全15回のうち 第7回
連載「美術館の英語を読める人になる」
wall text壁の解説文の型
美術館で作品の横の壁に掲げられた、100語ほどの英語の解説文。一見すると自由に書かれた文章ですが、実は多くの解説文が同じ順番で組み立てられています。この記事は、連載「美術館の英語を読める人になる」の第7回です。前回のラベル(名詞の記録)に続いて、今回はその記録を物語に変えるウォールテキストの「型」を読み解きます。
連載の全体像と学ぶ順番は、アート英語カリキュラム 目次にまとめています。
読了目安 約16分(練習問題を含む)使える型 3つ練習問題 3問
コンテンツ
Toggle今日のゴール
この回を読むと、ウォールテキストの4段構成(つかみ→文脈→観察→意義)を見抜けるようになります。
この回で扱う言葉
英語では、作品の横に貼る短い記録を label(ラベル)、壁に掲げる数十〜百数十語の解説を wall text(ウォールテキスト)と呼び分けることが多くあります。ラベルの下に数行の解説が付いたものを extended label と呼ぶ美術館もあります。
今日の1枚

DETAIL
DETAILJacques Louis David (French, 1748–1825)
The Death of Socrates, 1787
Oil on canvas
51 × 77 1/4 in. (129.5 × 196.2 cm)
The Metropolitan Museum of Art, Catharine Lorillard Wolfe Collection, Wolfe Fund, 1931 (31.45)
- 作品名
- 《ソクラテスの死》
- 作家
- ジャック=ルイ・ダヴィッド(フランス、1748–1825)
- 制作年
- 1787年
- 素材・技法
- 油彩、カンヴァス
- サイズ
- 129.5 × 196.2 cm
- 所蔵
- メトロポリタン美術館(ニューヨーク)ヨーロッパ絵画部門
- クレジット
- Catharine Lorillard Wolfe Collection, Wolfe Fund, 1931(31.45)
- 画像
- The Met Open Access(CC0)/作品ページ(The Met)
前回学んだラベルの読み方で確認すると、油彩・カンヴァス、縦約1.3m×横約2mの大作で、Wolfe Fund(ウルフ基金)によって1931年に収蔵された作品だとわかります。所蔵番号 31.45 の「31」も1931年と一致しています。ダヴィッドの生涯と代表作については、ジャック=ルイ・ダヴィッドの解説記事で紹介しています。
美術館の解説文で読む
ウォールテキストの4段構成にならって書いた、Euphoric " " によるオリジナルの英文です。読みながら、どこで段が切り替わるかを探してみてください。
Socrates reaches for the cup of poison without looking at it1; his other hand points upward as he keeps talking. Painted in 1787 on commission from a private patron, this canvas depicts2 the last hour of the Athenian philosopher, who had been sentenced to death for impiety. According to Plato, he spent that hour arguing for the immortality of the soul3. Here, David sets the upright, brightly lit Socrates against4 followers who weep, turn away, or hide their faces. Plato sits at the foot of the bed, although he was not present that day. The Museum also owns a study for the composition, drawn about 17826. Shown at the Salon of 1787, the painting anticipates5 the theme of sacrifice in David’s work of the Revolutionary years.
下線と番号は、このあとの「読み解き」1〜6に対応しています。
全訳を読む
訳:ソクラテスは毒の杯に手を伸ばしながら、それに目を向けていません。もう片方の手は上を指し、彼は話し続けています。1787年に個人の依頼を受けて描かれたこのカンヴァスは、アテナイの哲学者の最期の1時間を描いています。彼は不敬の罪で死刑を宣告されていました。プラトンによれば、ソクラテスはその1時間を、魂の不滅を論じることに費やしました。ここでダヴィッドは、背筋を伸ばし明るく照らされたソクラテスを、泣き、顔をそむけ、顔を覆う弟子たちと対比させています。プラトンは寝台の足もとに座っていますが、彼はその日、その場にいませんでした。当館は、この構図のための習作(1782年頃の素描)も所蔵しています。1787年のサロンに出品されたこの絵は、革命期のダヴィッドの作品に見られる「犠牲」というテーマを予告しています。
段の切れ目は次のとおりです。

前回、ラベルの素材欄だけを読んだ素描です。寝台を中央に置き、座ったソクラテスを中心に人物を左右に並べる基本の構成は、この段階ですでに決まっています。方眼(squared)が引かれていることからも、大きな画面に写すための準備だったことがうかがえます。
読み解き:なぜこの言い方なのか
解説文の1文目は、作家名でも制作年でもなく、Socrates reaches for the cup of poison without looking at it(杯に手を伸ばしながら、それを見ていない)という画面の一点から始まります。作家名・年・素材はすぐ横のラベルに書いてあるので、ウォールテキストはラベルと同じ情報で始める必要がないからです。まず見る人の視線を作品の中の具体的な場所に向けさせ、「なぜ見ていないのか」という小さな疑問を作ってから、次の段で答えを出します。
動詞が現在形(reaches、points、keeps talking)であることにも注目してください。第1回で学んだとおり、画面に今見えていることは現在形です。つかみの段は、ほぼ必ず現在形の描写になります。
depict は「何が描かれているか(主題)」を言う動詞です。
2段目の文脈は、Painted in 〔年〕, this 〔作品〕 depicts … という型で始まります。文頭の Painted in 1787 は「1787年に描かれた(この作品は)」という分詞構文で、主語の this canvas を説明しています。年を文頭に置くと、「いつの作品か」を伝えたうえで、主語から先はすぐに内容に入れます。
主語の this canvas は、作品を素材の名前で呼んだ言い換えです。第1回で、紙の作品を the sheet と呼んだのと同じ考え方で、油彩画なら this canvas、板絵なら this panel と呼べます。
動詞 depict は「(主題を)描く・表す」。第1回の paint・draw が「どうやって描いたか(作家の手の動き)」を言う動詞だったのに対し、depict は「何が描かれているか(主題)」を言う動詞です。このため主語は作家ではなく、作品になることがよくあります。
on commission from a private patron は「個人のパトロンからの依頼で」。commission は名詞で「(制作の)依頼・注文」、動詞で「依頼して作らせる」です。The painting was commissioned by …(〜の依頼で描かれた)の形もよく使われます。美術館が依頼主に触れるのは、作品が「誰のために、どんな目的で」作られたかが、主題や大きさの選び方を左右するからです。
見出しにも使った context は「(作品の)背景・文脈」。英語の美術の文章では、historical context(歴史的背景)、in the context of …(〜という文脈で)の形でよく出てきます。日本語の「背景」は絵の後ろの空間(background)も指しますが、英語では画面の背景は background、作品が生まれた事情は context と、別の語を使います。
この解説文の文脈の段は、つかみで生まれた疑問に答えています。ソクラテスが杯を見ないのは、he spent that hour arguing for the immortality of the soul(魂の不滅を論じ続けていた)からです。死を恐れず議論を続ける人物だとわかって初めて、上を指す手の意味が読めるようになります。According to Plato(プラトンによれば)は、この話の出どころを示す一言です。ソクラテスの最期は、弟子プラトンの著作によって伝えられています。
観察の段では、このように「見ればわかること」と「知って初めて気づくこと」を組み合わせるのが効果的です。
3段目の観察は Here, 〔作家〕 … で始まります。この Here は「ここ(この作品)では」という意味で、話題を物語から画面の作り方へ切り替える合図です。主語も、ソクラテス(描かれた人物)から David(作家)に替わっています。
set A against B は「A を B と対比させる(B を背にして A を置く)」。the upright, brightly lit Socrates(背筋を伸ばし、明るく照らされたソクラテス)と、followers who weep, turn away, or hide their faces(泣き、顔をそむけ、顔を覆う弟子たち)が対になっています。光の当たり方や姿勢の違いで主役を際立たせる手法は、第3回で学んだ contrast(対比)・light の語彙で説明できます。
続く Plato sits at the foot of the bed, although he was not present that day. は、画面と史実の食い違いを指摘する文です。プラトンはソクラテスの死の場に居合わせていませんでしたが、ダヴィッドは物語を伝えた人物として彼を画面に入れています。観察の段では、このように「見ればわかること」と「知って初めて気づくこと」を組み合わせるのが効果的です。ここでも、画面に見えている sits は現在形、史実の was not present は過去形と、時制が使い分けられています。
anticipates は事実の報告ではなく書き手の解釈を示す動詞です。
4段目の意義は、作品を美術史の流れの中に置く段です。最後の文 the painting anticipates the theme of sacrifice in David’s work of the Revolutionary years(革命期の作品に見られる犠牲のテーマを予告している)では、第1回で学んだ anticipate(〜を予告する・先取りする)が使われています。第1回ではスーラの素描が後の点描画を予告していましたが、ここでは1787年の絵が、2年後に始まるフランス革命の時代の作品、たとえば《マラーの死》(1793年)を予告しています。
ただし、anticipates は事実の報告ではなく書き手の解釈を示す動詞です。犠牲のテーマそのものは、革命前の《ホラティウス兄弟の誓い》(1784年)にもすでに見られます。このため解説文では「貫く」のような強い言い方は避け、「後の作品に見られるテーマを先取りしている」という範囲にとどめています。解釈をどこまで強く言うかは、第12回で詳しく扱います。
- YEAR1784革命前《ホラティウス兄弟の誓い》犠牲のテーマそのものは、ここにもすでに見られます
- YEAR1787今日の1枚《ソクラテスの死》the painting anticipates the theme of sacrifice …
- YEAR1793フランス革命の時代《マラーの死》予告される側の作品
意義の段でよく使われる動詞を比べておきます。
3つとも、「すばらしい」「重要だ」という評価語を使わずに、作品の位置づけを伝える言い方です。
完成作の解説文で習作に触れるのは、作家が何年もかけて構想を練ったことを示すためです。
意義の段には、The Museum also owns a study for the composition, drawn about 1782. という一文も入っています。a study for …(〜のための習作)は第1回で学んだ形、composition(構図)は第4回で学んだ語です。
完成作の解説文で習作に触れるのは、作家が何年もかけて構想を練ったことを示すためです。素描の約5年後に油彩画が完成していることから、この主題がダヴィッドにとって一時の思いつきではなかったと伝わります。drawn about 1782 の drawn は draw の過去分詞。素描なので painted ではなく drawn です。ここにも第1回の paint と draw の区別が生きています。
- ca.1782習作(素描)drawn about 1782
- YEAR1787素描の約5年後油彩画が完成
なお、The Museum と大文字で書いているのは、メトロポリタン美術館などが自館を指すときの書き方です。解説文の中で「当館」の意味で使われます(小文字の the museum と書く美術館もあります)。
使える型3つ
文脈の段の書き出しです。素描なら Drawn in、彫刻なら Carved / Cast in に替えます。
物語から「画面の作り方」へ話題を切り替える、観察の段の書き出しです。
意義の段を締める形です。何を予告しているかを、具体的な作品名や時代で示します。
練習問題
次の各文は、ウォールテキストの4段(つかみ・文脈・観察・意義)のどれにあたりますか。
- Here, the painter places the figures along a single diagonal.
- A woman turns toward us, as if we have just entered the room.
- The canvas anticipates the bright colors of the artist’s last decade.
- Painted in 1885 for a private collector, this canvas depicts a beach in Normandy.
模範解答を見る
- 観察:Here, 〔作家〕 で画面の作り方を述べています。
- つかみ:画面の一点を現在形で描写しています。
- 意義:anticipates で後の作品との関係を示しています。
- 文脈:Painted in 〔年〕 と依頼主、主題を述べています。
型1を使って、次の日本語を英語にしてください。
「1787年に描かれたこの絵は、ソクラテスの死を描いています。」
模範解答を見る
Painted in 1787, this painting depicts the death of Socrates.
「描いている(主題)」は paints ではなく depicts。主語を this canvas にしても正解です。
好きな作品を1点選び、ウォールテキストの「つかみ」の1文を英語で書いてください。作家名や制作年ではなく、画面の一点から始めてください。
解答例を見る
A single candle lights the faces around the table.
A boy stands at the edge of the water, his back turned to us.
答えは作品によって変わります。現在形で、目に見える動作や光を1つだけ取り上げると、つかみらしい1文になります。
前回の復習
第6回「作品キャプションの読み方」の言葉を使って答えてください。
今日の1枚のラベル Oil on canvas で、support(支持体)はどちらですか。
答えを見る
canvas。on の前が素材(medium)、後ろが支持体(support)です。
51 × 77 1/4 in. は縦長ですか、横長ですか。
答えを見る
横長。寸法は「高さ × 幅」の順なので、高さ51インチ、幅77と4分の1インチです。
クレジットライン Wolfe Fund, 1931 の Fund は何を表していますか。
答えを見る
作品の購入資金を出した基金です。ウルフさん本人が作品を贈ったという意味ではありません(本人が贈った場合は Gift of …)。
次回予告と目次
第8回 「〜ism」の読み方-ism / -ist / movement / school
ゴール:〜ism/〜ist/movement/school を読み分け、作品を美術運動と結び付けて説明できるようになる。
画像:カミーユ・ピサロ《冬の午後のチュイルリー公園》1899年 The Metropolitan Museum of Art, Gift of Katrin S. Vietor, in loving memory of Ernest G. Vietor, 1966(66.36)/Open Access(CC0)
全15回の一覧と、学んだ回のチェック表はアート英語カリキュラム 目次にあります。
全15回の目次を見る- ジャック=ルイ・ダヴィッドとは?『ナポレオンの戴冠式』『マラーの死』など代表作と生涯を解説
- シカゴ美術館附属美術大学(SAIC)とは?歴史・学費・出願・美術館との関係を徹底解説美術館と一体の美大
- アートの英単語31語|「表現」・構図・美学は英語で?例文つき辞典単語を引きたいときに
- 美術の専門用語を英語で|明暗法・図像学・来歴など31語の辞典
作品を「見る」から「持つ」へ
最初の一枚から、一生のコレクションまで。アート作品の購入・収集について、Euphoric " " のアートコンシェルジュに無料で相談できます。
アートコンシェルジュに相談する





