【徹底解説】『牛乳を注ぐ女』とは?光の粒と塗りつぶされた道具の謎を解説!

【徹底解説】『牛乳を注ぐ女』とは?光の粒と塗りつぶされた道具の謎を解説!
『牛乳を注ぐ女』の徹底解説(『牛乳を注ぐ女』/パブリックドメイン/Wikimedia Commons)

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こんにちは。ユアムーン株式会社 編集部です。

皆さんは『牛乳を注ぐ女』という作品をご存知ですか?

17世紀オランダの画家ヨハネス・フェルメールが描いた一枚で、明るい窓辺の台所で、女性が水差しから鍋へ牛乳を静かに注いでいます。オランダ・アムステルダム国立美術館(ライクスミュージアム)を代表する作品の一つで、英語では『The Milkmaid』、オランダ語では『Het melkmeisje』と呼ばれます。

動いているのは、細く流れる牛乳だけ。それ以外のすべてが止まって見える、不思議な静けさをもった絵です。

本記事ではそんな『牛乳を注ぐ女』について、描かれているもの・見どころ・歴史をご紹介します。

『牛乳を注ぐ女』って?

ヨハネス・フェルメール『牛乳を注ぐ女』(1660年頃)
ヨハネス・フェルメール『牛乳を注ぐ女』(1660年頃)アムステルダム国立美術館/出典:Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

『牛乳を注ぐ女』は、ヨハネス・フェルメール(1632〜1675年)が1660年頃に描いた油彩画です。縦45.5cm、横41cmの小さな画面に、台所で働く使用人の女性が描かれています。

アムステルダム国立美術館は、この絵を次のように紹介しています。使用人の女性が、仕事にすっかり没頭して牛乳を注いでいる。牛乳の流れのほかは、すべてが静止している。フェルメールはこのありふれた日常の仕事を、堂々とした絵の主題にした。女性は明るい部屋のなかに、彫像のように立っている。

当時のオランダでは、日常の暮らしを描いた「風俗画」が広く描かれていました。そのなかでもこの絵は、ひとりの女性の手仕事だけを、大きな出来事のように描き出しています。

基本情報

作品名牛乳を注ぐ女(英題:The Milkmaid/オランダ語:Het melkmeisje)
作者ヨハネス・フェルメール(Johannes Vermeer、1632〜1675年)
制作年1660年頃(同館の2022年の発表では1657〜58年とも表記)
技法・素材油彩、カンヴァス
サイズ45.5×41cm
所蔵アムステルダム国立美術館(ライクスミュージアム、オランダ・アムステルダム)。作品番号SK-A-2344
入手1908年に購入(レンブラント協会の支援による)
展示場所アムステルダム国立美術館の常設展示(展示室は公式サイトでご確認ください)

作者のフェルメールについては、以下の記事で詳しくご紹介しています。フェルメールの贋作で知られるメーヘレンの記事もあわせてどうぞ。

フェルメールとは?「光の魔術師」と呼ばれる理由と生涯・代表作を解説

【徹底解説】ハン・ファン・メーヘレンとは?フェルメールの贋作で専門家を欺いた画家の人生と作品を解説!

「Milkmaid」ってどんな人?

英題の「Milkmaid」は、ふつう乳しぼりの娘を指す言葉です。けれども、この絵に描かれているのは牧場ではなく台所です。アムステルダム国立美術館の作品記録も、テーブルの後ろに立った使用人の女性が、水差しから鍋へ牛乳を注いでいる場面だと記しています。

同館の資料には、この絵を「De keukenmeid(台所の女中)」と呼ぶ文献名も挙がっています。つまり描かれているのは、家の台所で働く女性です。

何が描かれている?見どころを解説

画面にあるのは、窓、壁、テーブル、そして働く女性だけです。アムステルダム国立美術館の解説と、近年の調査をもとに、見どころを順に見ていきます。

彫像のような女性

ヨハネス・フェルメール『牛乳を注ぐ女』(1660年頃)部分
ヨハネス・フェルメール『牛乳を注ぐ女』(1660年頃)部分 アムステルダム国立美術館/出典:Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

白い頭巾をかぶり、黄色の上着に青いエプロンを着けた女性は、うつむいて手もとの牛乳を見つめています。袖をまくった両腕で、重そうな水差しをしっかりと支えています。

アムステルダム国立美術館の2023年のフェルメール展の解説は、この女性の存在感を、白く塗られた壁が引き立てていると説明しています。白い壁を背に、女性の姿がくっきりと浮かび上がるのです。

針の穴が決めた視点

この絵には、フェルメールの制作の手がかりが、小さな穴として残っています。

同じ展覧会の解説によると、フェルメールは『牛乳を注ぐ女』の消失点(遠近法で、奥へ向かう線が集まる点)を、ピンを刺して決めました。その位置は女性の右腕のすぐ上で、ピンの穴はいまも画面に残っています。消失点がこの高さにあるため、見る人は女性を少し見上げる形になります。これも、女性に記念碑のような重みを与えている理由の一つです。

光の粒でできたパン

ヨハネス・フェルメール『牛乳を注ぐ女』(1660年頃)部分
ヨハネス・フェルメール『牛乳を注ぐ女』(1660年頃)部分 アムステルダム国立美術館/出典:Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

テーブルの上には、籠に入ったパンと、ちぎられたパン、石の水差し、そして牛乳を受ける鍋が並んでいます。

近づいて見ると、パンや籠の表面に、小さな明るい点がたくさん置かれているのが分かります。アムステルダム国立美術館は、テーブルの上のパンと籠が、何百もの「光」の点でできていると説明しています。作品ページでも、フェルメールは光が物の表面で戯れる様子を、何百もの色とりどりの点で表した、と紹介されています。

同館の展覧会解説は、こうした点による描き方を、カメラ・オブスクラ(暗い箱に開けた穴やレンズから外の景色を映す装置)と結びつけています。明るい光のもとでは、カメラ・オブスクラに映る像も光の点のように見えるからです。ただし同館も、フェルメールがこの装置で研究した「かもしれない」という書き方にとどめています。

何を作っている?

女性は、何のために牛乳を注いでいるのでしょうか。アムステルダム国立美術館の展覧会解説は、テーブルにたくさんのパンのかけらがあることから、女性はおそらく、固くなったパンを牛乳に浸してつくるパン・プディングを作っているのだろう、と説明しています。牛乳にビールを加えることもあり、青いドイツ製の水差しにはビールが入っているのかもしれない、とも書かれています。

何気ない台所の一場面ですが、当時の家庭の食卓が、そのまま描き込まれているのです。

壁の籠と、窓からの光

ヨハネス・フェルメール『牛乳を注ぐ女』(1660年頃)部分
ヨハネス・フェルメール『牛乳を注ぐ女』(1660年頃)部分 アムステルダム国立美術館/出典:Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

画面の左には窓があり、そこから光が差し込んでいます。窓のそばの壁には、編んだ籠と銅の鍋が掛けられています。作品記録にも、左に窓、編み籠、銅の鍋が描かれていると記されています。

光は左の窓から入り、女性の頭巾や腕、テーブルの上を照らしています。アムステルダム国立美術館の展覧会解説が書くように、この部屋では何よりも光が主役で、一つひとつの物の上で光が戯れ、反射しています。

足もとの足温器とタイル

画面の右下、床の上には、小さな木箱のようなものが置かれています。これは足温器で、なかには炭火を入れた器が入っています。その後ろの壁の下のほうには、デルフト焼きの青いタイルが一列に並んでいます。

実はこの場所には、もともと別のものが描かれていました。それが次の見どころです。

塗りつぶされた二つの道具

2022年9月、アムステルダム国立美術館は、『牛乳を注ぐ女』に関する新しい発見を発表しました。2023年のフェルメール展に向けて、同館とハーグのマウリッツハイス美術館の研究者が、マクロ蛍光X線分析などの最新の技術で調べた結果です。

見つかったのは、フェルメール自身があとから塗りつぶした二つの道具でした。

  • 水差し掛け:女性の頭のすぐ後ろの壁に、水差しをいくつも掛けるための木の板(水差し掛け)が、黒い絵具で描かれていました。17世紀の台所で使われた道具で、フェルメールの家の食料庫にも同じようなものがあったといいます。
  • 火籠(ひかご):右下には、柳の枝で編んだ大きな籠が描かれていました。この籠の存在は以前の調査でも知られていましたが、今回のより精細な画像によって、火籠と特定されました。炭火を入れた器を中に置き、赤ちゃんを温めたり、おむつを乾かしたりするのに使った、子育て中の家庭の道具です。フェルメール自身の遺産目録からも、彼の家に同じものがあったことが分かっています。フェルメールはこれを、足温器とデルフト焼きのタイル、床で覆い隠しました。

同館の展覧会解説は、水差し掛けを消したことで白い壁が際立ち、女性の存在感が増したと説明しています。

さらに、女性の左腕の下には、すばやく引かれた太い黒い線が見つかりました。フェルメールがまず明暗だけで場面をすばやく描き、それから細部を仕上げていったことを示す下描きです。同館は、フェルメールはごく少ない作品をとてもゆっくり、常に極めて正確に描いたという従来の見方を、見直す必要があるとしています。

『牛乳を注ぐ女』の歴史

デルフトのフェルメール(1650年代)

アムステルダム国立美術館の展覧会資料によると、フェルメールはデルフトで生まれ、育ち、そこで生涯を送りました。父は宿屋を営み、画商もしていました。フェルメール自身も画家であると同時に画商で、画家の組合である聖ルカ組合の理事も務めました。

20代の初めには、聖書や神話を題材にした歴史画を描いていました。1656年の『取り持ち女』を転機に、日常の暮らしを作品の出発点とするようになります。『牛乳を注ぐ女』は、同館の年表で『ワインのグラス』や『デルフトの眺望』と同じころに描かれた作品とされています。

『小路』(1658年頃)

ヨハネス・フェルメール『小路』(1658年頃)
ヨハネス・フェルメール『小路』(1658年頃)アムステルダム国立美術館/出典:Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

同じアムステルダム国立美術館が所蔵する『小路』(デルフトの家並み、通称『Het straatje』)です。ふつうの家々をそのまま主役にした、当時としては珍しい絵です。同館によると、描かれているのはデルフトのフラーミング通り40〜42番地で、右の家にはフェルメールのおばが暮らしていました。

同館の展覧会解説は、この絵に描かれた女性の一人の服装が、同じ時期に描かれた『牛乳を注ぐ女』の女性とよく似ていると指摘しています。路地の奥で洗い桶にかがむ女性の姿にも、日々の手仕事を見つめるフェルメールのまなざしが表れています。

最初の持ち主たち(17世紀)

アムステルダム国立美術館の来歴記録によると、この絵は、デルフトでフェルメールの主な支援者だったピーテル・ファン・ライフェンとその妻マリア・デ・クナイトのもとにあったと考えられています(記録では「?」付きで、推定です)。その後、娘のマグダレーナ、その夫ヤコブ・ディシウスへと受け継がれたとみられます。

確かな記録として残るのが、1696年にアムステルダムで開かれたディシウスの競売です。この絵は175ギルダーで、イサーク・ローレーウに売られました。

コレクターの手から手へ(18〜19世紀)

その後、絵はアムステルダムの競売や収集家のあいだを渡り歩きます。来歴記録には、1701年、1719年、1765年、1768年、1798年、1813年の競売が記されています。

1813年の競売で、この絵は画商を通じてアムステルダムの収集家ルクレティア・ヨハンナ・ファン・ウィンターのものになりました。彼女の夫は、ヒレホムの領主ヨンクヘール・ヘンドリック・シックスです。こうして絵は、アムステルダムの名家シックス家に受け継がれていきました。先に紹介した『小路』も、同じくファン・ウィンターとシックス家が所蔵していた作品です。

アムステルダム国立美術館へ(1908年)

1908年、ピーテル・ヘンドリック・シックスの相続人から、ほかの38点の絵とともに、アムステルダム国立美術館がこの絵を購入しました。来歴記録によれば、購入額は55万ギルダーで、美術品の購入を支援する団体、レンブラント協会(Vereniging Rembrandt)の援助を受けています。以来、この絵は同館のコレクションの中心の一つです。

海を越えて(1939年・2007年・2009年・2018年)

『牛乳を注ぐ女』は、何度か海外で公開されています。

ニューヨークのメトロポリタン美術館によると、この絵がアメリカに渡ったのは、1939〜40年のニューヨーク万国博覧会で「美術の名作」の一つとして展示されたときが最初でした。その70年後の2009年、メトロポリタン美術館は、ヘンリー・ハドソンの航海から400年を記念して、展覧会「Vermeer’s Masterpiece The Milkmaid」を開きました(2009年9月10日〜11月29日)。

日本では2007年、東京・六本木の国立新美術館が開館記念展として開いた「フェルメール『牛乳を注ぐ女』とオランダ風俗画展」(2007年9月26日〜12月17日)で、日本初公開されました。国立新美術館は、この絵を30数点しか現存しないフェルメールの作品のなかでも、とりわけ高く評価されてきた作品と紹介しています。

2018年10月から2019年2月にかけては、東京・上野の森美術館で開かれた「フェルメール展」にも出品され、再び日本で公開されました(国立新美術館の展覧会情報データベース「アートコモンズ」による)。

新しい発見と、史上最大のフェルメール展(2022〜2023年)

2022年9月、アムステルダム国立美術館は、前に紹介した水差し掛けと火籠の発見を発表しました。この調査には、レンブラントの『夜警』の調査と修復のための大型プロジェクト「Operation Night Watch」で使われた技術が生かされています。

2023年2月10日から6月4日まで、同館では大規模なフェルメール展が開かれました。同館の展覧会解説によると、フェルメールの作品とされる約37点のうち、27点が一堂に集められました。マウリッツハイス美術館の『真珠の耳飾りの少女』も、この展覧会に貸し出されました。

同館の発表によると、来場者数を慎重に制限したにもかかわらず、16週間の会期に113の国と地域から65万人が訪れ、同館の歴史上もっとも成功した展覧会になりました。なお、出品されたフェルメール作品の数は、展覧会解説では27点、閉幕後の発表では37点中28点と、資料によって表記が異なります。

同じフェルメールの代表作『真珠の耳飾りの少女』については、こちらの徹底解説でご紹介しています。

https://euphoric-arts.com/art-2/girl-with-a-pearl-earring/

『牛乳を注ぐ女』のよくある疑問

どこで見られる?

オランダ・アムステルダムのアムステルダム国立美術館(ライクスミュージアム)です。同館のコレクションとして常設で展示されています。貸し出しや展示替えがあるため、訪れる前に公式サイトで確認しておくと安心です。

大きさは?

縦45.5cm、横41cmです。『真珠の耳飾りの少女』(44.5×39cm)とほぼ同じ大きさの、小さな作品です。

モデルは誰?

分かっていません。アムステルダム国立美術館の展覧会解説は、フェルメールの絵には同じ物や室内がくり返し登場するため、彼の身のまわりが本当にこうだったかのような印象を与えるものの、描かれた世界はつくられたものだと説明しています。この女性も、特定の人物として名前が伝わっているわけではありません。

女性は何をしているの?

台所で、水差しから鍋へ牛乳を注いでいます。アムステルダム国立美術館は、テーブルにたくさんのパンのかけらがあることから、固くなったパンを牛乳に浸すパン・プディングを作っているのだろうと説明しています。

日本に来たことはある?

あります。2007年に国立新美術館で開かれた「フェルメール『牛乳を注ぐ女』とオランダ風俗画展」で日本初公開され、2018〜2019年には上野の森美術館の「フェルメール展」でも公開されました。

アムステルダム国立美術館にはほかにもフェルメールがある?

あります。アムステルダム国立美術館は、フェルメールの作品を4点所蔵しています。『牛乳を注ぐ女』のほか、本記事で紹介した『小路』(1658年頃)、『手紙を読む青衣の女』(1663年頃)、『恋文』(1669〜70年頃)です。一つの館でフェルメールを4点見られるのは、とても貴重なことです。

フェルメールの絵は全部で何点ある?

アムステルダム国立美術館は2023年の展覧会で、フェルメールの作品とされるものを約37点としています。2022年の発表では約35点、国立新美術館の2007年の資料では30数点とされており、数え方は資料によって異なります。いずれにしても、とても少ない数です。

まとめ

いかがだったでしょうか。フェルメールの『牛乳を注ぐ女』をご紹介しました。

台所で牛乳を注ぐ、ただそれだけの場面です。けれども、針の穴で決めた視点、白い壁、光の点でできたパンなど、フェルメールはあらゆる工夫を重ねて、この女性を彫像のような存在に仕上げました。

2022年の調査では、壁の水差し掛けや右下の火籠を、フェルメール自身が塗りつぶしていたことも分かりました。何を描き、何を消すか。静かな画面の裏に、画家の迷いと決断が残っています。

この絵を見る機会があれば、まず全体の静けさを味わったあと、パンの光の点や、足もとの足温器にも目を向けてみてください。小さな画面のなかに、驚くほど多くのものが描き込まれていることに気づくはずです。

Euphoric " " の視点

『牛乳を注ぐ女』の画面には、フェルメールがピンを刺して消失点を決めた穴が、いまも残っています。テーブルの上のパンと籠は、何百もの光の点でできています。

2022年の調査では、女性の頭の後ろにあった水差し掛けと、右下にあった火籠を、フェルメール自身が塗りつぶしていたことが分かりました。水差し掛けを消したことで白い壁が際立ち、女性の存在感が増したと、所蔵館は説明しています。

描き足すことと同じくらい、消すことにも画家の判断が表れます。この絵の静けさは、描かれなかったものによっても支えられているのかもしれません。

この作品を見に行くには

『牛乳を注ぐ女』は、オランダ・アムステルダムのアムステルダム国立美術館で公開されています。

展示替えや貸し出しがあるため、最新の情報は公式サイトをご確認ください。

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