こんにちは。ユアムーン株式会社 編集部です。
皆さんはソール・バスという人物をご存知ですか?
アメリカのグラフィックデザイナーで、映画監督でもあった人物です。映画の冒頭に流れる、題名やスタッフ名の映像を「オープニングタイトル」といいます。バスはそれを、ただの字幕ではなく、映画の気配を観客に伝える一つの作品に変えました。『The Man with the Golden Arm』『Vertigo』『North by Northwest』『Psycho』といったヒッチコックやプレミンジャーの映画のタイトルを手がけ、AT&Tやユナイテッド航空など、企業のロゴも数多く生み出しています。
日本の読者にも、身近な接点があります。味の素の公式サイトの沿革には、1973年10月から、米国のデザイナー、ソール・バスに依頼してつくったコーポレートマークが、創業以来の「美人マーク」に代わって瓶や缶につけられるようになったと書かれています。
本記事ではそんなソール・バスの人生と作品についてご紹介します。なお、バスは没後70年を経ていないため、この記事には映画のポスターやタイトル画面、ロゴの画像は載せていません。権利の確認が取れた図版(図解と表)のみ掲載しています。
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バスの仕事は、映画のタイトルだけにとどまりません。ポスター、企業のロゴ、短編映画、そして一本の長編映画まで、幅広く手がけました。その広がりを図で見てみましょう。

ブリタニカ百科事典は、バスを「想像力に富んだ映画のタイトルシーケンスによって新しい芸術形式を導入した」人物と紹介しています。タイトルが映画の本質を伝え、観客がこれから見るものへの心の準備をさせる、という考え方です。英国映画協会(BFI)も、生誕100年の記事で、バスを映画史上もっとも革新的で影響力のあったグラフィックデザイナーと位置づけています。
基本情報
| 本名 | ソール・バス(Saul Bass) |
| 生年月日(没年月日) | 1920年5月8日〜1996年4月25日(ロサンゼルスで没、享年75) |
| 国籍・出身 | アメリカ/ニューヨーク市ブロンクス生まれ |
| 学歴 | ニューヨークのアート・スチューデンツ・リーグで学び、のちにブルックリン・カレッジに通いました |
| 分野 | グラフィックデザイン、映画のタイトルデザイン、ポスター、企業ロゴ、映画制作 |
| 傾向 | 複雑な説明をせず、一つの象徴的な形にまとめる表現 |
| 師事した人物・影響を受けた人物 | ブルックリン・カレッジで、デザイナーのGyorgy Kepesに教わりました |
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経歴と作品
ブロンクスの少年が、広告デザイナーになるまで(1920〜1954年)
バスは1920年5月8日、ニューヨークのブロンクスに生まれました。ブリタニカ百科事典によると、絵を描くことが好きな、創造的な子どもだったそうです。高校を終えたあとは、ニューヨークのアート・スチューデンツ・リーグで学び、のちにブルックリン・カレッジに通いました。ブルックリン・カレッジで教わった相手が、著名なデザイナーのGyorgy Kepesです。
卒業後は広告のデザイナーとして働き、1946年にロサンゼルスへ移ります。ロサンゼルスでも広告のグラフィックデザインを続け、1952年には自分の事務所を持つまでになりました。
ハリウッドとの縁は、映画の広告ポスターから始まりました。映画のポスターは、公開前の映画をたった一枚で伝える仕事です。ここで磨かれた力が、のちのタイトルや企業ロゴにつながったと考えられます。
なお、事務所の創設年は資料で異なり、ブリタニカ百科事典は1952年、マーガレット・ヘリック図書館の資料解説は1946年と書いています。
ポスターから、動くタイトルへ(1954〜1955年)
『Carmen Jones』(1954年)
転機は1954年です。バスがつくった映画『Carmen Jones』のポスターが、監督のオットー・プレミンジャーの目に留まりました。プレミンジャーは、その出来ばえに感心して、映画のオープニングタイトルもバスに頼みます。ブリタニカ百科事典はこの経緯を、そのように紹介しています。
『The Man with the Golden Arm』(1955年)
バスの名前を広く知らしめたのが、翌1955年の『The Man with the Golden Arm』のタイトルです。ブリタニカ百科事典は、この映画のために作ったアニメーションのオープニングが、バスの評判を決めたと書いています。
BFIの記事に、バス自身の言葉が引かれています。広告のためのシンボルをつくる仕事の中で、『Carmen Jones』と『The Man with the Golden Arm』のシンボルを考えていたとき、プレミンジャーと目を見合わせて「動かしてみたらどうだろう」と言い合った、という内容です(参考訳。原文はファクトチェックに記録)。静止したシンボルを、動かす。バスは、そう簡単な言葉で振り返っています。
『The Man with the Golden Arm』は、麻薬依存に苦しむ男を描いた映画で、1950年代半ばのアメリカでは扱いにくい題材でした。アート・オブ・ザ・タイトルによると、プレミンジャーはこの映画で、ハリウッドの製作倫理規定(プロダクション・コード)の指針に逆らっています。バスに求められたのは、センセーショナルにならずに、映画のドラマと切迫感を一つのシンボルに込めることでした。
バスが選んだのは、ばらばらに歪んだ腕のかたちです。黒い背景に白い棒が現れ、消え、抽象的な模様をつくり、最後に映画のシンボルである腕にまとまります。BFIは、腕のぎざぎざした形が「麻薬依存者のばらばらで不快な体験を表している」というバスの言葉を伝えています。主人公を演じたのは、フランク・シナトラです。

この仕事の面白いところは、ポスターとタイトルが同じ考えから生まれていることです。AIGAの記事は、プレミンジャーが『The Man with the Golden Arm』のポスターの、歪んで角ばった腕の絵に感心して、タイトルもバスに頼んだと伝えています(きっかけを『Carmen Jones』とするブリタニカ百科事典とは、作品が異なります)。ポスターも冒頭の映像も、問われているのは「この映画は、結局どんな映画なのか」です。バスはその答えを、一つのかたちにまとめました。
ヒッチコックと組んだ三作(1958〜1960年)
バスの代表作として語られることが多いのが、アルフレッド・ヒッチコックとの仕事です。『Vertigo』(1958年)、『North by Northwest』(1959年)、『Psycho』(1960年)。この三本のタイトルは、いまも映画のタイトルデザインの代表作として語られます。
『Vertigo』(1958年)
『Vertigo』のタイトルは、女優キム・ノヴァクの顔のクローズアップと、渦巻く螺旋の映像でできています。BFIは、これをバスのもっとも優れたタイトルといえるものだと評しています。BFIによると、バスはこのタイトルを、これから始まる物語のための「climate(気配、雰囲気)」をつくるものだと説明しています。
螺旋の映像には、アニメーション作家のジョン・ホイットニー(John Whitney)が協力しました。アート・オブ・ザ・タイトルによると、この螺旋はリサジュー曲線と呼ばれる波形で、ホイットニーは商業アニメーションスタジオUPAで長く働いた、コンピュータ・アートの先駆者です。同じ解説は、作曲家バーナード・ハーマン(Bernard Herrmann)の音楽と、バスの画面の指揮が合わさって、映画の前提を予告するタイトルになったと説明しています。
映画監督のマーティン・スコセッシは、BFIに引かれた言葉で、バスを「偉大な映画作家だ」と呼びました。バスは映画を見て、リズムと構造と雰囲気を理解し、映画の核心に入り込んでその秘密を見つける、という趣旨です(参考訳)。『Vertigo』の終わりなく生まれ続ける螺旋は、映画の中心にある「狂気」であり、主人公の苦しみを表す美しい悪夢の渦だ、とスコセッシは語っています。
『North by Northwest』(1959年)
翌年の『North by Northwest』では、題名やスタッフ名の文字が、勢いよく画面に飛び込んできます。BFIによると、文字は画面に走り込んだあと、光を反射するオフィスビルの幾何学的な外壁へと溶け込みます。そして最後に、ヒッチコック自身が、おなじみの顔出し出演で、バスに乗り遅れる姿が映ります。
アート・オブ・ザ・タイトルは、緑の背景に交差する線が引かれる点に注目しています。この映画の主題は「交差」であり、バスはその考えをタイトルのつくりで先に示している、という読み解きです。
『Psycho』(1960年)
『Psycho』のタイトルは、さらに削ぎ落とされています。BFIは、画面を走り抜ける棒を、ジャネット・リー演じる主人公の必死の逃走になぞらえ、ずれて崩れた文字組は、もう一人の主人公の分裂した心理を語っていると読みます。アート・オブ・ザ・タイトルも、白い棒が画面に文字を連れてきて、また連れ去っていく、ごく少ない道具立てだと説明します。オン、オフ、左、右、上、下、黒、白。同じ解説は、これらがバスの自らに課した制約だったと書いています。

『Psycho』には、もう一つの話題があります。バスは、この映画で「pictorial consultant(映像コンサルタント)」としてもクレジットされました。この役職で、バスはタイトルのほかにも、映画の絵づくりに関わりました。有名なシャワーの場面にバスがどこまで関わったかは、長く議論されてきました。米国議会図書館(Library of Congress)の解説は、バスが他の監督の映画で務めた「ビジュアル・コンサルタント」の仕事のなかでも、この場面は「もっとも論争を呼んだ」ものだと書いています。
研究者のパット・カークハム(Pat Kirkham)は、バスの関わりは大きかったと論じています。その論文によると、ヒッチコックはフランソワ・トリュフォーの質問に、「バスがやったのは一場面だけで、バスのモンタージュは使わなかった」という趣旨で答え、その一場面は探偵が階段をのぼる場面だと語っています。カークハムは、この返事を実際よりかなり小さく言ったものだと考え、バスがシャワーの場面の設計と絵コンテに関わったと整理しています。この点には異論もあり、議論は続いています。
タイトルの幅を広げた仕事(1956〜1966年)
ヒッチコック作品が有名ですが、バスのタイトルは、手法も雰囲気も作品ごとに違います。
『Around the World in Eighty Days』(1956年)では、映画の終わりにアニメーションのタイトルを置きました。アート・オブ・ザ・タイトルによると、出口へ向かいかけた観客が席に戻って、もう一本の短いアニメーションを見ることになる構成です。BFIは、これがバスのはじめてのアニメーションのタイトルで、当時もっとも製作費のかかったタイトルだったと書いています。
『Anatomy of a Murder』(1959年)では、赤とオレンジの大きな面に、七つに分かれた人体のシルエットを置いたポスターが知られています。BFIによると、この七つのパーツは、ポスターのためだけでなく、タイトルの映像の土台にもなっています。紙を切り抜いて動かす方法は『The Man with the Golden Arm』と同じで、音楽はデューク・エリントンです。
『Spartacus』(1960年)は、スタンリー・キューブリック監督の作品です。BFIによると、バスと、当時の恋人だったエレインは、タイトルの映像だけでなく、物語の山場の絵コンテも描いています。キューブリックは、主演のカーク・ダグラスの要望に応じて、バスの絵コンテを撮影に使ったと、BFIは伝えます。米国議会図書館の解説も、バスがこの映画でローマ軍と奴隷の戦闘を設計したと書いています。
『West Side Story』(1961年)のタイトルは、1960年代初めには珍しく、映画の最後に置かれました。BFIが伝えるバスの説明は、こうです。映画は主要な人物の悲劇的な最期で終わる。強烈な映画だったので、客席の明かりがつく前に気持ちを整える時間が必要だと考えた。いわば「減圧室」のように(参考訳)。タイトルは、映画のなかの落書きだらけの壁に、スタッフの名前を書き込む形で、映画の世界から自然に生まれたと語っています。
『Seconds』(1966年)では、人間の顔そのものを素材にしました。BFIによると、バスは顔を壊し、ゆがめ、組み立て直して、これから起きることを象徴的に示したと語っています。
| 年 | 映画 | バスの仕事 |
| 1954 | Carmen Jones | ポスター、タイトル |
| 1955 | The Man with the Golden Arm | ポスター、タイトル |
| 1956 | Around the World in Eighty Days | アニメーションのタイトル(映画の終わり) |
| 1958 | Vertigo | タイトル、ポスター |
| 1959 | North by Northwest/Anatomy of a Murder | タイトル(Anatomy of a Murder はポスターも) |
| 1960 | Psycho/Spartacus | タイトル。Psychoではpictorial consultantとしてもクレジット |
| 1961 | West Side Story | 映画の最後に置かれたタイトル |
| 1966 | Seconds | タイトル |
企業の「顔」をつくる(1960年代後半〜1980年代)
バスは、映画の仕事を続けながら、会社の顔になるロゴも数多くつくりました。ブリタニカ百科事典は、バスがつくった代表的なロゴの持ち主として、アメリカン・ベル・テレフォン、AT&T、コンチネンタル航空、ガールスカウト・オブ・アメリカ、クエーカー・オーツの名前を挙げています。
アート・オブ・ザ・タイトルによると、バスはAT&Tの「ベル」と「地球」のロゴ、コンチネンタル航空の「ジェットストリーム」のロゴ、ユナイテッド航空の「チューリップ」のロゴを手がけました。ロゴの制作年は資料による確認が十分でないため、ここでは書きません。マーガレット・ヘリック図書館の資料解説は、AT&T、クエーカー、ユナイテッド・ウェイなどのロゴが、文化的なアイコンになったと書いています。AIGAの記事も、AT&T、クエーカー・オーツ、ミノルタ、ワーナー・コミュニケーションズ、ユナイテッド航空のロゴを、バスの代表的なロゴとして挙げています。
映画とロゴ、一見まったく違う仕事ですが、共通点があります。どちらも、複雑な内容を一つの象徴にして、すぐに伝わる形にする仕事だということです。AIGAの記事は、バスが映画ポスターの役目を言い表した言葉として、「Symbolize and summarize(象徴にして、要約する)」を紹介しています。
日本との縁もあります。味の素のコーポレートマークは、冒頭で触れたとおり1973年にバスへ依頼したものです。また、アート・オブ・ザ・タイトルによると、1988年公開の日本映画『敦煌』(佐藤純彌監督)のエンドタイトルも、バスとエレインが手がけています。
| ロゴ・依頼主 | 出典で確認できること |
| コンチネンタル航空 | 「ジェットストリーム」のロゴ(アート・オブ・ザ・タイトル) |
| AT&T(ベル) | 「ベル」のロゴ(アート・オブ・ザ・タイトル) |
| 味の素 | 1973年に依頼したコーポレートマーク。10月から瓶や缶に(味の素公式) |
| ユナイテッド航空 | 「チューリップ」のロゴ(アート・オブ・ザ・タイトル) |
| AT&T(地球) | 「地球」のロゴ(アート・オブ・ザ・タイトル) |
短編映画『Why Man Creates』(1968年)
1960年代、バスは映画の仕事を広げていきます。1964年のニューヨーク万国博覧会のパビリオンのために、バスとエレインは短編映画を撮りました。アート・オブ・ザ・タイトルによると、ユナイテッド航空のための『From Here to There』と、イーストマン・コダックのための『The Searching Eye』です。
その延長に生まれたのが、1968年の短編『Why Man Creates』です。米国議会図書館の解説によると、スポンサーはカイザー・アルミニウムでした。バスはこの題名に抵抗したそうです。スポンサーが、もっと権威のある題名にしたがったためです。映画のなかに題名の文字が出てくることはなく、冒頭には、バス自身の手書きで、これから始まる「explorations, episodes & comments(探究、挿話、コメント)」という言葉が出ます。バスは、生涯この映画を「創造性の映画(the creativity film)」と呼んだと、同じ解説は伝えています。
内容は、短い場面を重ねたつくりです。脚本はメイヨ・サイモン(Mayo Simon)で、当時の人気テレビ番組『Laugh-In』の勢いに感心して、あのせわしなく滑稽なリズムをねらったと、サイモンが語っています。「Fooling Around(ふざけ回る)」と題された場面があるように、創造の過程は、まじめな顔だけではできていません。
バスは、この映画で何を見せようとしたのか。米国議会図書館の解説に引かれたバスの言葉を、参考訳で紹介します。創造の「内容と形式の両方で、創造のプロセスの本質を示そうとした」。そして、創造の仕事を人生の仕事にしていない人にも、創造的に働くとどんな「感じ」がするのかを伝えたい。苦しみ、いら立ち、規律、喜び、散らかり、整理、失敗、そして(科学者の場合は)作業に没頭するあいだ時間の感覚がゆがむこと(参考訳)。
映画の最後の「The Mark」の部分について、バスは、人が創造する理由を二つの衝動で説明しています。一つは、死を否定して、自分の時代に印を残したいという衝動です。「Look at me… I was here…(私を見て、私はここにいた)」。もう一つは、自分で自分を確かめたいという衝動で、映画の最後に「I am unique… I am here… I am.(私は唯一の存在だ、私はここにいる、私はある)」と言います(参考訳)。
この映画は、1968年のアカデミー賞の短編ドキュメンタリー部門を受賞しました。アカデミーの公式データベースによると、授賞式は第41回で、1969年4月14日にドロシー・チャンドラー・パビリオンで開かれ、この部門の受賞者として「Saul Bass, Producer」と記載されています。さらに、米国議会図書館は2002年、この映画を国立フィルム登録簿(National Film Registry)に選びました。
この映画には、制作の過程で変わった部分もあります。最初の案だった「カウントダウン版」の冒頭と結末は、スポンサーに「目を引きすぎる」と受け取られ、もっと静かな版に変わったと、米国議会図書館の解説は書いています。その最初の案は、アカデミー映画アーカイブに残っています。
唯一の長編映画『Phase IV』(1974年)
バスが監督した長編映画は、1974年の『Phase IV』が唯一です。ブリタニカ百科事典はこの映画を「SFスリラー」と紹介し、バスは短編映画の脚本、製作、監督もいくつも手がけたと書いています。
アカデミー映画アーカイブの解説によると、アーカイブは2012年、『Phase IV』の本来の、より長い抽象的な結末を再発見しました。また、米国議会図書館の解説によると、『Why Man Creates』の脚本家メイヨ・サイモン(Mayo Simon)は、この『Phase IV』でも再びバスと組んでいます。
エレイン・バスとの仕事、そして最後のタイトル(1980〜1995年)
バスの仕事を語るうえで、エレイン・バス(旧姓マカトゥーラ)の存在は欠かせません。アート・オブ・ザ・タイトルによると、エレインは1955年にバスの事務所に入り、『Spartacus』のタイトルで共同の監督・プロデューサーを務めたのち、二人は結婚しました。それ以降、バスのタイトルと映画の仕事の多くは、エレインとの共同作業になります。
1960年代半ばから1980年代の終わりまで、二人はタイトルの仕事から距離を置き、映画制作と子育てに力を入れました。バスはこの時期を「Fade Out」と呼び、タイトルづくりは好きだったので、頼まれたら「Fade In」で戻った、と語っています(アート・オブ・ザ・タイトルの引用による)。
1980年代に、二人は再び注目されます。アート・オブ・ザ・タイトルによると、ジェームズ・L・ブルックスとマーティン・スコセッシが、タイトルの仕事に戻るよう二人に勧めました。スコセッシ作品では、『Goodfellas』(1990年)、『Cape Fear』(1991年)、『The Age of Innocence』(1993年)、『Casino』(1995年)のタイトルをつくっています。『Casino』は、二人にとって最後のタイトルになりました。
BFIは、近年は、後期のスコセッシ作品の仕事でエレインが主導的な役割を担っていたことが、ほぼ認められていると書きます。バスの伝記を書いたJan-Christopher Horakの言葉として、バスの仕事は幾何学的で、エレインが曲線とうねりを持ち込んだ、と紹介しています。『Cape Fear』の水面のきらめきがその例です(参考訳)。
『The Age of Innocence』では、花が咲くタイムラプスと、レースを重ねた模様が使われました。BFIによると、このアイデアはエレインが、出来上がった場面を見て、イーディス・ウォートンの原作を読み返したあとに出したものです。バスは、この映画のタイトルを「意図的に曖昧で比喩的」で、時代のロマンチックな空気を示しながら、その下にある官能と暗黙の掟を合図する試みだったと語っています(参考訳)。スコセッシは「これは本編より出来がいい」と言ったそうです(BFI、参考訳)。
最後の『Casino』では、バスは、主人公が炎に包まれた世界を落ちていく黒い人影を描きました。BFIが引くバスの言葉は、ダンテの『地獄篇』とヒエロニムス・ボス、そこにバッハの『マタイ受難曲』を合わせたようなものを思い浮かべてほしい、という説明です(参考訳)。公開された翌年の1996年4月25日、バスはロサンゼルスで亡くなりました。75歳でした。

受けた評価と、いま残るもの
受賞歴もあります。カークハムの論文によると、1957年にニューヨークのアート・ディレクターズ・クラブから「アート・ディレクター・オブ・ザ・イヤー」に選ばれ、1965年にはロンドンの王立芸術協会(Royal Society of Arts)から「ロイヤル・デザイナー・フォー・インダストリー(Royal Designer for Industry)」の称号を受け、1981年にはAIGAのゴールドメダルを受けています。アカデミー賞は、先ほどの『Why Man Creates』です。
BFIは、『Mad Men』『Catch Me If You Can』『Se7en』など、バスへのオマージュが今も多いと書いています。
資料の面でも、バスの仕事は大切に残されています。アカデミー映画アーカイブのバス・コレクションは約2,700点で、映画の素材が中心で、これを補う形で、マーガレット・ヘリック図書館には「ソール・バス文書」があり、約233リニアフィートの文書、33リニアフィートの写真、18,383点の美術作品などが、1998〜1999年にバスの家族から寄贈されました。2026年10月に確認した時点で、閲覧は予約制と案内されています。
ソール・バスの仕事から学べること
バスの言葉から、使える考え方を三つ拾ってみます。

一つめは、象徴にして、要約すること。AIGAの記事は、バスが映画のポスターの考え方を「Symbolize and summarize」と言い表した、と紹介しています。長い説明を、一つの形にする。説明が長くなるほど、人は覚えていられません。
二つめは、静止したシンボルを動かすこと。『Carmen Jones』と『The Man with the Golden Arm』のシンボルをつくっていたとき、「動かしたらどうか」と考えたことが、タイトルの映像につながりました。いまある形を、別の形で見せられないかと問い直す。それだけで、新しい表現が生まれることがあります。
三つめは、はじまりの前に空気をつくること。『Vertigo』について、バスは「物語がこれから展開するための気候をつくる」と語っています。商品、ブランド、展覧会、どんな仕事にも、本題に入る前の数秒があります。そこで何を感じてもらうかを考える、という視点です。
アート・オブ・ザ・タイトルが載せるバスの言葉に、こうあります。「私は、誰も気にしなくても、美しいものをつくりたい。醜いものではなく」(参考訳)。バスの作品が、時代を越えて見直されるのは、この単純な動機が、ずっと貫かれていたからかもしれません。
まとめ
いかがだったでしょうか。ソール・バスは、映画の広告ポスターから出発して、映画のオープニングタイトルを一つの表現にまで引き上げたデザイナーです。『The Man with the Golden Arm』の腕、『Vertigo』の螺旋、『Psycho』の走り抜ける棒と、どれも複雑な物語を、一つの象徴に要約しています。
その考え方は、AT&Tやユナイテッド航空、日本の味の素のロゴにも通じています。短編『Why Man Creates』はアカデミー賞を受け、唯一の長編『Phase IV』も撮りました。晩年は、妻のエレインとともにスコセッシ作品のタイトルを手がけ、『Casino』を最後の仕事にしています。
映画を見るとき、本編が始まる前の数分にも、ぜひ目を向けてみてください。
Euphoric " " の視点
ソール・バスは、映画の冒頭のタイトルで知られています。けれども仕事をたどると、映画の終わりにも心を配っていたことがわかります。
『Around the World in Eighty Days』では、映画の終わりにアニメーションのタイトルを置き、出口へ向かいかけた観客が席に戻る構成にしました。『West Side Story』では、強烈な映画だったので、客席の明かりがつく前に気持ちを整える時間が必要だと考え、タイトルを最後に置いています。バスはそれを、いわば「減圧室」のようなものと説明しました。
商品でも展覧会でも、作り手はつい入口の印象に力を注ぎたくなるものかもしれません。ただ、体験の最後の数分をどう手渡すかで、持ち帰る記憶は変わると考えます。バスの仕事は、始まりと同じだけ、終わり方を設計する価値があることを教えてくれます。
この作品を見に行くには
バスの作品や資料は、次の機関が保存しています。閲覧は予約制などの条件がある場合があるため、最新の情報は公式サイトをご確認ください。






