こんにちは。ユアムーン株式会社 編集部です。
皆さんは艾未未という人物をご存知ですか?
艾未未(アイ・ウェイウェイ、Ai Weiwei)は、1957年に中国の北京で生まれた美術家です。彫刻やインスタレーション、写真、映像に加えて、建築や展覧会の企画、執筆まで、ひとつの分野に収まらない仕事を続けてきました。
新石器時代の壺にコカ・コーラのロゴを描く、何千本もの石器を床一面に並べる、1億個の磁器の「ひまわりの種」で美術館の大空間を埋めつくす。艾未未の作品は、古いものと新しいもの、手仕事と大量生産、ひとつとたくさんの関係を、素材と数のスケールで見せてくれます。2008年の北京オリンピックのメインスタジアム「鳥の巣」に、建築家ヘルツォーク&ド・ムーロンの芸術顧問として関わったことでも知られています。
本記事ではそんな艾未未の人生と作品についてご紹介します。
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基本情報
| 本名 | 艾未未(アイ・ウェイウェイ、Ai Weiwei) |
| 生年月日(没年月日) | 1957年、中国・北京生まれ(2026年10月時点で存命。月日は公的な資料2つで一致を確認できなかったため、年のみの記載としています) |
| 国籍・出身 | 中国/北京 |
| 学歴 | 1978年に北京電影学院に入学。渡米後、ニューヨークのパーソンズ・スクール・オブ・デザインで学ぶ |
| 分野 | 彫刻、インスタレーション、写真、映像、建築、展覧会の企画、執筆 |
| 傾向 | 新石器時代の壺や清の時代の木材など、中国の古いものや職人の手仕事を素材にし、大量の数と大きな空間で見せる |
| 師事した人物・影響を受けた人物 | 父は詩人の艾青(アイ・チン)。特定の師は公式の資料で確認できませんでした |
| 拠点 | ベルリン、ケンブリッジ(イギリス)、ポルトガルのモンテモール=オ=ノヴォ(2026年10月時点のM+の紹介による) |
艾未未の作品の背景にある考え方や、つながりの深い作家については、以下の記事でも詳しくご紹介しています。
経歴と作品
北京からニューヨークへ(1957年〜1993年)
艾未未は1957年、北京に生まれました。2009年に東京の森美術館で開かれた個展の資料によれば、父は現代中国を代表する詩人のひとり、艾青(アイ・チン)です。
1978年、艾未未は北京電影学院に入学します。1979年と1981年には、前衛的な芸術家たちのグループ「星星画会」の展覧会に参加し、その後アメリカへ渡りました(森美術館の資料による)。ニューヨークでは、パーソンズ・スクール・オブ・デザインで学んでいます。香港の美術館M+の紹介は、艾未未を、彫刻、インスタレーション、写真、映画、建築、展覧会の企画、社会批評にわたって活動する芸術家であり、社会活動家でもある人物としています。
1993年、艾未未は中国に戻りました。ロンドンのロイヤル・アカデミー・オブ・アーツは、2015年の展覧会で、この1993年の帰国から現在までの作品を紹介しています。帰国後は出版活動を行うかたわら、北京のチャイナ・アート・アーカイヴ&ウエアハウス(CAAW)を拠点に、中国の若手作家を支援しました。2000年には、同世代の作家たちを紹介する「不合作方式」展を共同で企画しています(森美術館の資料による)。
古いものを素材にする(1990年代)
1990年代、艾未未は中国の歴史的な器や道具を作品に使い始めます。M+の解説によれば、漢の時代の壺を落として割る、器を色の塗料に浸す、壺にコカ・コーラのロゴを描くといった作品です。歴史的な品物を展示し、手を加え、ときに壊すことで、艾未未は「ものに与えられた価値」を取り戻し、変え、そして問い直していると、M+は書いています。
既製品をそのまま作品として差し出したマルセル・デュシャンの「レディメイド」と通じる発想が、ここにはあると考えられます。ただし艾未未が選んだのは、量産品ではなく、何百年、何千年も前に人の手でつくられた品物でした。
『漢時代の壺を落とす(Dropping a Han Dynasty Urn)』(1995年)
艾未未が漢の時代の壺を手から落とし、床で割れるまでを3枚の白黒写真に収めた作品です。ロイヤル・アカデミーによれば、1枚ずつの大きさは148×121cm。森美術館の資料では「モノクロ写真(三部作)」として紹介されています。所属画廊リッソンは、権威や歴史に対する初期の「因習打破的」な立場を示す作品として、この作品の名前を挙げています。
『可口可樂罐子(Han Dynasty Urn with Coca Cola Logo)』(1995年)
同じ年の作品が、古い壺にコカ・コーラのロゴを描いた『可口可樂罐子』です。M+の作品ページによれば、陶器と塗料でできており、高さ25cm、幅と奥行きが28cmの壺です。
丸くふくらんだ灰色がかった壺の胴に、赤い筆記体の「Coca-Cola」の文字が大きく回り込んでいます。肩には小さな耳(つまみ)がつき、表面には長い年月を経たようなざらつきが見えます。古い器と世界中で見かける商標が、ひとつの物の上で隣り合っています。

『洗白(Whitewash)』(1995〜2000年)
『洗白』は、中国の新石器時代の土器の壺126個を床に並べたインスタレーションです。M+の解説によれば、壺はどれも細い円い首と口、ほぼ球形の胴、両脇の小さな取っ手をもち、土色の壺には太い線と形でできた焦げ茶色の左右対称の文様があります。そのうちおよそ4分の1を、白い塗料で完全に塗りつぶしています。
白く塗られた壺は、土や鉱物の顔料がもつ独特の色と跡を失い、新品のように見えます。灰色の低い台の上に、土色の壺と白い壺が整然と並ぶ光景は、古いものの価値がどこにあるのかを静かに問いかけてきます。作品の素材はM+の作品ページで「新石器時代の中国の土器に工業用塗料」と記されています。

『静物(Still Life)』(1993〜2000年)
『静物』では、何千本もの石器時代の石斧が、細長い床の上にすき間なく並べられています。ロイヤル・アカデミーによれば、その数は3,600点で、石器時代から殷(商)の時代までの石の道具です。
M+は、この作品が石斧を歴史や考古学の文脈から解き放ち、平らでミニマルな展示という芸術の枠組みに置き直すことで、古いものの価値を問いかけていると解説しています。黒や灰色の石斧が、通路のように長い床に何列も続く光景は、ひとつひとつの手仕事と、数がつくる全体の力を同時に感じさせます。

『兩條腿在牆上的桌子(Table with Two Legs on the Wall)』(1997年)
家具を使った作品も、この時期から生まれています。『兩條腿在牆上的桌子』は、木の机をつくり直した作品で、M+の作品ページによれば、素材は木、大きさは121.3×88×107.5cmです。
机の天板は途中で直角に折れ曲がり、半分は床と平行のまま2本の脚で床に立ち、残りの半分は壁に沿って立ち上がっています。その先の2本の脚は、題名のとおり壁の上を横に伸びています。机としては使えないのに、木組みの細部は丁寧に仕上げられていて、伝統的な家具の技術と、その役目を外す発想が同居しています。

ここで紹介した4点は、いずれも香港のM+が所蔵する「M+シグ・コレクション」の作品で、寄贈によって収められました。シグ・コレクションは、収集家ウリ・シグが集めた中国現代美術のコレクションです。森美術館の資料には、艾未未が参加した展覧会として、2006年から各地を巡回した「麻雀:シッグコレクションの現代中国美術」も挙げられています。2009年の森美術館での連続対談の最初の登壇者も、このウリ・シグでした。

建築と「鳥の巣」(1999年〜2008年)
艾未未は建築の仕事でも知られています。森美術館の資料によれば、1999年に自宅兼スタジオを設計して以降、2009年の時点で70を超える建築・都市開発のプロジェクトに携わってきました。
なかでも有名なのが、2008年北京オリンピックのメインスタジアムとして建てられた国家体育場、通称「鳥の巣」です。設計したスイスの建築事務所ヘルツォーク&ド・ムーロンの作品ページには、協力者(In Collaboration With)の欄に「Chinese Artist and Curator, Artistic Advisor: Ai Weiwei」と記されています。同ページによれば、設計競技は2002〜2003年、完成までの実施は2003〜2008年です。森美術館は、2007年のドクメンタ12と、この北京オリンピックスタジアムでのヘルツォーク&ド・ムーロンとの協働によって、艾未未が国際的な評価を高めたと紹介しています。
『Fragments』(2005年)
建築的な発想は、作品にも表れています。ロイヤル・アカデミーによれば、『Fragments』は、清の時代(1644〜1911年)の解体された寺院から出た鉄木(タイリー材)の机や椅子、梁や柱の部材を組み上げた作品で、大きさは500×850×700cmに及びます。現在はM+のシグ・コレクションに収められています。
古い建物から出た部材が、使われ方を変えて新しい空間をつくる点で、建築の仕事と地続きの作品といえるでしょう。
ドクメンタ12(2007年)
2007年、艾未未はドイツのカッセルで5年に1度開かれる国際展「ドクメンタ12」に参加し、大きな注目を集めました。
『童話(Fairytale)』(2007年)
ドクメンタの公式アーカイブによれば、艾未未はこの展覧会のために、中国から1001人の人々をカッセルに招きました。招待した一人ひとりのために清の時代の木の椅子を1脚ずつ用意し、1001脚の椅子は会場のフリデリチアヌム美術館などに展示され、来場者が語り合う場としても使われました。森美術館は、この作品を《童話−1001の宿舎》として紹介しています。
『Template』(2007年)
同じドクメンタ12の会場のひとつ、温室のような大きな展示空間に立てられたのが『Template』です。ロイヤル・アカデミーによれば、明・清の時代(1368〜1911年)の取り壊された家々から集めた木の扉や窓でつくられています。ドクメンタのアーカイブによれば、この塔は会期中の嵐で崩れ、そのままの姿で同じ場所に置かれ続けました。崩れた姿もまた作品の一部として残されたことになります。
同じ2007年には、鋼とガラスのクリスタルを木の台の上に組み上げた、高さ7mの作品『Fountain of Light』も制作されています(ロイヤル・アカデミーによる。700×529×400cm)。
森美術館での個展「何に因って?」(2009年)
日本で艾未未の仕事がまとまって紹介されたのが、2009年7月25日から11月8日まで東京・六本木の森美術館で開かれた「アイ・ウェイウェイ展-何に因って?」です。
同館によれば、この展覧会は、新作6点を含む1990年代以降の主要作品26点を紹介する、当時として過去最大級の個展でした。立体、写真、ビデオ、インスタレーションを「基礎的な形体とボリューム」「構造とクラフトマンシップ」「伝統の革新と継承」という観点から見つめ、1999年以降の建築プロジェクトや出版物、ニューヨーク時代の写真もあわせて展示しました。
会期中には、艾未未とゲストが日曜日の午後8時間にわたって語り合う連続対談も開かれ、建築家の隈研吾、坂茂、現代美術家の杉本博司らが登壇しました(モデレーターは同館チーフ・キュレーターの片岡真実)。
この個展の前後には、国際展への参加も続きました。森美術館の資料は、2009年までの主な展覧会として、2007年のドクメンタ12のほか、2008年の第11回ヴェネチア・ビエンナーレ建築展、第8回リバプール・ビエンナーレを挙げています。
テート・モダンの『ひまわりの種』(2010年)
艾未未の名前を世界に広く知らせた作品のひとつが、2010年にロンドンのテート・モダンで発表された『ひまわりの種(Sunflower Seeds)』です。巨大なタービン・ホールで行われる委嘱展示「ユニリーバ・シリーズ」の一作として、2010年10月12日から2011年5月2日まで展示されました。
『ひまわりの種(Sunflower Seeds)』(2010年)
テートによれば、タービン・ホールの床には、本物そっくりのひまわりの種の殻が1億個敷きつめられました。けれども種はすべて磁器でできていて、中国の陶磁器の産地・景徳鎮の小さな工房で、専門の職人たちが1粒ずつ形をつくり、手で絵付けしたものです。工場で大量につくられたのではなく、何百人もの熟練の手による仕事でした。
テートは、ひまわりの種が中国では街角で食べられる身近なおやつであること、文化大革命の時代(1966〜1976年)の宣伝画では毛沢東が太陽に、人々がそちらを向くひまわりにたとえられたことを紹介しています。一方で、艾未未自身は、貧しく先の見えない時代に、ひまわりの種を分け合うことが、思いやりや友情、喜びのしるしだったことを覚えているといいます。テートはこの作品を、個人と大勢の人々の関係についての考察と位置づけています。
テートによれば、展示の期間中に250万人以上が来館し、そのうち約2万3,000人が、テートのウェブサイトで作家へのビデオメッセージを残しました。展示が始まった当初、来場者は種の上を歩くことができましたが、磁器の粉じんが長く吸い込むと健康に障る可能性があるとの助言を受け、テートは作家と相談のうえ、種の上を歩くことをやめてもらう判断をしています。来場者は、タービン・ホールの橋の上から見下ろすか、東側の端で間近に眺める形になりました。
磁器は、中国で最も珍重されてきた輸出品のひとつです。テートは、艾未未がこれまでにも、さまざまな王朝の様式の壺の複製や、ドレス、柱、スイカなどを磁器でつくってきたこと、それらがひまわりの種と同じく、皇帝のための磁器の生産で知られる景徳鎮でつくられてきたことを紹介しています。大量生産と伝統的な手仕事を組み合わせたこの作品は、「メイド・イン・チャイナ」という現象や、文化と経済の交流をめぐる今日の地政学に目を向けさせる、とテートは書いています。
のちにテートは、この作品の一部、約800万粒・10トンの種を収蔵しました。直径5m、高さ1.5mを超える円すい形に盛ることも、深さ10cmの四角い床として広げることもできます。2011年4月、艾未未は中国当局に拘束され、同年6月に保釈されました。

テートの公式YouTubeチャンネルでは、展示が始まった2010年10月に公開された、艾未未本人がこの作品について語るインタビュー動画を見ることができます。
数を重ねる作品(2013年〜2015年)
同じ形のものを大量に集める手法は、その後も大きなインスタレーションへと広がっていきます。
『Forever Bicycles』(2013年)
ロイヤル・アカデミーによれば、「Forever」の自転車のフレーム1,179台を組み上げた、高さ10mの作品です。2013年の第55回ヴェネツィア・ビエンナーレの期間中に展示されました。フレームは規則正しく連なり、見る位置によって形を変える巨大な構造体になっています。所属画廊リッソンは、自転車や花、木を、人間らしさや共同体を表す普遍的な象徴として艾未未が用いていると紹介しています。
『Stools』(2013年)
こちらは、6,000脚の古い木の腰掛けを床一面に並べた作品です。ロイヤル・アカデミーによれば、2014年にベルリンのマルティン・グロピウス・バウで開かれた展覧会「Evidence」で展示されました。ここでも、ひとつひとつの古い腰掛けが集まって、床一面の大きな広がりをつくっています。
2015年9月19日から12月13日まで、ロンドンのロイヤル・アカデミー・オブ・アーツで、艾未未の大規模な展覧会が開かれました。同館は、イギリスで初めての本格的な回顧展と位置づけ、1993年の帰国から現在までの重要な作品と、同館の展示室と中庭のための新作を紹介しました。
同館によれば、展覧会は艾未未と北京のスタジオが協力して構成し、大理石や鋼、茶、ガラスなど多様な素材の作品が並びました。展覧会は、同館の国際パトロンなどに加えて、クラウドファンディングのキックスターターで集まった1,319人の支援者にも支えられています。
近年の活動(2016年〜2026年)
所属画廊リッソンは、艾未未が2008年の四川大地震や、世界の難民・移民をめぐる調査にもとづく作品や長編ドキュメンタリー映画も手がけてきたことを紹介しています。本記事では、そうした主題の作品については詳しく扱わず、素材と形式に注目した作品を中心にご紹介しています。
近年の作品で目立つのが、おもちゃのブロックを使った作品です。リッソンの作家ページには、ブロックで名画を描き直した『Wheat Field with Crows』(2024年)などが並んでいます。2023年4月7日から7月30日までロンドンのデザイン・ミュージアムで開かれた「Ai Weiwei: Making Sense」は、作家と協力してつくられ、艾未未の作品を「デザインについての論評」として紹介する初めての展覧会でした。同館は、過去最大のブロックの作品や、大理石でつくったテイクアウトの容器を見どころに挙げています。同館の解説は、艾未未が過去と現在、手と機械、貴重なものと価値のないもの、建設と破壊のあいだの緊張を探っていると述べています。
執筆の面では、回想録『1000 Years of Joys and Sorrows』や、グラフィック・メモワール『ZODIAC』を出版しています(本人の公式サイトによる)。2026年には、イギリス・マンチェスターのファクトリー・インターナショナルで、7月2日から9月6日まで大規模な展覧会「Ai Weiwei: Button Up!」が開かれ、同館は北イングランドでこれまでで最も大きな発表と紹介しています。
艾未未の作品の見方
ここまで見てきた作品には、いくつかの共通点があります。ひとつは、古い壺や石器、寺院の木材、清の時代の椅子など、中国の歴史の中でつくられてきたものを素材にすることです。もうひとつは、景徳鎮の磁器や木組みの家具など、職人の手仕事を大量に積み重ねることです。1億個の種、3,600点の石器、1,179台の自転車、6,000脚の腰掛けと、数そのものが作品の印象をつくっています。
そして、建築家としての経験が生きた、空間の使い方です。森美術館は、艾未未の作品を横断的に読み解くことで、「何が何に因って在るのか」「自分はどこから来て、どこへ行くのか」という人間の根源的な問いが浮かび上がると紹介しています。

| 作品 | 年 | 素材と数 |
|---|---|---|
| 『洗白』 | 1995〜2000年 | 新石器時代の土器の壺126個、工業用塗料 |
| 『静物』 | 1993〜2000年 | 石器時代から殷(商)の時代の石の道具3,600点 |
| 『童話』 | 2007年 | 清の時代の木の椅子1001脚 |
| 『ひまわりの種』 | 2010年 | 磁器のひまわりの種1億個(テート・モダンでの展示) |
| 『Forever Bicycles』 | 2013年 | 自転車のフレーム1,179台、高さ10m |
| 『Stools』 | 2013年 | 古い腰掛け6,000脚 |
まとめ
いかがだったでしょうか。艾未未の人生と作品について、ご紹介してきました。
艾未未は1957年に北京で生まれ、北京電影学院を経てアメリカへ渡り、ニューヨークで学びました。1993年に中国へ戻ってからは、漢の時代の壺を落とす写真や、新石器時代の壺を白く塗った『洗白』、石斧を並べた『静物』など、古いものの価値を問い直す作品を発表します。
建築の仕事では「鳥の巣」の芸術顧問を務め、2007年のドクメンタ12では1001人の人々と1001脚の椅子による『童話』を実現しました。2009年には森美術館で個展が開かれ、2010年にはテート・モダンの床を1億個の磁器の種で埋めつくしました。その後も自転車や腰掛け、おもちゃのブロックへと素材を広げながら、2026年まで世界各地で大きな展覧会を重ねています。
ひとつひとつは小さく、手でつくられたもの。それが何千、何億と集まったとき、見る人は「個人」と「全体」の関係を考えずにはいられません。機会があれば、ぜひ作品の前で、ひとつの粒と全体の両方を見比べてみてください。
Euphoric " " の視点
艾未未は、漢の時代の壺や石器時代の石斧、取り壊された寺院の木材といった古いものを素材に、新しい作品をつくってきました。壺にロゴを描き、白く塗り、床一面に並べる。その操作は、古いものの価値がどこにあるのかを静かに問いかけます。
テート・モダンの床を埋めた1億個の磁器の種も、工場で大量につくられたのではなく、何百人もの熟練の手による仕事でした。ひとつひとつは小さく、手でつくられたもの。それが何千、何億と集まったときに生まれる力は、一人の手仕事と社会全体とのつながりを、あらためて見つめ直すきっかけを与えてくれます。
この作品を見に行くには
記事で紹介した作品は、次の館などに収蔵されています。展示替えがあるため、常に展示されているとは限りません。最新の情報は公式サイトをご確認ください。







