こんにちは。ユアムーン株式会社 編集部です。
皆さんは原研哉という人物をご存知ですか?
無印良品のアートディレクターとして、あるいは『デザインのデザイン』の著者として、名前を耳にしたことがある方もいるかもしれません。1958年に岡山市で生まれたグラフィックデザイナーで、2026年10月時点で日本デザインセンターの代表取締役社長と、武蔵野美術大学の教授を務めています。ポスターや企業のロゴだけでなく、展覧会の企画、本の執筆、大学での教育、日本各地を紹介するウェブサイトまで、仕事の領域はとても広い人です。
本記事ではそんな原研哉の人生と作品についてご紹介します。原は存命で、作品の著作権も保護されています。そのため作品の図版は、著作権法で認められた「引用」の範囲で、出典を示して解説の直後に載せています。あわせて図解と表で仕事の見取り図をお届けします。
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Toggle原研哉って?
まずは基本情報を表で確認しましょう。
基本情報
| 本名 | 原 研哉(はら けんや/Kenya Hara) |
| 生年月日(没年月日) | 1958年(月日は記録なし)。存命 |
| 国籍・出身 | 日本/岡山県岡山市 |
| 学歴 | 1983年、武蔵野美術大学大学院修士課程(デザイン専攻)修了。学部以前の学歴は確認できていません |
| 分野 | グラフィックデザイン、アートディレクション。VI(企業などの視覚的な統一イメージ)、パッケージ、プロダクト、空間、建築、展覧会、書籍、ウェブまで領域を問わない |
| 傾向 | 「もの」のデザインと同様に「こと」のデザインを重視する。日本の美意識から現代の仕事の資源を見つけ直す |
| 師事した人物・影響を受けた人物 | 特定の師事についての記録は確認できていません。無印良品のアートディレクションは、田中一光の考え方を引き継いでいると原本人が説明しています |
| 現在の肩書(2026年10月時点) | 日本デザインセンター代表取締役社長(同社の原デザイン研究所を主宰)、武蔵野美術大学教授 |
表のとおり、生い立ちについて公式資料から確かめられるのは、生年と出身地、大学院の修了年ぐらいです。私生活については、本記事では扱いません。その代わり、残してきた仕事と、自分で書いた言葉をていねいにたどっていきます。
原のことをもっと知るために、関連する記事もあわせてどうぞ。原が「考え方を引き継いだ」と語る田中一光と、原が企画した展覧会に参加した建築家の記事です。
経歴と作品
原の仕事は、肩書だけで説明するのが難しい人です。広告のデザイナーであり、展覧会の企画者であり、著者であり、教員でもあります。最初に、歩みの大きな流れを図で確認しておきましょう。

岡山に生まれ、デザインを学ぶ(1958〜1983年)
原研哉は1958年、岡山県岡山市に生まれました。サントリー文化財団の受賞者紹介には、1983年に武蔵野美術大学大学院修士課程(デザイン専攻)を修了したとあります。武蔵野美術大学の教員紹介も、デザイン専攻の修了(修士)と記しています。
この時期の暮らしについて、本記事で確かめられた公的な資料は多くありません。確認できていないことは、書かないでおきます。分かっているのは、のちに原が自分の仕事を「ものを作る技術」ではなく、もっと広いものとして捉えていく、ということです。『デザインのデザイン』の「著者からのメッセージ」で、原はこう書いています。
「デザインはものの本質に静かに手を伸ばす試みである」
岩波書店の書籍紹介に載っている一文です。同じメッセージには、デザインとはものを作る技術ではない、とも書かれています。形を整えることより、ものの本質を見極めることに重きを置く姿勢は、この先の仕事にも一貫していると考えます。
「情報の建築」という考え方(1990年代〜2000年)
サントリー文化財団の紹介によれば、原は大学院修了後、長野オリンピックの開会式・閉会式プログラムや松屋銀座のリニューアルをはじめ、病院のサイン、商品、広告、書籍など、幅広い分野でデザインに関わりました。『デザインのデザイン』の第3章は、これらを「情報の建築」という考え方でまとめています。章には長野オリンピック開会式プログラム、病院のサイン計画、松屋銀座リニューアルプロジェクト、そして「情報の彫刻としての書籍」が並びます。
岩波書店の著者紹介には、梅田病院のサイン計画について、触覚性を意識した新しいコミュニケーションの可能性を示した仕事だと説明されています。サインとは、建物の中で行き先を知らせる案内表示のことです。目で読む表示を、手ざわりの感覚と結びつけて考える。この発想は、のちの展覧会「HAPTIC」にもつながっていると編集部は考えます。
書籍に関わるデザインでは、講談社出版文化賞、原弘賞、亀倉雄策賞を受けたと、同じ著者紹介にあります。一連の活動に対しては、日本文化デザイン賞も受けています。
「RE-DESIGN 日常の21世紀」(2000年)
代表的な企画の一つが、2000年に企画した展覧会「RE-DESIGN 日常の21世紀」です。原デザイン研究所のプロフィールは、何気ない日常の文脈の中にこそ、驚くべきデザインの資源があることを提示した展覧会だと説明しています。
サントリー文化財団の選評は、この展覧会の中身を具体的に紹介しています。リ・デザインとは、デザインのやりなおしのことです。参加したデザイナーに、日用品のリ・デザインを依頼しました。
- 坂茂:トイレットペーパー
- 佐藤雅彦:出入国スタンプ
- 隈研吾:ゴキブリホイホイ
- 面出薫:マッチ
- 津村耕佑:紙おむつ
- 深澤直人:ティーバッグ
選評には、トイレットペーパーのロールが四角くなり、ゴキブリホイホイがロール状の粘着テープになるといった例が挙がっています。見慣れた道具を、もう一度ゼロから考え直す。そうすると、日常の中に知らなかった形が現れる、という展覧会です。
この展覧会は、2000年の世界インダストリアルデザインビエンナーレ(インダストリアル・グラフィックの両部門)の大賞と、2000年度の毎日デザイン賞を受けました。岩波書店の著者紹介に記されています。同じ著者紹介は、2003年の時点で、リ・デザイン展が世界各都市を巡回していると記しています。

図の三つは、原デザイン研究所のプロフィールに書かれた展覧会の趣旨を、短くまとめたものです。どの展覧会も、新しいものを作って見せるのではなく、すでにそこにある資源を見つけ直す、という方向で一致していると考えます。
無印良品とのこと(2002年〜)
原の仕事の中で、最もよく知られたものの一つが、無印良品の仕事でしょう。ただし、いつから関わったのかは、資料によって書き方が分かれています。原デザイン研究所と武蔵野美術大学の公式プロフィールは、2002年にアドバイザリーボードのメンバーとなり、アートディレクション(広告や店頭などの表現全体の統括)を始めたと記しています。一方、無印良品の「くらしの良品研究所」に載ったトークイベントの採録は、2001年よりボードメンバーとなったと紹介しています。本記事では、原本人が運営する原デザイン研究所の記述に従い、2002年とします。
無印良品のアートディレクションについて、原は無印良品の公式アーカイブの中で、こう説明しています。グラフィックデザイナーの田中一光が提案した考え方を引き継いで担当している、と。田中の考え方として紹介されているのは、次の二つの言葉です。
- 「豪華に引け目を感じることなく誇りをもって簡素であること。」
- 「無駄を省いていくことによって、豪華なものよりもっと素敵に見える。」
また原は、このような思想を広げるために、たくさんの言葉で説明するのではなく、「無印良品に触れた人が自然にその思想に気がついてくれる。」というコミュニケーションを目指している、とも語っています。言葉で説得する広告ではなく、見た人が自分で気づく広告。この方針が、次に述べる「空っぽ」という考え方につながります。
「空っぽ」(エンプティ)という考え方
原は、無印良品の広告を作る中で「空っぽ」という言葉を使うようになりました。無印良品が運営する「くらしの良品研究所」には、2009年9月24日に池袋西武店で行われたトークイベントの採録が残っています。この中で原は、「シンプル」と日本の「簡素」を分けて話しています。
原によると、「シンプル」は西洋の近代主義から生まれた、合理性にのっとったものの形の考え方です。日本の伝統の中にある「簡素」は、それとは少し違い、使う人が関わることで生じる様々な自由や状況を受け入れてくれます。この懐の深さを、原は「空っぽ」=エンプティと呼んでいます。同じ採録の言葉で言えば、次のとおりです。
「そんな懐の深さを、私は「空っぽ」=エンプティと呼んでいます。」

原が挙げる例は、脚付マットレスです。このベッドは、ソファにもなるし、寄せ集めれば床にもなるかもしれない。使う人の自由な使い方を保証してくれる状態を、原は「エンプティ」と呼んでいます。空っぽとは、何もないことではありません。何にでもなれる余地が残されている状態のことだと、編集部は読み取りました。
同じ採録では、この考え方を日本の神社の成り立ちから説明する場面もあります。縄で四角く囲んだ空っぽの区画に、神が入るかもしれないという可能性を見る感覚を、原はエンプティネスの源流として挙げています。ただし、これは原本人の解釈です。
地平線と茶碗の広告
「空っぽ」を、言葉ではなく画面で示したのが、2003年の企業広告「地平線」です。原デザイン研究所の「無印良品の企業広告 2003-2025 展」のクレジットによれば、アートディレクションは原研哉、写真は藤井保です。原は先ほどの公式アーカイブで、この新聞広告について、地平線を撮影したもので、そこには地球と人間しか映っていない、と説明しています。
この広告の狙いを、原は次のように語っています。何かメッセージを伝えるというより、無印良品とは何かを、見る人が自由に感じ取って解釈できる、という無印良品のあり方を考えながら作ったビジュアルだ、と。
そして、広告の考え方を次のようにまとめています。
「世界のブランドが、人々に「これが欲しい」と思わせるような広告を作っている時に、無印良品はむしろ「空っぽ」の情報を出していく。」
原は、そのスタンスが、この「地平線」の広告から始まったと述べています。『デザインのデザイン』の第4章にも、「『が』ではなく『で』」「EMPTINESS」「地平線にロゴを置く」といった節の題が並んでいます。「これがいい」と思わせるのではなく、自分で選んだ使い方を受け止める。その考え方が、一枚の風景に込められた広告だったのだと考えます。
原はトークイベントで、京都の慈照寺(銀閣)の東求堂にある同仁斎(書院)や、大徳寺玉林院の霞床席、武者小路千家の官休庵など、国宝級の和室や茶室を訪ね歩き、無印良品の茶碗を置いて写真を撮る撮影を行った経験を語っています。室町末期の日本の美意識と、自分がデザイナーとして培ってきた感覚とが、自然にかみ合うという手応えを感じた、と述べています。無印良品の公式アーカイブによれば、同仁斎に現代の茶碗を置いた広告は、「簡素簡潔」「空(くう)」「空っぽ」という美意識を称揚する日本の文化と、現代の無印良品が通じていることを表現した広告です。なお、後の一覧にある2005年の広告「茶室と無印良品」と同じものかどうかは、公式資料に明記がないため、ここでは結び付けていません。
原は、簡素簡潔を素晴らしいと感じる日本の文化は、西洋のモダニズムよりもだいぶ昔に始まっていて、そこに無印良品のルーツがあると気づいた、とも語っています。日本の美意識を現代の暮らしの道具につなぐ、原の仕事の核心にあたる話だと考えます。
原は、無印良品の広告キャンペーンで2003年度の東京アートディレクターズクラブ賞グランプリを受けたと、岩波書店の著者紹介にあります。
企業広告の歩み
無印良品の企業広告は、2003年から続いています。原デザイン研究所が2025年11月28日から12月14日まで、東京・銀座の「ATELIER MUJI GINZA」で開いた「無印良品の企業広告 2003-2025 展 なにもないがすべてがある」では、2003年から2025年までの広告を実物大で総覧できました。2026年4月4日から26日には、巡回展が無印良品グランフロント大阪(Open MUJI)で開かれました。
| 年 | 広告の題 | 確かめられたこと |
|---|---|---|
| 2003年 | 地平線 | 写真は藤井保。アートディレクションは原研哉 |
| 2004年 | 家 | アートディレクションは原研哉 |
| 2005年 | 茶室と無印良品 | 写真は上田義彦。協力は千宗屋 |
| 2006年 | しぜんとこうなりました | 写真・映像は上田義彦。コピーは原田宗典 |
| 2009年 | 水のようでありたい | 原デザイン研究所の企画展の展示作品として紹介 |
| 2015年 | 地球の色。 | 同上 |
| 2018年 | 自然、当然、無印。 | 同上(同じ題の広告は2014年にも展示) |
| 2020年 | 気持ちいいのはなぜだろう。 | テーマは「掃除」。2021年に東京ADC会員賞を受賞 |
| 2025年 | 水や空気のように。 | テーマは「洗濯物干し」。6か国の光景を記録 |
2020年の「気持ちいいのはなぜだろう。」は、ポスター、新聞広告、雑誌広告、ブック&エディトリアル、コマーシャルフィルム、ウェブサイトが、東京アートディレクターズクラブの「ADC会員賞」を受けました。受賞者はアートディレクターの原研哉で、制作者賞には写真の上田義彦、動画の深尾大樹が選ばれています。
2025年の「水や空気のように。」は、原デザイン研究所のニュースによれば、「洗濯物干し」を取り上げた企業広告です。濡れた布が太陽の光を浴び、空気と触れ合って、おひさまの匂いがするほどに乾いていく。そんな人類に普遍の幸せの風景に、水や空気のように、暮らしになくてはならない存在でありたいという無印良品の目指す姿を重ね、タイ、インド、イタリア、ギリシャ、ブルガリア、日本の光景を記録した、と説明されています。ムービーは、全国の映画館173館、1,637スクリーンで公開されました。


原は、先ほどの公式アーカイブで、「空っぽ」を言葉で説明するのではなく、ユーザーが見た瞬間に感じたり、目覚めてくれたりするようなビジュアルを考えている、と語っています。広告が答えを言うのではなく、見る人が自分で受け取る余白を残す。この並びを見ると、2003年の「地平線」から2025年の「洗濯物干し」まで、同じ方針が続いていると感じます。
『デザインのデザイン』と著作(2003年〜)
原の考え方を広く伝えた本の一つが、2003年に岩波書店から出た『デザインのデザイン』です。この本は、2004年のサントリー学芸賞(芸術・文学部門)を受けました。サントリー文化財団の選評は、文芸評論家の三浦雅士さんによるもので、まず文章がいいと述べ、その特徴を「明晰な感性」という言葉で表しています。デザインとは、思考を視覚化、より正確には感覚化する仕事だ、という見方も、選評の中で示されています。
『デザインのデザイン』は全8章です。第1章「デザインとは何か」から、「リ・デザイン」「情報の建築」「なにもないがすべてがある」「欲望のエデュケーション」「日本にいる私」と進み、第7章では愛知万博の初期構想を扱い、第8章「デザインの領域を再配置する」で終わります。これも、岩波書店の目次で確かめられます。
主な著作は次のとおりです(武蔵野美術大学の教員紹介と、各出版社・国立国会図書館の書誌で確認)。
| 年 | 書名 | 出版社 |
|---|---|---|
| 2003年 | 『デザインのデザイン』 | 岩波書店 |
| 2007年 | 『DESIGNING DESIGN』(英語版) | Lars Müller Publishers |
| 2008年 | 『白』 | 中央公論新社 |
| 2011年 | 『日本のデザイン』 | 岩波新書 |
| 2018年 | 『白百』 | 中央公論新社 |
| 2022年 | 『低空飛行』 | 岩波書店 |
2008年の『白』について、中央公論新社の紹介は、日本文化の繊細さと簡潔さを生み出し、支える美意識の原点が「白」であり、それは色であって色を超えたものではないか、と問いかける本だと説明しています。同社の書誌データでは、2008年5月30日の初版で、四六判152ページです。
『日本のデザイン』は、岩波書店の紹介によると、日本に必要な「資源」とは何かを問い、立ち戻るべきは「感受性」だと述べる本です。目次には「美意識は資源である」「シンプルとエンプティ」といった題が並びます。原の言葉で、「空っぽ」の考え方が、広告の現場から日本のデザイン論へ広がっていったことが分かります。
展覧会という方法(2000年代〜)
原の仕事を特徴づけるのは、展覧会を、デザインの重要な表現の場として使っていることです。原デザイン研究所のプロフィールは、次のような展覧会を挙げています。
- 2004年「HAPTIC 五感の覚醒」:人間の感覚の中に大きなデザインの資源が眠っていることを示した
- 2007年、2009年「TOKYO FIBER ─ SENSEWARE展」:パリ、ミラノ、東京で開催
- 2008〜2009年「JAPAN CAR展」:パリとロンドンの科学博物館で開催
- 2010年「HOUSE VISION」の活動を開始、2013年に最初の展覧会となる東京展を開催
- 2011〜2012年「DESIGNING DESIGN 原研哉 中国展」を北京から巡回
- 2012年から「犬のための建築展」
- 2014年「TAKEO PAPER SHOW 2014 SUBTLE」
プロフィールは、これらを、産業の潜在力を展覧会を通して可視化し、広く世界に広げていく仕事だと説明しています。
「HOUSE VISION」は、公式サイトによれば、「家」を多様な産業の交差点と考え、産業の新たな成長点を見出していく展覧会です。2011年より建築家、クリエイター、研究者、企業、行政との対話を重ね、2013年と2016年に東京展、2018年に北京展、2022年に韓国で展覧会を開きました。なお、活動の開始年は、原デザイン研究所のプロフィールが2010年、HOUSE VISION公式サイトの記述が2011年からの対話と、少し分かれています。
2016年には、ミラノ・トリエンナーレで、アンドレア・ブランツィと「新先史時代 100の動詞」展を開催しました。武蔵野美術大学の教員紹介は、人類史を道具と欲望の共進化として提示した展覧会だと紹介しています。
「犬のための建築」は、人間以外の尺度で建築を捉えなおすことにより、新たな建築の可能性を探るプロジェクトです。2012年の開催以来、巡回先の都市ごとに新しい建築を加え、2024年12月から2025年2月にはミラノのADI Design Museumで第9回目の展覧会が開かれました。ミラノ展では全22作品が展示されたと、原デザイン研究所のニュースにあります。
こうして見ると、原にとって展覧会は、完成したデザインを見せる場ではなく、デザインの発想を人に共有する場だと考えているのではないでしょうか。これは編集部の見方ですが、展覧会という形を選ぶことで、企業や専門家、一般の来場者が、同じ問いを共有できるのではないかと考えます。
企業のアイデンティティをつくる(VI)
原は、企業やブランドの視覚的な統一イメージを設計するVIも、数多く手がけています。武蔵野美術大学の教員紹介は、松屋銀座、森ビル、蔦屋書店、GINZA SIX、ミキモト、ヤマト運輸、中国のXiaomiなどを挙げています。原デザイン研究所のWORKSページで確かめられた仕事を紹介します。
| 年 | 仕事 | 公式ページで確かめられたこと |
|---|---|---|
| 2011年 | 蔦屋書店(代官山)のVI | TSUTAYAから蔦屋書店へとロゴタイプを更新し、読みやすく簡潔な漢字ロゴとした |
| 2014年 | ピエール・エルメのパッケージ | 原デザイン研究所のWORKSに掲載 |
| 2016年 | JAPAN HOUSE | 横一文字の「一」のシンボルを提案。外務省の対外文化発信拠点事業 |
| 2021年 | ヤマト運輸のVI | 「クロネコマーク」のエッセンスを損なわずに洗練させた |
| 2022年 | SUWARI(椅子のシリーズ) | 日本の空間に気持ちよくおさまる椅子。2025年にコンパッソ・ドーロを受賞 |
蔦屋書店では、VIをロゴのドット(点)の集合に粒子化して展開しました。最初の広告は、プリンシプルをもって生きる大人の尊厳を「本を読む人」の姿として表現し、コピーは「本におかえりなさいませ」でした。

「JAPAN HOUSE」の方針は「日本を知る衝撃を世界へ」です。原デザイン研究所は、このVIの核として、日本の美意識の諸相を横一文字の単純なかたちに凝縮した「一」のシンボルを置きました。原デザイン研究所は、これを「無の坩堝」の象徴と呼んでいます。「一」は、自由な見立てに応える容量の大きなイメージの器だと説明されています。ここにも、「空っぽ」の考え方が通じていると感じます。武蔵野美術大学の教員紹介によれば、原は外務省「JAPAN HOUSE」で総合プロデューサーを務めています。

ヤマト運輸の仕事では、親猫が大切な子猫をくわえて運ぶ姿はそのままに、目や耳、足の角度、背景の楕円など、細部まであらゆる可能性を検証した、と原デザイン研究所は説明しています。変えることより、変えないことに大きなエネルギーを費やした仕事だと言えそうです。

SUWARIについては、日本の建築空間は伝統的な和室も現代建築も垂直水平のリズムが基本であり、空間の文脈に合わせて、垂直水平の流れを意識して設計したと紹介されています。2025年10月3日付のニュースで、「コンパッソ・ドーロ(Compasso d’Oro)2025」を受賞したと発表されました。

日本を見直す仕事(2019年〜)
近年の原は、日本という場所を資源として見直す仕事に力を入れています。武蔵野美術大学の教員紹介によれば、2019年にウェブサイト「低空飛行 HIGH RESOLUTION TOUR」を立ち上げ、独自の観点から高解像度な日本紹介を始めました。観光分野に新しいアプローチを試みる取り組みです。
2022年の『低空飛行 この国のかたちへ』は、このウェブサイトから粋を集めた本です。岩波書店の紹介は、日本各地を自分の足で歩き、デザイナーの目で、高い解像度をもって自然に迫った記録だと述べています。目次には「観光資源は未来資源」「半島航空」「瀬戸内デザイン会議」などの題が並びます。
2025年の大阪・関西万博では、NPO法人ゼリ・ジャパンが出展する「BLUE OCEAN DOME」の展示構想とディレクションを、原研哉+原デザイン研究所が担当しました。パビリオンのテーマは「海の蘇生」で、展示空間は3つのドームで構成されています。建築家の坂茂さんによる、竹、CFRP、紙管を構造材としたドーム空間も見どころの一つでした。大阪府大阪市此花区の夢洲会場で、2025年4月13日から10月13日まで開催されたと、原デザイン研究所のニュースにあります。
2024年には、イタリアのADI Design Museumで開かれた「ORIGIN of SIMPLICITY – 20 Visions of Japanese Design」で、展示デザインとグラフィックデザインを担当しました。ミラノ大学のロッセラ・メネガッツォ教授のキュレーションで、20のテーマから日本のデザインのルーツを探る展覧会です。会期は2024年3月23日から6月9日でした。
教える人として、描く人として
原は、2003年4月に武蔵野美術大学(造形学部基礎デザイン学科)へ着任しました。教員紹介の研究テーマは、デザインを「本質を見極め可視化する」営みと捉え、環境、産業、文化の新たな課題や領域を探ることだと記しています。デザインのフロンティアを開く仕事をしながら、それを教育の現場に伝え、美術・芸術系大学における知のあり方を模索している、とも書かれています。基礎デザイン学科の学生との共著に、2017年のLars Müller Publishers刊『Ex-formation』があります。
国際的な評価も届いています。原デザイン研究所のニュースによれば、2023年度、香港デザインセンターが創設したDFA Awardsの「DFA Lifetime Achievement Award」の受賞者に選ばれました。デザイン業界や教育、社会への生涯にわたる功労が認められたものです。
2026年4月4日から6月3日には、京都dddギャラリー(DNP文化振興財団)で、原画展「DRAW 原研哉は描いている」が開かれました。原にとって初のスケッチ集『DRAW』から、ドローイングや素描、書籍のラフスケッチなどの原画を公開した展覧会です。展覧会のページには、『DRAW』の序文が引かれています。
「スケッチというのは、頭の中に去来している不安定な着想を、この世界の次元に引っ張り出す営みである」
原デザイン研究所のDRAWのページは、手を動かし描くことでデザインを生み出してきた、約40年にわたるクリエイティブの源泉に迫る一冊だと説明しています。広告や展覧会、ロゴといった完成した仕事の背後に、手を動かして考える時間がある。そのことを、原自身が見せた展覧会でした。

展覧会の会場は、写真の建物の3階にある京都dddギャラリーでした。会場構成は、原研哉と日本デザインセンター原デザイン研究所が担当しています。本人による約15分の解説動画は、DNP文化振興財団の公式YouTubeチャンネルで公開されています。展覧会は終了していますが、動画で、原が自分の絵を語る様子を見ることができます。
2026年10月17日からは、東京・神田のKANDA SQUARE HALLで、「TAKEO PAPER SHOW 50」が開かれています(10月25日まで、事前予約制・入場無料)。テーマは「祝と礼 MARK THE MOMENT」で、企画とディレクションを原研哉+原デザイン研究所が担当しました。紙の専門商社・竹尾が主催し、原は2023年の「PACKAGING 機能と笑い」でも企画を担っています。

原研哉の歩み(年表)
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1958年 | 岡山県岡山市に生まれる |
| 1983年 | 武蔵野美術大学大学院修士課程(デザイン専攻)を修了 |
| 2000年 | 「RE-DESIGN 日常の21世紀」を企画。同展で世界インダストリアルデザインビエンナーレ大賞、毎日デザイン賞 |
| 2002年 | 無印良品のアドバイザリーボードのメンバーとなり、アートディレクションを開始(2001年とする資料もある) |
| 2003年 | 企業広告「地平線」。『デザインのデザイン』刊行。武蔵野美術大学に着任(4月)。東京ADC賞グランプリ(2003年度) |
| 2004年 | 「HAPTIC 五感の覚醒」。『デザインのデザイン』がサントリー学芸賞を受賞 |
| 2005年 | 愛知万博(2005年日本国際博覧会)の公式ポスターを制作 |
| 2008年 | 『白』刊行。2008〜2009年に「JAPAN CAR展」 |
| 2010〜2011年 | 「HOUSE VISION」の活動が始まる。2011年に蔦屋書店(代官山)のVI |
| 2013年 | HOUSE VISION 東京展 |
| 2016年 | JAPAN HOUSEのVI。ミラノ・トリエンナーレで「新先史時代 100の動詞」展 |
| 2019年 | ウェブサイト「低空飛行 HIGH RESOLUTION TOUR」を開始 |
| 2021年 | ヤマト運輸のVI。「気持ちいいのはなぜだろう。」がADC会員賞 |
| 2022年 | 『低空飛行 この国のかたちへ』刊行 |
| 2023年 | DFA Lifetime Achievement Award。「TAKEO PAPER SHOW 2023」 |
| 2025年 | 大阪・関西万博「BLUE OCEAN DOME」。SUWARIがコンパッソ・ドーロ。企業広告展(銀座) |
| 2026年 | 原画展「DRAW」(京都、4〜6月)。「TAKEO PAPER SHOW 50」(東京、10月17〜25日) |
まとめ
いかがだったでしょうか。原研哉の仕事をたどると、デザインという言葉の範囲が、少しずつ広がっていくのが分かります。広告やロゴといったグラフィックから始まり、展覧会、企業のVI、本、教育、そして日本各地を紹介する仕事へ。領域を移しても、根にあるのは、ものの本質に静かに手を伸ばす、という姿勢だと考えます。
もう一つ印象に残るのが、「空っぽ」という考え方です。使う人の自由を受け止める余地を残すこと。無印良品の広告も、JAPAN HOUSEの「一」のシンボルも、その考え方で説明できる、と原は語っています。これは日本の簡素の美意識に、現代の言葉を与えようとする試みだと思います。
本記事で載せた図版は一部です。広告や本、展覧会は、無印良品の店舗や、書店、各地の展示で、日常の中で出会うことができます。公式サイトで、最新の情報を確かめてみてください。
Euphoric " " の視点
原研哉は、無印良品のアートディレクションについて、グラフィックデザイナーの田中一光が提案した考え方を引き継いで担当している、と説明しています。2003年から続く無印良品の企業広告は、「無印良品の企業広告 2003-2025 展」で、2003年から2025年までの広告を実物大で総覧できる形にまとめられました。
ヤマト運輸のVIでも、親猫が大切な子猫をくわえて運ぶ姿はそのままに、目や耳、足の角度、背景の楕円など、細部まであらゆる可能性を検証したと、原デザイン研究所は説明しています。
デザインというと、新しい形を生み出すことに目が向きやすいかもしれません。けれども原の仕事からは、受け取った考え方や形を手放さず、細部を確かめながら次の時代へ手渡していくことも、創造の大切な一部だという見方ができると考えます。引き継ぐことは、仕事を長く生かすための前向きな選択なのだと思います。
この作品を見に行くには
記事で紹介した作品は、次の館などで公開されています。展示替えがあるため、最新の情報は公式サイトをご確認ください。






