【徹底解説】妹島和世とは?金沢21世紀美術館を設計した建築家の人生と作品を解説!

【徹底解説】妹島和世とは?金沢21世紀美術館を設計した建築家の人生と作品を解説!
写真:金沢21世紀美術館(SANAA設計・上空から)(金沢市/CC BY 2.1 jp/Wikimedia Commons。トリミング・文字入れ)

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こんにちは。ユアムーン株式会社 編集部です。

皆さんは妹島和世(せじま・かずよ)という人物をご存知ですか?

妹島和世は、1956年に茨城県で生まれた日本の建築家です。西沢立衛(にしざわ・りゅうえ)とともに設計事務所SANAA(サナア)を率い、石川県の金沢21世紀美術館、スイスのロレックス・ラーニング・センター、フランスのルーヴル・ランスなど、国内外の美術館や学びの場を数多く手がけてきました。2010年には、建築界でもっとも名誉ある賞として知られるプリツカー建築賞を、西沢とともに受けています。

本記事ではそんな妹島和世の人生と作品についてご紹介します。現在の肩書や活動は、2026年10月時点で確認できた公式情報にもとづいています。

コンテンツ

妹島和世って?

妹島和世の歩みを4段階で示した図。1981年に日本女子大学大学院を修了して伊東豊雄建築設計事務所に入所し、1987年に独立、1995年に西沢立衛とSANAAを設立、2010年にプリツカー建築賞を受賞した流れ。
図:妹島和世の歩み

妹島和世は、東京を拠点に活動する建築家です。国際交流基金の案内(2026年)によると、現在はミラノ工科大学教授、日本女子大学特別招聘教員、横浜国立大学名誉教授、東京都庭園美術館長という肩書を持っています。設計の仕事だけでなく、大学で建築を教え、美術館の運営にも関わっている人物です。

妹島の仕事には、2つの顔があります。ひとつは、1995年に西沢立衛と設立したSANAA(正式名はSejima and Nishizawa and Associates)としての共同設計です。もうひとつは、妹島が設計者として公式に記されている作品です。たとえば、熊本県の記録では、女子寮『再春館レディース・レジデンス』の設計者は妹島和世です。すみだ北斎美術館の公式サイトでも、設計者は妹島和世と書かれています。本記事では、この2つを分けて、時代順にたどります。

妹島の建築は、ガラスや鏡のような金属、白い壁などを使った、軽やかで透明感のある空間で知られています。プリツカー建築賞の審査員は、連続する空間、軽さ、透明性、素材感を探る建築だと評価しました。ただし、むずかしい理屈を前面に出す建築ではありません。金沢21世紀美術館が掲げた「まちに開かれた公園のような美術館」という言葉に、その姿勢がよく表れています。

基本情報

本名妹島 和世(せじま・かずよ)。英語表記は Kazuyo Sejima
生年月日(没年月日)1956年10月29日生まれ(存命。2026年10月時点で69歳)
国籍・出身日本。茨城県生まれ
学歴日本女子大学大学院家政学研究科修士課程修了(1981年3月)
分野建築(美術館、大学の施設、アリーナ、仮設のパヴィリオンなど)
傾向透明感、軽さ、連続する空間、まちに開かれた公園のような建築
師事した人物・影響を受けた人物伊東豊雄建築設計事務所に入所(1981年)。共同主宰者は西沢立衛

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経歴と作品

茨城から建築の道へ、そして独立(〜1987年)

妹島和世は1956年、茨城県に生まれました。大学では建築を学び、日本女子大学で建築の学位を得たあと、同大学の大学院に進みます。東京都歴史文化財団の発表資料によると、大学院の家政学研究科修士課程を修了したのは1981年3月です。

修了した1981年に、妹島は伊東豊雄建築設計事務所に入所しました。伊東豊雄は、2013年にプリツカー建築賞を受けた日本の建築家です。プリツカー建築賞の公式サイトによると、妹島は学業を終えたあと、まず伊東の事務所で働き始めました。大きな建築家のもとで実務を経験することが、のちの独立につながっていきます。

独立は1987年です。この年に東京で自分の事務所「妹島和世建築設計事務所」を設立しました。熊本県の記録には、1990年に「株式会社妹島和世建築設計事務所」を設立したとも記されています。個人の事務所として、小さな仕事を重ねながら、自分の建築のことばを探していった時期です。

寮というより大きな家、という発想(1990年代前半)

『再春館レディース・レジデンス』(1991年)

独立後の初期を代表する作品が、熊本市にある女子寮『再春館レディース・レジデンス』です。熊本県の公式ページによると、この建物は、熊本県が進める「くまもとアートポリス」の民間プロジェクト第一号でした。事業主体は株式会社再春館製薬所で、新入社員が会社での最初の1年間を過ごすための寮です。施工期間は1990年11月から1991年7月まで、地上2階建てで、鉄筋コンクリート造と鉄骨造を組み合わせています。

この寮の発想は、とてもわかりやすいものでした。熊本県の資料によると、80人で生活する一体感が重視された結果、寮というよりも、むしろ大きな家として計画が進められました。個室以外の部分は基本的にひとつながりの大きな空間で、光と風を十分に取り入れることで、明るく開放的な住まいをめざしたと説明されています。

つくりも整理されています。80人が暮らす寝室棟は、長さ45.0メートル、幅4.5メートルの鉄筋コンクリート造で、これを敷地の長い辺に沿って2棟並べました。地面を40センチ掘り下げた高さに置かれています。2棟にはさまれた幅9メートルの帯がリビングスペースで、その外側にはプライベートテラスがあります。浴室、ゲストルーム、管理人室、テラスなどは、2階にある大きな空間の中に配置されました。この大空間を構造的に支えているのが5本の塔で、1階のトイレや、空調・換気、給排水などの設備が納められています。外壁には耐火パネルやアルミパネルなどが使われました。

この作品は、竣工の翌年である1992年に新日本建築家協会新人賞を受け、1995年にはアジア太平洋デザイン賞も受けています(熊本県の記録)。プリツカー建築賞の公式資料も、同じ1992年に、妹島が日本建築家協会(JIA)のその年の若手建築家に選ばれたと記しています。妹島の名前が、建築界で広く知られ始めた時期です。

SANAAの始まり(1995年〜)

1995年、妹島は西沢立衛とともに、共同の設計事務所SANAAを設立しました。プリツカー建築賞の公式資料によると、西沢は1990年に横浜国立大学の大学院で建築学の修士号を取りました。金沢21世紀美術館の公式サイトの略歴では、西沢は1990年に妹島和世建築設計事務所に入所し、1997年に自分の「西沢立衛建築設計事務所」を設立しています。つまり、妹島の事務所で働いていた西沢が、のちに共同の相棒になった流れです。

2人の仕事の進め方は、プリツカー建築賞の審査員も驚くほど一体的でした。公式資料には、どの部分をどちらが担当したのかを切り分けることは、ほとんど不可能だと書かれています。それぞれの建物は、2人の考えが合わさって生まれたものだというのです。一方で、2025年に英国王立建築家協会(RIBA)が出した発表では、SANAAは2人のパートナーがそれぞれ個人としても活動しながら、共同のときには注目すべき結果を生む、独特な事務所だと評されています。

SANAAの初期の仕事として、プリツカー建築賞の資料は、長野県の小笠原資料館(飯田市小笠原資料館)を、2人が最初にいっしょに手がけたプロジェクトのひとつとして挙げています。審査員は、長野県のOミュージアムや金沢21世紀美術館なども評価の対象にしました。

審査員が2人の建築にみた特徴は、見た目の単純さの裏にある、考え抜かれた構成でした。公式資料は、2人が空間どうしに序列をつけない、等価な空間をめざしていることを、2人自身のことばとして紹介しています。たとえば、オランダのアルメレのプロジェクトでは、たくさんの簡素な教室と工房が、どれも海への見晴らしを持つ配置になっているといいます。ひとつの空間だけを特別扱いしない、民主的な建物をつくろうとする姿勢です。

金沢21世紀美術館(2004年)

『金沢21世紀美術館』(2004年)

SANAAの名を世界に広めた代表作が、石川県金沢市の『金沢21世紀美術館』です。公式サイトによると、美術館は「新しい文化の創造」と「新たなまちの賑わいの創出」を目的に開設されました。コンセプトは「まちに開かれた公園のような美術館」です。金沢市の中心部に位置し、誰もがいつでも立ち寄れる場所をめざしています。

芝生の広場の向こうに、白い箱状の展示室が並び、手前にガラス張りの円形の外周が見える金沢21世紀美術館の外観(2012年撮影)
金沢21世紀美術館の外観。芝生の広場から見た、円形のガラスの外周と白い展示室。2012年撮影/撮影:Saigawasakurabashi(CC BY-SA 3.0)/出典:Wikimedia Commons

建物のいちばんの特徴は、表と裏のない円形であることです。公式サイトによると、敷地は三方を道路に囲まれていて、どこからでも人が訪れられるように、正面や裏側の区別がない円形が採用されました。これは建物が街と一体になるためのデザインだと説明されています。建築の概要を見ると、直径は113メートル、最高高さは14.9メートル、外周の軒の高さは4.651メートルです。構造は鉄筋コンクリート造と鉄骨造で、延べ床面積は駐車場などを含めて27,920平方メートルです(美術館部分は17,069平方メートル)。

中の構成も独特です。美術館の公式サイトは、外周が全面ガラス張りの円形の平屋で、その中に大小さまざまな直方体の展示室が散らばる構成だと紹介しています。展示室やカフェレストラン、アートライブラリーなどの施設は、ほぼ水平に並べられていて、回廊を一周すると、それぞれ個性のある施設をめぐれます。外壁や建物内の壁にはガラスを多く使い、「透明であること、明るいこと、開放的であること」が求められました。内と外にいる人どうしが、互いの様子や気配を感じ取れることも、狙いのひとつです。

金沢21世紀美術館の特徴を3点で示した図。直径113mの表と裏のない円形、全面ガラス張りの外周と散在する直方体の展示室、施設を水平に並べて回廊でめぐれる構成の3つ。
図:金沢21世紀美術館のしくみ

この美術館は、開館後すぐに評価を受けました。プリツカー建築賞の資料によると、金沢21世紀美術館は2004年のヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展で、もっとも重要な作品に贈られる金獅子賞を受賞しています。翌2005年4月29日から5月22日には、美術館の建物の設計者として2人を紹介する展覧会が館内で開かれ、設計途中のスタディ模型や図面を数多く並べて、かたちが生まれる過程を見せました(公式サイトの展覧会ページ)。

世界へ広がった2000年代

金沢の成功のあと、SANAAの仕事は海外へ広がっていきます。プリツカー建築賞の公式資料は、日本のほか、ドイツ、イギリス、スペイン、フランス、オランダ、アメリカで計画を進めていたと記しています。

『ディオール表参道』(2003年)と『トレド美術館 ガラス・パヴィリオン』(2006年)

東京の表参道では、2003年にクリスチャン・ディオールの店舗ビルを手がけました。アメリカでの最初のSANAAの仕事は、オハイオ州のトレド美術館のガラス・パヴィリオンです。プリツカー建築賞の資料によると、2004年に建設が始まり、2006年に完成しました。トレドはかつてガラス産業の大きな中心地で、この建物には、美術館の膨大なガラス作品のコレクションが収められています。審査員は、ガラスで囲まれた美術館として、内と外の境をあいまいにし、周囲のながめが刻々と変わる建物だと評しています。

『ツォルフェライン経営デザイン学校』(2006年)

ドイツのエッセンでは、歴史ある炭鉱の跡地に、2006年に新しい校舎が開きました。プリツカー建築賞の公式資料は、これを一辺がおよそ114フィート(約35メートル)の大きな立方体で、大きさの異なる4種類の開口部や窓が、一風変わった並びで置かれていると説明しています。歴史的な工業の風景のなかに置かれた、静かな立方体です。

『ニュー・ミュージアム』(2007年)

ニューヨークのバワリー地区では、ニュー・ミュージアムが2005年に着工し、2007年に完成しました(所在地は235 Bowery)。プリツカー建築賞の資料は、この建物を、中央の鉄骨の芯のまわりに、長方形の箱を少しずつずらしながら積み重ねた彫刻的なかたちと表現しています。審査員は、この美術館が、荒々しさの残るバワリーの街にもなじんでいると評価しました。SANAAは公共の建物を風景のなかの山にたとえ、自然や周囲との意味のあるつながりを失ってはならないと考えている、とも記されています。

『海の駅 なおしま』

日本国内では、香川県の直島で、フェリーターミナル『海の駅 なおしま』も手がけました。国土交通省の観光資源の解説は、直島の公共施設のひとつとして、このターミナルをSANAAの仕事と紹介しています。プリツカー建築賞の資料も、東京のディオールの建物とあわせて、日本国内の主な仕事として挙げています。

『サーペンタイン・ギャラリー・パヴィリオン2009』(2009年)

ロンドンでは、2009年にサーペンタイン・ギャラリーの夏のパヴィリオンを設計しました。サーペンタイン・ギャラリーの紹介によると、妹島と西沢がつくったのは、細い柱の上にのった、反射する雲、あるいは水に浮かぶ水たまりのようなパヴィリオンでした。プリツカー建築賞の資料によれば、これはSANAAにとってイギリスで最初に建てた作品で、ギャラリーの芝生に3か月のあいだ置かれ、毎年続くパヴィリオンの企画としては9回目にあたります。

木々に囲まれた芝生の上で、細い柱に支えられた楕円形の鏡面の屋根が広がるサーペンタイン・ギャラリーのパヴィリオン(2009年8月撮影)
サーペンタイン・ギャラリー・パヴィリオン2009。細い柱の上に、鏡のような屋根が広がる。2009年8月撮影/撮影:Cjc13(CC BY-SA 3.0)/出典:Wikimedia Commons

2010年:ローザンヌ、ヴェネチア、そしてプリツカー建築賞

『ロレックス・ラーニング・センター』(2010年)

2010年は、妹島にとって節目の年になりました。まず、スイスのローザンヌにある、ローザンヌ連邦工科大学(EPFL)のキャンパスに、『ロレックス・ラーニング・センター』が開きました。EPFLの発表によると、2010年2月に学生や研究者、地域の人々に開放され、同じ年の5月27日に正式な開館式が行われています。工事の期間は2007年から2010年です。

夕暮れの青い空の下、ゆるやかに起伏する低い建物と、広場の曲線の縁石が見えるロレックス・ラーニング・センターの外観(2019年7月撮影)
ロレックス・ラーニング・センターの外観。ゆるやかに波打つ低い建物。2019年7月撮影/撮影:Philippe(CC BY-SA 4.0)/出典:Wikimedia Commons

この建物は、EPFLの公式ページによると、2万平方メートルの、ひとつながりの空間でできています。図書館、情報センター、議論や勉強のための場所、レストラン、カフェ、屋外の空間などが、切れ目なく並びます。図書館には50万冊が収められています。建築の特徴は、いくつもの中庭をめぐるように波打つゆるやかな傾斜とテラス、そして、ほとんど見えない支えで保たれた曲面の屋根です。この屋根をつくるために、まったく新しい施工方法が必要になったと説明されています。

プリツカー建築賞の審査員は、この建物の生まれ方に注目しました。2人は最初、何階建てかの建物として考えていましたが、検討を重ねるうちに、ひとつの広大で流れるような空間になったといいます。図書館、レストラン、展示、事務所などの多様な場所は、壁ではなく、上り下りする床の起伏で区別されます。起伏のあいだからは、内部を見渡すことができ、審査員は、これを人のための風景のようなものと表現しています。

ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展のディレクター

同じ2010年、妹島は第12回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展のディレクターを務めました。国際交流基金が運営する日本館の公式サイトによると、この年の展覧会は2010年8月29日から11月21日まで開かれ、テーマは「People meet in Architecture」(人々が建築の中で出会う)でした。妹島和世の名前は、展覧会を率いる立場として記されています。プリツカー建築賞の資料は、この起用を、妹島とSANAAが、厳密な調査にもとづく知的な建築家であることの表れだと評価しました。

プリツカー建築賞(2010年)

そして2010年、妹島和世と西沢立衛は、プリツカー建築賞を共同で受賞しました。授賞式は5月17日にニューヨークのエリス島で行われると、発表のなかで案内されました。審査員は、繊細でありながら力強く、正確でありながら流れるようであり、巧みでありながら小ざかしくない建築だと評しました。また、周囲の環境や中で行われる活動とよく響き合い、充実感と豊かな体験を生み出していること、2人の共同作業から生まれる独自の建築言語を持っていることも、授賞理由に挙げられています。

審査員が評価した点のひとつは、2人の建築が、洗練されていながら、一部の人だけのものにならないことでした。公式資料は、2人の美学は人を迎え入れるものだと述べ、ありふれた素材を使いながら、簡潔さと控えめさを大切にする点を挙げています。

妹島自身は、受賞を知ったときのことばとして、これからの世代にとって大切なのは開かれた感じのする建築であり、自分はそれをどうつくれるかを探ってきた、という趣旨のことを述べています(プリツカー建築賞の公式資料)。同じ2010年には、フランスの芸術文化勲章オフィシエも受章しました(日本芸術院の発表資料)。

ルーヴル・ランス(2012年)

『ルーヴル・ランス』(2012年)

2012年12月には、フランス北部の町ランスに、ルーヴル美術館の別館となる『ルーヴル・ランス』が開館しました。公式サイトによると、設計案は2005年に、124件の応募のなかから選ばれています。場所は、かつて炭鉱の坑口があった約20ヘクタールの敷地です。

曇り空の下、ガラスの入口と鏡のように光る金属の壁がつながって横に伸びるルーヴル・ランスの外観(2026年5月撮影)
ルーヴル・ランスの外観。ガラスの面と、光を映す金属の壁が交互に続く。2026年5月撮影/撮影:Gargarapalvin(Görkem Yavuz)(CC BY-SA 4.0)/出典:Wikimedia Commons

SANAAの答えは、背の高い建物ではなく、とても長い1階建てでした。公式サイトによると、敷地に残る水平方向の鉱山の建築に応えるように、全長360メートルの建物を、敷地のゆるやかな傾斜に沿って置いています。高さは6メートルを超えず、ところどころで木々の梢が見えるままになります。建物は5つの量塊(大きな正方形がひとつと長方形が4つ)でできていて、角だけがつながっています。壁は、床から天井までのガラスと、継ぎ目のない陽極酸化アルミニウムの板が交互に続き、アルミの板には、周囲の風景がぼんやりと映り込みます。見る人が動くと、あるいは光が変わると、映る像も変わっていきます。

SANAAは、このときの考えを、環境とのゆるやかな移り変わりをつくること、透明性や映り込み、屋外との直接のつながりを通して、風景がどこで終わり建物がどこから始まるのか、見分けがつかなくなるようにすることだと語っています(ルーヴル・ランス公式サイト)。中央の広間(アゴラ)には、ガラスでできた丸い小空間が浮かぶように置かれ、ピクニックの場所やメディア図書館、書店、カフェテリアになっています。

金沢21世紀美術館、ロレックス・ラーニング・センター、ルーヴル・ランスの3館を比べた図。場所と開館年、建物のかたちを並べ、円形の平屋、ひとつながりの起伏する空間、長さ360mの低い建物の違いを示した。
図:3つの美術館・学びの場を比べる

円形、波打つ床、細長い1階建てと、かたちはまったく違います。それでも、どの建物も、周囲に開かれていること、そして内と外、建物と風景の境をやわらげていることが共通しています。2025年に英国王立建築家協会(RIBA)がSANAAに贈ったロイヤル・ゴールド・メダルの発表でも、金沢やローザンヌの建物を、透明感と堅実さを溶け合わせ、公と私の空間を結びつけるものとして挙げています。

すみだ北斎美術館(2016年)

『すみだ北斎美術館』(2016年)

東京都墨田区には、妹島が設計者として公式に記される美術館があります。2016年11月に開館した『すみだ北斎美術館』です。美術館の公式サイトによると、開館記念展は2016年11月22日に始まりました。2026年は開館10周年にあたり、公式サイトでは記念の展覧会が案内されています。

公園の向こうに、鏡のように光るアルミパネルの外壁が斜めに分かれて立つすみだ北斎美術館の外観(2017年11月撮影)
すみだ北斎美術館の外観。スリットで分けられた、鏡のような外壁。2017年11月撮影/撮影:Sailko(CC BY 3.0)/出典:Wikimedia Commons

この美術館の考え方は、「公園や地域と一体となった美術館」です。公式サイトによると、大きな1棟ではなく、スリットによってゆるやかに分けられた外観にすることで、まわりの下町の街並みのスケールになじませました。スリットは、地上階ではアプローチの空間になっていて、外部の通路で結ばれています。建物に「裏」をつくらず、周辺のどこからでもアクセスできます。外壁には、淡い鏡面のアルミパネルが使われ、やわらかく下町の風景が映り込み、見る角度によって表情が変わります。

浮世絵は壊れやすい作品です。そのため、公式サイトは、保存と展示を考えて建物全体としては閉じつつ、スリットの部分からは館内の様子がうかがえるようにしたと説明しています。館内からは公園や周辺の景色を見渡せて、最上階からは東京スカイツリーも望めます。建築概要は、鉄筋コンクリート造(一部鉄骨造)、地上4階・地下1階、建築面積699.7平方メートル、延べ床面積3,278.9平方メートル、高さ21.9メートルです。文化庁の指針に沿って、国宝や重要文化財を展示できる美術館になっています。

敷地は、江戸時代に弘前藩津軽家の大名屋敷があった場所です。藩主の依頼で、北斎が屏風に馬の絵を描いて帰ったという話が残っていることから、北斎とゆかりの深い土地とされています。

教えること、まちに開くこと(2010年代〜)

妹島は、設計と並行して、長く大学で教えてきました。プリツカー建築賞の公式資料によると、プリンストン大学、ローザンヌ連邦工科大学、多摩美術大学、慶應義塾大学で教えた経験があります。東京都歴史文化財団の発表資料では、2001年に慶應義塾大学教授に就き(〜2011年)、2015年にミラノ工科大学教授、2017年から2022年まで横浜国立大学大学院Y-GSA教授を務めたと整理されています。2022年には横浜国立大学名誉教授になりました。

2016年には紫綬褒章を受章し、2022年には高松宮殿下記念世界文化賞(建築部門)を受けています(日本芸術院の発表資料)。同じ2022年の7月1日には、東京都庭園美術館の館長に就任しました。東京都歴史文化財団の発表によると、就任時の肩書は「建築家、横浜国立大学名誉教授」で、この職は2026年10月時点でも続いています。設計者が美術館を運営する側にも立つ、という新しい役割です。

あなぶきアリーナ香川(2024〜2025年)

『あなぶきアリーナ香川(香川県立アリーナ)』(2024年竣工)

近年の大きな仕事が、香川県高松市の『あなぶきアリーナ香川(香川県立アリーナ)』です。香川県教育委員会の案内によると、2024年11月29日に竣工式が予定され、設計者は有限会社SANAA事務所の妹島和世と西沢立衛と記されています。開館は2025年2月24日でした。

青空の下、街の向こうに大きな丸いドーム状の屋根が広がるあなぶきアリーナ香川の外観(2025年2月撮影)
あなぶきアリーナ香川の外観。ドーム状の屋根が街に広がる。2025年2月撮影/撮影:UJX.ST(CC BY 4.0)/出典:Wikimedia Commons

日本芸術院の授賞理由によると、この建物は、1万人を収容できるメインアリーナとサブアリーナを、2つの白いドーム状の屋根でつなぎ、さらに武道施設も併設しています。外観は、瀬戸内海に浮かぶ小島のように景観に溶け込み、環境に調和していると評価されました。また、イベントのない時間でも、公園のように市民の憩いの場として日常的なにぎわいを生んでいる、という点も挙げられています。金沢21世紀美術館で掲げた「まちに開かれた公園のような」という考えが、スポーツ施設という別の用途でも生きている例といえます。

この建物は、2025年12月に「世界で最も美しいアリーナ」を選ぶベルサイユ賞の最優秀賞を受けました(香川県教育委員会の発表)。また、第67回BCS賞にも入選しています。

受賞と、いまの活動(〜2026年10月)

妹島和世の建築を読み解く4つの鍵を、中心の言葉を囲む形で示した図。透明感、連続する空間、まちとの関係、公園のような場が、開かれた建築を囲んでいる。
図:妹島建築を読む4つの鍵

上の図の4つの鍵は、公式資料の評価を手がかりに編集部が整理したもので、妹島本人や審査員のことばではありません。透明感は、金沢のガラスの外周やトレドのガラス・パヴィリオンに、連続する空間は、ローザンヌのひとつながりの床に、まちとの関係は、ルーヴル・ランスの映り込む壁やすみだ北斎美術館のスリットに、公園のような場は、金沢の美術館やアリーナ香川に見てとれます。

2026年3月、日本芸術院は令和7年度の日本芸術院賞の授賞者を発表しました。妹島和世と西沢立衛は、あなぶきアリーナ香川の作品に対し、恩賜賞と日本芸術院賞をあわせて受けています。授賞作品展は、2026年7月8日から14日の日程で、日本芸術院会館での開催が案内されていました。

さらに、国際交流基金は、令和8(2026)年度の国際交流基金賞をSANAAに贈りました。この賞は、日本と海外の相互理解の促進に大きく貢献した個人や団体に贈られます。受賞を記念した講演会「環境と建築」は、2026年10月22日に東京・表参道のスパイラルホールで開かれる予定で、「公園のような建築」を手がかりに、2人がこれまでの作品を振り返ると案内されています(申込みは定員に達して終了しています)。

主な受賞歴

1992年新日本建築家協会新人賞(再春館レディース・レジデンス)
1998年日本建築学会賞
2004年ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展 金獅子賞(金沢21世紀美術館)
2005年ロルフ・ショック賞
2010年プリツカー建築賞/フランス芸術文化勲章オフィシエ
2016年紫綬褒章
2022年高松宮殿下記念世界文化賞(建築部門)
2024年文化功労者
2025年英国王立建築家協会(RIBA)ロイヤル・ゴールド・メダル(SANAAとして)
2026年恩賜賞・日本芸術院賞(あなぶきアリーナ香川)/国際交流基金賞(SANAAとして)

主な作品の年表

1991年再春館レディース・レジデンス(熊本県熊本市)
2003年ディオール表参道(東京都)
2004年金沢21世紀美術館(石川県金沢市)
2006年トレド美術館 ガラス・パヴィリオン(アメリカ)/ツォルフェライン経営デザイン学校(ドイツ)
2007年ニュー・ミュージアム(アメリカ・ニューヨーク)
2009年サーペンタイン・ギャラリー・パヴィリオン(イギリス・ロンドン)
2010年ロレックス・ラーニング・センター(スイス・ローザンヌ)
2012年ルーヴル・ランス(フランス)
2015年グレース・ファームズ(アメリカ)
2016年すみだ北斎美術館(東京都墨田区)
2022年シドニー・モダン(オーストラリア)
2024年あなぶきアリーナ香川(香川県高松市。竣工)

まとめ

いかがだったでしょうか。妹島和世は、1987年に自分の事務所を立ち上げてから40年近く、透明感のある軽やかな空間と、まちに開かれた建築をつくり続けてきた建築家です。再春館レディース・レジデンスでは「大きな家」のような寮を、金沢21世紀美術館では表と裏のない円形を、ルーヴル・ランスでは風景を映す長い建物を、すみだ北斎美術館ではスリットで分けた鏡面の外観を、あなぶきアリーナ香川では2つの白いドーム屋根を、それぞれの土地と用途に合わせて形にしてきました。

2010年のプリツカー建築賞、2025年のRIBAロイヤル・ゴールド・メダル、2026年の恩賜賞・日本芸術院賞と、受賞の歩みは、その仕事が国内外で長く評価されてきたことを示しています。2026年10月時点でも、東京都庭園美術館長を務め、ミラノ工科大学の教授として教えながら、SANAAの活動を続けています。

妹島の建築は、写真で見るよりも、実際に歩いて体験するほうが、ずっと印象が変わります。光の入り方や、まわりの風景の映り込み方まで含めて、ぜひ現地で確かめてみてください。

Euphoric " " の視点

プリツカー建築賞の公式資料は、妹島和世と西沢立衛が、空間どうしに序列をつけない、等価な空間をめざしていることを、2人自身のことばとして紹介しています。オランダのアルメレのプロジェクトでは、たくさんの簡素な教室と工房が、どれも海への見晴らしを持つ配置になっているといいます。

同じ資料には、どの部分をどちらが担当したのかを切り分けることは、ほとんど不可能だとも書かれています。ひとつの空間だけを特別扱いしない建物と、どちらか一人の仕事に切り分けられない設計は、同じ考え方の表と裏なのかもしれません。

2025年の英国王立建築家協会(RIBA)の発表も、2人がそれぞれ個人としても活動しながら、共同のときには注目すべき結果を生むと評しています。序列をつけずに並び立つ姿勢が次にどんな場所を生むのか、楽しみに見守りたいと考えます。

この作品を見に行くには

記事で紹介した作品は、次の館などで公開されています。展示替えがあるため、最新の情報は公式サイトをご確認ください。

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