採用ブランディングとは?「ここで働きたい」をつくる空間と発信の設計

採用ブランディングとは?「ここで働きたい」をつくる空間と発信の設計
写真:Frank Behnsen / Wikimedia Commons(CC BY-SA 3.0。トリミング・文字入れ。この画像もCC BY-SA 3.0で提供)

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採用ブランディングとは、自社が求める人材から「ここで働きたい」と選ばれるために、会社の価値や働く環境を整理し、一貫した形で伝えていく取り組みのことです。求人票の書き方を工夫することだけを指すのではなく、会社が何を約束し、実際にどんな環境で働けるのかを、言葉と空間と行動でそろえていく作業です。

採用が難しくなった、応募は来るが合わない、内定を出しても辞退される。こうした悩みの背景には、「自社の魅力が、求める人に届く形で整理されていない」という共通の課題があることが少なくありません。この記事では、採用ブランディングの考え方と進め方を、アートや空間の役割も含めて解説します。

この記事で分かること

  • 採用ブランディング、エンプロイヤーブランディング、採用広報の違い
  • EVP(従業員への約束)の考え方と、作り方の手順
  • オフィスの空間とアートが、採用ブランディングで担える役割と注意点

採用ブランディングとは:定義と、似た言葉との違い

採用ブランディングの土台にあるのが、エンプロイヤーブランド(employer brand)という考え方です。この言葉は、英国のTim Ambler氏とSimon Barrow氏が、1996年に『Journal of Brand Management』に発表した論文「The Employer Brand」で定義したことで知られています。同論文では、エンプロイヤーブランドを「雇用によって提供される機能的・経済的・心理的な便益のまとまりで、雇用主である会社と結びついているもの」と説明しています。論文の発表年については、1990年に概念が紹介されたとする資料もあり、記述に幅があります。本記事では、一般に引用される1996年の論文を基準にしています。

つまり、エンプロイヤーブランドとは、給与のような経済面だけでなく、仕事のやりがいや、社風、成長の機会といった「働く側にとっての価値の総体」です。商品ブランドが顧客に約束するのと同じように、会社は働く人に対しても、何かを約束している。そう捉えるのが出発点です。

似た言葉との違い

採用まわりの言葉は混同されやすいため、整理しておきます。採用ブランディングとエンプロイヤーブランディング、インナーブランディングの関係は、民間企業の解説で見られる整理を参考にしています。表のうち採用広報と採用マーケティングの行は編集部の整理であり、いずれも公的な定義があるわけではありません。

採用ブランディング、エンプロイヤーブランディング、インナーブランディングの対象・目的・イメージの違いを比較した図
図:3つのブランディングの違い
言葉主な対象目的イメージ
採用ブランディング求職者・採用候補者求める人から選ばれる状態をつくる採用という局面の「点」の戦略
エンプロイヤーブランディング社員、元社員、候補者入社前から退職後までの経験を設計する全体を通した「線・面」の戦略
採用広報求職者会社の魅力を発信する発信の活動
採用マーケティング求職者応募数を増やす集客の手法
インナーブランディング社員理念を社内に浸透させる社内への働きかけ

実務では、これらは重なり合っています。この記事では、採用の局面を中心にしながらも、エンプロイヤーブランドの全体像を踏まえて解説します。社内への浸透については、本連載の「インナーブランディングとは?社員が会社を語れるようになる仕組みとアートの役割」もあわせてご覧ください。

なぜ今、採用ブランディングが必要なのか

背景として、民間の解説では、労働人口の減少による人材獲得競争の激化がよく挙げられます。求職者が複数の会社を比べる中で、「何をしている会社か」だけでなく、「どんな人と、どんな環境で働くのか」が選ぶ理由になりやすくなっています。

ここで、私たちが重要だと考えるのは、採用ブランディングは「見せ方を飾る」作業ではなく、「実態と約束を一致させる」作業であるという点です。実態以上によく見せると、入社後のギャップにつながり、早期の離職を招きかねません。

採用ブランディングの進め方:4つの手順

採用ブランディングの進め方を、求める人物像、EVPの整理、表現、検証の4つの手順で示した図
図:採用ブランディングの4つの手順

手順1:求める人物像(誰に選ばれたいか)を決める

最初に、「どんな人に来てほしいのか」を具体的にします。スキルや経験だけでなく、価値観、仕事の進め方、大切にしていることまで考えます。ここが曖昧だと、発信する内容も曖昧になり、応募者の質にばらつきが出ます。

手順2:EVPを整理する

EVP(Employee Value Proposition)は、会社が従業員に提供する価値の約束を意味する言葉です。次のような要素を整理します。

採用ブランディングで整理するEVP(従業員への約束)の5つの要素、仕事・人と文化・成長・環境・報酬と制度を示した図
図:EVPを整理する5つの要素
  • 仕事そのもの(やりがい、裁量、扱う商品やテーマ)
  • 人と文化(社風、上司や同僚との関係、意思決定の仕方)
  • 成長(学べる機会、キャリアの選択肢)
  • 環境(オフィス、働く場所、設備)
  • 報酬と制度(給与、休暇、福利厚生)

整理の仕方は次のとおりです。

  1. 社員へのインタビューやアンケートで、「実際にこの会社で良いと感じていること」を集める
  2. 退職者や内定辞退者の声があれば、理由を確認する
  3. 競合の会社が約束していることと比べ、自社ならではの点を探す
  4. 「実際に守れること」だけを残す

最後の4点目が最も大切です。守れない約束は、EVPに入れないことが原則です。

手順3:表現に落とす(言葉・写真・空間)

EVPが決まったら、採用サイト、求人票、会社説明会、面接での話し方、SNSでの発信に落とし込みます。重要なのは、どの接点でも、同じ約束が伝わることです。採用サイトでは「挑戦」と言っているのに、面接では前例の話ばかり、という状態では、せっかくの約束が信頼されません。

手順4:検証して磨く

発信したあとは、応募者の質、面接での反応、内定承諾率、入社後の定着などを見ます。数字だけでなく、内定者や新入社員に「なぜこの会社を選んだか」を聞くことで、実際に何が決め手になったのかが分かります。

空間は「見せる場」であり「約束を確かめる場」でもある

採用ブランディングで見落とされやすいのが、オフィスや店舗などの空間です。面接や会社見学で候補者が目にする空間は、言葉よりも直接的に「この会社はどんな場所か」を伝えます。

候補者は、受付で迎えられたときの印象、通路の雰囲気、会議室の使い方、社員の表情などを、無意識に読み取っています。採用サイトで語った約束が、実際の空間と食い違っていないか。空間は、約束を確かめられる場でもあるのです。

白い円柱が何本も立ち、天窓から光が入る吹き抜けの受付ホール。左に曲線の受付カウンター、手前に胸像
受付ホールの例:S.C.ジョンソン社の本社管理棟(フランク・ロイド・ライト設計、1939年完成)。来訪者は、きのこ形の柱と天窓の光が満ちる空間に迎えられる(米国歴史的建造物調査〔HABS〕の記録写真)
写真:Jack Boucher(HABS) / Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

事例:Deutsche Bankの「Art Works」

アートと働く環境を結びつけた大規模な例として、ドイツの金融機関Deutsche Bankの取り組みがあります。同行は、「Art Works」という考え方のもと、現代アートのコレクションを世界各地のオフィスに展示しています。2012年の同行の刊行物によると、作品は受付、エレベーターの脇、会議室など、職場のさまざまな場所に置かれ、職場に現代アートを取り入れることが同行の特徴とされています。同じ刊行物によれば、コレクションは45か国の900を超える拠点にあるとされています。始まりの時期は資料によって1978年とも1979年とも記されており、本記事では「1970年代末から」とするにとどめます。

高層ビルの足元の水盤に置かれた、ねじれた輪のような白い花崗岩の彫刻
ドイツ銀行本店の敷地に置かれたマックス・ビル《連続性(Kontinuität)》(1986年)。重さ80トンの花崗岩の彫刻
写真:Frank Behnsen / Wikimedia Commons(CC BY-SA 3.0)

また、同じ刊行物には、社員や来訪者、顧客向けのガイドツアーが行われ、作品への理解を深める機会になっているとの記述もあります。ここから読み取れるのは、作品を飾るだけでなく、社員がアートに触れる機会を継続して設けるという運用の姿勢です。

なお、このような取り組みが採用そのものにどれだけ寄与したかを示す、確かなデータを私たちは今回確認できていません。アートが採用に効く、と断言するのではなく、「会社が大切にしている考え方を、空間で示す手段になりうる」という位置づけで捉えるのが適切です。コーポレートコレクションの全体像は、本連載の「コーポレートコレクションとは?ドイツ銀行、UBSに学ぶ『集める』ブランド戦略」で扱っています。

美術館の例:来館者に「ここはどんな場所か」を伝える

美術館は、建物と展示そのものが、来訪者へのメッセージになっている場です。たとえば、本連載の「リブランディングの進め方」で触れたWhitney美術館は、新しい建物への移転にあわせて、アイデンティティを作り直しました。展示される作品が変わっても、美術館らしさが保たれる設計になっています。

外壁に美術館名の表示があるホイットニー美術館の建物
2015年に移転したホイットニー美術館の現在の建物。外壁に、新しいアイデンティティの書体で館名が掲げられている
写真:Gunnar Klack / Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0)

企業のオフィスも同じです。「どんな人が、どんな価値観で働く場所か」を、入った瞬間に感じ取れる状態にするには、備品や配色だけでなく、何を壁に掲げるかという選択が大きな意味を持ちます。

ビルの入口の上に、雲の中からコンパスを差し出す人物の彩色レリーフと英文の銘文。その下にガラスブロックの装飾
ニューヨーク、30ロックフェラー・プラザ(旧RCAビル)の正面入口。リー・ローリーのレリーフ《英知》(1933年)と、旧約聖書の一節「Wisdom and knowledge shall be the stability of thy times」が来訪者を迎える
写真:Tony Hisgett from Birmingham, UK / Wikimedia Commons(CC BY 2.0)

空間とアートを採用に使うときの注意点

アートを空間に取り入れるときは、次の点に注意が必要です。

  • 会社の約束と合っているか:作品が、EVPで語る価値観と矛盾していないか
  • 作品選びの根拠を説明できるか:「なぜこの作品なのか」を、社員も候補者も語れる状態にする
  • 権利の確認:展示、撮影、採用サイトやSNSへの掲載について、作家や権利者との取り決めを確認する(本連載の「アートを使う企業が押さえる知財の基本」を参照)
  • 続けられる体制:飾って終わりではなく、入れ替えや社員向けの機会を設けるかを決める
  • 社員の声を聞く:特定の社員にとって不快や不安につながる表現でないかを確認する

採用ブランディングのチェックリスト

  • [ ] 求める人物像を、スキル以外の面でも言葉にしている
  • [ ] 社員の声をもとに、EVPを整理している
  • [ ] EVPに、守れないことが含まれていない
  • [ ] 採用サイト、求人票、面接で、同じ約束が伝わる
  • [ ] 面接や見学で候補者が見る空間が、約束と矛盾していない
  • [ ] 内定者に決め手を聞く仕組みがある
  • [ ] 発信と検証の担当者が決まっている

想定例:EVPがずれていると何が起きるか

分かりやすさのために、ここでは仮の例を挙げます。「たとえば、採用サイトで『若手にも大きな裁量』と約束している会社を想定すると」、面接で現場の管理職が「まずは前例どおりに」と話せば、候補者は約束と実態のずれを感じ取ります。入社後に同じずれを経験した社員は、「聞いていた話と違う」と感じやすくなります。

反対に、約束を少なくして正直に伝える方法もあります。「裁量は大きいが、教育の仕組みはまだ整っていない」と先に伝えれば、合わない人は自然と辞退し、合う人の納得感は高まります。採用ブランディングの目的は応募を増やすことだけではなく、合う人とのミスマッチを減らすことでもある、と私たちは考えています。

面接・見学で空間をどう使うか

空間を活かす場面として、次の3つが考えられます。

  1. 受付と通路:最初に目に入る場所に、会社の考え方を示す作品や展示を置く。来訪者に「何を大切にしている会社か」を、説明なしに伝えられる
  2. 面接室・会議室:作品を前に会話が生まれる。面接官が作品を選んだ理由を話せれば、会社の価値観を語る入口になる
  3. 社員の動線:入れ替えや社員が参加できる機会を設け、「飾られた作品」ではなく「社員の日常の一部」にする

いずれも、作品の選定理由を社員が語れることが前提です。説明できない作品は、候補者にとっても、ただの装飾に見えてしまいます。

よくある質問(FAQ)

Q1. 採用ブランディングと採用広報は、何が違いますか。

A. 採用広報は、会社の魅力を発信する「活動」を指します。採用ブランディングは、その前提となる「何を約束し、誰に選ばれたいのか」を整理し、発信・面接・空間などをそろえる、より広い取り組みです。広報はブランディングの一部と考えると整理しやすくなります。

Q2. 知名度が高くない会社でも、採用ブランディングはできますか。

A. 可能です。知名度の高さよりも、「誰に、何を約束するか」が明確かどうかが重要です。規模の大きな会社と同じ土俵で戦うのではなく、自社ならではの働き方、扱うテーマ、職場の雰囲気などを正直に言葉にすることが、合う人との出会いにつながります。

Q3. オフィスにアートを置くだけで、採用に効果はありますか。

A. アートを置くだけで効果が出る、と言い切れる根拠は確認できていません。大切なのは、会社の約束や価値観と作品が結びついているか、社員がその意味を語れるかです。作品の選定理由と、社員が触れる機会の設計をセットで考えることをおすすめします。

まとめ

採用ブランディングは、「ここで働きたい」と思ってもらうために、会社が従業員に何を約束し、それを実際にどんな環境で守るかを、言葉・空間・行動で一貫させる取り組みです。Ambler氏とBarrow氏が示したエンプロイヤーブランドの考え方は、働く価値を機能・経済・心理の3つの面で捉えることでした。EVPを正直に整理し、面接や見学で見える空間と矛盾させないことが、出発点になります。

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この記事を書いた Euphoric " " について

Euphoric " " は、ユアムーン株式会社が運営するアートメディアです。ユアムーンは、デザインとクリエイティブを軸にしたブランディング会社です。ブランドの言語化から、ロゴやWebサイトなどのデザイン、社内外への発信までを一貫して設計しています。ご希望に応じて、アートの選定・導入もお手伝いしています。

採用ブランディングに関しては、会社の約束(EVP)の言語化から、オフィスの空間やデザインで伝える設計までを一体で整理できます。


参考資料

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