文化資本とは?ブルデューの理論で読み解く、企業がアートを語る理由と実例

文化資本とは?ブルデューの理論で読み解く、企業がアートを語る理由と実例
写真:Sailko / Wikimedia Commons(CC BY 3.0。トリミング・文字入れ)

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文化資本とは:お金以外の「文化的な力」が資産として働くという考え方

文化資本とは、フランスの社会学者ピエール・ブルデュー(1930〜2002年)が用いた概念で、教養・知識・趣味・学歴・書物や美術品といった「お金以外の文化的な力」が、経済的な資産と同じように蓄積され、社会の中での有利・不利を生むとする考え方です。

頬に手を当てるピエール・ブルデューの白黒の肖像写真
ピエール・ブルデュー(1996年)
写真:Bernard Lambert / Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0)

アートや美術館の話題で、この言葉に出会った方もいるのではないでしょうか。企業の経営者や広報・ブランド担当の方にとっては、「なぜ、あのブランドは美術館のような財団を持つのか」「アートを飾るだけで、何が変わるのか」という問いを考えるときの、有力な手がかりになります。

この記事で分かることは、次の3点です。

  • 文化資本の意味と、ブルデューが示した3つの形態(身体化・客体化・制度化)
  • カルティエ、ルイ・ヴィトン、プラダの財団を、文化資本の視点で読み解く方法
  • 自社のブランドづくりに、この理論をどう使えるか(そして、どこに落とし穴があるか)

なお、企業財団の動機については、各社が公式に語っていることと、私たち(Euphoric " " 編集部)が理論を当てはめて考えた解釈とを、できるだけ分けて書きます。

ブルデューとは誰か:資本を「4つ」に分けた社会学者

ピエール・ブルデューは、フランスの社会学者です。彼は、社会の中での有利・不利をお金だけで説明せず、資本を複数の形態に分けて考えました。一般には、次の4つに整理されます。

社会学者ブルデューが分けた経済資本・文化資本・社会関係資本・象徴資本の意味と具体例を整理した図。Euphoric
図:ブルデューの4つの資本
資本の種類意味具体例
経済資本お金や財産預貯金、不動産、事業用資産
文化資本教養・知識・学歴・文化的な財芸術への理解、学位、蔵書、美術品
社会関係資本人とのつながり人脈、所属する団体、紹介してもらえる関係
象徴資本名声・威信・信用「あの人(会社)が言うなら」と認められること

ブルデューは、1979年にフランスで『ラ・ディスタンクシオン(La Distinction)』を刊行しました(Les Éditions de Minuit)。副題は「判断力の社会的批判」にあたるもので、音楽や絵画、食事、服装など、日常の「好み」が、実は出身階層や学歴と結びつき、人々を区別する働きをしていることを、フランスでの調査データをもとに論じた大著です。日本語版は、石井洋二郎さんの訳で藤原書店から『ディスタンクシオン』として全2巻で出ています。

絵画が掛かった壁の前で話す若いころのピエール・ブルデュー
1969年、教育テレビ番組『Art et diffusion de masse(芸術と大衆への普及)』で話すブルデュー
画像:Institut pédagogique national『Art et diffusion de masse』(1969年)/ Wikimedia Commons(CC0)

もう一冊、美術とのつながりが深いのが、アラン・ダルベルとの共著『美術愛好(L’amour de l’art)』(1966年)です。ヨーロッパの美術館を訪れる人の属性を調べ、美術館へ足を運ぶかどうかが、学歴などの文化的な背景と強く関わっていることを論じました。美術館は誰にでも開かれているように見えて、作品を「味わう」ための素養には差がある。この問題意識が、文化資本という考え方につながっていきます。

文化資本の3つの形態:身体化・客体化・制度化

ブルデューは、1986年に発表した論文「資本の諸形態(The Forms of Capital)」で、文化資本が3つの状態で存在すると整理しました。この論文は、J・リチャードソン編『教育社会学の理論と研究のハンドブック』(Greenwood、1986年)に収められています。

ブルデューが示した文化資本の3つの形態(身体化・客体化・制度化)の意味をまとめた図。Euphoric
図:文化資本の3つの形態
形態意味美術・企業の場面での例
身体化された文化資本長い時間をかけて身につき、その人の感覚や振る舞いになった知識・教養作品を見て文脈を読み取る力、展覧会に自然に足が向く習慣
客体化された文化資本書物、楽器、絵画など、モノの形をとった文化的な財美術品、コレクション、ライブラリー、建築
制度化された文化資本学歴や資格のように、制度によって公式に認められた文化的な力美術史の学位、学芸員資格、受賞歴

大切なのは、3つが別々のものではなく、互いに支え合っている点です。

たとえば、美術館のキュレーターを想像してみてください。作品を読み解く力は「身体化」された資本です。専門の学位は「制度化」された資本です。そして収蔵品や図録は「客体化」された資本にあたります。ブルデューの考え方では、これらがそろうことで、その人(機関)の言葉に信頼が生まれます。

「持っている」と「使いこなせる」は別:客体化された文化資本の落とし穴

経営の場面で、特に重要なのが次の指摘です。ブルデューは「資本の諸形態」の中で、書物や絵画のような客体化された文化資本は、物質としてはお金で手に入れて受け渡しできるが、それを文化的に「使う」ためには、身体化された文化資本が必要だ、という趣旨のことを述べています。

言い換えると、作品を購入して所有することと、その作品を理解し、意味を引き出して活かすことは、別の能力だということです。

企業に置き換えて考えてみます。たとえば、新しいオフィスに予算をかけてアートを入れたものの、その意図を社員にも来訪者にも説明できない会社を想定してみてください。作品は「客体化された文化資本」として確かにそこにあります。しかし、それを語る言葉(身体化された文化資本)が社内に育っていなければ、アートは立派な壁の飾りにとどまります。

これは、私たち編集部の見立てです。ただ、「アートを入れること」と「アートを経営に活かすこと」の間に溝がある理由を、理論としてよく説明してくれると考えています。

事例:カルティエ、ルイ・ヴィトン、プラダは、なぜ財団を持つのか

ここからは、実在のブランドの事例です。まず、公式情報で確認できる事実を書き、その後に文化資本の視点での読み解きを添えます。

カルティエ現代美術財団(1984年〜)

カルティエ財団の公式サイトによると、財団は1984年に、アーティストのセザールの提案を受けて、当時カルティエ・インターナショナルの社長だったアラン・ドミニク・ペランが設立しました。最初はパリ南西のジュイ=アン=ジョサスで1984年10月20日に開館し、開館記念展は「Les Fers de César」でした。1994年には、パリのブールヴァール・ラスパイユに、ジャン・ヌーヴェル設計の建物へ移転しています。

フォンダシオン ルイ・ヴィトン(2014年〜)

LVMHの発表によると、フォンダシオン ルイ・ヴィトンは、2014年10月27日(月)に一般公開されました。パリのブローニュの森にあるジャルダン・ダクリマタシオンに建ち、設計は建築家フランク・ゲーリーです。建物はベルナール・アルノーの依頼により建てられたものと、同発表に記されています。

プラダ財団(1993年〜)

プラダ財団(Fondazione Prada)は、ミウッチャ・プラダとパトリツィオ・ベルテッリによって1993年に設立されました。ミラノの新しい拠点は、旧蒸留所を改装して建築家レム・コールハース率いるOMAが設計し、2015年5月9日に一般公開されています。

青空の下、石張りの大きな展示棟と古い工場の建物に囲まれた中庭
ミラノのプラダ財団。旧蒸留所の建物と新しい展示棟が中庭を囲んでいます
写真:Sailko / Wikimedia Commons(CC BY 3.0)
クリーム色の古い工場の壁の上に、白い高層の塔がそびえる
プラダ財団の旧蒸留所の建物と、白いコンクリートの「トッレ(塔)」
写真:Su.formenti / Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0)

文化資本の視点で読み解く

この3つの事例に共通するのは、ファッションや宝飾という「商品」を売る会社が、商品とは別の場所で、美術という文化の領域に長期で関わっている点です。これを文化資本の理論で読み解くと、次のような見方ができます。

カルティエ・ルイ・ヴィトン・プラダの財団を文化資本の視点で読み解く流れ(持つ、育てる、象徴資本に変わる)を示した図。Euphoric
図:財団を文化資本で読み解く
  • 客体化された文化資本を持つ:建築、コレクション、展覧会という、目に見える形の文化的な財を持つ
  • 身体化された文化資本を育てる:学芸員、キュレーター、アーティストとの継続的な仕事を通じて、社内外に「文化を語る力」が蓄積される
  • 象徴資本に変わる:その結果、「あのブランドが選ぶ作品なら」という信頼や威信が生まれる

ただし、これは私たちの解釈であり、各社が「文化資本を得るために財団をつくった」と述べているわけではありません。各財団は、アーティスト支援や社会への貢献といった目的を自ら掲げています。理論は、あくまで外側から見た読み解きの道具です。

よくある誤解:文化資本は「高尚な趣味」のことではない

誤解1:アートに詳しければ文化資本が高い、という単純な話

ブルデューが論じたのは、「何が高尚か」を決めることではなく、文化的な素養が社会の中でどのように有利・不利を生み、再生産されるかという仕組みでした。『ディスタンクシオン』は、趣味が人々を区別する働きをする、という批判的な分析です。文化資本を「持つと偉い」ものとして読むと、本来の問題意識からずれてしまいます。

誤解2:お金で買える

客体化された文化資本は購入できますが、前のとおり、それを使いこなす力は時間をかけて身につくものです。お金をかければ即座に手に入る、という性質のものではありません。

誤解3:昔のフランスの話で、今の日本には関係ない

ブルデューの調査は1960年代のフランスが中心で、そのまま日本に当てはまるとは限りません。ただ、「文化的な素養の差が、見えにくい形で影響する」という視点は、社内の発信や顧客との関係を見直すときの補助線として、今も役立ちます。日本の状況は、日本のデータで確認する必要があります。

企業が文化資本の視点を使うための実務チェックリスト

文化資本は、そのまま経営の指標にはなりません。ただ、アートを経営に取り入れる際の「点検の枠組み」としては使えます。

確認する点問いの例
客体化何を持っているか。作品や空間は、ブランドの考え方と結びついているか
身体化その意味を語れる人は社内にいるか。新入社員にも伝わる言葉があるか
制度化外部の専門家や機関(美術館、研究者など)との関係は築けているか
象徴資本取り組みは、第三者の言葉(報道、評価、協力関係)として表れているか

このチェックリストでは、「持っている」ことよりも、「語れる人がいるか」を見るのが肝心です。作品を入れる前の計画段階で、専門家に相談して整理しておくと、導入後のずれを減らせます。

文化資本の視点で考える、アート導入の3つの場面

ここまでの整理を、企業のアート導入の場面に当てはめてみます。以下は、編集部の考え方を示すもので、特定の企業の実態ではありません。

場面1:オフィス移転や本社の新設

新しい空間に作品を入れるとき、「何を飾るか」から考え始めがちです。文化資本の視点では、先に「その作品を誰が、どんな言葉で語るのか」を考えます。受付や広報の担当者が、来訪者に一言で説明できるかどうかで、作品の働きは大きく変わります。

場面2:周年事業や社史の編纂

周年は、企業が持つ文化的な蓄積を、あらためて言葉にする機会です。創業の物語、製品のデザイン、社屋の建築は、いずれも客体化された文化資本として捉えられます。これらを整理し、社員が語れる形にしておくことは、身体化された文化資本を育てることにつながります。

場面3:ホテルや商業施設の開業

宿泊客や来館者に向けて、作品や空間の意味を伝える仕組み(解説、スタッフの案内、発信)を用意できるかが問われます。作品を置くだけで終わらず、その意味を伝える人と仕組みまでを設計することが、体験の質を左右します。

どの場面でも共通するのは、「作品を持つこと」と「その意味を語り続けること」を、分けて計画する姿勢です。後者には時間がかかりますが、一度社内に育つと、ほかの取り組みにも波及します。

理論を使うときの心構え

ブルデューの理論は、社会の中の不平等や区別の仕組みを批判的に分析するためのものでした。そのため、企業が自社の「格」を高める道具として、単純に読み替えることには注意が必要です。

アートを語る企業が、特定の人々を遠ざけるような見せ方をしてしまえば、文化資本の差を強めてしまうことにもなりかねません。美術館に足を運ぶきっかけが少ない人にも開かれた説明や機会をつくる姿勢は、倫理の面でも、ブランドへの信頼の面でも大切だと、編集部は考えています。

まとめ

文化資本とは、教養・知識・学歴・文化的な財といった「お金以外の文化的な力」が、資産のように蓄積され、社会の中での有利・不利を生むとするブルデューの概念です。身体化・客体化・制度化という3つの形態があり、特に「持つこと」と「使いこなすこと」の違いは、企業がアートを経営に取り入れるときの大切な視点になります。

カルティエ、ルイ・ヴィトン、プラダの財団は、美術という文化の領域に長期で関わる例です。理論の言葉を借りれば、そこで蓄積されるのは、モノだけでなく「文化を語る力」だと考えられます。アートを入れることよりも、その意味を語り続ける体制をつくることが、文化資本を経営に活かす入口になります。

よくある質問(FAQ)

Q1. 文化資本と経済資本は、何が違うのですか。

経済資本はお金や財産で、数字で測りやすい資本です。文化資本は、教養・知識・学歴・文化的な財のように、時間をかけて身につくものが中心です。ブルデューは、両者が互いに影響し合うことも論じています。

Q2. 文化資本は日本の企業にも当てはまりますか。

ブルデューの調査は主に1960〜70年代のフランスを対象にしており、そのまま日本に当てはめることはできません。ただ、「文化的な素養が見えにくい形で影響する」という視点は、社内外の発信を考える際のヒントになります。

Q3. アートを買えば、会社の文化資本は増えますか。

作品を所有することは、客体化された文化資本を持つことにあたります。ただ、ブルデューの整理では、それを使いこなすための身体化された文化資本が別に必要です。作品の意味を社内で語れる状態をつくることが、買うことと同じくらい重要だと考えられます。

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この記事を書いた Euphoric " " について

Euphoric " " は、ユアムーン株式会社が運営するアートメディアです。ユアムーンは、デザインとクリエイティブを軸にしたブランディング会社です。ブランドの言語化から、ロゴやWebサイトなどのデザイン、社内外への発信までを一貫して設計しています。ご希望に応じて、アートの選定・導入もお手伝いしています。

企業がアートを語るとき、作品を持つことと、その意味を語れることは別の力です。ユアムーンは、ブランドの言語化を土台に、アートの選定から社内外への発信までを設計しています。

参考資料

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