる練習を挙げます。以下は、私たちの意見を含む例です。
練習1 「当たり前」を3つ書き出す
自社の業界や自分の仕事で、「そういうものだから」と受け入れていることを3つ書き出します。そのうえで、「なぜそうなのか」「やめたらどうなるか」を問います。答えが出なくても、問いを持つこと自体が練習です。
練習2 自分の違和感に名前をつける
会議や顧客対応の中で、小さな違和感を覚えた場面をメモします。違和感は、自分の内側にある基準が反応したサインとも言えます。それを言葉にしておくと、後で問いに育てられます。
練習3 1つの作品を10分見る
美術館や展覧会で1つの作品を選び、10分ほど眺めて、気づいたことをすべて書き出します。「何が描かれているか」から「なぜこう表現したのか」へと、見方を深めます。正解を知る前に、自分の見方を持つことが目的です。
練習4 他の人の見方を聞く
同じ作品を、別の人はどう見たのかを聞きます。自分とは異なる見方に触れると、自分の見方の輪郭がはっきりします。
経営の意思決定とアート思考
経営の意思決定は、データや過去の実績に基づくことが多く、それは重要な土台です。一方で、データは過去の結果であり、まだ存在しない選択肢を示してくれるわけではありません。まだ存在しない選択肢を考えるとき、問いを立てる力が支えになる場合があります。
ただし、アート思考を経営判断の「根拠」にそのまま使うことは、お勧めしません。問いを広げる段階ではアート思考が役立ち、選択肢を検証する段階ではデータや顧客の声が必要になります。段階ごとに使い分けることが、現実的です。
組織に取り入れるときの観点
| 観点 | 確認すること |
|---|---|
| 目的 | 何のために取り入れるのか(新規事業、理念の見直しなど) |
| 対象 | 経営層、管理職、全社員のどこから始めるか |
| 場 | 作品鑑賞、対話、問いの共有をどこで行うか |
| 接続 | 日々の業務や制度に、どうつなげるか |
| 期間 | 1回で終えず、継続する仕組みがあるか |
空間にアートを置くことの意味
オフィスの壁に作品があることは、アート思考を直接教えるものではありません。しかし、毎日目にする作品は、「見方は一つではない」という前提を日常の中に置いてくれます。作品の前で足を止める社員が一人いれば、その人の問いが会話のきっかけになることもあります。
そのためには、作品が「飾り」にとどまらず、会社の軸や問いと結びついていることが大切です。たとえば、「私たちはなぜこの事業をするのか」という問いを掲げる会社が、その問いに通じる作品を選ぶ、といった考え方が考えられます。オフィス移転や周年など、会社の節目の計画段階で専門家に相談すると、問いと作品の結びつきを整理しやすくなります。
まとめ
- アート思考は、自分の興味から問いを立て、自分なりの探究を続ける考え方です。
- デザイン思考は他者のニーズから課題解決を目指し、アート思考は内側の興味から新しい見方を探る点に傾向の違いがあります。
- 経営では、存在意義の問い直し、前提を疑う開発、ブランドの独自性を磨く場面で役立ちます。
- 作品を前にした対話や、日常の空間にアートを取り入れることが、実践の入り口になります。
よくある質問(FAQ)
Q1. アート思考とデザイン思考は、どちらを先に学ぶべきですか。
どちらが先ということはありません。目的によって選ぶものです。既存の課題を解決したいならデザイン思考、前提から問い直したいならアート思考が、入口として向いている傾向があります。
Q2. アート思考は個人にも組織にも使えますか。
使えます。個人の探究から始まる考え方ですが、組織では対話の場や問いの共有を通じて取り入れることができます。
Q3. アート思考の参考になる本はありますか。
末永幸歩『「自分だけの答え」が見つかる 13歳からのアート思考』(ダイヤモンド社、2020年)が広く読まれています。まずはこの1冊から確認する方法があります。
この記事を書いた Euphoric " " について
Euphoric " " は、ユアムーン株式会社が運営するアートメディアです。ユアムーンは、デザインとクリエイティブを軸にしたブランディング会社です。ブランドの言語化から、ロゴやWebサイトなどのデザイン、社内外への発信までを一貫して設計しています。ご希望に応じて、アートの選定・導入もお手伝いしています。
アートの視点を会社に取り入れるには、考え方の整理と、日常の空間にそれを置く設計の両方が必要です。ブランドの言語化から作品の選定・導入までを、一貫して設計しています。
参考資料
- 末永幸歩『「自分だけの答え」が見つかる 13歳からのアート思考』ダイヤモンド社、2020年(著者インタビュー:https://realsound.jp/book/2020/07/post-583555.html / https://www.lifehacker.jp/2020/02/book_to_read-480.html )
- Tim Brown, “Design Thinking,” Harvard Business Review, June 2008(https://courses.ischool.berkeley.edu/i290-1/f09/reading/L4R1.html )
- Primetime Emmy Award for Outstanding Commercial(1998年受賞作の一覧):https://en.wikipedia.org/wiki/Primetime_Emmy_Award_for_Outstanding_Commercial
- Think different(Apple 1997):https://creativereview.co.uk/apple-think-different-slogan / https://www.soundandvision.com/content/flashback-1997-apple-launches-‘think-different’-campaign






