全15回のうち 第5回
連載「美術館の英語を読める人になる」
brushwork / impasto / glaze筆の跡と質感
「筆のタッチ」を英語で言うと? touch と言いたくなりますが、美術館の解説文でよく使われるのは brushwork です。この記事は、連載「美術館の英語を読める人になる」の第5回です。筆の跡がはっきり残る自画像を1枚見ながら、絵の表面(絵肌)を英語でどう説明するのかを確かめていきます。単元A「見て描写する」の最終回です。
連載の全体像と学ぶ順番は、アート英語カリキュラム 目次にまとめています。
読了目安 約15分(練習問題を含む)使える型 3つ練習問題 3問
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この回を読むと、brushwork・impasto・glaze を使って、絵の表面がどう作られているかを英語で説明できるようになります。
この回で扱う言葉
今日の1枚

DETAIL
DETAIL美術館で作品の横に貼られている作品ラベルの形で見てみます。ラベルの読み方そのものは第6回で詳しく扱います。
Vincent van Gogh (Dutch, 1853–1890)
Self-Portrait with a Straw Hat (obverse: The Potato Peeler), 1887
Oil on canvas
16 × 12 1/2 in. (40.6 × 31.8 cm)
The Metropolitan Museum of Art, Bequest of Miss Adelaide Milton de Groot (1876-1967), 1967 (67.187.70a)
- 作品名
- 《麦わら帽子の自画像》(表面:《じゃがいもの皮をむく人》)
- 作家
- フィンセント・ファン・ゴッホ(オランダ、1853–1890)
- 制作年
- 1887年
- 素材・技法
- 油彩、カンヴァス
- サイズ
- 40.6 × 31.8 cm
- 所蔵
- メトロポリタン美術館(ニューヨーク)ヨーロッパ絵画部門
- クレジット
- Bequest of Miss Adelaide Milton de Groot (1876-1967), 1967(67.187.70a)
- 画像
- The Met Open Access(CC0)/作品ページ(The Met)
パリで暮らした1886〜88年、ゴッホは資金に乏しく、自分自身をモデルにして自画像を繰り返し描きました。この作品は、以前に描いた農民の習作の裏に描かれた数点のうちの1点で、表面には1885年の《じゃがいもの皮をむく人》があります。
ラベルの (obverse: The Potato Peeler) は「表面(obverse)は《じゃがいもの皮をむく人》」という意味で、自画像のほうが裏面(reverse)に描かれていることを示しています。ゴッホについてはゴッホの解説記事で詳しく紹介しています。
美術館の解説文で読む
美術館の壁に掲げられる解説文(ウォールテキスト)の書き方にならって、この作品の解説を英語で書きました(Euphoric " " によるオリジナルの文章です)。まず英文を通して読み、そのあと訳で確認してください。
This small self-portrait dates from 1887, when Van Gogh was living in Paris and often used himself as a model to save money. He painted it in oils on the back of an earlier painting, The Potato Peeler (1885). The brushwork is quick and loose1. Short, separate brushstrokes of yellow and green build the straw hat2, while the strokes in the background radiate around his head. The paint is applied in thin strokes rather than thick impasto3. You can see where the brush skipped over the textured weave4, letting the canvas show through. There are no smooth glazes here5; every stroke stays visible on the surface. The palette of blues and oranges reflects his interest in6 the color theory of Seurat and his followers.
下線と番号は、このあとの「読み解き」1〜6に対応しています。
全訳を読む
訳:この小さな自画像は1887年、ゴッホがパリに住み、お金を節約するためにしばしば自分をモデルにしていたころのものです。ゴッホはそれを、先に描いた絵《じゃがいもの皮をむく人》(1885年)の裏に、油絵具で描きました。筆づかいは速く、自由です。黄と緑の短く分かれた筆跡が麦わら帽子を組み立て、背景の筆跡は頭のまわりから放射状に広がっています。絵具は厚塗りではなく、薄い筆跡で置かれています。筆がざらざらしたカンヴァスの織り目の上を飛び越えて、カンヴァスがのぞいている箇所が見てとれます。ここには、なめらかなグレーズの層はありません。一つひとつの筆跡が、表面にそのまま見えています。青とオレンジによる色づかいには、スーラとその後に続いた画家たちの色彩理論への、ゴッホの関心が表れています。
読み解き:なぜこの言い方なのか
日本語の美術用語の「タッチ」は、英語では多くの場合 brushwork と言います。
英語の touch にも「筆の触れ方」の意味はありますが、日常語としては「触ること」「ちょっとした工夫」の意味が強く、絵の筆づかい全体を言う語としては brushwork のほうが解説文で一般的です。
brushwork は数えない名詞で、作品全体の筆の運び方を言います。一回ひと筆の跡は brushstroke(または単に stroke)で、こちらは数えます。
解説文も「全体の筆づかい(The brushwork is …)」を言ってから「一つひとつの筆跡(brushstrokes …)」へと、大から小へ視線を移しています。
筆づかいの性格を言う基本の対が loose と tight です。
- loose
- 筆跡が自由で、細部まで描き込まない
「雑」という否定の意味はない - tight
- 筆跡が目立たず、細部まで緻密
「窮屈」という否定の意味は文脈しだい
日本語の「荒いタッチ」を rough brushwork とすると、「下手で雑な」という評価に聞こえることがあります。意図的に自由な筆づかいを言うなら loose が安全です。
この文は、第1回の解説文の最後の一文とよく似ています。第1回ではスーラの素描の表面が the small, separate touches of color in his later paintings(のちの絵画に見られる小さく分かれた色のタッチ)を予告している、と書きました。
今回のゴッホの short, separate brushstrokes は、まさにその「分かれた色のタッチ」の影響を受けた筆づかいです。解説文の最後で Seurat and his followers に触れているのは、そのつながりを示すためです。
動詞 build にも注目してください。第1回の he built the figure from tone(濃淡で人物を組み立てた)と同じく、筆跡や明暗を積み重ねて形を作ることを、英語では「建てる・組み立てる」で表します。
radiate は「放射状に広がる」。radio(放送)や radius(半径)と同じ語源で、中心から外へ広がるイメージです。The strokes radiate around his head. は、背景の筆跡が頭を中心に外へ向かう向きで置かれていることを言っています。
筆跡の向きを言うのも、brushwork の説明の大事な要素です。
impasto はイタリア語で「練り物・生地」が語源で、絵具を厚く盛り上げて塗ること、またはその盛り上がった絵具そのものを言います。thick impasto、heavy impasto、rich impasto のように形容詞と組み合わせます。
絵具の厚さを言うときの動詞は apply(塗る・置く)です。
日本語の「塗る」から paint を重ねたくなりますが、paint the paint とは言いません。
ここでも前置詞は in です。第1回で draw in pencil、paint in oils の in は「何でできているか」を表すと学びました。in thick impasto、in thin strokes、in thick oils の in も同じで、「どんな状態の絵具で」を表します。
解説文の He painted it in oils と並べて見ると、in の働きがそろっていることがわかります。
解説文は、この自画像が厚塗りではないとわざわざ書いています。ゴッホといえば厚塗りの印象が強く、たとえば第2回で見た《糸杉のある麦畑》を含む糸杉の連作は、所蔵館が「豊かな厚塗り(rich impasto)」を特徴に挙げています。
読者の「ゴッホ=厚塗り」という思い込みを先回りして外す書き方は、第1回の There is no paint in this portrait. と同じ発想です。
You can see where ~ は「~した箇所が見てとれる」。作品の表面に残った制作の痕跡を指し示すときに、解説文や音声ガイドでよく使われる形です。where の後ろは「作家や筆が何をしたか」なので、過去形(skipped)になります。
ここでもう一度、第1回の解説文を思い出してください。コンテ・クレヨンが catches on the raised grain of textured paper and skips over the hollows(凹凸のある紙の盛り上がりに引っかかり、くぼみを飛び越える)と書きました。今回は筆が、カンヴァスの織り目(weave)の上を同じ skip で飛び越えています。
画材が違っても、「表面の凹凸に画材が引っかかる」様子は同じ言い方で描写できます。
surface と texture の違いは次のとおりです。
- surface
- 表面という「場所」。on the surface(表面に)、the paint surface(絵具の表面)
- texture
- その表面が「どんな手ざわりか」。a rough texture、a smooth texture。形容詞は textured(凹凸のある)
日本語の美術用語「マチエール」はフランス語の matière(素材)から来た言葉で、英語の解説文ではあまり使われません。英語では文脈に応じて surface、texture、paint handling(絵具の扱い方)などで言い換えます。
glaze は、乾いた絵具の層の上に重ねる薄く透明な油絵具の層です。下の色が透けて見えるため、色に深みと光沢が出ます。
第2回で学んだ tone を使えば、Glazes deepen the tone.(グレーズは色調を深める)と説明できます。何層も重ねるときは複数形 glazes です。
日本語話者が注意したいのは、陶芸の「釉薬(うわぐすり)」も英語では glaze だという点です。絵画の解説文なら透明な絵具の層、陶磁器の解説文なら釉薬、と文脈で読み分けます。
underpainting は、仕上げの層の下に最初に描いておく層(下塗り・下層描き)です。
glaze が「上に重ねる層」なら、underpainting は「下に敷く層」。
どちらも、絵具を層(layer)で考える油彩画の伝統から来た言葉です。
解説文は、この自画像には smooth glazes がないと書いています。透明な層を重ねて筆跡を目立たなくする伝統的な仕上げとは反対に、every stroke stays visible on the surface(筆跡が一つ残らず表面に見えている)ことが、この絵の特徴だからです。
解説文の書き出し This small self-portrait dates from 1887 は「この自画像は1887年のものだ」。date from ~ は作品の年代を言う決まった言い方で、作品が今もその年代のものであるという事実なので現在形です。
一方、He painted it … は作家の行為なので過去形。第1回から続けて見てきた時制の使い分けが、ここでも守られています。
最後の文の reflects は「(影響や考えを)表している・反映している」。
作品の特徴から作家の関心や影響関係へと話を広げるとき、解説文は reflects、shows などを使います。所蔵館の解説はこの絵について「新印象派の技法と色彩理論を意識している(awareness)」と書いています。
作家が何を「学んだ」かは記録がないと言い切れないので、解説文では interest in(~への関心)や awareness of(~を意識していること)のように、作品から読み取れる範囲の言い方を選びます。どの画家の影響かを英語で読む方法は、第8回(「〜ism」の読み方)で詳しく扱います。
使える型3つ
絵具の厚さや塗り方を言う形です。in の後ろに、どんな状態で塗られているかを置きます。
筆づかいの性格を一言で言う形です。loose・tight のほか、quick、visible(筆跡が見える)、smooth(なめらか)などを使います。
表面に残った制作の跡を指し示す形です。where の後ろは作家や道具がしたことなので、過去形にするのが基本です。
練習問題
( )に入る語を選んでください。
- Thick, raised paint is called (impasto / glaze).
- You can count each (brushwork / brushstroke) in the sky.
- The details are painted with (loose / tight), careful brushwork.
模範解答を見る
- impasto:厚く盛り上げた絵具は impasto。glaze は薄く透明な層です。
- brushstroke:一つひとつ数えられる筆跡は brushstroke。brushwork は数えない名詞です。
- tight:細部まで丁寧に描き込む筆づかいは tight です。
型1を使って、次の日本語を英語にしてください。
「空の部分は、絵具が厚く塗られています。」
模範解答を見る
In the sky, the paint is applied in thick impasto.
in thick layers でも正解です。副詞を使って The paint in the sky is applied thickly. とも言えます。
好きな作品を1点選び、筆づかいと絵具の厚さについて英語で1〜2文書いてください。
解答例を見る
The brushwork is loose. The paint is applied in thick impasto, especially on the flowers.
The brushwork is tight and smooth. You can hardly see where the brush touched the surface.
答えは作品によって変わります。「型2で筆づかいの性格、型1か型3で表面の具体的な様子」の2文にすると、まとまった説明になります。hardly は「ほとんど~ない」です。
前回の復習
第4回 構図(foreground・focal point)の言葉を使って、3問だけ解いてみましょう。
( )に入る語を入れてください。
( ) the foreground, a man is sleeping under a tree.
答えを見る
In:前景・中景・背景の前置詞は in です。in front of the picture とすると絵の外の話になります。
( )に入る語を選んでください。
In this self-portrait, the bright yellow hat is the (focal / central) point.
答えを見る
focal:視線が集まる場所は focal point。画面の真ん中にあるとは限りません。
次の日本語を英語にしてください。
「背景の筆跡が、視線を顔へと導きます。」
答えを見る
The strokes in the background lead the eye to his face.
行き先が「点」なので to です。the eye は「見る人の目」一般を指します。
次回予告と目次
第6回 作品キャプションの読み方Gift of・oil on canvas
ゴール:ラベルの medium・dimensions・credit line(Gift of など)を正しく読めるようになる。今回までの単元A「見て描写する」に続いて、次回から単元B「美術館の英語を読む」が始まります。
画像:ヨハネス・フェルメール《水差しを持つ若い女》1662年頃 The Metropolitan Museum of Art, Marquand Collection, Gift of Henry G. Marquand, 1889(89.15.21)/Open Access(CC0)
全15回の一覧と、学んだ回のチェック表はアート英語カリキュラム 目次にあります。
全15回の目次を見る- ゴッホの本名とフルネーム|生涯と代表作を解説
- 【徹底解説】ジョルジュ・スーラとは?点描で光を組み立てた新印象派の創始者の人生と作品を解説!
- 絵画は英語で何て言う?painting・drawing・pictureの違い【アート英語 第1回】
- アートの英単語31語|「表現」・構図・美学は英語で?例文つき辞典単語を引きたいときに
- 美術の専門用語を英語で|明暗法・図像学・来歴など31語の辞典
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